豊かな海をとり戻すために、海岸線の新たな開発・改変の禁止、及び沿岸域の保全・再生の推進を求める決議

生物多様性は人類の生存の基盤であり、その保全は重要な人権課題である。特に我が国は四方を海で囲まれ、これまで沿岸域の恩恵を受けて来ており、沿岸域の生物多様性が維持されることもまた我が国における重要な人権課題である。



我が国の沿岸域は、陸域と海域とを分断する埋立てによって干潟及び浅場が著しく減少しており、そこを生息・生育域とする海草類、魚介類や底生生物が減少し、これらのため内湾では、陸域からの汚濁原因物質の流入による富栄養化とあいまって貧酸素水塊が頻発し、沿岸域の生物多様性が更に失われるという悪循環に陥っている。またダム等による河川から供給される砂の減少等によって海浜後退や海岸侵食が生じるなど、我が国の沿岸域の環境は危機的状況にある。



我が国の沿岸域に関する法制度は、従来は公有水面埋立法のような開発か、海岸法のような海岸防護のための法律だけであり、沿岸域を一体的に捉えてその環境を保全する法律はなかった。海洋基本法の制定等によって、ようやく、国によって沿岸域の一体的な管理や利用調整など、沿岸域環境の保全へ向けての方向性は打ち出されているが、地域レベル(内湾や海岸線などの一定のまとまりをもった地域)での対応が望まれる個別沿岸域単位で計画を策定し、管理するという状況には至っていない。



その一方で、泡瀬干潟の埋立てに見られるように、沿岸域の自然破壊は続いている。



沿岸域の環境の悪化を改善するためには、まず、沿岸域環境の悪化の原因となる埋立て等の改変を新たに行うことを原則として禁止すべきである。



さらに、新たな埋立て等の改変を禁止するだけではなく、干潟・浅場の埋立て等の改変により環境が悪化した沿岸域について、環境が悪化する前の干潟・浅場があった状態に回復させるような取組が必要となる。



この、沿岸域を再生して環境を復元する取組は、沿岸域環境による影響を強く受け、またかつての沿岸域環境をよく知る地域レベルで行われるべきである。



したがって、内湾や海岸線などの一定のまとまりごとに、市町村などの地方自治体が主体となって、沿岸環境の影響を受けかつその状況をよく知る関係者の意見を調整しながら、沿岸域を総合的に管理する計画を策定し、それを実行する仕組みが必要である。



よって、当連合会は、次の施策を求める。



1 国及び都道府県等は、沿岸域環境を保全するために、現状の海岸線を保全し、原則的に開発・改変をしないこと。



2 国は、生物多様性の保全・持続可能な漁業資源の利用などの基本原則を踏まえ、沿岸域を再生するための妨げとなる、開発を推進する方向となっている法制度を見直すなど、再生に向けたより実効的な法制度の整備を行うこと。



3 国は、地域レベルで沿岸域の保全・再生へ向けた取組を含めた沿岸域の総合的な管理を行うために、次の施策を行うこと。



(1) 沿岸域の地方自治体が主体となって、関係者による協議機関を設置して管理計画を策定した上で、具体的な取組を実行することができる制度を創設すること。



(2) 上記制度の運営と計画の実施に必要な予算措置、情報の提供等の積極的な支援を行うこと。



以上のとおり決議する。

 

2012年(平成24年)10月5日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 現状と問題点

1 沿岸域(coastal zone)とは

沿岸域とは、沿岸の陸域と海域の利用・保全を一体に進める必要から生み出された空間概念で、その海域あるいは陸域の具体的な範囲には、統一された定義まではないが、生物多様性国家戦略などでも使われている現代の重要なキーワードである。本件決議においては、海岸線を挟んで陸地と海域という広がりのある空間について検討するという視点からこの用語を用いることとする。



この沿岸域の環境の特徴は、水との関わりである。生命の起源であり、生存の基盤である水の循環を通して、沿岸域には生き物がたくさん暮らしている。海域においては海洋生物の大部分が存在し、それゆえに海と陸との境界である海岸には鳥が集まり、また、陸域においては河口の水が利用しやすいこと、容易に食料を得られることから、古来、沿岸域は、人間活動が盛んな場であった。



これは、とりもなおさず、沿岸域は様々な環境問題が発生する可能性を内包した場であることを意味する。

 

