名古屋毒ぶどう酒事件最高裁特別抗告棄却決定に関する会長談話
昨日、最高裁判所第三小法廷は、奥西勝氏の再審請求に関する特別抗告を棄却する決定を下した。
この事件は、一審津地方裁判所が自白を犯行の動機、準備、実行の全てにわたって不自然不合理で信用できないとして無罪判決を下したが、二審名古屋高等裁判所が、犯行に供されたぶどう酒の王冠上の傷痕を奥西氏の歯痕だと断定した松倉・古田鑑定を全面的に信用し、刑事裁判史上前例のない逆転死刑判決を下した特異な事件である。
奥西氏は事件発生以来、一貫して無実を叫び続けており、日本弁護士連合会は1973(昭和48)年以降、その再審の闘いを支援してきた。今回の決定は、第5次再審請求に係るものであって、弁護団は請求審において鈴木・土生鑑定などの新証拠を提出して松倉・古田鑑定など鑑定の誤りと非科学性を余すところなく明らかにした。1988(昭和63)年12月14日、名古屋高等裁判所刑事第一部は再審請求を棄却したが、確定判決の主柱となった松倉・古田鑑定の証明力が大幅に減殺されたことを認めたものであった。それにも拘らず、右決定は物証の支えを失った自白を信用できるとして死刑判決を維持したのである。これに対する異議審においては、弁護団は土生再鑑定、現場での再現実験、犯行に使用されたという農薬が赤色に着色されていた事実などの新証拠を追加して、確定判決、原決定の矛盾を詳細に分析して反論を加えた。しかし、異議審名古屋高等裁判所刑事第二部もまた1993(平成5)年3月31日に請求審決定に追随して異議審申立を棄却したのである。これに対する特別抗告により審理は最高裁判所に移ったが、この間、この事件に対する国民の世論も日増しに高まり、全国的な支援組織も生まれていた。
当連合会は最高裁が「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の大原則に沿う判断を下し、免田、財田川、松山、島田の死刑再審無罪事件に続いて本件も再審開始への道が開かれるものと期待していた。本日の棄却決定はこの期待を大きく裏切るものとなり、甚だ残念である。
このたびの最高裁決定は、確定判決の主柱であり唯一の物証である歯痕鑑定の証明力が大きく減殺されたにも拘らず、これが情況証拠や自白の証明力に影響を与えないとするものであり、犯行場所を公民館と断定しているが、犯行に供されたぶどう酒の王冠や封緘紙が公民館で発見されたというだけでは犯行場所を公民館に限定する根拠に乏しく、また、奥西氏の捜査段階における自白の任意性、信用性を安易に肯定しており、これまで蓄積された証拠の総合評価や自白の任意性、信用性に関する最高裁の判断基準を大きく後退させたものと考える。
当連合会としては「無辜の救済」という再審制度の理念を堅持し、奥西氏の再審開始・無罪判決獲得まで今後も引き続き尽力する所存である。
1997年(平成9年)1月30日
日本弁護士連合会
会長 鬼追明夫