引野口事件に関する会長談話

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2008年3月5日、福岡地方裁判所小倉支部は、窃盗、威力業務妨害、殺人、非現住建造物等放火被告事件について、殺人及び非現住建造物等放火の点につき無罪とする判決を言い渡した。


本件の主な争点は、被告人(女性)が実兄を殺害した上で放火した旨の「犯行告白」を聞いたという、代用監獄において被告人と同房であった者の公判供述の証拠能力である。判決は、同房者の公判供述のうち犯行告白部分については任意性に疑いがあるとして証拠能力を認めなかったが、その認定の基礎となったのは、被告人の自白を獲得するために代用監獄制度を利用した捜査手法である。

 

すなわち、同房者は、被告人と同じ代用監獄(福岡県警水上警察署留置場)に勾留されていた者であるが、被告人が第1回起訴後に拘置支所へ移送された後、威力業務妨害罪で再逮捕され、代用監獄(同県警八幡西警察署留置場)に勾留されると、同房者もまた再逮捕されて、同じ代用監獄に勾留された。その後、同房者は、起訴されても拘置支所へ移送されることなく代用監獄におかれ続けた。同代用監獄の女性用留置場の定員は2名であり、被告人が拘置支所へ移送されるまでの2か月以上の期間、被告人と同房者は2人だけで代用監獄に収容された。この間、同房者は自己に対する被疑事実について取調べを受けることはほとんどなく、専ら代用監獄における被告人の供述状況についての事情聴取を受け、供述調書が作成されている。本判決は、こうした手法を、警察が「同房者を通じて捜査情報を得る目的で、意図的に被告人と同房者の2人を同房状態にするために代用監獄を利用したものということができ、代用監獄への身柄拘束を捜査に利用したとの誹りを免れない」とし、「同房者を介して捜査機関による取調べを受けさせられていたのと同様の状況に置かれていたということができ、本来取調べとは区別されるべき房内での身柄留置が犯罪捜査のために濫用されていたといわざるを得ない」、と批判した。これはまさに、代用監獄を利用し、捜査と留置が一体となって被告人の自白獲得のために機能した典型例であり、代用監獄の危険な本質を明らかに示したものである。

 

当連合会は、代用監獄は、被疑者の身体を捜査機関の支配下において24時間管理し、自白を強要するシステムであるとして、長年にわたりその廃止を求めてきた。近年では、長期間におよぶ代用監獄での勾留により虚偽の自白を強要されながら、被告人全員の無罪が確定した志布志事件の例に、代用監獄の弊害が顕著に現れている。しかし、志布志事件等の反省を踏まえて警察庁が策定したという「警察捜査における取調べ適正化指針」は代用監獄の問題点になんら触れておらず、またこの指針によっては、本件のような自白獲得目的の捜査を防止できないことも明白である。

 

日本の代用監獄制度に対しては、1998年には国連の国際人権(自由権)規約委員会から「代用監獄制度が、捜査を担当しない警察の部局の管理下にあるものの、分離された当局の管理下にないことに懸念を有する」との勧告がなされ、2007年には、国連の拷問禁止委員会から、「留置担当官を捜査から排除し、また捜査担当官を被収容者の拘禁に関連する業務から排除し、捜査と拘禁(護送手続を含む)の機能の完全な分離を確実にするため、法律を改正すること」、「国際的な最低基準に適合するよう、被拘禁者を警察において拘禁できる最長期間を制限すること」、すなわち代用監獄の廃止が勧告された。

 

今こそ、我が国は代用監獄の廃止に向けて具体的な一歩を踏み出すべきときにある。当連合会は、引き続き全力を挙げて代用監獄の廃止に取り組む決意である。

 

2008年3月6日
日本弁護士連合会
会長 平山 正剛