犯罪被害者の誰もが等しく充実した支援を受けられる社会の実現を目指す決議
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私たちが「犯罪被害者の権利の確立とその総合的支援を求める決議」(2003年)を採択してから、我が国の犯罪被害者支援施策は一定の前進を果たしました。2004年には犯罪被害者等基本法が、2005年には犯罪被害者等基本計画が定められたほか、2006年以後は犯罪被害給付制度の拡充が図られています。
けれども、被害直後から公費によって弁護士の支援を受ける制度や、国による損害の補償制度といった、財政支援を必要とする施策は未だに実現されていません。また、犯罪被害者支援条例の制定や、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの設立といった施策も、地域によって大きな格差を残しています。
そもそも、犯罪被害者は「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」の主体なのです。国や社会は、犯罪被害者の権利に対応して、たゆまず支援施策の充実を進めていく責務を負っています。
そこで、私たちは、国及び地方公共団体に対し、以下の施策を求めます。
1 犯罪被害者が民事訴訟等を通じて迅速かつ確実に損害の賠償を受けられるよう、損害回復の実効性を確保するための必要な措置をとること。
2 犯罪被害者等補償法を制定して、犯罪被害者に対する経済的支援を充実させるとともに、手続的な負担を軽減する施策を講じること。
3 犯罪被害者の誰もが、事件発生直後から弁護士による充実した法的支援を受けられるよう、公費による被害者支援弁護士制度を創設すること。
4 性犯罪・性暴力被害者のための病院拠点型ワンストップ支援センターを、都道府県に最低1か所は設立し、全面的な財政的支援を行うこと。
5 全ての地方公共団体において、地域の状況に応じた犯罪被害者支援施策を実施するための、犯罪被害者支援条例を制定すること。
もちろん、私たちも、弁護士による犯罪被害者支援活動について、より一層拡充させることを誓います。さらには、国内で一元的な支援の提供を可能とする犯罪被害者庁の創設に向けて議論を深め、犯罪被害者の誰もが等しく充実した支援を受けられる社会を実現するために全力を尽くします。
2017年(平成29年)10月6日
日本弁護士連合会
提案理由
第1 はじめに
1 犯罪被害者支援施策の現状と課題
(1) これまでの歩み
1990年代後半から我が国において高まった犯罪被害者支援の機運は、2000年代前半に、各種の立法という形で一応の結実を見る。
まず、2000年5月に、いわゆる犯罪被害者保護二法が成立し、犯罪被害者は限定的ながらも刑事手続に関与できるようになった。また、翌2001年4月には、犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律の一部改正により、給付金の支給要件が緩和され、給付額も増額された。
とはいえ、上記の立法によっても犯罪被害者支援施策は依然として十分とはいえず、犯罪被害者が権利の主体として認められるには至らなかった。
それゆえ、当連合会は、2003年に「犯罪被害者の権利の確立とその総合的支援を求める決議」を採択し、犯罪被害者支援施策の更なる充実を推進すべく活動してきたところである。
その結果、2004年には犯罪被害者等基本法が成立し、犯罪被害者は「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」の主体であることが宣言された。その上で、刑事手続への参加の機会の拡充、損害賠償の請求についての援助といった各種の基本的施策が定められ、2005年12月にはこれら各種施策を具体化する犯罪被害者等基本計画が、2011年3月には第2次犯罪被害者等基本計画が閣議決定された。
これらの基本計画下においては、被害者参加制度や国選被害者参加弁護士制度、少年審判の傍聴制度などの創設により刑事手続への関与が拡充されたほか、損害賠償命令制度の導入や犯罪被害給付制度の拡充が図られた。
さらに、2016年4月に閣議決定された第3次犯罪被害者等基本計画においては、刑事手続への関与をより実質化させるための方策や、損害回復・経済的支援等への取組、地方公共団体における被害者支援体制の整備及び関連機関の連携等が重点課題として検討され始めている。
(2) 未だ残る課題
このように、当連合会が2003年に前記決議を採択して以降、犯罪被害者支援施策は一定の前進を果たした。しかしながら、犯罪被害者の多種多様なニーズに応えられるだけの整備は、未だ十分になされているとは言い難い。
