犯罪被害者の権利の確立とその総合的支援を求める決議

わが国では、これまで長い間、多くの犯罪被害者が社会的に放置されて孤立し、きわめて深刻な状態におかれてきた。


近年、地下鉄サリン事件などを契機として、社会的関心の高まりと犯罪被害者自身の懸命な努力により、犯罪被害者保護二法が制定され犯罪被害者等給付金支給法が改正されるなど、ようやく犯罪被害者支援に一定の前進がみられた。


しかし、これらはあくまで部分的な改善にとどまるものであり、犯罪被害者支援に係るわが国の現状は国際水準と著しく乖離している。


犯罪被害者が、大きな打撃から立ち直り、憲法によって保障された幸福な生活を追求することができるようにすることは、国と社会の責務である。犯罪被害者支援は、法的、経済的、精神的諸側面から総合的に行われなければならない。


以上から、当連合会は、国に対し以下の施策を求める。


  1. 犯罪被害者について、個人の尊厳の保障・プライバシーの尊重を基本理念とし、情報提供を受け、被害回復と支援を求めること等を権利と位置づけ、かつ、国および地方公共団体が支援の責務を負うことを明記した犯罪被害者基本法を制定すること。
  2. 生命・身体に対する被害を受けた犯罪被害者が、十分な経済的支援を受け られる制度を整備すること。
  3. 多様な犯罪被害者支援活動を推進するための民間支援組織の重要性に鑑み、 財政面を含めその活動を援助すること。
  4. 殺人等の重大事件の犯罪被害者が、捜査機関・裁判所・メディアに対する 対応等に関し、弁護士の支援を受け、その費用について公的援助を受けるこ とを可能とする制度を創設すること。
  5. 捜査機関が犯罪被害者の訴えを真摯に受けとめて適切に対応するよう、警 察官・検察官に対する教育・研修を徹底するとともに、犯罪被害者に関する 捜査機関の施策の改善のために立法等必要な措置をとること。

当連合会は、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加する諸制度の是非およびあり方について、早急に議論を深めるとともに、民間支援組織との協力関係を強化し、犯罪被害者に対する相談支援活動をさらに拡充して、犯罪被害者の権利確立と支援のために全力を尽くす決意である。


以上のとおり決議する。


2003年(平成15年)10月17日
日本弁護士連合会


提案理由

1 犯罪被害者が置かれている現状

犯罪被害者(刑罰法令に違反する行為によって、生命、身体、財産、精神、又は人格等に対する危害を被った者及びその遺族をいう。以下、同じ。)はこれまで長い間にわたって社会から孤立し、極めて深刻な状況におかれてきた。


わが国において、犯罪被害者に対する支援の必要性がようやく認識されるようになったのは、1970年代に入ってからであった。1974(昭和49)年に発生した三菱重工ビル爆破事件や通り魔殺人事件を契機に、犯罪被害者に対する補償制度の必要性が叫ばれるようになり、1980(昭和55)年に「犯罪被害者等給付金支給法」(以下犯給法という)が成立し、翌1981(昭和56)年には犯罪被害者救援基金が設立された。しかし、これらは、経済的側面のみの施策であり、トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)等犯罪被害者が深刻な精神的被害を受けている事実やその回復に関する施策がないまま、犯罪被害者は再び忘れさられることとなった。


近年、地下鉄サリン事件などを契機に、犯罪被害者に対する社会的関心の高まりと犯罪被害者自身の懸命な努力により、2000(平成12)年に、犯罪被害者保護二法が成立し、その後、犯給法が改正され支給額が増額されるなど、犯罪被害者支援に一定の前進がみられるようになった。しかし、これらはあくまでも部分的な改善にとどまるものと言わざるを得ない。ことに、犯罪被害者がもっとも必要としている被害発生直後の支援(危機介入と呼ばれている)については、わが国では、2001(平成13)年4月に改正された犯給法第23条により犯罪被害者等早期援助団体の認定制度が導入されたことにより、ようやくその緒についたばかりである。この点、アメリカではNOVA(全米被害者援助機構  National Organization for Victim Assistance )、イギリスではVS(Victim Support)、ドイツを中心にしたヨーロッパでは「白い環」(Weisser Ring)が中心となって充実した危機介入がなされていることに比べるとその立ち後れが顕著である。


