「奈良県少年補導に関する条例(案)」に対する会長声明

現在開会中の奈良県議会において、「奈良県少年補導に関する条例(案)」が上程され、近く採決の予定と伝えられている。しかし、その内容には、以下のように重大な問題がある。


第一に、警察職員の権限を拡大し、子どもに対する監視を強化することが、少年非行の防止と少年の健全な育成につながるとの発想に、根本的な誤りがある。


1990年の国連犯罪防止会議が採択した「少年非行の防止に関する国連ガイドライン」(リヤド・ガイドライン)は、基本原則として、「少年非行の防止が成功するためには、社会全体が幼児期から少年の人権を尊重及び伸長しながら、青年期の調和のとれた発達を確保するため努力する必要がある」「幼児期からの青年の福祉が非行防止計画の中心とされるべきである」と明記している。また、国連子どもの権利委員会(CRC)は、2004年1月、日本政府に対し、「問題行動」を伴う子どもを犯罪者として取り扱わないようにすることを勧告している。


少年非行の背景には、子どもの悩みやストレスがある。特に、重大な非行をおこした少年ほど、成長過程でさまざまなハンディを背負い、自己肯定感を持てない子どもが多い。その様な少年の成長の支援には、少年の心の傷を受けとめ、福祉的・教育的・医療的援助こそ重要である。


第二に、26項目の「不良行為」を定めているが、そのなかでは、学校を欠席、早退、遅刻した子どもや「不登校」の子どもも対象とされる危険があるなど、監視の範囲に歯止めがない。また、警察職員の権限として、注意、助言、指導、質問、警察施設への同行の要求、所持物品の提出要求、一時預かりないし廃棄の催促、少年の保護者等への連絡を定め、さらに警察署長の権限として、警察施設における12時間を超えない一時保護を定めている。これらは、警察官職務執行法で認められている警察官の職務権限の範囲を大きく逸脱しており、憲法13条から導かれる警察比例の原則に反するものである。


また、「不良行為」は、少年法の「ぐ犯事由」と重なり合う内容を含んでいる。少年法は、ぐ犯少年を発見した警察官に家庭裁判所への送致または児童相談所への通告のみを認め、少年補導員については家庭裁判所への通告のみを認めている。これは、ぐ犯が犯罪ではなく、その外延が不明確であることから、ぐ犯調査を理由として、警察が親や子どものプライバシーや人身の自由に深く介入することの問題性を配慮して、警察職員の権限を限定したものと解される。本条例(案)は、少年法の規定を大きく超えて、「不良行為少年」の補導の名の下に、事実上ぐ犯少年に対する権限を警察職員に付与している。このことは、子どもや親の人権を保障した少年法の趣旨を没却し、憲法94条の条例制定権の範囲を逸脱するものである。


第三に、県民に対し、「不良行為」少年を発見したときの「行為を止めさせる努力義務」や、「保護者、学校、警察などへ通報する努力義務」を定めているが、このような義務付けは、保護者の意向に関係なく、地域住民や関係機関の一定の価値観により行動規制する危険性がある。また、それを望まない住民の良心の自由を脅かすおそれがあり、問題を抱える子どもと家族を住民全体で監視する息苦しい地域社会を生み出すことになる。


当連合会は、以上の観点から、本条例(案)の制定に反対するとともに、国・地方公共団体に対し、警察中心の非行防止施策ではなく、福祉・教育・医療による子どもの成長支援の強化、及び、非行防止と立ち直りを支援する地域の自主的活動を援助する施策の拡充を求めるものである。


2006年(平成18年)3月10日


日本弁護士連合会
会長 梶谷 剛