そもそも、犯罪被害者が刑事手続に関与できるようにはなったとはいえ、事件発生直後から公費で被害者支援弁護士を選任する制度は実現されていない。
また、損害賠償命令制度により債務名義の取得は簡易になったものの、債権回収の実効性を確保するための方策が十分ではないため、損害回復の実をあげているとは評価できない。
さらに、犯罪被害給付制度の拡充は一定程度図られたが、犯罪被害者等給付金は社会の連帯共助の精神に基づき支出されるものとされ、犯罪被害者の権利としては認められていない。
のみならず、性犯罪・性暴力の被害者の精神的・身体的負担を軽減するには、そこへ行けば必要十分な支援を受けられるワンストップ支援センターが不可欠であるにもかかわらず、2017年6月の時点では、未だ8県でセンターが設置されていない。また、既設のワンストップ支援センターにおいても、その支援内容の点において問題が山積している。
これに加えて、生活支援を含めたきめ細かい支援を実現するためには、犯罪被害者が生活基盤を置く地方公共団体による支援が必要になるところ、その法的根拠となる条例の整備はまだ途半ばである。
犯罪被害者の多様なニーズに応えるためには、財政的な裏付けをもった途切れのない支援の提供が必要であり、各地の被害者支援センターを始めとした関係機関の連携が不可欠である。また、条例による支援が重要であるとしても、究極的には、全国どの地域でも等しく充実した支援が受けられるよう法的整備を進めていかなければならない。
2 犯罪被害者の「権利」とは何か
そこで、私たちはあらためて問う。犯罪被害者等基本法にうたわれている犯罪被害者支援の基本理念、その根拠は何であるか。また、その理念に基づき、犯罪被害者支援のため国家や社会はどのような役割を担うべきであるのか。
まず、犯罪被害者支援施策の在り方を考える上で、犯罪被害者が権利の主体であることの再確認が重要である。これまで犯罪被害者は、不幸にも被害に遭った者として、保護ないし救済されるべき対象とされていた。このような犯罪被害者の位置付けが、施策停滞の一因であったとは考えられないか。
そもそも、犯罪被害者は保護されるべき客体ではなく、いずれ被害から立ち直り、自立して生きていくことを目指す主体的な存在である。このような犯罪被害者の権利の淵源は、個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言した憲法第13条と、その尊厳にふさわしい生活を営む権利を保障した憲法第25条に求めることができる。犯罪被害者等基本法が基本理念として掲げる「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」とは、犯罪被害者がこのような憲法上の権利を有することを確認的に宣言するものと解すべきである。そして、かかる憲法上の権利を保障するため、国は必要な施策を行う責務を負う。
すなわち、犯罪被害者等基本法が、国に対し、犯罪被害者のための施策を総合的に策定し実施するべき責務を負わせるとともに(同法第4条)、地方公共団体に対し、地域の状況に応じた施策を策定し実施するべき責務を負わせている(同法第5条)ことは、犯罪被害者が、そのような施策の策定及び実現を国や地方公共団体に求める「権利」を有していることの現れだと捉えることができる。
もとより、犯罪被害者の権利といっても内実は多様であり、一義的に定義付けることは困難であるが、被害者自身による回復を社会全体で支えるという犯罪被害者支援の本質から具体的な権利内容を定めることができる。それは、加害者に対する請求権のみならず、犯罪により受けた被害の回復のために必要な措置、具体的には国家や地方公共団体等からの様々な支援を受けることを求める権利も含むというべきである。
我が国における犯罪被害者支援施策の在り方について考えるとき、私たちは、このような犯罪被害者の「権利」をいかに保障し、いかに実現すべきかという観点を忘れてはならない。
第2 国及び地方公共団体に求める施策
1 損害回復の実効性確保
(1) 問題の所在
犯罪被害者の権利の一つとして、加害者に対する損害賠償請求権が挙げられる。しかし、現実には、加害者への損害賠償請求は実効性のある被害回復手段となっていない。
2015年、当連合会は、会員を対象として「損害賠償請求に係る債務名義の実効性に関するアンケート」を実施した。これによると、殺人、殺人未遂及び傷害致死といった凶悪重大事件において、約60%の犯罪被害者は、損害賠償金の支払を全く受けていない。また、加害者からの支払を受けた犯罪被害者の中でも、損害賠償金全額の支払を受けたという回答は皆無であった。
