日本国憲法施行70年を迎え、改めて憲法の意義を確認し、立憲主義を堅持する宣言

 

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日本国憲法が1947年に施行されて、今年で70年を迎えた。

 

大日本帝国憲法施行後の55年の間に、幾多の戦争により諸国民の自由や平和が侵害されてきた歴史を振り返るとき、日本が一度も戦争の惨禍に見舞われることのなかった70年間には、計り知れない重みがある。

 

日本国憲法は、全ての価値の根源は個人にあるという思想を基礎として、基本的人権は侵すことのできない永久の権利であることを保障している。この国民の権利と自由を国家権力の濫用から守るために、憲法は国民主権を確立し、権力分立を定めた。また、法の支配を貫徹するために憲法の最高規範性を認め、それを担保するために裁判所に違憲審査権を認めている。さらに、アジア・太平洋戦争の惨禍を経て得た「戦争は最大の人権侵害である」という反省に基づき、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し、武力による威嚇又は武力の行使を禁止し、戦力不保持、交戦権否認という世界に例を見ない徹底した恒久平和主義を採用している。

 

このように、日本国憲法の根本にある立憲主義は、「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする理念であり、基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義という基本原理を支えており、近代立憲主義を継承している。

 

終戦直後、焼け野原で将来の希望を失っていた多くの国民は、この憲法を歓迎した。国民は「人は生まれながらにして自由で平等である」という天賦人権思想に基づいた人権規定を背景に、生きる希望を持てるようになった。女性にも参政権が認められ、全ての成年男女が政治に参加できるようになり、民主主義社会の基盤が確立した。二度と戦争をしないという決意と全世界の国民が「平和のうちに生存する権利」を有することを宣言することにより、国民はかけがえのない人生を安心して享受できるようになった。このように、日本国憲法が理想とする自由・民主・平和は、政治的・社会的・経済的、さらに文化的に、国民一人ひとりが人間らしく生きる基盤を構築する基礎となっている。

 

他方で、この憲法は、その運用において常に現実の社会や政治と緊張関係にあり、ときには憲法違反の実態が生じることもあった。

 

それに対して、違憲審査権が裁判所に認められ、憲法規範が裁判規範としての機能を果たし得る中で、市民は、日本国憲法の人権規定や憲法9条を根拠に司法的救済を求め、あるいは政治への参加を通じて憲法違反の実態を是正しようと努めてきた。弁護士及び弁護士会はその取組を支える一翼を担ってきた。


これら市民などのたゆまぬ努力により、憲法規範の実効性が確保され、立憲主義が堅持され、それにより日本国憲法は確実に国民の間に定着し、民主主義社会を実現し発展させるとともに、70年間一度も戦争の惨禍に見舞われることなく平和な国家をこの憲法の下に築き上げてきたのである。


今日、格差社会における貧困の広がりとその連鎖がもたらす人としての尊厳の侵害、国旗・国歌への敬意の強制などに見られるような国家による自由への介入の強化、そして、恒久平和主義に反する集団的自衛権の行使を可能とした安保法制など立憲主義の危機ともいえる状況が生じている。

 

今こそ、日本国憲法の果たしてきた70年の歴史を振り返り、また、人権侵害と戦争をもたらした戦前への深い反省の下、この憲法が、近代立憲主義を継承し、豊富な人権規定と徹底した恒久平和主義という先駆的な規定を設けたことの意義と、市民の取組のよりどころとしての役割を果たしてきたことを、未来に向けての指針として、この危機を乗り越えていくことが求められている。

 

そのためには、この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものであり、私たち一人ひとりが、不断の努力により自由と権利を保持し、立憲主義を堅持する責務を負っていることを確認することが、何よりも重要である。

 

当連合会は、日本国憲法施行70年を迎え、改めて日本国憲法の基本原理である基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義と、それらを支える理念である立憲主義の意義を確認し堅持するため、今後も市民と共にたゆまぬ努力を続ける決意である。


以上のとおり宣言する。

 

 

2017年(平成29年)5月26日


日本弁護士連合会

 

 

提案理由

第1 はじめに

日本国憲法が1947年に施行されて今年で70年を迎えた。

 