2 豊かな海を守ることが重要な人権課題であること

2010年10月、名古屋で、生物多様性条約の第10回締約国会議が開催された。同会議において、海洋生物多様性に関しても、重要課題に挙げられ、戦略目標も定められた。同会議において、地球上で40億年かけて3000万種にもなった多様な生物の種が、急速に減少しつつあり、このため、地球生態系の一員として他の生物に共存し、食料、医療、科学等に生物を幅広く利用し、その生存と文化を生物の多様性に深く依存してきた人類の存続が危うい状況であるという認識が共有された。このように、生物多様性が失われると、現在及び将来世代の基本的人権の基礎となる生存の基盤そのものが脅かされるのであるから、生物多様性を守ることは全世界共通の根源的な人権課題である。



我が国においても、同会議を契機にこの認識が広まりつつある。海洋生物多様性に関しても、2011年3月、環境省によって定められた海洋生物多様性保全戦略において、海洋の生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性を保全して、海洋の生態系サービス(海の恵み)を持続可能な形で利用することが目的として掲げられている。



生物多様性が守られ、海の恵みを持続可能な形で利用できる海が豊かな海である。豊かな海を守ることは、四方を海で囲まれた我が国の重要な政策課題であり、重要な人権課題である。



3 当連合会のこれまでの取組

当連合会は、1977年に大阪で開催された第20回人権擁護大会において、海岸地帯保全法の制定、瀬戸内海環境保全法の制定、両保全法の内容に沿うように公有水面埋立法を全面的に見直すこと等の提言を行った。この提言は、1978年の瀬戸内海環境保全特別措置法の改正につながった。



また、2002年に福島県郡山市で開催された第45回人権擁護大会においては、湿地保全・再生法の制定や、重要湿地の開発計画中止の提言を行った。また、当連合会は、諫早湾干潟、三番瀬干潟、泡瀬干潟などの開発の中止を求めるとともに、重要湿地のラムサール条約登録を求めてきた。これを受けて藤前干潟や 三番瀬の開発が中止されるとともに、2012年7月、ルーマニアで開催された第11回ラムサール条約締約国会議において、当連合会がかねてから条約登録を求めてきた中池見湿地(福井県)のラムサール条約登録が実現した。



さらに、2006年に北海道釧路市で開催された第49回人権擁護大会においては、生物多様性保全法の制定等の提言を行い、この提言は、2008年の生物多様性基本法の制定につながった。



このように、当連合会の取り組みとあいまって、この間、沿岸域の環境及び生物多様性の保全について一定の成果が見られるようになった。



しかし、当連合会をはじめとする国内外のNGOや市民らの反対にもかかわらず、諫早湾干拓事業は強行され、泡瀬干潟の埋立ても進むなど、沿岸域は今なお開発の脅威にさらされている。

 

4 我が国の沿岸域の現状

(1) 沿岸域の機能

海は陸域と河川によりつながっていて、水だけでなく土砂、窒素とリンの栄養塩類も陸域から海に供給されるというように、陸域と海は一体となっている。



海浜は河川や海食崖(波の侵食作用によってできた海岸の崖)から供給される土砂によって形成され、砂が絶えず移動する動的平衡のもとで維持されている。



また、内湾では、河川から供給される土砂によって干潟や浅場が形成され、河川から栄養塩類が供給されるとともに、湾口を介して外海と繋がっていて外海との海水交換があり、その湾特有の物理的化学的環境が形成されている。これらの条件の下で、内湾には干潟に生息する貝類などの底生生物、浅場に生育するアマモなどの海草類、そこを産卵域とする魚類など多様な生物が生息し、その上に漁業等の人間の営みが成り立っていたときには健全な物質循環が維持されるとともに豊かな生態系が形成されていた。



(2) 沿岸域の悪化及びその原因

ところが、戦後の高度経済成長期における埋立・浚渫、海砂利の採取、海岸の人工化などによって、干潟、藻場、珊瑚礁、砂浜などの沿岸域の生態系の規模は縮小した。特に干潟は、内湾に立地することが多く、開発されやすいため、1945年以降50年間の間に約4割が消失し、自然海岸も本土においては、5割を切っている。



