寺西判事補分限裁判の最高裁決定に関する会長声明

日本弁護士連合会は、仙台地裁寺西和史判事補に対する分限事件について、これまで2回にわたり会長声明を発表し、裁判官にも保障されるべき市民的自由、とりわけ政治活動の自由に関する問題の重要性に鑑み、憲法上の観点からの十分な考察と慎重な審理を求めて来たが、今般の最高裁判所の決定はこれに応えたものといいがたく誠に遺憾である。


もとより思想・良心と表現の自由およびその一類型としての政治活動の自由は、憲法によってすべての国民に保障されたものであって、国政上最大の尊重を求められている。このことは、裁判官にあっても例外ではなく、その地位と職責からくる制約があることを考慮しても、表現の自由を事実上失わせるようなことがあってはならない。したがって、「裁判官の政治運動」に制約を加える裁判所法の規定は、極めて厳格な解釈を必要とするものと考えられる。すなわち、一般的な政治活動はもとより積極的・能動的とまではいえない政治運動は裁判官の自由の範囲に属するものとしてできるだけ広い範囲で認めるのが、この規定適用にあたっての基本的態度でなければならない。


最高裁判所が認定した寺西判事補の行動は、広い意味での政治活動にあたるとしても、「積極的な政治運動」とは到底いうことができない。もしこの程度の行為まで積極的政治運動と解すべきものとすれば、積極的でない政治運動に属するものを見出すことが困難となる。結局、裁判所法52条1号は裁判官の政治活動をすべて禁止することにつながりかねず、違憲のそしりを免れないであろう。


また、本件の場合、事案の性質に鑑み少なくとも審問手続は本人の希望があれば公開とすべきであったのに、これを公開としなかったのは適正手続原則に照らしても問題がある。


いま、国民に身近な司法を求める声が高くなっている時期に、裁判官も政治的問題を含むさまざまな社会的現象に関心をもち、国民各層との間に交流を深め、国民に納得を得られる、より高い質の裁判を目指すことこそ必要である。


今般、当連合会が司法改革ビジョンを発表したのも、裁判所と裁判官が国民とともにあり、国民と共感しあう存在でなければならないと信じているからにほかならない。このような観点から、裁判官は市民的自由と政治活動の自由を享受すべきであり、できるだけのびのびとした環境におかれなければならない。そして裁判官の行動は自律と謙抑に待つべきで、徒らに懲戒によってこれに対応することは裁判官の積極的な意欲を失わせるおそれなしとしない。


当連合会は、原決定に続き最高裁決定も裁判官の市民的自由についての国際的趨勢に逆行する姿勢を示したことを憂えるものであり、わが国司法の将来のために裁判官の市民的自由の確立に向けて引き続き全力を尽くすものである。


1998年(平成10年)12月3日


日本弁護士連合会
会長 小堀 樹