今日、人権をめぐっては、貧困・格差の広がりや、国旗・国歌への敬意の強制など国家による自由への介入が強まっている。また、平和をめぐっては、恒久平和主義に反する集団的自衛権の行使を可能とした安保法制など、日本国憲法の理念である立憲主義や、基本原理である基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義に抵触する事態が次々と生じている。

 

日本国憲法の下での70年間は、憲法規範と現実の社会や政治との緊張関係が続いたが、その中でも、日本国憲法の理念や基本原理は、国民の中に定着してきた。

 

大日本帝国憲法施行後の55年の間に、幾多の戦争により諸国民の自由や平和が侵害されてきた歴史を振り返るときに、日本国憲法施行後、日本が一度も戦争の惨禍に見舞われることなく70年間を過ごしてきたことは、計り知れない重みがある。

 

立憲主義の危機に直面している今日、改めて、戦前及び戦後の立憲主義の在り方と日本国憲法下での70年間の歴史を振り返り、直面しているこの危機を乗り越えていくことが求められている。

 

第2 日本国憲法の意義

 1 日本国憲法の概要-立憲主義と基本的人権の尊重・国民主権・恒久平和主義の関係

 

日本国憲法は、天賦人権の考え方の下、国家よりも個人を尊重し、基本的人権の保障に最大の価値を置き、幸福追求権、自由権、社会権等多様な人権保障規定を設けた(11条、13条、24条、97条及び第3章)。

 

日本国憲法は、国家権力の濫用から国民の自由や権利を守るために、主権者たる国民が日本国憲法を確定したことを宣言し(前文)、「個人の尊重」と基本的人権の保障(11条、13条及び97条)に最大の価値を置き、そのため権力分立を定め(41条、65条及び76条1項)、また、「法の支配」の貫徹のため、憲法の最高法規性(98条1項)をうたい、それを担保するために裁判所に違憲審査権を認めた(81条)。

 

さらに、日本国憲法は、アジア・太平洋戦争の惨禍を経て得た「戦争は最大の人権侵害である」という反省の下、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し(前文)、武力による威嚇又は武力の行使を禁止し(9条1項)、戦力不保持、交戦権否認(9条2項)という世界に例を見ない徹底した恒久平和主義を採用している。

 

このように、日本国憲法の根本にある立憲主義は、「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする理念であり、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義などの基本原理を支えている。

 

2 日本国憲法制定の意義

 

(1) 戦前の歴史に対する反省 

戦前に制定された大日本帝国憲法は、天皇主権の下、個人よりも家族や国家が尊重されていたが、日本国憲法は、この戦前の歴史への深い反省の下、国家よりも個人を尊重し、何よりも基本的人権を最大限保障した。


また、天皇主権から国民主権へと主権原理を変更し、主権者である国民が確定した憲法により国家権力を縛るという、近代立憲主義の理念が取り入れられた。


さらに、戦争自体が最大の人権侵害であるとともに、軍事が優先する国家は市民の日常的な自由を制約し、個人の尊厳を脅かすおそれがある。その反省の下に、徹底した恒久平和主義を定めた。


日本国憲法の基本原理は、このような戦前の歴史に対する反省の下に定められたのである。

 

(2) 近代立憲主義の継承 

日本国憲法は、前文において、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。」と述べている。すなわち、権力者は受託者として委託者である国民から権限を与えられ、受益者である国民のためにそれを行使すべき責任を負っているという近代立憲主義の考え方を継承するものとして日本国憲法は制定されたのである。

 

(3) 国際的な先駆性 

日本国憲法は、世界人権宣言(1948年採択)や自由権規約・社会権規約(1966年採択)など国際人権に関する諸条約等に先駆けて、幸福追求権、平等権、精神的自由、経済的自由、人身の自由、生存権、教育権、労働基本権その他豊富な人権規定を設けている。


また、国際連合憲章は、第二次世界大戦への反省の下、国際紛争の平和的解決(国際連合憲章2条3項)、武力行使の原則禁止(国際連合憲章2条4項)をうたっている。これに対して、日本国憲法は、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求するとともに、武力の不行使をうたいながら(9条1項)、さらに全世界の国民に保障されるべき人権として「平和的生存権」を認め(前文)、戦力不保持、交戦権否認(9条2項)を定めるなど、恒久平和主義を徹底している。