(2) 現状
犯罪被害者は、加害者からの任意の支払がなければ、裁判手続を通じて損害の回復を図らなければならない。しかし、通常の民事訴訟は、専門的知識を必要とする上に時間もかかり、高額の請求を行う際には印紙代も大きな負担となることが指摘されてきた。
この問題を解消するため、2008年から、犯罪被害者のための簡易迅速な手続として損害賠償命令制度が導入されているが、加害者の異議申立等により通常の民事訴訟へ移行する可能性を残す等の点で、根本的な解決とはなっていない。
また、確定した判決等に基づいて強制執行を行うとしても、加害者の不動産や預金口座が不明であれば、差押え等の手続が功を奏することはない。そのため、犯罪被害者は加害者の財産調査を余儀なくされるが、犯罪被害者と加害者との接点が希薄な事案では、かかる調査は極めて困難である。
これに加えて、損害賠償を命じる判決等が確定したとしても、加害者からの支払がないまま10年を経過すれば、時効によって請求権が消滅し、賠償を受けることができなくなってしまう。これを防ぐため、犯罪被害者は、消滅時効中断のために再び訴訟提起等を行わなければならず、更なる手続や費用の負担を強いられることになる。
(3) 提言
犯罪行為における加害者への損害賠償請求権は、犯罪によって受けた経済的被害を回復するための、犯罪被害者にとって重要な権利である。にもかかわらず、損害回復の実効性が確保されておらず、犯罪被害者の権利が画餅に帰している状況は看過できない。
そこで、当連合会は、国に対し、犯罪被害者が民事訴訟等を通じて迅速かつ確実に損害の回復を図れるよう、その実効性を確保するための必要な措置をとることを求める。
具体的には、被害者の損害賠償請求権について消滅時効期間の伸長を認めることが検討されるべきである。また、強制執行段階の制度として、被害者の申立てに基づき、国が加害者の財産情報について調査する仕組みを設けることも考えられる。
2 経済的支援の拡充
(1) 問題の所在
被害者の損害回復の実効性を確保する措置をとったとしても、民事手続を通じた経済的被害の回復には相当程度の期間を要する。のみならず、そもそも加害者が資力を欠く場合には現実の損害回復が期待できない。
犯罪被害者が、犯罪により受けた損害の回復のために必要な措置を国や社会に求める権利の主体であることからすれば、犯罪被害者の損害賠償請求を容易にするだけでなく、犯罪被害者に対する積極的な経済的支援施策の実現を図らなければならない。
(2) 現状
まず、犯罪被害者に対する金銭的な給付については、犯罪被害給付制度の数次にわたる改正に伴い、遺族給付金・障害給付金の引上げや、休業損害を考慮した重傷病給付金の加算等、一定の成果が認められるところである。
しかし、犯罪被害者等給付金は見舞金的性格から出発したものであって、社会の連帯共助の精神に基づき、加害者からの賠償や他の社会保障制度に劣後するとされており、未だに犯罪被害者の権利として認められてはいない。また、度重なる引上げを経てもなお、給付金の額は、犯罪被害者が受けた経済的被害を回復させるに十分とは言い難い。
次に、金銭的な給付以外の方法による経済的支援施策として、犯罪被害者に対する医療や心理療法等を無償提供(現物支給)することが考えられる。このうち、心理療法については、犯罪被害者等施策推進会議における検討会を経て、警察庁によって検討がなされ、無償提供が実現した部分もあるが、その他については未だ公費負担の実現には至っていない。
(3) 提言
犯罪被害者の権利という観点からすれば、現行の犯罪被害給付制度の改正によっては自ずと限界があり、在るべき経済的支援施策を実現することが困難である。
そこで、当連合会は、国に対し、犯罪被害者が国家から補償を受ける権利があることを明記した犯罪被害者等補償法を制定し、経済的支援施策の抜本的な拡充を図るとともに、簡易迅速な請求手続を実現させ、補償項目や補償額を充実させることを求める。
また、犯罪被害者が安心して医療的・心理的支援を受けられるよう、医療や心理療法等の無償提供(現物支給)の早期実現を目指すべきである。さらには、弁護士による法律的な支援を無償で受けられる制度の実現についても検討されるべきである。
これに加えて、国の機関が犯罪被害者による強制執行を代行する制度、あるいは国の機関が加害者に代わって被害者へ賠償金を支払い、追って加害者へ求償する制度の創設についても、議論を深めるべきである。
3 公費による被害者支援弁護士制度
(1) 問題の所在
犯罪被害者が権利の主体であるとしても、その権利を十全に行使するためには、弁護士による法的支援が不可欠である。この点、当連合会としても、犯罪被害者への法律相談体制を充実させ、関係機関との連携を強化し、弁護士による犯罪被害者支援活動をより一層拡充させる所存である。
