張振海氏の身柄引渡しに関して

日本政府は、本日午後、張振海氏の身柄を中国政府係官に引渡した。この引渡に関しては、アムネスティー・インターナショナルはじめ多くの人権団体が反対し、さらには新聞等の報道によるとイギリス、フランス両国政府からの異例の「引渡しに反対する」旨の申し入れがあり、さらに又アメリカ下院議員185名の加盟している超党派の人権議員連盟が引渡しに関し文書により「深い憂慮」を表明し、張振海氏の事件において人権の国際基準を確保するため、日本駐米大使に対し張振海氏の引渡しに介入しそれを阻止するよう要請している。


又張振海氏及びその代理人は、現在最高裁判所において引渡命令に対する特別抗告並びに東京高等裁判所に対して人身保護請求を申立て、同事件等は現在係属中である。


今般の拙速な引渡しは、さきに発表した談話において憂慮した事態を日本政府が自ら招くものであり誠に残念である。


東京高等裁判所においても「中国では捜査官憲による行き過ぎた取調べが行われ、刑事裁判手続きにおいても『公正な裁判を求める国際的な準則』が保証されておらず、その傾向は天安門事件以後顕著であるとされ、人権規約の趣旨に反する扱いがなされるおそれが予見されると指摘するものが少なくない。」と認定されているところであり、単に、中国政府から張振海氏の刑事手続きについて「中国法の規定に基づいて適正な刑事手続きを進める」旨の保証をもつて代替できるものでないことは明らかである。しかるに現行の逃亡犯罪人引渡制度・手続においては国際人権規約に違反するような事態を招来することが予想される引渡についても、それを阻止する実効的手段を欠いていることが、今回の一連の手続において明らかになった。これはわが国の負っている国際人権規約上の義務に明らかに反している。政府はすみやかに法改正をはじめ制度改革をすべきである。


又今後、政府は、張振海氏の中国における刑事手続きが、国際人権規約に定められている「公正な公開裁判」が現実に実施され「張振海氏に対し拷問または非人道的・屈辱的な取扱いないし刑罰」が科せられないよう担当者を派遣し裁判を傍聴させ又随時中国政府に報告を求めるなど中国政府の保証の履行を厳重に監視すべきである。


1990(平成2)年4月28日


日本弁護士連合会
会長 中坊公平