諫早湾干拓事業差止仮処分事件の保全抗告決定に関する会長声明

当連合会は、わが国最大級の干潟である諫早湾干潟とその前面浅海域を消滅させる諫早湾干拓事業に対して、1997年5月以降、2度にわたる会長声明や意見書により、排水門を開放し堤防内に海水を導入すること、諫早湾干潟と有明海の再生のための中・長期開門調査を早期に実施することを求め、昨年8月26日の大型公共事業の差し止めという画期的な決定をした佐賀地方裁判所の判断を高く評価した。


しかしながら、去る5月16日、福岡高等裁判所は、保全抗告決定(以下「抗告決定」という)において「現在のところ、本件事業と有明海の漁業環境の悪化との関連性については、これを否定できないという意味において定性的には一応認められるが、その割合ないしは程度という定量的関連性については、これを認めるに足りる資料が未だないといわざるを得ない」として、事業と漁業被害との法的因果関係を否定し、佐賀地方裁判所の仮処分決定を取り消し、有明海沿岸の漁業者らの申立てを却下した。


本件のような公共事業と環境破壊との法的因果関係の認定において「その割合ないしは程度という定量的関連性」の資料まで要求することは、仮処分事件においては、「疎明」で足りるとする法原則に反するのみならず、本案訴訟における「因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」の証明で足りるとした従来の判例の立場をも逸脱し、自然科学的に厳格な因果関係の「証明」まで要求するもので、不当であるといわざるをえない。


このような、抗告決定の判断は、公共事業による環境破壊によって被害を受けた国民に対し、司法的救済への門戸を閉ざすことにもなりかねないものである。


また、国は、抗告決定後、早々に工事に着手し、本格的再開にむけて着々と準備をしているが、同決定は、国の主張を全面的に認めたものではない。同決定は、「ノリ不作等検討委員会が提言した、中・長期の開門調査を含めた、有明海の漁業環境の悪化に対する調査、研究を今後も実施すべき責務を有明海の漁民に対して一般的に負っている」として、国に対し、中・長期開門調査を実施することを求めているのであり、その調査が実施されていないことの不利益を、被害者に負わせてはならないことは、自明の理であり、国は、司法によるこの指摘を真摯に受け止め、その調査を実施すべきである。


よって、当連合会は、福岡高等裁判所の抗告決定の判断手法に対して遺憾の意を表明するとともに、国に対し、工事の再開を止め、改めて、早急に、中・長期開門調査を行うことを強く求めるものである。


2005年(平成17年)6月9日


日本弁護士連合会
会長 梶谷 剛