しかし、資力に乏しい犯罪被害者が弁護士の支援を求める場合、どうしても費用負担の壁が生じてしまう。
(2) 現状
我が国では、2008年に犯罪被害者が刑事裁判に参加する被害者参加制度の創設と併せて、被害者参加人のための国選被害者参加弁護士制度が導入された。
しかし、国選被害者参加弁護士は、裁判所より被害者参加の許可を得た犯罪被害者に限って付されるものであるため、被害者参加制度の対象犯罪以外の被害者は利用することができない。また、犯罪被害者のニーズは被害者参加以外にも多岐にわたるが、被害者参加を望まない犯罪被害者は、公費による弁護士の支援を受けることができない。さらに、国選被害者参加弁護士が選定されるのは公判段階に限定されることから、事件発生から起訴されるまでの捜査段階においては、やはり公費による弁護士の支援を受けることができない。
捜査段階から弁護士の支援を受けるための制度として、日本司法支援センター(法テラス)が犯罪被害者支援の経験や理解のある弁護士の紹介を行っており、一定の役割を果たしている。しかし、同制度は弁護士についての情報提供にとどまり、弁護士費用までを支援するものではない。
このような制度の隙間を埋めるため、現在、当連合会が費用を拠出して、犯罪被害者法律援助事業を展開している。この制度は、告訴状の提出、事情聴取への同行等、起訴前に必要となる活動のほか、法廷傍聴付添、示談交渉、報道対応など、起訴の有無にかかわりなく、被害者参加制度の対象活動から漏れた部分をカバーしている。
しかし、犯罪被害者法律援助事業は、その財源を弁護士の特別会費に拠っていることから財政的基盤が脆弱であり、制度の永続性が保障されていない。
この点、犯罪被害者支援について先進的な取組がなされている諸国では、犯罪被害者が公費によって弁護士の支援を受ける制度が手厚く整備されている。
例えば、ドイツでは、捜査手続、公判手続等、刑事手続全般における被害者の利益保護を目的として活動する被害者弁護人を国費によって依頼する制度が存在する。また、イタリアでは、刑事裁判における冒頭陳述、証拠調べ請求、民事当事者としての付帯私訴等を行う被害者弁護人を国費によって依頼することが可能である。さらに、スウェーデンでは、裁判所が被害者のために国費によって補佐人(弁護士)を選任する制度が存在する。ノルウェーでも、重大犯罪について、捜査段階から国選の被害者弁護人選任制度が存在する。
(3) 提言
犯罪被害は突然生じるものであり、犯罪被害者は、事件発生の直後から、激変する社会生活(職場、学業、日常生活等)への対応を強いられる。そればかりか、捜査への協力や刑事裁判への対応、加害者に対する損害賠償請求といった各種の法律問題に直面し、場合によっては報道機関の取材攻勢にも晒されることとなる。
事件が重大であるほど犯罪被害者の負担が過重となるにもかかわらず、被害者参加の局面以外において弁護士の選任を自助努力とするのは、あまりに酷である。犯罪被害者の権利をいかに保障し、いかに実現すべきかという観点からすれば、公費によって弁護士の支援を受けることは、欠くべからざる支援施策というべきである。
そこで、当連合会は、国に対し、犯罪被害者の誰もが、事件発生直後から弁護士による充実した法的支援を受けられるよう、公費による被害者支援弁護士制度を創設することを求める。
4 ワンストップ支援センターの整備
(1) 問題の所在
種々の犯罪被害の中でも、性犯罪の場合、警察への被害申告率が相当に低いことが指摘されている。
法務総合研究所が2012年に実施した「犯罪被害実態(暗数)調査」によると、性的事件(強姦、強制わいせつ、痴漢、セクハラ及びその他不快な行為で、一部、法律上処罰の対象とならない行為を含む。)の被害申告率は18.5%であり、窃盗(34.8%)や強盗(45%)等に比べ、低い数字となっている。また、内閣府男女共同参画局が2014年に実施した調査によると、無理矢理性交されて警察に相談した人はわずか4.3%とされている。
このように、多くの被害者はその被害を誰にも相談できず抱え込んでいるという状況に鑑みれば、犯罪として認知立件されるもののほか、現行法では犯罪として立件されない、いわゆる性暴力の被害者に対しても、性犯罪の被害者と同等の支援を提供することが重要である。
そして、そのような性犯罪・性暴力被害者にとって、被害直後から医療を含む様々な支援を受けられるワンストップ支援センターの必要性は、極めて大きい。
(2) 現状
