TBS問題(放送倫理)に関する声明

1.

東京放送株式会社(以下「TBS」という)は、1989年10月にオウム真理教から要求を受けて、被害者弁護団の坂本堤弁護士のインタビューを収録した放映前のビデオテープを同教団の幹部らに見せ、結局放映を中止したとの事実が報道された。国会の逓信委員会で同社社長らの参考人招致などが行われ、本年4月9日同社社長は辞職を表明した。そこに至るまでの同社内の調査が極めて杜撰であり、国民の知る権利に奉仕する使命を持つ報道機関としての責任感と真摯な対応に欠けていたことが、更なる混乱と大きな社会的批判を引き起こしている。TBSは、オウム真理教幹部らから未放映の坂本弁護士のインタビューテープの開示を強硬に求められ、更に放映についても抗議を受けたのであれば、放映を中止することなく、そうした相対立する立場の取材も行い、併せて報道する方法を工夫するべきが報道機関の責務であった。また、TBSは、当連合会が坂本堤弁護士一家失踪事件について、当初から繰り返し市民に対して情報の提供を呼びかけ、その救済に全力を尽くしていたのを承知していたのであるから、オウム真理教幹部らが同テープをめぐり抗議に来た直後に、同弁護士一家の失踪という事態が発生したという事実を、しかるべき時期に当連合会か、少なくとも同弁護士の所属事務所へ知らせるべきであった。TBSの前記対応は、報道機関としての責務を放棄したものであり、極めて遺憾である。


2.

ところで、今回のTBS問題は、視聴率優先の名のもとに放送倫理を軽視してきたテレビ放送界の体質から生じたものであり、マスメディアは、報道機関として強い倫理性が要求されていることを今一度自覚すべきである。TBSは、今回の問題は、報道機関の自主性、自立性の確保という放送倫理の根幹に関わる重大な問題であることを深く認識し、自主努力によって事実経過を徹底的に解明し、有効な防止策を講ずるべきである。しかるに、今回の問題についての批判は、視聴者や他メディアによる自由闊達な意見や討論に委ねるべきであったところ、TBSの自浄能力が不十分だったこともあって、国会が関係者の参考人招致を実施するとの事態を招いたことは、報道を不当に萎縮させるおそれがあり、ひいては報道の自由、国民の知る権利を弱めることにもなりかねない。郵政省などは、テレビが免許事業であることを理由に規制を強めたり、また報道内容などに介入したりすることがないよう慎重に対応するように求める。


3.

マスメディアは今回のTBSの問題を他人事とはせずに、自らの問題として受け止めるべきである。マスメディアが、市民の信頼を維持するためには、ジャーナリストとしての責任の自覚と、報道倫理、放送倫理の確立のため、記者研修、社員研修を含む制度の抜本的見直しを早急に行うべきである。また、今回のような一放送メディアの倫理性を欠いた不適切な対応が権力の介入に口実を与えないためにも、マスメディアは、当連合会が1987年第30回人権擁護大会での「人権と報道に関する宣言」で提唱したように、調査機能を備えた自主的解決機関(報道評議会など)の設置を真剣に検討するべきである。


1996年(平成8年)4月22日


日本弁護士連合会
会長 鬼追明夫