第60回定期総会・人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築を目指す宣言

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当連合会は、2006年の第49回人権擁護大会において「現代日本の貧困と生存権保障」をテーマとして初めて貧困問題を正面から取り上げて以来、2008年の第51回人権擁護大会においても「労働と貧困 拡大するワーキングプア」をテーマとするなど、貧困問題に取り組んできた。しかし、日本社会の貧困は、経済不況に至り、一層深刻さを増している。


これまで、構造改革政策の下で、社会保障費は抑制され、社会保障制度は脆弱化した。また、労働分野の規制緩和を背景に、非正規雇用への転換が進み、不安定就労・低賃金労働が広がった。そして、2008年秋以降、不況の到来により、企業が雇用の調整弁としての非正規労働者の雇用を一斉に打ち切ると、雇用保険などのセーフティネットにも支えられず、生活費や住居を失い、今日、明日生き延びることに困難を来す人々が続出した。


今や、雇用と社会保障の劣化は明らかであり、憲法が保障する個人の尊厳(第13条)や生存権(第25条)は危殆に瀕している。今こそ、憲法第13条及び第25条に基づき、すべての人に生き生きと人間らしく働き生活する権利を保障するセーフティネットの構築に向けて、大きく舵を切るべきときである。


弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現をその使命とする。「100年に1度の経済危機」「時代の転換点」と言われる今ほど、私たち弁護士が、その使命を果たすことが切実に求められているときはない。


そこで、当連合会は、第60回定期総会という節目にあたり、人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築に向けて、国や自治体がその責務を果たすよう、最大限の取組を進めるとともに、私たち自身がその職責・使命を果たし貧困問題を解決するために、次のとおり取り組む決意である。


  1. 労働、社会保障(医療・年金・介護、公的扶助、保育、住宅)、教育、税制などを俯瞰した新たな社会政策の提示が時代の要請であることを自覚し、基本的人権の擁護を使命とする在野法曹の立場から、積極的かつ責任ある政策の提案及び立法提言を行い、各地の弁護士会との連携体制を一層強化し、提案・提言にかかる政策と立法実現のために、当連合会をあげて取り組むこと
  2. 労働と生活の問題の総合的な相談窓口を各地の弁護士会に設置するとともに、自治体等との連携により市民がアクセスしやすい体制を構築すること
  3. 生活に困窮した人々があまねく法的支援を受けることができるようにするため、民事法律扶助制度の抜本的改革を進め、対象者・対象事件の範囲と現行の利用者負担のあり方を見直し、同制度の一層の充実発展を目指すこと

以上のとおり宣言する。


2009年(平成21年)5月29日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1 非正規労働者の大量失業

2008年9月にアメリカの金融危機に端を発した経営不安の中で、非正規労働者の切り捨てが全国各地で進行している。


厚生労働省は、派遣労働者・期間労働者・請負労働者・パート労働者など非正規労働者の失業が同年10月から本年(2009年)6月にかけて約20万7,000人に達すると発表した(「非正規労働者の雇止め等の状況について・4月報告(速報)」(2009年5月1日発表))。その約65%が派遣労働者である。


同省の調査によれば、離職者7万3,250人のうち雇用保険を受給できない人が約35%、再就職できていない人が約80%にのぼる。また、雇止め等の状況にある非正規労働者18万3,664人のうち状況が判明した11万0,733人の中だけでも、住居を喪失した人が3,245人いることが判明している。


2 失業が生存の危機に直結し、深刻な社会問題となっていること

失業した非正規労働者のうち、企業が提供した住居にいた人々は、失業と同時に住居や住所を失う状況となっている。住居は雨露をしのげる生活の場として生存に不可欠なものであるが、それにとどまらず、住所があることが市民としての権利の行使やサービス利用の根拠となっているため、住居や住所を失えば、さまざまな権利行使やサービス利用の機会を失うことになる。


また、雇用期間の加入要件により、多くの非正規労働者が雇用保険から排除されている。厚生労働省によれば、非正規労働者1,732万人(2007年)のうち、雇用保険に入っていない人は1,006万人で未加入率は58%に達すると推計されている。さらに、受給資格があっても、派遣元企業が会社都合退職の離職票を発行しようとしない場合や、非正規労働者が失業により住居を失って離職票送付先がなくなっている場合など、実際の受給に結びつかない場合も多い。その結果、受給者は全失業者中のわずか5人に1人にすぎないという状況にある(2007年版厚生労働白書、総務省労働力調査から推計)。