国は、第2次及び第3次犯罪被害者等基本計画において「ワンストップ支援センターの設置促進」を掲げ、第4次男女共同参画基本計画では、成果目標として、2020年までに行政が関与する性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター設置数を各都道府県に最低1か所とする旨明記し、2017年度には「性犯罪・性暴力被害者支援体制整備等促進交付金」を創設した。
当連合会においても、2013年4月、総合病院内に拠点を有する病院拠点型のワンストップ支援センターを都道府県に最低1か所設置し、国は全面的に財政支援すべきこと等を内容とする意見書を内閣府に提出している。これに伴い、全国におけるワンストップ支援センターの設置数も、2017年6月の時点において39都道府県に開設されるに至っており、これまで一定の成果が現れているように見える。
しかし、未だワンストップ支援センターが開設されていない都道府県が存在することに加え、既設のワンストップ支援センターにおいても、支援内容の点において、問題が山積している。
まず、本来ならば各都道府県において最低1か所は病院拠点型のワンストップ支援センターが必要であるところ、病院拠点型のセンターが設置されているのは、39都道府県のうちわずか5分の1程度である。
また、実際の支援で最も大きな役割を担うのは、被害者からの事情聴取や支援コーディネート、関係機関への付添い等を行う支援員である。にもかかわらず、多くのワンストップ支援センターでは、支援員の人件費を地方公共団体からの低額な業務委託金や民間の寄付金等に依存しているため、支援員に対して十分な賃金を支払えない状況にある。その結果、高度な支援メニューを提供できる人材の雇用が困難となったり、必要な支援員の数を確保できず、相談時間や支援内容を限定せざるを得ないという問題が生じている。
その上、支援員の質を確保するには、継続的な専門的研修が必要となるが、資金の不足するセンターにおいては、そのような継続的研修の実施も難しく、支援員の質の確保にも問題が生じることとなってしまう。
さらに、被害者への充実した支援のためには医療費や法律相談費用、カウンセリング費用についての公費負担制度が必須であるものの、これら全ての費用について十分に公費負担を実施しているワンストップ支援センターは数えるほどしか存在しない。
これに加えて、性犯罪・性暴力被害は時を選ばず発生するものであるため、被害者がいつでも駆け込むことができるよう、本来は24時間体制での支援が望まれるところ、現実に24時間体制をとっているワンストップ支援センターは全国で10か所程度にすぎない。
(3) 提言
犯罪被害者の権利をいかに保障し、いかに実現すべきかという観点からすれば、性犯罪・性暴力の被害者は、性別、性的マイノリティ等を問わず、誰もが等しく充実した支援を受けられるべきである。にもかかわらず、このようにワンストップ支援センターが不足し、その質にばらつきがある要因は、国が責任主体として十分な財政的支援を行っていなかったため、各センターが限られた資源や財源の中で組織形態や支援内容を決定せざるを得なかったという点にある。
そこで、当連合会は、国に対し、性犯罪・性暴力被害者のための病院拠点型ワンストップ支援センターを、都道府県に最低1か所は設立し、国が全面的な財政的支援を行うことを求める。
5 被害者支援条例の制定
(1) 問題の所在
犯罪被害者の権利を保障し、その実現を図るべき責務は、国だけが負うものではない。犯罪被害者等基本法は、地方公共団体に対し、地域の状況に応じた施策を策定し実施するべき責務を負わせている(第5条)。
地方公共団体は、地域の住民等の問題やニーズを把握し、地域の特性を生かしながら、速やかにきめ細やかな政策を実施することが可能な、住民にとって身近な行政主体であり、犯罪被害者支援の分野においてもその役割は重要である。
(2) 現状
そのような重要性にもかかわらず、2017年4月の時点において犯罪被害者支援条例が制定されているのは、全国47都道府県のうち9都道府県、全1741市区町村のうち183市区町村のみにとどまる。現状においては、犯罪被害者支援施策について、大きな地域格差が生じているのである。
確かに、条例という法形式に拠らずとも、行政計画等の実施によって適切な支援の実現が図られるとの考えもあり得よう。しかし、それでは犯罪被害者支援施策の法的根拠が欠け、継続性・永続性が担保されない。
地方公共団体における犯罪被害者支援の実施、充実及び継続のため、そして全ての犯罪被害者が一定レベル以上の被害者支援を受けられるためには、全ての地方公共団体が条例を制定することが不可欠である。
この点、法律には定めのない独自の施策を設け、犯罪被害者支援を充実させている地方公共団体も存する。
