沖縄における人権問題に関する声明

日本弁護士連合会は、かねてより沖縄問題については多大の関心をいだき、従来も司法制度に関する調査を行ってきたのであるが、昨年6月になされたいわゆる裁判移送問題を契機として、沖縄問題調査特別委員会を設置し、対象を司法の分野のみに限定せず、広く沖縄社会の全般にわたって、人権問題を中心とする調査を行なうこととした。この委員会は爾来今日に至るまで1年余の間、広く資料を収集し、各界の意見を聴取し、2回にわたって調査団を派遣するなど鋭意調査の作業を進め、このほどようやく報告書の完成をみるに至った。


われわれは、沖縄における人権問題を司法制度、渡航、米軍人等の犯罪、軍用地、労働、教育および社会保障の7部門に大別して調査したのであるが、それらの各種人権侵害に関する報告をとりまとめた結果は、あたかも沖縄白書の観を呈するに至った。このことは沖縄における人権侵害が社会の全域にあまねくおよんでいることを端的に示すものとして注目されねばならない。


司法制度

まず、司法制度についていえば、この分野における基本的問題点は、米民政府との関係における司法の独立性、自主性の極端な欠如である。「合衆国の安全、財産または利害に影響を及ぼすと認める場合」というような解釈上自由に範囲を拡大しうる条項による裁判権の剥奪、米軍人、軍属、その家族等に対する刑事裁判権の全面的排除、高等弁務官による裁判移送命令、再審、刑の執行免除などの裁判介入権、裁判官に対する直接間接の人事権等は、布告、布令等米民政府法令の恣意性とあいまって、沖縄県民の人権を、その根底において揺がせている。この点については、当会が夙に各方面にその弊害を指摘していたところであるが、遺憾ながら、いまだに何の是正措置もみられず、今日なお沖縄県民は、文明社会の原則とされる「自国民による裁判」の保障を与えられていないのである。


米軍人等の犯罪

これとの関連において無視できないものに米軍人、軍属の犯罪行為がある。相当数の軍人、軍属による人もなげな犯罪の数々は、質において筆舌に尽しがたく、量においてとうていこの報告書の網羅しうるところではない。このような行為はわれわれの文明に対する信頼を著しく損うものであり、大多数の善意ある米国人のひとしく不名誉とするところであろう。彼等犯罪者が「極東の安全や平和」によって情状を酌量されるべき一片の理由もない。しかも、沖縄側警察の逮捕権は制限され、沖縄側裁判所には裁判権がなく、被害の賠償すら一方的査定にまかされており、住民は戦々兢々として、ひたすら災難のわが身に及ばぬことを願うのみである。


当会は近く訪米される首相が、米国大統領に対し峻厳且つ迅速な是正措置を要求し、あいともに文明の権威を護られるよう強く要望せざるを得ないのである。


軍用地問題

これら犯罪行為の多くをその周辺に惹起している基地は、また軍用地問題の根源でもある。軍用地の接収は、住民の生活の基盤としての土地を直接奪うものであるから、米軍と住民との矛盾はもっとも鋭いかたちをとって露呈される。その土地で生活をしているものは、土地の取上げに対しては最大限に抵抗し、すでに接収された土地に対しては、すみやかな返還と十分な補償を要求する。沖縄における米軍の基地が広大であればあるほど、住民の不満と抵抗は広汎になり、強化される。たしかに昨年1月以来、現実には新規土地接収は実行されていない。しかし、それは、住民の激しい抵抗によるのであって、具志川村昆布地区、糸満町喜屋武地区、知念村志喜屋地区における新規土地接収方針は昨年来、米国によって決定されており、また嘉手納、読谷両村における黙認耕作地の取上げも具体化している。そしてかような土地接収に対する司法的救済の道がないことは、接収後の地代が極端に低額であることと共に注意されるべきである。


労働問題

土地を取上げられて疲弊した農村は、多くの余剰労働力を基地に送りこむ。その結果、重労働は平均以下の低賃金と労働基本権の制限とを強いられており、これが一般民間労働者の労働条件に悪影響を及ぼしている。


渡航問題

以上のような沖縄の赤裸々な姿について、誰よりもよく知っているのは沖縄に住む人達であるが、この人々がこれらを公けにするには、相当な決意を必要とする。何となれば、彼等は、将来本土あるいは海外に渡航する場合に、このことが渡航拒否の理由となるのを危惧せざるを得ないからである。渡航一般について最近相当程度の制限緩和がみられることは事実であるが、渡航許可制度の存在とその運用の実態が、このようなかたちで表現の自由を阻んでいることは重大であり、また本土居住者との婚姻その他身分行為に際しての制約や、本土との隔離感の醸成など見逃しえない間接的影響が多く存する。


