刑事訴訟法39条合憲判決に関する会長声明

本日、最高裁判所大法廷は、いわゆる安藤・斎藤両弁護士の接見妨害国賠訴訟において、刑訴法39条3項は、憲法に違反しない旨の判決をなした。


しかしながら、本判決は、以下に述べるようにきわめて不当なものである。


弁護人または弁護人となろうとする者が身体を拘束されている被疑者・被告人と自由に接見できる権利は、憲法34条、37条3項、38条1項の諸規定より導かれる刑事手続き上の最も重要な基本的な人権のひとつである。刑事訴訟法39条1項はこれらの権利を受けて、弁護人と被疑者・被告人の接見交通権を規定しているものである。


ところが、憲法・刑事訴訟法に保障された接見交通権は、その立法当初より刑事訴訟法39条3項を名目に捜査当局の執拗な妨害行為によって形骸化されてきた。接見を妨害し、被疑者を孤立化させて自白を得るという運用である。このような捜査によって、多くのえん罪事件や人権侵害事件が生み出されてきた。


そのため、当連合会はその設立当初より決議や要望を繰り返し、自由な接見交通権の確保のために闘ってきたが、何らの改善もなされなかった。そこで当連合会は、昭和58年6月には接見交通権確立実行委員会を設け、接見交通権の確立に向けての具体的、実践的な取り組みを行い、一般的指定制度の改廃を実現させるなど、一定の成果を勝ち取ってきた。


この間、昭和53年7月10日、最高裁第一小法廷は、いわゆる杉山事件判決において、接見交通権は被疑者らの憲法上の権利に由来する重要な権利であり、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないとしつつも、刑事訴訟法39条3項による制限を認め、同項の「捜査のため必要があるとき」とは「現に被疑者を取調中である」など「捜査の中断による支障が顕著な場合」をいうとして、捜査機関の指定による制限を必要止むを得ない例外的措置である旨判示した。


しかしながら、平成3年5月10日、最高裁第三小法廷が、いわゆる浅井事件判決において、杉山事件判決を踏襲したものの「間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含む」との要件を創設し、実質的には杉山判決を後退させる判示をした。


このため、当連合会としては、刑事訴訟法39条3項の違憲性を正面から指摘し、接見交通権の確立を期すことが必要であるとの認識に立ち、さらなる活動を展開してきた。そして、接見国賠訴訟の7件が最高裁に係属するという状況の中で、関係弁護団は一丸となって、最高裁に刑事訴訟法39条3項の違憲判断を求めてきたものである。


しかるに本日の判決では、上告人の違憲の主張を採用せず、基本的には従来の杉山事件判決や浅井事件判決の踏襲にすぎない点は不当判決と評せざるを得ない。


しかし、内容的には若干のプラスの評価をすることができる点もある。


すなわち、憲法34条前段の規定の趣旨について、「弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解せられるべきである。」として、接見交通権の保障を明確に憲法上の保障として位置づけていることである。さらに接見交通権の行使と捜査権の行使との間の調整論を持ち出していることは不当であるが、それを無限定に採用しているのではなく、「弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて」との限定を置いている点は、今後の運用違憲論への道を残しているものと評価することもできると解せられる。


国際人権法においては、いついかなるときでも、被疑者は弁護人の援助を受ける権利があることを認めている。国際人権(自由権)規約委員会は、平成10年11月、日本政府の報告書に対する最終見解を発表し、その22項で、起訴前の勾留においては、刑事訴訟法39条3項のもとで弁護人へのアクセスが厳しく制限されている点を指摘した上で規約で定められている諸権利が保障されていないとして、規約に適合するように日本の起訴前勾留制度を直ちに改革するように政府に強く勧告している。本判決が、このような流れに逆行するものとなったことは、きわめて残念である。


当連合会は、今後とも自由な接見交通権の確立のために、本判決を克服して刑事訴訟法39条3項の違憲を明らかにしていく諸活動を粘り強く推進していく決意である。


1999年(平成11年)3月24日


日本弁護士連合会
会長 小堀 樹