例えば、神奈川県犯罪被害者等支援条例は、知事及び公安委員会と民間支援団体との連携・協力による総合的な支援体制の整備を定めており、これによって関係機関が連携しての犯罪被害者への支援活動が活発に行われ、委託援助事業による法律相談が年間250件を超える等、群を抜いた実績を上げている。
また、京都市犯罪被害者等支援条例では、同市において犯罪被害を受けた旅行者に対し、相談等必要な施策を行うことや、大学との連携を通じて、支援を行うボランティアの人材育成を行っている。
さらに、明石市犯罪被害者等の支援に関する条例では、犯罪被害者が、加害者に対する損害賠償請求権の債務名義を取得した場合は、同市が損害賠償請求権を譲り受けることを条件として、300万円を上限に立替支援金を支払うという、独自の経済的支援制度が設けられている。
(3) 提言
もとより、条例の適用範囲は当該地方公共団体に限られるため、広域的な犯罪被害者支援の実現には限界がある。また、全ての地方公共団体で犯罪被害者支援条例が制定されたとしても、その内容には差異が生じ、全国あまねく同様の支援を望むことは困難であろう。条例による支援に限界があることは否定できず、究極的には国法の整備が求められるところである。
とはいえ、可能な限り地域格差をなくし、どの地域の住民であっても一定レベルの支援が受けられるようにする努力は継続されねばならない。また、地方公共団体が犯罪被害者の声を聴き、寄り添い、独自に先進的な被害者支援条例を定めることで、地方公共団体全体のレベルアップのみならず、国の被害者支援を牽引することも期待できる。
この点、公益財団法人日弁連法務研究財団は、2016年12月、犯罪被害者支援条例のモデル条例案を発表し、当連合会も、セミナー等を通じて地方公共団体への周知を図っているところである。
そこで、当連合会は、全ての地方公共団体に対し、地域の状況に応じた犯罪被害者支援施策を実施するための、犯罪被害者支援条例を制定することを求める。
第3 犯罪被害者支援の未来へ ~犯罪被害者庁の創設に向けて~
1 権利の主体としての犯罪被害者のために
犯罪被害者は「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」の主体である。犯罪被害者の権利を保障するということは、被害者の誰もが等しく充実した支援を受けられる社会を実現していくということにほかならず、国や地方公共団体は、このような社会を実現していく責務を負っている。
確かに、そのような社会の実現の端緒として、犯罪被害者等基本法が制定され、犯罪被害給付制度の拡充が図られるなどしてきた。
しかし、これまで述べてきたように、被害者支援の施策は未だ不十分であり、犯罪被害者の損害賠償請求の実効性の確保や犯罪被害者に対する経済的支援施策の抜本的な拡充、公費による被害者支援弁護士制度の創設、各地における性犯罪被害者のワンストップセンターの設立・整備や被害者支援条例の制定等、犯罪被害者に対する支援のために取り組むべき課題は多い。
2 犯罪被害者庁創設へ向けて
財政的裏付けをもってこれら多岐にわたる課題を解決し、また潜在している新たな課題を見出し、その解決を図るためには、これまでのように総務省や警察庁、法務省、厚生労働省などの各省庁、さらには各地方公共団体ごとの対応に任せることでは限界がある。
とすれば、犯罪被害者支援を目的として、その課題に主体的に取り組み、その責任の主体となるべき存在として、「犯罪被害者庁」が必要であるというべきではないか。
国の機関が、一元的に犯罪被害者施策を統括することにより、縦割り行政の弊害を廃し、地方ごとの被害者支援体制のばらつきを是正することで、まさに犯罪被害者の誰もが等しく充実した支援を受けられる社会を実現していくことが可能となる。
現に、ノルウェーやスウェーデンにおいては、犯罪被害者支援について、経済的補償にとどまらない総合的な支援を行う省庁が設置され、国による一元的な犯罪被害者支援の体制を整えている。
国や社会体制は異なっても、突然犯罪被害に遭った者が心身ともに過酷な状況に置かれることに何らの違いはなく、犯罪被害者支援の必要性に変わりはない。そうであれば、支援の実現のために目指すべきは、国による一元的な犯罪被害者支援体制の構築である。
もとより、現行の行政体制を変革し、財政的な裏付けを必要とする新たな体制を構築することは容易でないだろう。しかし、犯罪被害者に対する必要な支援について検討し、犯罪被害者支援を一元的に統括するための犯罪被害者庁創設に向けた議論を深め、新たな施策を展開していくことで、犯罪被害者支援活動を一層拡充していくことが求められているのである。