教育・社会保障

近年本土政府の援助は漸次増大しているが、なおその額は極めて不十分である。教育の分野は、重点的な援助対象とされているが、それでさえ、体育館をもつ学校は小中高校を通じて僅か1校、便所が仮建築であって2階3階にはその施設がないもの小中学校305校中119校という惨状である。また社会保障は、医療、年金、失業、労災、生活保護、社会福祉、社会援護、公衆衛生の各分野にわたってあまりにも劣悪であり、本土における社会保障制度にくらべて著しく見劣っている。


沖縄の法的地位

このように、沖縄における人権侵害は、その大部分が「異民族による軍事支配」に根ざしているのであるが、この20世紀後半、人間文化の昂揚期に、経済的にも文化的にも高度に発達した日本の一部が、いかなる民族も経験したことのない規模で、ほぼ4半世紀の長きにわたって、事実上の軍事占領という状態におかれていることは極めて遺憾である。


今日では、民族の独立主権、領土保全、統一、自決の権利は、国際法上、民族の基本的権利として確立されたものとみてよいであろう。したがって一国の他国に対する実力支配は、その名目の如何を問わず、これら民族的諸権利を侵害するものとして、早急に是正されなければならない。日本民族の基本的主張は、まさにこの点を主軸とすべきである。


しかも米国による沖縄支配の法的根拠とされる対日平和条約第3条は、その条約としての合理性、妥当性に多くの疑問がある。即ち


  1. 沖縄を信託統治地域に予定することは国連憲章第76条、第77条との関係で、許されないのではないか。
  2. またそれは、日本の国連加盟と国連憲章第78条との関係からも許されないのではないか。
  3. 米国が信託統治提案の意思を抛棄したとみられる現在、平和条約第3条の内容は無意味となったのではないか。
  4. そもそも平和条約第3条は、ポツダム宣言違反ではなかったのか。などである。平和条約第3条について、このように多くの疑問があることは、とりもなおさず、現在米国によってなされている沖縄支配が、平和条約第3条をもってしては説明しえないということを意味する。少なくとも、このような不合理な条項の廃止を主張する正当性は充分に存するのである。

しかし、それにもかかわらず平和条約第3条は現存しており、日米両国間における外交交渉によって施政権返還の合意がなされるか、国際連合または国際司法裁判所による国連憲章上の法的手続を経て条約改正に至るまでは、平和条約第3条はなお条約として存続し、その形式的効力を否定することは困難である。


もっとも、そのことは米国の無制限施政権行使を許すものではない。日本が沖縄に主権を有している以上、米国の施政権は日本の主権の制約から全く無関係ではありえないのである。米国は、日本の主権が制定した日本国憲法を尊重し、これによって保障された国民の基本的権利に抵触しないよう施政を行う国際法上の義務がある。その意味で日本国憲法は、大統領行政命令以下民政府諸法令と無関係でなく、これを国際法上制約するものであるといえよう。


外交保護権

そして、沖縄県民の国籍が日本にあるということは、沖縄県民が日本の主権に対して忠誠義務を負っているということであり、日本国の主権は、沖縄県民の忠誠義務に対応して外交保護権を行使する当然の義務がある。この論理は米国最高裁判所の判例もまた認めているところである。沖縄に対しわが国の外交保護権が及ばないとする政府の公式見解は、いわゆる「残存主義」を領土権ないし最終処分権と解し、対人主権は米国にあるとする解釈に由来するものであるが、この解釈が誤っていることは、米国の下級審裁判所においてすら明らかにされている。日本政府としては、沖縄県民に対する人権侵害につき外交保護権を行使して、その救済に措置を講ずべきであり、それは国際法上是認される当然の権利であるとともに、沖縄県民に対する当然の義務でもある。


むすび

われわれは、もちろん米国が好んで人権侵害を行っているなどとは思いたくない。しかし「極東の安全と平和」のためには、多少の犠牲もまたやむをえないというような意識がかりにもあるとすれば、そのような考え方に対しては強く抗議せざるを得ない。


このような広汎な人権侵害の上に立つ「安全と平和」がもたらす結果は、米国人自身にとっても極めて不本意であると思われる。この問題は、沖縄現地の人々にとって文字どおり日常生活に直結する問題であるが、同時に日本人全体の民族の権利と誇りに関する問題であり、また米国人の名誉にかかわる問題でもある。


もとより、終局的解決は沖縄の全面的祖国復帰を実現する以外にありえない。しかし、われわれは、復帰の日までかような事態を拱手傍観するものではなく、これらの人権侵害是正のために最大の努力を期するものである。


昭42・11・25理事会承認
総理大臣宛提出