干潟や浅場の埋立て、その他締切り等の海岸線の変化は、陸域と海域とを分断するため、海岸の自然状態を失わせるだけなく、湾内の物理的環境を変化させ、そこに生息している生物によって果たされてきた水質浄化機能も失わせて湾内の水質改善条件を悪化させる。水質改善条件が悪化したため、現在、ようやく生活排水対策がある程度進んで流入する汚濁負荷量が減少しているにもかかわらず、水質環境基準の達成率が頭打ちとなっている。さらに、水質改善条件の悪化のため、汚濁負荷量が減少しているにもかかわらず、夏季に有害な赤潮や底層で溶存酸素量(水中に溶解している酸素の量のことで、代表的な水質汚濁状況を測る指標の1つ)が著しく少ない貧酸素水塊(海洋、湖沼等の閉鎖系水域で、魚介類が生存できないくらいに溶存酸素濃度が低下した水の塊のこと)が発生するようになっている。これらを原因として、生物多様性と豊かな生態系は大きく損なわれるようになっている。このような状況にもかかわらず、現在も、干潟や浅場の埋立てが必ずしも合理的とはいえない目的のために行われている。



また、ダム等の建設や砂利採取によって河川からの土砂の供給が減少するとともに、海岸護岸によって海浜においても砂の供給バランスが崩れ、さらには港湾堤防等の海岸工作物によって砂の移動が阻害されることなどにより、外海を中心として砂浜が後退し海岸侵食が著しく進行している。国土交通省は、「近年は海岸侵食が激化しており年間160haもの貴重な国土が失われている。このままの状況で推移すると、15年後には新島(東京都)の面積に匹敵する2400ha、30年後には三宅島(東京都)に匹敵する4800haが侵食によって失われる。」と同省のウェブサイトにおいて報告している。この状況の根本的な原因には、土砂の総合的な循環を考慮せず、縦割りの行政機関によってばらばらに事業が行われていることがあげられる。



閉鎖性の強い内湾では、高度経済成長期から、埋立地を含む陸域からの産業化による工業排水、都市化による生活排水、畜産排水等によって、水質汚濁が激しくなった。水質汚濁防止法等による工場排水の規制等により産業系の汚濁物質の流入削減は進んだが、下水道等の生活排水対策等が進まず、流入する汚濁物質や過剰な栄養塩類による水質汚濁はなかなか改善されず、その堆積も生じている。



さらに、陸域から河川を通じて生活形態の変化に伴う多種多様のゴミが海域に流れ込み、潮流に乗って遠く離れた沿岸に集中して漂着している。



(3) 小括

以上のとおり、我が国の沿岸域は、陸域と海域とを分断する埋立てによって干潟及び浅場が著しく減少しており、そこを生息・生育域あるいは産卵域とする海藻や魚介類等が減少し、これらのため内湾では貧酸素水塊等が頻発し、そのため更に生物多様性が失われている。また、ダム等により河川から供給される砂の減少等によって海浜後退や海岸侵食が生じ、危機的状況にある。 
  

5 我が国の沿岸域に関する法制度の問題点

我が国の沿岸域に関する法制度には、公有水面埋立法、港湾法、漁港漁場整備法など様々な法律があるが、これらは、沿岸域の開発をするために制定された法律であるため、沿岸域の環境の保全に役立つものとはなっていない。



また、従来は海岸の防護を目的としていた海岸法に、1999年には「海岸環境の保全と整備」「公衆の海岸の適正利用」の目的が加えられたが、実際の運用は海岸の防護が中心に置かれており、依然としてヘッドランド(海岸の砂の流出を防ぐために建設される人工岬)や離岸堤(海岸の沖合に設けられる侵食防止のための堤防状の構造物)等の海岸構造物が設置されるなど、沿岸域の自然破壊は続いている。



さらに、我が国においては、2007年に海洋基本法が制定され、同法16条に基づく海洋基本計画が2008年3月に策定された。



この海洋基本計画において、政府が総合的かつ計画的に行うべき施策の1つとして「沿岸域の総合的管理」が挙げられている。具体的には、陸域から海岸までの一貫した総合的な土砂管理、沿岸域の利用調整、沿岸管理に関する連携体制の構築が挙げられている。このように海洋基本計画によって、縦割り行政を打破して、沿岸域を一体的に管理するという計画の枠組み自体は評価できるが、その計画を実際に各沿岸域で実行するための組織体制、予算組などの具体的な実行手段が存在しないため、計画の実現はなされていないのが現状である。