2 弁護士、弁護士会の犯罪被害者支援のこれまでの取り組み

当連合会は、1960(昭和35)年11月12日、第3回人権擁護大会において「被害者の人権擁護の件」を決議し、その後1976(昭和51)年までの間に「犯罪被害補償制度の確立に関する決議」、さらに、「刑事被害者保障法要綱」「刑事被害補償法案」を策定し、当時としては先駆的役割を果たしたものの、その後、長い間にわたって被害者支援のための具体的活動を行ってこなかった。しかし、1997(平成9)年になって、犯罪被害回復制度検討協議会を設置して、犯罪被害者支援策の検討を始め、1999(平成11)年10月には、「犯罪被害者に対する総合支援に関する提言」を行ったが、それは、犯罪被害者基本法要綱を提示し、その立法化を推進すること、単位弁護士会の犯罪被害者支援相談窓口の開設と運営を支援することなどを当連合会の取組課題とするものであった。そして、同年に、「犯罪被害者対策委員会」(翌年「犯罪被害者支援委員会」に名称変更)が発足し、当連合会としての犯罪被害者支援に向けた取り組みが本格化するとともに、多くの単位会にも犯罪被害者支援の委員会や相談窓口が設置されてきたが、未だ相談窓口が設置されていない単位会もあり、さらなる努力が必要とされている。


3 国に求める施策

(1) 犯罪被害者基本法の制定

憲法第13条は全ての国民に生命・自由・幸福追求の権利を認め、第25条は全ての国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を認め、国に、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上・増進に務めるべき義務を課している。国連は、1985年の総会において、「犯罪と公権力濫用の被害者のための司法についての基本原則」を採択し、世界各国は、被害者保護の法制と施策を急速に充実してきている。しかるに、わが国における被害者援助の施策は、極めて遅れている。中でも、犯罪被害者支援の施策が遅れていることは論を待たない。犯罪被害者が、その受けた大きな打撃から立ち直り、憲法によって保障された幸福な生活を追求できるようになるためには,犯罪被害者の権利が確立され、社会全体で犯罪被害者を支援する体制が創られることが不可欠である。そこで、犯罪被害者を孤立させず、犯罪被害者との共生を目指すものであることを宣明するものとして犯罪被害者基本法が制定されるべきである。


そして、その犯罪被害者基本法は、犯罪被害者の尊厳の保障、そのプライバシーの尊重を基本理念とし、捜査機関等から情報提供を受けること、国に被害回復を要求すること、国から支援を受けること等をいずれも犯罪被害者の権利と位置づけるとともに国及び地方公共団体が犯罪被害者支援の責務を負うことを明記したものとされるべきである。


捜査機関等からの情報提供は、被害者等連絡制度(警察)、被害者等通知制度(検察)によりある程度実現されているが、これらはいずれも運用によるものであり、制度としての安定性に欠けるとともに、その運用内容(ことに被害者連絡制度)にも濃淡が見られることから、捜査機関等に情報提供を求めることは犯罪被害者の権利として規定される必要がある。


(2) 生命・身体に対する被害を受けた犯罪被害者が十分な経済的支援を受けられる制度の整備

およそ犯罪被害者は、犯罪により経済的損害を被ることになる。財産犯の被害者が経済的損害を被ることは当然であるが、生命、身体に対する侵害を受けた犯罪被害者の経済的損害は、財産犯の被害者のそれを大きく超える場合が多い。例えば、一家の働き手を殺害された家族は、直ちに生活の糧を失うことになる。また、身体に対する被害を受けた場合は、医療費が必要となることが多いが、それが長期化したり入院したりすればその医療費等はきわめて高額になる。一方、治療のための休業・休職、あるいは、後遺障害により収入が減少する場合も少なくなく、極端な場合には無収入となることもある。このように、生命・身体に対する被害を受けた犯罪被害者は、深刻な経済的損害を受けることが多く、これを犯罪被害者のみに負担させることはあまりにも酷というべきである。


現在は、犯給法により一定の範囲の犯罪被害者に給付金が支給されることとなっているが、その給付金の性格は見舞金と位置づけられていることから、自ずから限界があり、2001(平成13)年の改正により給付金の支給される範囲、金額が拡大されたものの、なお不十分なものと言わざるを得ない。例えば、給付金の支給対象は、死亡した場合、重傷病の場合、一定以上の障害が残った場合に限られているが、実際には、傷害がその程度に至らない場合であっても経済的に困窮する場合が多い。また、金額についても上記のような犯罪被害者の受ける多大な経済的損害を回復するには十分とは言えない。その上、給付金が支給されるまでには煩雑な手続が必要であり、日数も長期間を要するために、実際に多額な費用が必要となる被害後間もない時期には支給が間に合わないことが多い。また、下関事件のように、乗用車でひき殺された犯罪被害者には自賠責が適用され、同一の犯人にナイフで殺害された犯罪被害者には犯給法しか適用されなかった結果、支給額、時期に大きな不均衡が生じた例もある。その他、現行のままでは、給付金が支給されたことにより、それまで支給されていた生活保護費が減額されるということにもなりかねない。このような問題を解消するためには、犯給法を抜本的に改正する必要がある。その場合は、既述のように、国は国民の生命・身体等を守るべき責務を有していること、反面、自由社会にとっては犯罪の発生は不可避であり、それによる経済的損害は社会全体で負担するのが相当であると考えられること等から、生命・身体に対する被害を受けた犯罪被害者には、国に対し経済的支援を求める権利があることが明記されるべきである。そして、給付内容も、定額支給の額の増額だけではなく、治療費の実費全額負担、子供の教育費の一部負担等、多様な犯罪被害者の需要に柔軟に対応できるものとされるべきである。


