改正教育基本法の成立についての会長談話
改正教育基本法が12月15日の参院本会議にて与党の賛成多数により可決・成立したが、この間、国民に開かれた議論があまりにも不十分であったことは、極めて残念である。
戦後60年間、その成立経過(「生い立ち」)についてなされてきた議論に終止符がうたれ、ひとつの区切りとなった。今後は、教育基本法の生い立ちについての議論ではなく、教育基本法の根本精神を踏まえた教育のあり方が問われる。その精神は歴史の真理であり、真理の書き換えは許されない。
教育基本法は、憲法の諸原則にのっとり、憲法の理想を実現することを目的として制定された教育に関する根本法である。国家に対して、すべきこと、またはしてはならないことを義務づける権力拘束的な規範と解されている点で立憲主義的性格を有する。この立憲主義的性格が最も端的に表れているのが、教育に対する不当な支配を禁じ、教育に関する諸条件の整備を教育行政の目標として定める改正前の10条にほかならない。
改正前の10条は、「教育は、不当な支配に服することなく、」の後に、「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」と続く。ところが、改正法では「教育は、不当な支配に服することなく、」の後の文言が「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、」と改正された(改正法16条1項)。このような文言の変更により、「教育は、不当な支配に服することなく」の部分についての解釈も変わってくるのではないか、同条が持っていた立憲主義的性格が損なわれるのではないか、ということが最も危惧されたのである。
この危惧に対し、改正法案をめぐる国会審議における政府答弁は、改正前の10条から改正法16条へと変わっても、旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決(昭和51年5月21日)の趣旨は変わらないとの立場を明言した(例えば、11月24日、12月5日の参議院教育基本法特別委員会)。
この大法廷判決は、
- 教育は、本来人間の内面的価値に関する文化的な営みとして、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでないこと、
- 教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であるべきであること、
- 個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されないこと、
及び、これらのことが教育についての憲法上の要請であることを明らかにした。そして、「不当な支配」についてはその主体のいかんを問わないこと、教育行政機関が行う行政についても「不当な支配」にあたる場合がありうるということを判示している。
改正法16条1項は、「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。」と規定されているところ、これは、①教育は不当な支配に服してはならない、②教育行政は法律に基づいて行われなければならない、③教育行政は公正かつ適正に行われなければならない、という教育に関する原則を定めたものとして理解されるべきものである。これらの原則は、教育の政治的中立性・不偏不党性、自主性・自律性、公正・適正を確保するための歯止めとしての役割を果たすものであると解釈されなければならない。そして、上記の憲法上の要請に反する教育への支配・介入は、仮に、法律に基づく教育行政であったとしても、「不当な支配」に該当するものであると解されなければならないのであって、このことは今回の法改正によっても、当然維持されるべきことである。
今後、日弁連に課せられた役割は大きい。
前述のとおり、当連合会が最大の問題としてきた「教育は、不当な支配に服することなく」の解釈については、改正教育基本法の下でも維持されるべきことを、当連合会は、まず、法律専門家としての立場から世に明らかにしていく責任がある。
次に、今後見込まれる教育関係諸法令の改正作業についても注視することを怠ってはならない。今後の教育行政のあり方、特に、改正教育基本法2条が、実際の教育現場でどのように実施されるかは、学校教育法や地方教育行政法あるいは学習指導要領についての改正がどのようになされるか、さらには改正法17条に基づく教育振興基本計画がどのように定められるか、にかかっている。なぜなら、これから改正が見込まれる教育関係諸法令は、直接、子どもの学ぶ権利の内容を規定していく性格を有するものであって、その内容の当否や適正性は、日々の教育現場に直接作用するからである。
当連合会は、今後見込まれるこれら教育関係諸法令の改正作業についても、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律専門家としての立場から、憲法の教育条項をふまえた提言を行うとともに、教育現場での思想信条の自由、教育を受ける権利や学習権が侵害されることのないよう不断に取り組み続けることを、ここに改めて表明するものである。
2006年(平成18年)12月20日
日本弁護士連合会
会長 平山 正剛