第2 あるべき対策

1 現状の海岸線の新たな開発・改変の禁止

沿岸域の環境の悪化を防ぐためには、これ以上の海岸侵食や干潟や藻場の喪失を防ぐ必要があり、そのためには、現状の海岸線を保全する必要がある。よって、現状の海岸線については、原則として、新たな埋立て、干拓など陸域と海域とを分断する開発・改変は禁止するべきである。当連合会は、開発・改変の許認可権限を有する国及び都道府県等にそのことを求める。なお、都道府県等とは、都道府県に加えて、港湾法による港湾管理者である市町村、一部事務組合、港務局(管理する港湾における埋立免許を付与する権限を有する)及び海岸法による海岸管理者である市町村、一部事務組合(海岸保全区域における施設の新設・改築等の許可権限を有する)を含めたものである。



なお、津波被害から住民を守るための防潮堤の整備が課題となっている地域も多いが、東北地方太平洋沖地震による津波は、防潮堤による防護には限界があることを示したのであるから、津波対策においては、防潮堤などのハード面の充実の他、地域住民の防災訓練、その基礎となる防災情報の充実など、ソフト面を含め総合的に考慮する必要がある。



したがって、防潮堤の建設に当たっては、防潮堤のみによって津波を阻止するという発想はとるべきではなく、自然環境に配慮をしつつ、地域住民の意思を踏まえて、防潮堤の規模、設置位置などを決めて行くべきである。



実際の防潮堤建設に当たっては、国土交通省の「河川・海岸構造物の復旧における景観配慮の手引き」において、生態系の保全も考慮して、後背湿地の背後に防潮堤を作ることにより、砂浜と湿地の連続性が保たれ海岸線における生態系の保全が図れるものとして、陸域と海域とを分断しないよう配慮が求められている。



公有水面埋立法については、環境保全の観点が都道府県知事による埋立免許の審査の際に副次的に考慮されるに過ぎず、「埋立、干拓促進法」に過ぎないとの批判が当てはまるから、沿岸域の環境保全の観点から、今こそ、抜本的に見直すべきである。



また、当連合会が、何度も中止を求めてきた泡瀬干潟埋立事業は、直ちに中止すべきである。



2 保全・再生のための法制度の整備

しかし、新たな埋立て等の改変を禁止するだけでは、悪化した現状を維持するだけで、改善することはできない。



そのため、悪化した沿岸域を再生するためには、過去の開発・改変により干潟や浅場が失われた沿岸域において、干潟などの浅海域を復元・創出し、干潟や藻場などが持つ水質浄化機能を回復させるなど、悪化した環境の状態を良好なものに回復させるための取組が必要となる。



我が国では、1962年に「(第一次)全国総合開発計画」が策定され、さらに、1969年に策定された「新(第二次)全国総合開発計画」において大規模開発プロジェクト方式が採用され、国土の開発が大きく進んだ。この時期、殊に、日本海、瀬戸内海の沿岸域が大きく開発・改変されている。したがって、回復させる対象は、まずは、大規模開発により、沿岸域の環境を大きく改変させた1960年代以降の開発・改変である。この回復のための取組は、コンクリートの構造物等で海岸の状態を大きく改変させてしまった状態を、元の状態に戻すことを理想としながら、地域の実情に応じ、実現性も考慮して、より容易なものから着手すべきであり、次項で述べる協議の場で十分な検討を行って、地方自治体が主体となって、住民とともにその内容を決定すべきである。



そして、そのような取組を促進するためには、法制度の整備が必要となる。



現在の法制度として、失われた自然を回復するために、自然再生推進法が存在する。自然再生推進法を利用するためには、自然再生協議会を立ち上げる必要があるところ、実際の運用では、その自然再生協議会に参加する主管庁を、環境省・国土交通省・農林水産省の3つから選ぶ必要があり、主管庁が決まらないと協議会が立ち上がらない。主管庁が先に決まってしまうと、実際に行う再生事業は主管庁の事業のメニューに限られてしまうため、省庁を横断するような柔軟な再生への対策はできなくなる。このように、地域の実情に合わせた対策を行うという観点からは、自然再生推進法は、その機能を果たしていない現状にある。



そもそも、自然再生推進法に基づく自然再生協議会による計画策定段階から国が関与しなければならないことが根源的な問題点である。再生へ向けての事業を地域の実情に応じて柔軟に行うためには、地域レベルで関係者が協議を行った上で策定された計画に基づいて、地方自治体あるいは地域住民や環境NGOなどが事業の実施者となって事業を行うようにすべきである。そのためには、国の関与については、計画策定への技術的な援助や予算措置などに限定されるべきであり、そのような方向で、自然再生推進法を改正すべきである。



