テロ事件の捜査・弁護活動のあり方に関する声明

昨年来、松本サリン事件、地下鉄サリン事件など、市民への無差別大量殺人につながるテロ事件が連続している。また、近年、坂本堤弁護士一家拉致事件をはじめ、企業幹部ら特定人を標的にしたテロ事件が増加し、本年3月には警察庁長官銃撃事件も発生するに至っている。


これらのテロ行為は、社会を恐怖に陥れる極めて卑劣な犯罪行為であるとともに、民主的な法秩序に対する公然たる挑戦であり、適正な法の手続に基づき処罰されなければならない。また、テロ行為を予防し、発生したテロ事件を捜査し事実を解明することは、市民の強い期待であり、捜査機関の重大な職責でもある。


当連合会は、暴力から市民の人権を護り、社会正義を実現するため、多くの市民と連携して、様々な暴力追放運動に取り組み、坂本堤弁護士一家救出のための活動も続けてきたが、今回の一連のテロ事件に対しても、捜査機関がさらに事件の解明と再発の防止に努めるよう期待する。


もとより、いかなる重大犯罪や特殊事件の捜査であっても、そのこと故に、憲法と国際人権法に基づき確立された適正手続が軽視されたり、形骸化されることがあってはならない。事実の追及が適正手続の原則の下に進められるべきことは、民主的な法治国家において揺るがすことのできない基本原則である。


テロ事件のように大きな社会不安と犯人への強い怒りを生む事件では、客観性を欠いた捜査や法を逸脱した捜査が行われる危険があることは、歴史の教えるところである。誤った捜査は、松本サリン事件の例に見るまでもなく、疑われた市民の人権を著しく侵害するのみならず、真犯人の検挙を遅らせ、事件の再発防止の重要な手段の一つを欠くことをさえ意味する。


地下鉄サリン事件発生以降、オウム真理教関係者の逮捕が急増しているが、特に教団関係弁護士の逮捕後は、当番弁護士の出動などによる接見が数多く行われている。これらの弁護活動を通じて、軽犯罪法違反容疑事件など、住居不定等の限定された場合以外には逮捕勾留が許されない軽微な犯罪による逮捕勾留、別件逮捕による取調べなどの事例が少なからず報告されている。このような捜査のあり方は、憲法と刑事訴訟法に定める適正手続に反する疑いがあり、今後の刑事手続全般への影響も含め、懸念を表明せざるをえない。 当連合会は、刑事法制の改正や死刑再審事件等の冤罪事件への取組み及び当番弁護士制度の実施を初めとした刑事弁護の実践を通じて、刑事司法の改革に長年取り組んできたが、現下の状況において、改めて捜査機関に対し、等しく、憲法と国際人権基準に従った適正な刑事司法手続を遵守されるよう求めるものである。また、あわせて、当連合会としても、刑事司法における弁護人の役割に思いを致し、このような適正手続の実現に向けた取組みを継続することを誓うものである。


1995年(平成7年)5月19日


日本弁護士連合会
会長 土屋公献