このように、日本国憲法の定める人権規定の豊富さと徹底した恒久平和主義は、国際的にも先駆的な意義を有するものである。

 

(4) 以上のように、日本国憲法は、戦前の歴史に対する深い反省の下に、近代立憲主義を継承して制定されたものであり、しかも国際的にも先駆的な意義を有するものである。

 

第3 日本国憲法の果たしてきた役割

 1 はじめに

 

このように先駆的な意義を持った日本国憲法は、その運用において常に現実の社会や政治と緊張関係にあり、ときには憲法違反の実態が生じることもあった。その中で、市民は、日本国憲法の人権規定等を根拠に司法的救済を求め、あるいは政治への参加を通じて憲法違反の実態を是正しようと努めてきた。そしてその取組を弁護士及び弁護士会が支え、裁判所が司法府としての本来の役割を果たすべく努め、憲法規範の実効性が確保されてきたのである。

 

2 憲法9条の果たしてきた役割

 

日本国憲法は、個人の尊厳と恒久の平和を実現するという崇高な目標を掲げ、その実現のための不可欠な前提として平和的生存権を宣言し、具体的な方策として憲法9条を定めている。

 

憲法9条は、前文において人権保障の基底的権利である全世界の国民の平和的生存権を確認したことを踏まえ、軍隊その他の戦力を保持しないことを世界で初めて憲法に明記した。また、国家に対し、国際社会において、積極的に、軍備の縮小や軍備の撤廃実現を目指して努力する義務を憲法上の責務として課した上、軍隊の保有を禁じることにより、国民の生活、基本的人権を優先的に保障する社会的・経済的基盤を保障した。さらに、憲法の平和的生存権は、1948年国連総会で採択された世界人権宣言、1966年国連総会で採択された自由権規約・社会権規約などにその理念が引き継がれた。これらの点において、憲法9条の戦争を放棄し、戦力を保持しないという非軍事の徹底した恒久平和主義は、平和への指針として世界に誇り得る先駆的意義を有している(2008年10月3日人権擁護大会「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」)。

 

戦後70年の日本の歴史において、憲法9条は、現実の社会や政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、集団的自衛権の行使の禁止、海外における武力行使の禁止などの基本的な原則を内容とする法規範として、平和主義の基本原理を確保するための現実的な機能を果たしてきた。これによって日本は、国際社会の中で、平和国家としての一定の評価を得てきた(2016年10月7日人権擁護大会「憲法の恒久平和主義を堅持し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」)。

 

3 人権規定の果たしてきた役割

 

(1) 人権規定の柔軟性

日本国憲法は、天賦人権の考え方の下、国家よりも個人を尊重し、基本的人権に最大の価値を置いている。そのため、現実の社会や政治の中で、個人としての人間の尊厳が脅かされるときには、そこで守られるべき権利や自由を人権として主張し、救済が図られることが予定されている。

 

ところで、日本国憲法は、国際的にも先駆的法規範であり、かつ、豊富な人権規定を有するが、それらの諸規定はあくまで例示的なものであり、時代の変化や社会の発展に伴い、憲法の保障する人権の内容が変化したり、あるいは制定当時には観念されていなかった「新しい権利」の発生を否定しているものではない。

 

例えば、憲法13条において、「すべて国民は、個人として尊重される。」とし、それを受けて、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(幸福追求権)が最大限保障されるとする。この憲法13条は、現在は「幸福追求権」と呼ばれているが、憲法制定当初はそのような権利としては意識されていなかった。しかし、個人の人格を中核とする人権思想から、この幸福追求権は、個人の人格の形成発展に極めて重要な権利であると認識され、その権利性が確保されるとともに、憲法13条以下に規定されている各種人権の包括的基本権として観念されるようになった。同様に、憲法25条の生存権規定は、その他の社会権規定の包括基本権と考えられるようになっている。

 

このように、憲法13条あるいは憲法25条の人格権、社会権の包括的基本権を含めて、日本国憲法が定める全ての人権規定は、70年の間に、現実の社会や政治との関係の中で柔軟に対応し、その範囲や内容を豊かに広げてきたのであり、現在もその可能性を秘めている。