また、海岸の堤防などの国から補助金が支出されている構造物については、補助金等に係る予算の執行適正化に関する法律により、撤去等の改変を行おうとする場合には補助金の返還の問題が生じる。このため、再生への取組ができない状況にある。よって、次項で述べる計画に基づき、沿岸環境を再生する事業を行う場合などには、補助金を返還しないで済むような例外規定を設けるべきである。



なお、三重県志摩市の英虞湾においては、かつて干拓した休耕地を干潟に再生しようという取組が検討されている。ここでは、干拓されて農地となった土地を干潟としようとする場合に、一度発生した国土の所有権をどのように扱うのかという法的問題が生じている。このような農地等の所有権については、沿岸域の再生を推進するために必要がある場合に国が買い上げて海域に戻すことを可能にする制度を創設するなどの法的制度の整備を検討すべきである。

 

3 沿岸域の総合的な管理のための国の積極的な支援

沿岸域を保全・再生していくためには、内湾や海岸線などの一定のまとまりごとに、沿岸域の保全・再生のための対策を、総合的に行う必要がある。



沿岸域の総合的な管理のために実効性のある計画を策定した上で、それを実行していくためには、国が一律的、画一的に管理するのではなく、沿岸域環境による影響を強く受け、またかつての沿岸域環境をよく知る内湾や海岸線など当該地域に強い利害関係を有する地域レベルの単位で、その地域を構成する地方自治体が主体となって計画策定及び管理を行う必要がある。国は、そのような取組を予算等で積極的に支援する必要がある。



さらに、そのような取組を行うには、関係者との意見調整を行う必要がある。沿岸域を現状のままで保全しようとする場合にも、防災の観点からの新たな防潮堤の設置などの開発・改変の必要性について検討を要する場合もあり得る。また、沿岸域を再生しようとする場合にも、開発によって新たな権利関係が生じている場合には、その関係者の意見調整が必要になる。ただし、これらの意見調整を行う場合おいても、生物多様性の保全・持続可能な漁業資源の管理などの基本原則をふまえた調整が行われるべきである。



具体的には、沿岸域を総合的に管理するための計画策定に当たっては、関係する地方自治体が主体となって、市民、環境NGO、研究者、漁業者その他の利害関係者などの関係者を集めた協議を行うべきである。また、その計画の実行においても、関係する地方自治体が、関係者と協力しながら進めて行く必要がある。



この地方自治体を中心とした制度は、海洋基本法の改正あるいは新たな法律の制定によって、海洋基本計画を実行するための地方レベルの組織と位置付けるような法制度の整備として行うべきである。



外国の例でいえば、フランスのトー(THAU)湖においては、近隣の市町村が一定の契約のもとに統合された管理組織(我が国でいう一部事務組合のような組織)を作り、今後6年間にわたり水質汚染の防止、自然環境保護、交通の整備、経済活動の振興などを総合的に行おうとしている。この管理組織においては、市民、漁業者や農業者等の団体、専門家等が協議することにより、地域の実情に応じた沿岸管理を可能とする体制作りがされており、EU諸国の中でも先進的な統合的沿岸管理事例になるものと評価されている。また、イングランドにおいては、2010年国家洪水・水管理法の制定を受けて、限られた財政状況の制約の下で海岸侵食に対してどのような対応をするかという局面で、地域の人々に対策についての重要な判断を委ねる施策がとられることとなった。すなわち、全ての海岸侵食を食い止めることはできないとの政策判断の下、国家機関(EA)によってその地域の海岸侵食に関する十分な科学的情報を与えられ、費用便益分析の結果も勘案のうえ、地域の人々が守るべき海岸線と自然の力に委ねる海岸線を判断するという役割を担うことになった。



このように、地方自治体が地域の実情を踏まえ、それぞれの立場で沿岸域のあり方についての実質的な判断をする協議機関が設けられる仕組みこそが、我が国の沿岸管理にも求められるものである。



国は、このような枠組みを与える法制度を設け、地方自治体を中心とした計画の策定と実行を情報提供や財政面等で支援することが必要である。


第3 結論

以上の理由から本決議を提案する。