諫早湾潮受堤防締切に対して
1997年4月14日、有明海の諫早湾が国営の干拓事業のために潮受け堤防で締め切られた。その後刻一刻と干潟の乾燥化が進行し、底生生物が死滅している。世界的にみても重要な価値を有する干潟を消滅させることに対しては、国内はもとより海外からも抗議の声が日増しに高まっている。
当連合会は、1996年10月、大分県別府市で開催した第39回人権擁護大会において、「野生生物の保護を求める決議」を採択した。これに先立ち、当連合会は、諫早湾干拓事業の現地調査を実施し、干潟の生態系や干拓事業問題について調査・研究を行った。
諫早湾干潟は、3300ヘクタールという広大な面積を有し、その有機物量が他の干潟の10倍に及んでおり、干潟としては質量ともに国内最大級である。有明海の象徴ともいえるムツゴロウや生きた化石と呼ばれるオオシャミセンガイなど、多様な底生生物の生息地であり、シギ・チドリなど実に232種に及ぶ渡り鳥の重要な飛来地でもある。そして、幾千年もの間、人類に自然の恵みを供給し続けてきた。
諫早湾干拓事業は、生態系へ悪影響を与えて深刻な環境破壊をもたらすから問題があるというだけではない。1970年以来続いている減反・開田抑制政策の結果、多くの休耕地が生まれた状況下で、果して2370億円もの巨費を投じて新たに1840ヘクタールもの農地造成をすることがそもそも必要なのか、大いに疑問がある。また、高潮洪水の防止目的というのであれば、既存堤防の嵩上げや排水機能の強化、高床式建築など洪水に強いまちづくり等々、干潟と共存できる代替案はいくらでも考えられる。
当連合会は、このたび、国営中海土地改良事業における本庄工区の干拓事業について、即時廃止を求める意見書をとりまとめた。この中海干拓事業と全く同様に、諫早湾干拓事業についても、干拓事業の必要性・費用便益の分析や環境に対する影響を踏まえた代替案の比較検討などを十分しないままに、事業が継続されようとしている。まさに、悔いを千載に残すことになる。
当連合会は、現時点においては、干潟が回復不可能な事態に至らないよう排水樋門を一旦開放して海水を干潟に導入し、生態系に与える被害を最小限に食い止めることが緊要であると考える。その上で、干拓事業を継続するか、変更・廃止するかの問題について、情報公開・住民参加手続きを保障したうえで、自然保護団体を含めて、事業の必要性・合理性や干潟に与える影響など諸々の視点から十分論議を尽くすべきである。
もはや一刻の猶予も許されない。速やかに排水樋門を開放するよう強く求める。
1997年(平成9年)5月22日
日本弁護士連合会
会長 鬼追明夫