不処分少年の起訴について

東京地方検察庁八王子支部は、昨年3月京王線調布駅南口広場で起きた傷害事件について、本年2月28日、5人を傷害罪などで、東京地方裁判所八王子支部に起訴した。


この事件は、東京高等裁判所において、目撃証人の証人尋問等の証拠調べを行ったうえで、昨年9月、5人の犯行を認定することには疑問があることを理由に差し戻され、その後東京家庭裁判所八王子支部の審判において、1名について非行事実がないことを理由とする不処分決定がなされたものである。


このように一旦少年審判手続において、実体審理を経て非行事実が認められないとの判断を受けた少年に対し、成人後、刑事手続において再度同一事実について罪を問いうるとすることは、成長の途上にある少年について、まず家庭裁判所に全権を委ね、不処分決定に対して敢えて検察側に抗告権を認めないこととした少年法の理念に反し、保護手続の規定を潜脱するだけでなく、憲法39条の定める二重の危険の禁止の趣旨にも反する措置である。特に慎重な事実審理を経て、最終的に家庭裁判所において、非行事実が認められないとの公権的判断がなされた以上、検察庁は右判断を尊重し、その趣旨を没却するような行動を差し控えるのが、司法制度全体の整合性の見地からみても当然の事理である。家庭裁判所における公権的判断を無視してなされた今回の起訴は、少年の地位を極めて不安定なものとするだけでなく、国民の司法制度に対する信頼まで揺るがせかねない不当なものである。


当連合会は、昭和59年3月に「少年法『改正』答申に関する意見」を発表し、少年法の改悪に反対するとともに、現行の少年審判手続の中で少年の権利保障を充実させるべく、様々な取り組みを重ねてきた。現在、国際的にも少年司法における少年の権利保障をますます充実させていこうとの動きが強まっているが、今回の起訴はこのような動きにも逆行するものであり、当連合会としては、強く遺憾の意を表明するものである。


1994年(平成6年)3月29日


日本弁護士連合会
会長 阿部三郎