「脳死及び臓器移植に関する各党協議会」作業部会による「臓器移植法案(仮称)要綱(案)の発表に対して

1.

「脳死及び臓器移植に関する各党協議会」(座長・森井忠良衆議院議員)の作業部会は、12月2日、「臓器移植法案(仮称)要綱(案)」(以下、森井要綱案という)を発表し各党のすみやかな同意を求めた。森井要綱案は、多くの肝心な問題点を内容の不明な省令、「運用等」、「専門家の意見」、「具体的指針」などに白紙委任しつつ


  1. いわゆる「脳死」を人間の死と認めて「脳死体」を「死体」と法定し、
  2. 「脳死」の定義・判定基準は「いわゆる竹内基準に準拠」し、
  3. 臓器提供はドナー本人の意思によるが

それが明らかでない場合は「遺族」の承諾によることを認めるなどの内容になっている。


森井要綱案は、本年5月19日に発表されたいわゆる野呂素案に一部修正を加えたもので、当連合会は、この野呂素案に対して、本年6月2日会長声明を発表し、また、この野呂素案がほぼ踏襲している生命倫理研究議員連盟の昨年10月の案に対して、本年3月19日、理事会において意見書を確定し、その中において、人権侵害のおそれ、専門的討議の不足などの観点から、


  1. 「脳死」を人間の死とする社会的合意は成立しておらず、
  2. 現段階での「脳死」判定は最も厳格な定義・判定基準・方法によって「脳死」が公正に判定され、
  3. 臓器を贈るというドナー本人の明確かつ自発的な意思が確認される書面がある場合に限るなどの基本原則を外れたものは許されない

旨述べたが、これらの見解はそのまま今回の森井要綱案にも当てはまるので繰り返さない。


2.

森井要綱案は、『1.』について、「臨時脳死及び臓器移植調査会」答申多数意見の「脳死」を「人の死」とする論理が破綻しているのではないかとの重大な疑問に何ら答えることなく、生物学、脳生理学その他専門内外の批判に耳を傾けることもなく、「脳死体」を「死体」とし、その「死亡時刻」についてまで注記するに至っており、法律上も「脳死」を「人の死」と認めたことになる。森井要綱案によれば、摘出・移植に使われるか否かにかかわりなく、「脳死」時刻が戸籍法上の死亡時刻となるおそれがある。


また、『3.』について、「臨時脳死及び臓器移植調査会」答申多数意見が


  1. 臓器の提供を本人の意思にかからしめ、かつ
  2. 「第三者によるチェックを行う仕組みを取り入れるべき」

としていたにもかかわらず、この答申多数意見すら逸脱して、1.につき「遺族は、・・・・・・本人の生前の意思を忖度して判断すること」でよく、2.につき、なんらの仕組みを置かずに「遺族」の意思で摘出できるとしたことは、本人の明確な意思からかけ離れたものとなるおそれがある。さらに、家族に対する「脳死」の説明の注記においては、家族の承諾すら要件とされないことになっており、家族への説明のタイミングによっては家族の申し出を待たずに医師側が摘出を働き掛けることができる上、家族が治療の継続を希望する場合どうするかは不明である。


なお、レシピエント側に対し、「必要な説明を行い、その理解を得るよう努めなければならない」とし、インフォームド・コンセントの「コンセント」(同意)を要件としていない。


また、記録の閲覧についても、原則公開とし関係者がプライバシーを遵守するという制度にはなっていない。


3.

森井要綱案は、例えば「竹内基準において必須とされていない検査の取扱い」や死亡時刻の定め方について「専門家の意見を踏まえ」るとするなど、重要な論点を内容の明らかでない省令、「運用等」、「専門家の意見」、「具体的指針」などに白紙委任した上で、各党に対し、要綱案への同意を求めたものであって、生命倫理諸問題の検討に欠かすことのできない公開の原則に悖ること著しいものであり、かつ法案作成手続上重大な疑問があるといわなければならない。


当連合会の考え方は、本年3月19日の前記意見書末尾の「いわゆる『脳死』移植の基本原則と問題検討のあり方」に要約されているが、各党協議会に対し、いわゆる「脳死」論議はもう済んだとして拙速に陥ることなく、生命倫理諸問題検討の原点に立ちかえり、生物学、医学をはじめとする各専門分野の議論を踏まえ、社会的理解と合意に基づき検討を深められるよう慎重審議を特に要望し、かつ各党に対し、問題の性質上各議員一人一人の熟慮の上の判断を求めるべく党議によって拘束することのないよう要望するものである。


1993年(平成5年)12月10日


日本弁護士連合会
会長 阿部三郎