安易かつ拙速な生活保護基準の引き下げに反対する会長声明

厚生労働省内の有識者会議「生活扶助基準に関する検討会」(以下「検討会」という。)は、本年11月30日、生活保護基準の引き下げを容認する報告書を出し、これを受けて舛添要一厚生労働大臣は、来年度からの引き下げを明言した。


しかし、生活保護基準は、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の基準であって、国民の生存権保障の水準を決する極めて重要な基準である。


11月28日に可決成立したばかりの改正最低賃金法は、「生活保護との整合性に配慮する」ことを明記して最低賃金引き上げに道を開いたが、生活保護基準が下がれば、最低賃金の引き上げ目標額も下がることとなる。また、生活保護基準は、地方税の非課税基準、介護保険の保険料・利用料や障害者自立支援法による利用料の減額基準、公立高校の授業料免除基準、就学援助の給付対象基準、また、自治体によっては国民健康保険料の減免基準など、医療・福祉・教育・税制などの多様な施策の適用基準にも連動している。したがって、生活保護基準の引下げは、現に生活保護を利用している人の生活レベルを低下させるだけでなく、所得の少ない市民の生活全体にも大きな影響を与える。


このような生活保護基準の重要性に鑑みれば、その引き下げに関する議論は、十分に時間をかけて慎重になされるべきである。また、こうした議論は、公開の場で広く市民に意見を求めた上、生活保護利用者の声を十分に聴取してなされるべきである。しかるに、厚生労働省内の一検討会が、10月19日の第1回開催からわずか1ヶ月半足らずでまとめた報告書を根拠として、基準の切り下げに踏み込むとすれば、手続的にも極めて問題が大きく、拙速に過ぎると言わざるを得ない。


検討会報告書は、低い方から1割の低所得者層の消費支出統計よりも現行生活保護基準のほうが高いことを保護基準切り下げ容認の根拠として挙げている。当連合会が昨年7月に実施した生活保護全国一斉電話相談では、福祉事務所が保護を断った理由の約66%が違法である可能性が高く、相談者を不当に追い返す、いわゆる「水際作戦」が全国各地に蔓延している事実が確認された。生活保護の「捕捉率」(制度を利用する資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)が極めて低く、生活保護基準以下の生活を余儀なくされている低所得者が多数存在する現状において、現実の低所得者層の収入や支出を根拠に生活保護基準を引き下げることを許せば、生存権保障水準を際限なく引き下げていくこととなる。「ワーキングプア」が多数存在する中で、生存権保障水準を上記のようなことを根拠として切り下げることは、格差と貧困の固定化をより一層強化し、努力しても報われることのない、希望のない社会を招来することにつながりかねない。


当連合会は、安易かつ拙速な生活保護基準の切り下げには断固として反対するとともに、厚生労働省及び厚生労働大臣に対し、生活保護利用者や市民の声を十分に聴取し、慎重な検討を行うことを強く求めるものである。


2007年(平成19年)12月4日


日本弁護士連合会
会長 平山 正剛