 

(2) 市民によるたゆまぬ努力と司法の果たしてきた役割 

自らの権利や自由を侵害されたとする市民は、個人としての人間の尊厳を守るために、この憲法の人権規定を根拠に裁判所に対して司法的な救済を求めてきた。それに対し、弁護士及び弁護士会がその取組を支援する一翼を担い、裁判所が司法府として本来の役割を果たすべく努め、人権の保障の範囲や内容が拡充されてきた。

 

① プライバシー権に関しては、小説「宴のあと」事件判決(東京地判1964年9月28日)が人格権の一つとして「私事をみだりに公開されない」権利を憲法13条の「個人の尊厳という思想」を根拠に認めた後、京都府学連デモ事件判決(最判1969年12月24日)において「みだりに容ぼう・姿態を撮影されない」ことを保障するなどの展開を見せた。このように、プライバシー権などいわゆる「新しい人権」が憲法13条の幸福追求権を根拠に認められるなど、保障される人権の範囲が拡大されてきた。

 

② プライバシーに関連した刑事手続については、令状を取得することなく行われたGPS捜査の違法性が問われた事件で、最高裁判所は、憲法35条(令状主義)の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に侵入されることのない権利が含まれるものと解した上で、GPS捜査が強制処分に当たり、新たな立法措置が望ましいとの判断を示した(最判2017年3月15日)。この判決は、新たな捜査手法に対して憲法35条の保障範囲を広げたものであり、当連合会の意見(2017年1月19日付け「GPS移動追跡装置を用いた位置情報探索捜査に関する意見書」)にも適合し、高く評価することができる。

 

③ 女性の権利に関しては、結婚退職制に見られるように家制度の残滓や性別による不合理な差別が見られた。これに対し、裁判において結婚退職制は性別を理由とする不合理な差別(14条)であるとされるなど司法的救済が図られ、その後、男女雇用機会均等法が制定され、結婚・妊娠・出産等を理由とする不利益的取扱いが禁じられる(男女雇用機会均等法9条)など立法的解決が図られるに至っている。女性の再婚禁止期間をめぐっても女性は前婚の解消又は取消しの日から6か月を経過してからでなければ再婚ができないとされていたことについて、100日を超えることが過剰な制約であり、遅くとも2008年の時点においては憲法14条1項及び24条2項に違反しているとの判決(最判2015年12月16日)を受けて、2016年には民法733条が最高裁判決にかなうように改正されている。

 

④ 生存権(25条)については、朝日訴訟や堀木訴訟において、健康で文化的な最低限度の生活の実質的保障を司法を通じて求めたが、残念ながら司法的救済は認められなかったものの、裁判を契機として立法的解決が図られ、その後の社会福祉行政に大きな影響を与えた。

 

⑤ 再審事件に関しては、白鳥決定(最決1975年5月20日)以後「開かずの門」といわれた重い扉が少しずつ開き始める中で、幾つかの再審無罪判決が確定していく。そこでは、えん罪被害者とそれを支援する市民と共に、弁護士及び弁護士会も寄与してきた。


当連合会は、徳島ラジオ商殺し事件に関する人権救済申立事件を契機に、1959年、再審支援に取り組むようになった。1961年の吉田事件の再審開始決定以降、東住吉事件(2016年再審無罪確定)に至るまで、当連合会が支援した再審事件のうち16件の事件について、再審無罪判決が確定しており、その中には、免田事件や松山事件など、事件後約30年も経過してから死刑囚が無罪となった例もある。

 

⑥ ハンセン病問題に関しては、2001年に熊本地方裁判所で原告全面勝訴の判決が出された。判決では、らい予防法は憲法違反であるとした上で、遅くとも1960年以降は厚生大臣の強制隔離政策が、1965年以降は国会議員の立法不作為が、いずれも違法であり不法行為が成立するとして国の賠償責任を認めた。その後、国は控訴を断念し、2001年には「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が制定され、2008年には「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が制定されるなど、裁判所の判決を契機に立法的・政治的解決が図られることとなった。

 