警察庁の統計によれば、経済・生活苦による自殺者数は、2007年は7,318人と、従前から高い水準にあったが、失業により生活のめどがなくなる人が増加すれば、自殺者数が益々増加するおそれが否めない。例えば、2008年12月末に派遣会社を解雇された男性が、所持金2,200円の状態で、本年1月、親族への感謝のメールを遺しJR蓮田駅で飛び込み自殺をしたことが報道されている(2009年1月31日付け朝日新聞朝刊)。


このように、非正規労働者の大量失業は、多くの人の生存の危機に直結する深刻な社会問題となっている。


3 主たる要因

今回の非正規労働者の大量失業と、失業が生存の危機にまで直結する事態を生み出した主たる要因は、第1に、経済のグローバル化の進展の中で国際競争に打ち勝つためとして、労働分野においては、国が労働者派遣法の派遣対象業務の原則自由化(1999年改正)、製造業派遣の解禁(2003年改正)などの規制緩和を進め、企業が、コスト削減を目指し、大規模なリストラを断行して正規雇用を減らし、雇用の調整弁としての非正規雇用への置換えを急激に進めていったことにある。


第2に、日本の社会保障制度は勤労世帯を支える制度として元々脆弱であったところ、構造改革政策が、日本型雇用の解体や規制緩和によって非正規雇用を増大させ、社会保障への需要を大きく増加させながら、他方で、雇用保険の給付削減、児童扶養手当の縮減等の社会保障費の抑制を進め、社会保障制度の機能不全を引き起こしたことである。


その結果、雇用の調整弁としての非正規労働者は、景気変動の影響を受け、不況下では雇用を一斉に打ち切られ、失業によって収入がなくなっても、雇用保険などのセーフティネットが機能しないために、所持金を失い、住居までも喪失するという生存の危機に陥っている。


4 人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築と憲法第25条

このように、構造改革によって、雇用も社会保障も劣化し、人々の生存が危機に瀕している今こそ、あらためて、個人の尊厳原理に立脚した生存権保障制度の意義と重要性が再確認されなければならない。


憲法第13条は、個人の尊厳原理に立脚し、幸福追求権について最大の尊重を求め、憲法第25条は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障している。そして、憲法第27条の勤労の権利及び第28条の労働基本権は、生存権の保障を基本理念として、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、勤労の権利及び勤労条件を保障し、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として労働基本権を保障していること等に照らせば、憲法は、すべての人の人間らしく働き、かつ生活する権利を保障しているというべきである。


生存権は、自由競争に委ねれば社会的調和が形成維持されるというかつての消極国家のもとで、社会的緊張や矛盾が生じたことから、国家が個人の社会・経済生活に積極的に介入し、各種社会政策を展開して、個人の自由・権利の享受の実質的平等を確保するという、積極国家・福祉国家の理念に依拠するものである。自由競争が過度に強調され、貧困と格差が拡大し、生存権保障が空洞化している今日であるからこそ、あらためて憲法第25条の福祉国家理念に立ち返り、人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築を目指して大きく舵を切ることが求められている。


5 当連合会の従前の取組

当連合会は、労働者派遣法については、1985年の制定当時から、従来の労働法理論そのものを根底から変更し、企業が派遣労働者を景気の変動等に応じて調整しうる労働力として使用することを容易にするものであって、派遣労働者の不安定な身分や低賃金等劣悪な労働条件を固定化せしめ、人権にとって黙過しえない重要な問題点を包含するとして立法化に反対し、その後の適用業務の拡大、派遣期間の延長等に際しても、その都度、労働法制の規制緩和に反対してきたところである(1998年5月22日第49回定期総会における「労働法制の規制緩和に反対し、人間らしく働ける労働条件の整備を求める決議」等)。


当連合会は、従前の取組が不十分であり、規制緩和の流れを食い止め、不安定就労・低賃金労働の蔓延や貧困の拡大に歯止めをかけることができなかったことの反省に立って、2006年の第49回人権擁護大会において「現代日本の貧困と生存権保障」をテーマとして初めて貧困問題を正面から取り上げ、2008年の第51回人権擁護大会においても「労働と貧困 拡大するワーキングプア」をテーマとし、あらためて、労働者派遣法の抜本改正を始めとする労働政策及び労働法制の抜本的見直し、社会保障制度の抜本的改善などを国や地方自治体に求め、これらの問題に全力で取り組むことを内外に宣言した。


6 弁護士及び弁護士会の職責と今後の取組

弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現をその使命とする。「100年に1度の経済危機」「時代の転換点」と言われる今ほど、私たち弁護士が、その使命を果たすことが切実に求められているときはない。


