厚生労働省元局長事件無罪判決に関する会長談話
本日、大阪地方裁判所は、元厚生労働省雇用均等・児童家庭局長に対して無罪判決を言い渡した。元局長は、課長時代に、当時の部下らと共謀して、心身障害者団体としての実体がない組織に対し、虚偽の公的証明書を発行したとして、虚偽有印公文書作成・同行使の容疑で逮捕され、5か月以上もの間、保釈が認められず、身体拘束を受け続けた。
この事件で、検察官は、捜査段階で作成された元部下らの供述調書を拠り所に、元局長を起訴し、公判を維持したが、元部下らの公判廷における証言により、元局長が事件に関与していないことが明らかとなった。これに対し、検察官は、捜査段階で作成された供述調書を証拠請求したが、裁判所は、その大部分について、元部下が勾留中に記録していた被疑者ノートの内容等に基づき、「信用すべき特別の情況」がないとして、証拠請求を却下する決定をした。
上記の証拠決定に続く本日の無罪判決によって、検察官が、関係者らに対する強引な取調べにより、予め描いたストーリーに沿った内容の供述調書に署名押印させるという、違法不当な捜査手法が採られていたことが明らかになった。これによって、元局長は、長期にわたる身体拘束を受け、自らの情熱を傾け、生き甲斐としていた仕事を長期間休職せざるを得ない状況に追い込まれた。元局長が回復できない損害を被ったことは、想像に難くない。
また、本件では、取調べを担当した検察官が、取調べメモはすべて廃棄したと公判廷で証言している。これは明らかに最高検察庁の2008年7月9日付け「取調べメモの保管について(通知)」及び同年10月21日付け「取調べメモの適正な保管について(通知)」に反するものであり、ひいては取調べメモが証拠開示の対象になりうるとの初判断を示した2007年12月25日付け最高裁決定を踏みにじるものである。
もし、本件で取調べの可視化が行われていれば、そもそも、このような違法不当な捜査は行われず、元局長は、身体拘束も起訴もされなかったと考えられる。元局長のような被害者を今後生み出さないようにし、市民を冤罪や不当な身体拘束から守るためには、本件のような違法不当な捜査を抑止すべく、共犯者と目されて取調べを受けている者も含めたすべての被疑者について、その供述の状況を客観的に記録・検証するシステムとして、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が不可欠である。
本事件は、取調べの可視化の実現が、もはや一刻の猶予も許されないことを如実に示している。本日の判決を契機として、当連合会は改めて取調べの可視化の即時試行と立法作業の早期開始を強く求めるものである。
また、元局長は、一貫して事件への関与を否定した結果、長期間の身体拘束を受けたものであるが、被疑者・被告人が無罪主張をしていることをもって、安易に「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を認める勾留・保釈の運用は、無実の市民の自由を不当に奪い、自由と引き替えに無実の罪を認めることを強要するものにほかならず、憲法及び刑事訴訟法の趣旨に反するものである。このような勾留・保釈の運用も、直ちに改められるべきである。
2010年(平成22年)9月10日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児