なお、ハンセン病問題をめぐっては、2003年にホテルがハンセン病元患者の宿泊を拒否する事件が起きるなど、長年の強制隔離政策により日本社会にハンセン病元患者に対する根深い差別意識が存在することが明らかになる中で、ハンセン病元患者やそれを支える弁護士及び支援する市民が差別意識の解消を含むハンセン病問題の課題の解決のために、引き続き取組を重ねている。

 

⑦ 平和的生存権をめぐっては、自衛隊を違憲と判断した長沼ナイキ基地訴訟第一審判決において、札幌地方裁判所は、「国民一人ひとりが平和のうちに生存し、かつ、その幸福を追求することのできる権利」と明確に権利性を肯定した(札幌地判1973年9月7日)。その後、2008年、自衛隊のイラク派遣の差止めを求めた訴訟において、名古屋高等裁判所は、「局面に応じて自由権的、社会権的又は参政権的な態様をもって表れる複合的な権利」であるとした上で、「裁判所に対してその保護・救済を求め法的強制措置の発動を請求し得るという意味における具体的権利性が肯定される場合がある」と判断し、この判決は確定した。

 

⑧ このように、司法的救済を求める市民の持続的な取組と、司法の担い手である裁判所、弁護士、弁護士会が自らの役割を果たすことがあいまって、人権の範囲と内容が拡充されてきたのである。

 

(3) 弁護士会の人権救済申立制度 

当連合会及び全国各地の弁護士会には、人権擁護委員会が設置されており、市民からの人権救済申立てに対して調査を行い、人権侵害性が認定された場合には、警告・勧告・要望等の措置を行っている。例えば、当連合会は、カネミ油症被害事件について、国に対し勧告し、2007年6月に判決に基づく仮払金返還の免除特例法が成立し、かつ、実質的な給付金を支給する制度が実現した。また、成年被後見人の選挙権喪失に関する人権救済申立事件については、国に対し勧告し、2013年5月に成年被後見人の選挙権の回復等のための公職選挙法等の一部を改正する法律が成立し、公布された。これらの措置には法的拘束力はないが、弁護士会に対する信頼や従前の実績を背景に、人権の拡充に一定の役割を果たしてきている。

 

(4) 違憲審査権による憲法保障 

以上のとおり、憲法規範と運用実態が緊張関係にあり、ときには憲法違反の実態が生じる中で、市民は、日本国憲法の人権規定等を根拠に司法的救済を求め、あるいは政治への参加を通じて憲法違反の実態を是正しようと努めてきた。

 

それらの取組により、これまで、尊属殺人重罰規定訴訟、国会議員の定数是正訴訟、在外邦人選挙権制限訴訟、非嫡出子の国籍取得制限訴訟、非嫡出子の法定相続分規定訴訟、愛媛県靖国神社玉串訴訟など違憲判決が出されている。このうち、国会議員の定数是正訴訟は国民主権原理に関わる問題であり、民主政の過程を確保する上で極めて重要である。国会議員の定数是正判決後、国会において、議員定数の見直しの立法化がなされる等の成果に結び付いている。

 

これらの取組の背景には、日本国憲法において、戦前には認められていなかった違憲審査権が裁判所に認められたことにより(81条)、憲法規範が裁判規範性を有し、市民が憲法規範を根拠に司法的救済を求める道が開かれたことがある。「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする理念である立憲主義の実効性を担保する制度が構築され、それが機能してきたことの意義には大きいものがある。

 

第4 憲法をめぐる状況の変化と立憲主義の危機

 1 はじめに

 

このように、日本国憲法施行後70年の歴史の中で、市民などの取組により憲法規範の実効性が確保され、人権保障の範囲と内容が豊かに発展してきた。これは、70年の歴史の中で、日本国憲法が市民の中に定着してきたことを現している。

 

他方で、今日、貧困と格差の拡大、国家による自由への介入強化、恒久平和主義に反する集団的自衛権の行使の可能性を認めた安保法制など、立憲主義の危機ともいえる状況が生じつつある。

 

当連合会は、戦後60年の年である2005年11月11日に開催された人権擁護大会において、「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」(以下「鳥取宣言」という。)を採択した。

 