(3) 民間支援組織への援助

犯罪被害者に対しては、法的支援、精神的支援、経済的支援等多面的かつ長期間にわたる支援が必要であり、その内容も被害発生からの時間的経過によって異なってくる。例えば、被害直後、犯罪被害者が混乱して何も手につかないような場合には、勤務先への連絡、家事、育児等の日常的なレベルでの支援がまず必要であり、諸手続の申請等を代行したり病院へ付添ったりすること等が必要となる場合もある。また、捜査機関からの事情聴取の際の付添や、法廷傍聴の付添等が求められることもある。精神的被害から立ち直るためには、カウンセリングあるいは自助グループに参加することが必要となる場合もある。


このように、犯罪被害者支援は,多種多様な要望を持つ犯罪被害者に,被害発生直後から日常的に寄り添い、必要な支援を被害者と共に考え、援助し、情報を提供し、必要であれば各種専門家の支援につなげていくことから始まる。しかし、その支援は国や自治体のみで担えるものではない。したがって、犯罪被害者支援を推進し、充実させるためには、民間支援組織の充実が欠かせないこととなる。


現に、欧米では、1970年代後半以降、民間の被害者支援組織が、被害者支援活動の中心を担っている。前述した、アメリカのNOVA、イギリスのVS、ドイツを中心にした「白い環」等は、犯罪発生直後から犯罪被害者を総合的に支援している。このような欧米の民間支援組織の財政的基盤はおのおの異なるものの、共通することは大規模な公的財政援助を受けているということである。例えば、NOVAは1984年に制定された「連邦犯罪被害者法」を前提として1985年に約4,500万ドル(約50億円)の公的資金の提供を受け、以後毎年NOVAの活動のための連邦予算が組まれている。VSは1979年にイギリス内務省が予算を支出して設立成立した組織であり、潤沢な活動費を有しているが、現在の収入約2,600万ポンド(約49億円)のうち、政府からの補助金が約2,500万ポンド以上(約48億円)を占めている。「白い環」は、会員数2万人を有する組織で、公益団体として刑事事件の罰金の還付を受けており、また免税措置によって多額の遺産寄付を受けていることから、活動資金が不足することはない。


これに対し、わが国では、1998(平成10)年10月、全国被害者支援ネットワークが設立され、各地に犯罪被害者支援の民間支援組織が設立されたが、その活動は、主に電話相談等にとどまっている。また、前述のように、2001(平成13)年4月に改正された犯給法第23条によって、早期援助団体の認定制度が制定されたが、これは、犯罪被害者の同意を得て、警察署長等から被害者の氏名、住所、犯罪の概要等の情報を早期援助団体と認定された団体に提供することとするものである。これによって、被害直後から早期援助団体が被害者にアクセスし、危機介入をすることが可能となったが、現時点で、社団法人被害者支援都民センター(以下都民センターという)等ごく限られた団体しか認定されていない。これら民間支援組織の活動の多くは支援者のボランティアに頼っており、その財源は個人あるいは企業からの会費及び寄付である(都民センターの年間予算は約1億円にすぎず、そのうち公的資金は僅か2000万円である。それ以外の民間支援組織は年間数百万円の予算で活動しており、そのほとんどは寄付等で賄われている。)。全国で、本格的な危機介入や直接支援を行うためには、各県に少なくとも一つの早期援助団体が設立され、それらの団体の活動に研修を受けた人材が多数参加することが必要である。そのためには、積極的な広報・啓蒙活動により、民間支援組織の活動に対する社会的認知をさらに進めることも必要となる。しかし、現状は、最も規模の大きい都民センターでさえ、その活動が社会に広く認識されているとは言いがたく財政的にも厳しい状況が続いている。今後、わが国の民間支援組織による危機介入等を充実させ、実効あるものとするためには、国が、財政的に民間支援組織を援助するだけではなく、それら民間支援組織にカウンセラーを配置したり、犯罪被害者が再被害を避けるためのシェルターを設置したり、人材の育成や広報活動を行うなど民間支援組織を幅広くバックアップすることが不可欠である。国のバックアップを受けた民間支援組織が犯罪被害者支援のネットワークの中心に位置することによって、犯罪被害者の必要に応じたきめの細かい支援活動が可能となるものと考えられる。


