子供の権利条約に関する会長声明

当連合会は、「子どもの権利条約」が1989年11月に国連総会で採択された直後から、子どもを権利行使の主体と認め子どもの社会参加を重視するこの条約が、日本における子どもの深刻な権利侵害の現状を改める契機となるとして、繰り返し政府に対して、条約の早期完全批准と法改正や運用の見直しを求めてきた。


そして、当連合会は1991年11月15日の人権擁護大会において、「子どもたちの笑顔が見えますか-『子どもの権利条約』と家族・福祉・教育・少年法-」とするシンポジウムを開き、各方面における子どもの権利侵害の実態を明らかにするとともに、その具体的救済に向けての提言を行ない、条約を子どもたちに広く知らせることが緊要であることを指摘した。又、政府の同条約の批准承認案に対しては、1992年5月22日付会長談話や1993年3月11日付意見書などにおいて、その問題点を指摘してきたところである。 今般政府が国会に対し同条約の批准承認案を再び提出するにあたり、政権交替後の新たな政権に相応しい見直しを、次のように加えることを強く要望するものである。


1. 名称と訳文について

従前の政府訳は、まず条約の名称を『児童の権利に関する条約』とし、条約の個々の訳文についても、本条約の精神を十分に表現しきれていない点や、強いて子どもの権利を限定する方向で訳しているとしか思われない点が随所に見られた。細川首相は、8月25日の衆議院本会議において、条約承認後の広報活動では『子ども』という言葉を用いることも考えたいと答弁されたが、当連合会としてはこれを一歩進め、条約の名称を『子どもの権利条約』とし、条約の精神を十二分に表現し尽くした新たな政府訳を掲げて、再提出することを求めるものである。


2. 『留保』と『解釈宣言』について

従前の批准承認案は、条約第37条(c)を留保し、第9条1項ならびに第10条1項の各権利を狭める解釈宣言を付すなど、無条件・完全批准には程遠いものであった。


しかし、留保の対象とされた分離原則は、成長し発達する子どもの基本的な権利として早くから国際的に確立され、日本も無条件で批准している「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第10条2項(b)ならびに3項にも明記されており、留保すべき理由の全くないものである。また、第9条1項ならびに第10条1項に対する解釈宣言は、現に法務大臣の自由裁量の下におかれている出入国管理行政を温存し、本条約の適用対象の埒外におこうとするものであって、国際的な人権高揚の潮流に反するばかりか、日本がこのような解釈宣言付きの批准を行なうこと自体、子どもの権利条約に対する日本の姿勢を疑わせ、国際社会における日本の立場を損なうものである。


政府は、真に国民の側に立った政権、国際社会に通用し貢献しうる政府であることを世界に示すためにも、留保と解釈宣言を排し、本条約を無条件で完全批准すべきである。


3. 非嫡出子に対する差別廃止の法令改正について

既に本年7月12日付会長声明においても指摘したように、嫡出子と非嫡出子の差別は明らかに出生による差別であり、子どもの権利条約第2条1項に抵触するものである。条約に抵触するこのような国内法を抱えたまま批准することは本来許されないものである。


本年6月23日東京高等裁判所が、非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1とする民法第900条4号但書前段を憲法14条1項に違反し無効であると決定したこと、更には去る11月5日国際人権(自由権)規約委員会が、婚外子の差別が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第17条や第24条に反していると指摘していること等にかんがみて、政府は、早急に非嫡出子に対する差別廃止の法令改正作業に着手し、国内法を整備すべきである。


4. 「子どもの権利オンブズマン(パーソン)」の設置について

子どもの権利条約は、子どもに権利が具体的に保障されることを約束するものであるが、その約束を果たすためには、子どもの権利保障の状況を監視し、勧告・提言や人権救済などの活動を行なう独立機関である「子どもの権利オンブズマン(パーソン)」を設置する必要がある。


当連合会は、既に1991年11月15日の人権擁護大会の決議において、「子どもの権利保障を最優先の課題とするためには、国・地方公共団体に…『子どもの権利オンブズマン』(仮称)を設置するなどして子どもの権利の確立とその侵害の監視・救済に積極的に取り組む必要がある」と提言したが、条約の批准は、子どものためにかかる独立の専門機関を設置することの必要性を一層促すものである。これまでの条約批准のための国会審議の場においても、新政権を構成する日本社会党、公明党、民社党などが一致してその設置を強く主張していたところであり、政府は独立の機関としての「子どもの権利オンブズマン(パーソン)」の具体化に向けて早急に検討すべきである。


なお、当連合会は、全国各地の弁護士会内に「子どもの人権救済の窓口」を開いて、子どもの人権侵害の訴えに対して事情聴取や調査を行い、勧告、要望などをして子どもの人権の具体的救済に努めてきたことにかんがみ、政府において「子どもの権利オンブズマン(パーソン)」を検討するにあたっては、関係当局との意見交換、協議をいたしたく、申し入れるものである。


1993年(平成5年)11月19日


日本弁護士連合会
会長 阿部三郎