寺西裁判官に対する注意処分に関する会長談話

旭川地方裁判所長は、同地方裁判所寺西和史判事補が朝日新聞(平成9年10月2日付「声」欄)に「信頼できない盗聴令状審査」と題する投書をしたことについて、現職の裁判官がそのような内容の投書を行うことは「著しく妥当を欠き、明らかに裁判官として相応しくない行為である」という理由で、平成9年10月8日、同判事補に対し下級裁判所処理規則第21条に基づき書面による厳重注意を行った。


憲法21条に定められた言論・表現の自由は、国民の基本的な自由権の一つとして特段の理由ある場合以外は最大限に尊重されなければならない。同判事補の投書も令状審査の現状一般についての認識の一端を表明することを通じて、組織犯罪対策法案に対する危惧を表明したもので、言論・表現の自由の保障の範囲内にあるものというべきである。その意見や表現の当否について反論があるならば、自己の見解を明らかにして、正々堂々と論争し、その判定を国民に委ねる態度こそ国民主権の原理に沿うものである。


最近のわが国における令状審査の結果をみると、令状請求却下率は年々低下して最近では、0.12%にまでなっており、その却下率の低さを異常と指摘する声も多い。同判事補の指摘もこの点に立脚しているものと理解される。


同判事補は、このような結果を令状審査の空洞化ないし形骸化と認識し、その認識を前提として、上記法律の制定に危惧を表明したものであり、所長の注意書が指摘するような「裁判官は信用に値しないと論じる」とか「実態に反してこれを誹謗中傷する」ことに眼目があったとは思われない。ましてや同判事補に対して司法行政上の監督権の行使としての書面注意をもって臨むことは、事実に基づき、相互批判により解決すべき事柄を命令・服従関係に置きかえて処理しようとするもので、不当といわなければならない。


このような対応は、裁判官もまた享受すべき言論・表現の自由ひいては裁判官の独立をも害することになりかねないので、これを黙過しがたく、ここに遺憾の意を表明する。


1998年(平成10年)2月6日


日本弁護士連合会
会長 鬼追明夫