私たちは、この国で暮らすすべての人々に生き生きと人間らしく働き生活する権利を保障するセーフティネットの構築に向けて、国や自治体がその責務を果たすように最大限の取組を進めるとともに、私たち自身がその職責・使命を果たし貧困問題を解決するために、次のとおり取り組む決意である。


(1) 労働、社会保障(医療・年金・介護、公的扶助、保育、住宅)、教育、税制などを俯瞰した新たな社会政策の提示が時代の要請であることを自覚し、基本的人権の擁護を使命とする在野法曹の立場から、積極的かつ責任ある政策の提案及び立法提言を行い、各地の弁護士会との連携体制を一層強化し、提案・提言にかかる政策と立法実現のために、当連合会をあげて取り組むこと

日本では、社会支出が低く、税と社会保障が貧困率を削減する機能が弱いことから、勤労年齢人口における相対的貧困率はOECD諸国の中でも高い。このような現状を打開するため、働けば人間らしい生活ができるような賃金・税制を実現する施策や、保育、住宅、教育などの分野への社会支出を通じて再分配機能を高め、過度に賃金依存度が高く、貧困の連鎖が生み出されている構造を変化させることなども視野に入れた、相互に関連させた施策の検討が必要となる。
そして、社会保障がきわめて広範な立法裁量論・行政裁量論のもとに切り下げられてきたことに鑑みれば、このような施策を安定的に実現するためには、憲法の社会権規定を具体化する立法提言が必要となる。
そのために、当連合会は、各地の弁護士会との連携体制を一層強化し、提案・提言にかかる政策と立法の実現のために全力で取り組む。


(2) 労働と生活の問題の総合的な相談窓口を各地の弁護士会に設置するとともに、自治体等との連携により市民がアクセスしやすい体制を構築すること

生活に困窮したときに使える制度を知らないがゆえに、更なる困窮に陥り、住居を失ったり、消費者金融からの借入を増加させたり、自死に追い込まれたりするという事態を防止しなければならない。


 そのためには、第1に、現に人間らしい労働を損なわれ、生活が立ちゆかなくなっている人々の権利保障のための相談窓口の設置が急務である。その際、生活困窮に至る原因となる低賃金・不安定雇用の問題と、現に今困窮している生活問題に同時に対応することが求められることからすると、労働と生活の問題に対応できる総合的な相談窓口が設置されることが望ましい。
なお、既に、東京弁護士会は、生活保護に関する定例常設の相談窓口を設置し、福岡県弁護士会は、生活保護に関する相談があれば登録している弁護士を紹介する制度を開始し、仙台弁護士会は、非正規雇用と生活保護の問題について総合的に対応できる相談窓口を設置して活動実績を重ねている。今後は、全国各地にその実情に合わせて、こうした相談窓口が設置され、現実に生活に困窮している人々を支える活動が広がることが期待される。


 第2に、生活に困窮した市民が相談窓口にアクセスしやすい体制を構築しなければならない。日本司法支援センターとの連携により野外相談を実施するなど、市民からのアクセスポイントを増やすこと、また、生活に困窮した市民が多く訪れるハローワークや、納税、国民健康保険、年金、生活福祉に関する部署を擁する自治体との相互連携を進める必要がある。


(3) 生活に困窮した人々があまねく法的支援を受けることができるようにするために民事法律扶助制度の一層の充実発展を目指すこと
ア 民事法律扶助制度(本来事業)の充実発展
(ア)費用の交付と資力に応じた負担金制度への転換の必要性

生活に困窮した人々の多くは、多重債務、賃金未払い、解雇、離婚、DV等の法律問題を抱えている。しかし、貧困であるがゆえに弁護士などの専門家にアクセスすることができず、「泣き寝入り」している例が少なくない。この国に真の法的正義を行き渡らせるためには、こうした人々があまねく必要な法的支援を受けることができるようにすべきであり、そのためには徹底して利用しやすい法律扶助制度を確立することが決定的に重要である。
しかし、民事法律扶助事業は、生活困窮者のための制度でありながら、生活保護利用者を含めて、全額の償還を建前としている。特に、生活保護利用者は、生活保護制度の利用により、ようやく「最低限度の生活」が可能となっているのであるから、かかる者に費用の償還を求めることは、償還額に相当する分だけ「最低限度の生活」以下の生活水準を強いることとなる。このような制度設計は、民事法律扶助事業の理念・趣旨に反して生活困窮者による制度利用を困難としているとともに、実際に制度を利用した生活困窮者に対し、不当・過酷な負担を強いることとなると言うべきである。
よって、根本的な制度設計としては、費用の立替えと償還を前提とする制度から、費用の交付と資力に応じた負担金を前提とする制度への変更を図ることが望ましい。