(4) 重大事件の犯罪被害者に対する弁護士支援制度

現在、犯罪被害者は、警察の被害者等連絡制度、検察の被害者等通知制度により捜査状況、処分結果等に関する情報が得られるようになっている。また、犯罪被害者保護二法等により、犯罪被害者に優先的法廷傍聴、意見陳述、法廷付添、公判記録の閲覧・謄写、刑事手続上の和解等が認められている。捜査状況等は、犯罪被害者自身が問い合わせたとしても、上記制度により最低限のことは知ることができるが、弁護士が代理した方がより円滑により多くの情報が得られることが多い。また、犯罪被害者のみが法廷を傍聴したとしても、手続の意味、公判の推移、裁判の見通し等、犯罪被害者の知りたいことはほとんど知ることができない。弁護士が付き添って傍聴し、随時解説をすることによって、初めて、法廷で行われていたことの意味を理解することができる。さらに、意見陳述も犯罪被害者単独では適切に行うことは難しく、弁護士の支援が必要とされている。刑事手続上の和解を適切に行うためには、犯罪被害者にも代理人たる弁護士が必要なことは明らかである。その他、メディアによる二次被害から犯罪被害者を守るためにも弁護士の支援が不可欠である。現在、これらの支援活動は有志の弁護士によりボランティア的に行われているが、例えば、弁護士が長時間・多数回にわたる法廷傍聴の付添をボランティア的に行うことは著しい困難を伴う。


そこで、少なくとも殺人等の重大事件(法定合議事件)の犯罪被害者については、公的な費用によって弁護士に支援を依頼できる制度が創設されるべきである。


(5) 捜査機関に犯罪被害者の尊厳・プライバシー等に対する配慮を促すための施策

近年、捜査機関においても、犯罪被害者の尊厳等に対し配慮をするようになってきてはいるが、未だ、各担当者によって格差があり、犯罪被害者が従前とあまり変わらない対応を受ける例も少なくない。犯罪被害者が最初に接するのは多くの場合警察官である。その警察官が犯罪被害者への配慮を欠いた言動を取った場合、犯罪被害者の受ける精神的衝撃は極めて大きく、深刻な2次被害を生じることになる。また、犯罪被害を申告し、適切な対応を求めているにもかかわらず、捜査機関がこれを放置し、結果として極めて深刻な犯罪被害を受けることになった桶川事件のような例もある。したがって、捜査機関が、犯罪被害者からの訴えを真摯に受け止めて、適切に対応するよう、警察官・検察官に対する教育・研修をより徹底することが必要であり,場合によってはそのための立法も視野に入れられるべきである。


さらに、これまでは、不必要な全裸遺体の写真撮影等の採証活動、犯罪被害者の所有物であるのに当然のごとく差出人である犯人に証拠物を還付する証拠品事務等、捜査事務の各過程において、犯罪被害者の尊厳・プライバシー等に対する配慮の欠如が少なくなかった。したがって、捜査事務の全過程において、犯罪被害者の尊厳・プライバシー等が維持されるよう各種規定を見直し必要な改正がなされるべきである。


5 弁護士・弁護士会の今後の犯罪被害者支援の取り組み

これまで、わが国の刑事司法手続の中では、犯罪被害者は、一つの証拠方法としてしか位置づけられていなかった。この状態は、犯罪被害者保護二法により若干の改善を見たものの今なお変わったとは言い難い。ところが、近時、犯罪被害者の中から、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加できる制度の確立を強く求める声が挙げられるようになり、政府も、これを受けて、包括的な犯罪被害者支援策の検討をする方針を明らかにした。この方針によれば、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加も検討対象となるものと考えられる。しかし、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加は、これまでの刑事訴訟構造を大きく変えるものであり、処罰請求権との関係、訴訟構造との関係、被疑者ないし被告人の権利との関係から慎重な検討を要するものである。当連合会としても、最近の社会情勢を踏まえて、早急に、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加する諸制度の是非及び在り方につき、修復的司法、附帯私訴等をも俎上に載せながら種々の立場から十分に議論をし、これを深めていくものである。


また、当連合会としては、今後、全単位会に犯罪被害者のための相談窓口が設置されるよう最大限の努力をするとともに、都民センター等の民間支援組織との協力関係を強化し、より充実したきめの細かい犯罪被害者支援をする決意である。


以上