この宣言では、政党・新聞社・財界などから憲法改正に向けた意見や草案が発表されるなど憲法改正をめぐる議論がなされている中で、当連合会は、日本国憲法の理念及び基本原理に関して、次の3点を確認した。

 

① 憲法は、すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念を基盤として成立すべきこと。

 

② 憲法は、主権が国民に存することを宣言し、人権が保障されることを中心的な原理とすべきこと。

 

③ 憲法は、戦争が最大の人権侵害であることに照らし、恒久平和主義に立脚すべきこと

 

2 鳥取宣言後の憲法状況の変化

 

(1) 人権をめぐる状況 

① 格差社会における貧困の問題 

格差社会における貧困の問題に関して、当連合会は、2006年の人権擁護大会において、失業や不安定就労・低賃金労働の増大などにより生活困窮に陥り、また高利の貸金業者から借入れをして多重債務に陥るなどにより、仕事、家族、住まい等を次々と喪失し、これが世代を超えて拡大再生産されることを「貧困の連鎖」と名付け、同年以降それを断ち切ることの重要性を訴え続けてきた。

 

すなわち、「貧困の連鎖」を断ち切るために、生活保護及びそれを取り巻くセーフティネットの整備・拡充(2006年)、労働法制と労働政策の抜本的見直し等(2008年)、子どもの貧困問題の克服等(2010年)、社会保障制度の改革等(2011年、2013年)、女性が直面する格差と貧困の克服(2015年)などの提言を行ってきた(いずれも人権擁護大会決議)。

 

このように、当連合会が短期間に、「貧困と格差」に関する提言を何度も繰り返し述べているのは、それだけ、個人が人間としての尊厳をもって労働し生存すること(13条、25条、27条及び28条)が脅かされている現状にあるためであり、国民の人権保障にとって極めて深刻な事態が常態化しているといえる。

 

② 国家による自由への介入 

 今日、国家による自由の領域への介入が強まっている。

 

ア 思想・良心の自由(19条)に関しては、君が代斉唱時の不起立を理由に教職員を懲戒処分にしたり、定年退職後の再雇用を拒否したりすることが頻繁に行われている。大日本帝国憲法下の歴史的経緯に照らし、「君が代」の斉唱又は斉唱時の起立が自らの思想・良心の自由に抵触し抵抗があると考える国民が少なからず存在しており、こうした考え方も同条により憲法上の保護を受けるものと解されることから、卒業式等において「君が代」の斉唱又は斉唱時の起立が自らの思想・良心の自由に抵触し抵抗があると考える国民が少なからず存在しており、こうした考え方も同条により憲法上の保護を受けるものと解されることから、卒業式等において「君が代」の斉唱又は斉唱時の起立を強制することは思想・良心の自由を侵害するものである。

 

当連合会はそのことを重ねて表明してきたところであるが(2007年意見書、2011年会長声明など)、2015年6月には、文部科学大臣が国立大学に対しても、入学式等での国旗掲揚と国歌斉唱を「お願い」するなど、国旗・国歌をめぐる政府の要請は、小・中・高校のみならず、大学にまで広がりつつある。国立大学の財政が、文部科学省の裁量に基づく運営費交付金に委ねられている以上、事実上の影響力は大きく、大学の自治(23条)への介入が懸念される。

 

イ また、いわゆる共謀罪の創設を含む「組織的犯罪処罰法改正案」について、犯罪を共同して実行する意思の合致である「計画」に加えて「準備行為」を処罰条件として設けていることから、内心や思想を処罰するものではないとの説明が行われている。しかし、「計画」を構成要件としている以上、「準備行為」が行われなくとも「計画」が認められた段階で犯罪の嫌疑があるとして捜査対象になり得る。そして、「計画」の有無は外部から判断し難いため、捜査機関の恣意的判断を生じさせ、思想・良心の自由が脅かされるおそれがある。さらに、「計画」の有無を探索するために通信傍受の範囲を拡大するなど、私人の自由の領域への国家の介入が新たに強化される危険性がある。

 