(イ)民事法律扶助制度(本来事業)の償還猶予・免除制度を幅広く活用すること

もっとも、現行の償還制度によっても、償還猶予(日本司法支援センター業務方法書第32条)・償還免除(同業務方法書第65条)の規定が存し、「生活保護法の適用を受けているとき」又は「(それ)に準ずる程度に生計が困難であるとき」には償還猶予・免除の決定をすることができることを規定する。したがって、かかる規定の活用を徹底すれば、生活保護利用者等の生計困難者について不当・過酷な負担を強いることは避けられるものである。しかし、この償還猶予・免除の制度は、十分に活用されてこなかった。
よって、生活保護利用者等の生計困難者に関する償還猶予・免除制度の徹底活用を図るため、次のように運用を改善することが急務であり、こうした運用の改善を積み重ねることによって、(ア)で述べた費用の交付と資力に応じた負担金制度への転換を実現していかなければならない。
(1)弁護士・司法書士はもちろん、制度利用者を含む市民全般に対して同制度の存在を広報・周知すること
(2)すべての事件について平等に同制度を適用すること
(3)生活保護利用者に対する立替金は全額償還猶予・免除にすべきは当然のこと、それに準じる程度の生計困難者についても、その資力の程度に応じて立替金の一部の償還猶予・免除を柔軟かつ積極的に認めること(同業務方法書第65条は、「立替金の全部又は一部の償還の免除を決定することができる」としている)


イ 生活困窮者への法的支援の制度の充実を目指すこと
(ア)生活保護申請代理等の援助事業の実施

生活に行き詰まったとき、「最後のセーフティネット」として人々の生活を支えるのが生活保護制度である。しかし、2006年以来、当連合会が毎年実施している全国一斉電話相談の結果、福祉事務所の窓口では、「65歳未満の人は生活保護は受けられない」「家がないと生活保護は受けられない」などの誤った説明により違法に相談者を追い返す、俗に「水際作戦」と呼ばれる窓口規制が行われている実態が確認されている。
現行の民事法律扶助制度では、「民事裁判手続等(裁判所における民事事件、家事事件又は行政事件に関する手続)」のみが扶助の対象とされており(総合法律支援法第4条、第30条第1項第2号)、行政手続の支援は扶助の対象とされていない。
当連合会は、この点に関し、自らの経済的負担で生活保護申請代理等に関する法律援助事業を「高齢者・障害者・ホームレス等に対する援助事業」の名称で、その他の人権関連の法律援助事業とともに、2007年10月から日本司法支援センターに対し、同法第30条第2項に基づき、日弁連委託援助業務として、その実施を委託している。目下の厳しい経済状況の中、生活保護申請代理等に関する法律援助事業は、2008年度で約763件と、刑事被疑者弁護援助、少年保護事件付添援助に次ぐ利用実績となっている。また、東京、福岡、仙台などの弁護士会において、生活保護の専門相談窓口が設置される基盤ともなっている。


(イ)労働基準監督署・労働局への申告を援助する体制整備の必要性

目下現実に行われている派遣切り・雇止めの中には、労働諸法令に違反してなされているものが多数存在している。また、いわゆる「サービス残業」などの労働基準法に違反した労働条件が広く蔓延していることは最早周知の事実である。しかし、労働基準監督署や労働局などの行政機関が十分にその職責・機能を果たしているとは言い難い状況にある。当連合会は、第51回人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」において、国に対して、違法行為を摘発し監督する体制を強化し、使用者に現行労働法規を遵守させるための実効ある措置をとることを求めたが、行政機関による監督、指導、処分が機能するためには、弁護士などの専門家が代理人として、労働者の申告に同行する援助が必要かつ有効である。そして、職を失った非正規労働者には生活困窮者が多く、法律専門家の代理援助に関わる費用の援助が必要であることから、当連合会としても、そのための制度の整備についても取り組んでいく必要がある。


(ウ)民事法律扶助制度の充実
生活困窮者に対する生活保護申請や労働基準監督署等への申告への法律専門家の援助は不可欠であるが、これらは行政上の手続のために民事法律扶助制度の対象となっていない。人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築のために、当連合会としては法律専門家の援助が必要な行政上の手続についての本来事業化も視野に入れながら、生活困窮者への法的支援に関する民事法律扶助制度の充実を目指すものである。