ウ 表現の自由(21条)に関しては、政府批判の内容を含むビラを投函する行為に対して、住居侵入罪等により市民などが逮捕されたり、起訴されて有罪判決が下されたりするなど刑罰をもって市民の政治的表現の自由が脅かされる事態が生じている。また、公職選挙法に基づく戸別訪問禁止に対して、2008年10月、国連の自由権規約委員会から懸念が表明され、表現の自由に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきであるとの勧告がなされているが、それへの対応がなされていない。その後も2013年12月の特定秘密の保護に関する法律の制定による規制に加えて、2016年2月には、総務大臣が、放送法4条1項2号の「政治的公平性」の規定を根拠に、一つの番組のみであっても政府が政治的公平性を判断し、放送事業者に対する電波停止措置に及ぶ可能性を指摘し、政府もこの発言を追認しているなど、政府によるメディアへの介入も際立っている。

 

(2) 安保法制の適用・運用 

2015年9月に採決が強行された安保法制は、立憲主義、恒久平和主義、国民主権に反し憲法違反であるにもかかわらず、2016年3月に施行され、同年11月には南スーダンにPKOとして派遣された自衛隊に駆け付け警護の新任務が付与された。


また、安保法制により新たに認められた後方支援における弾薬の提供などを可能とするために、日本と、米国・豪州・英国などとの物品役務相互提供協定が改定され、その国会承認が行われようとしている。


さらには、安保法制により新たに設けられた艦船・航空機等を含む外国軍隊の武器等の防護を自衛官の権限として認めた自衛隊法95条の2の運用に関する指針が2016年12月22日に公表されるなど、違憲の安保法制の適用・運用が次々と進められている。これは違憲状態が既成事実化されようとしているのであり、立憲主義の危機がより深刻化しているということができる。

 

3 改憲をめぐる議論状況

 

憲法改正をめぐっては、2012年に自由民主党が日本国憲法改正草案(以下「改正草案」という。)を発表し、衆議院及び参議院の憲法審査会において大規模災害時における国会議員の任期延長や解散権の制限などについて憲法改正の意見が出されるなど、議論が行われている。改正草案においては、近代立憲主義の中核である天賦人権論を排斥して個人よりも国家を重視することや、平和的生存権及び憲法9条2項を削除し国防軍創設規定を設けること、緊急事態条項(国家緊急権)により立憲的憲法秩序を一時的に停止させ権限を内閣に集中させることなどを公表しているが、それらは恒久平和主義を否定し、あるいは、人権を守るために国家権力を憲法で縛るという近代立憲主義を大きく損なうものである。

 

第5 まとめ

今日、格差社会における貧困の広がりとその連鎖がもたらす人としての尊厳の侵害、国旗・国歌への敬意の強制などに見られるような国家による市民的自由への介入、そして、恒久平和主義に反する集団的自衛権の行使を可能とした安保法制など立憲主義の危機ともいえる状況が生じている。

 

今こそ、日本国憲法の果たしてきた70年の歴史を振り返り、また、人権侵害と戦争をもたらした戦前への深い反省の下、この憲法が、近代立憲主義を継承し、豊富な人権規定と徹底した恒久平和主義という先駆的な規定を設けたことの意義と、市民の取組のよりどころとしての役割を果たしてきたことを、未来に向けての指針として、この危機を乗り越えていくことが求められている。

 

この70年を振り返るとき、日本国憲法の基本原理である基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義と、「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする理念である立憲主義という憲法価値が、現実の社会や政治と緊張関係を持ちながらも維持されてきたことは重要である。とりわけ、「法の支配」の担保のために、違憲審査権が裁判所に認められたことにより、憲法規範が裁判規範としての機能を果たすことが可能となり、日本国憲法が市民の司法的救済の根拠となり得ることになった。市民がこの憲法を根拠にたゆまぬ努力を継続し、弁護士及び弁護士会がその取組を支え、裁判所が司法府としての本来の役割を担うことで、人権保障がより豊かになり、憲法規範の実効性が確保され、立憲主義が堅持されてきたのである。この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものであり、国民は、不断の努力により自由と権利を保持し、立憲主義を堅持する責務を負っている。

 

当連合会は、日本国憲法施行70年を迎え、改めて日本国憲法の基本原理である基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義とそれらを支える理念である立憲主義の意義を確認し堅持するため、今後も市民と共にたゆまぬ努力を続ける決意である。