第49回定期総会・日本のプルトニウム政策及びエネルギー政策に関する決議

当連合会は、基本的人権の擁護と地球環境の保全の立場から、原子力施設の安全性について検討を加え、原子力行政及びエネルギー政策のあり方について提言を行ってきた。特に、使用済燃料を再処理し、プルトニウムを燃料として再利用することをめざす「核燃料サイクル」には、その技術の未確立性、重大事故の危険性、環境破壊の危険性等から、強く反対の意思を表明してきたが、同施設は青森県六ヶ所村に立地され、すでに一部が稼働している。


1995年12月に高速増殖炉「もんじゅ」においてナトリウム漏れ事故が、1997年3月には動燃東海再処理工場において火災・爆発事故が発生した。これらの事故は、当連合会が指摘してきた再処理・プルトニウム利用の問題点を実証するものである。そして、1997年6月には、これまで再処理計画を推進してきたフランスにおいても、高速増殖炉計画を断念する旨発表された。このような状況にもかかわらず、国は、なお「核燃料サイクル」を推進しようとし、さらに地球温暖化防止のために20基の原発の増設が必要としている。


しかし、地球温暖化防止に積極的なEU諸国を含めて、原発を増設しようとする国は欧米にはない。また、プルトニウム利用を止め再処理をしないという方針は、すでに世界の潮流である。大量のプルトニウム備蓄は、核武装化を危惧する国際的疑念を呼んでいる。日本の原子力政策は、今や世界から孤立していると言っても過言ではない。


当連合会は、国に対し、原子力に偏重したエネルギー政策を改め、エネルギー政策の立案過程における民主化・透明化をはかり、安全性の確保、情報公開、国民的討議を可能とするエネルギー政策基本法を制定するよう提言する。さらに、新しいエネルギー政策の具体的な内容に関して、以下のとおり提言する。


  1. 使用済燃料の再処理を止め、高速増殖炉・プルサーマルなどプルトニウムをエネルギー源とする政策を放棄すべきである。
  2. 原子力発電に対する財政援助を原則として停止し、放射性廃棄物対策など環境面の研究予算に限定すべきである。
  3. エネルギーの効率化・炭素税の導入などエネルギー消費削減策に積極的に取り組むとともに、再生可能エネルギーの研究・開発のために公的助成を行い、電力買取義務の制度化など、その実用化のため最大限の努力をなすべきである。

以上のとおり、決議する。


1998年(平成10年)5月22日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 日本弁護士連合会の立場

日本弁護士連合会は、原子力の開発と利用がエネルギー源の一角を占める反面、放射能による人体・健康・環境に対する危険性を内包している点に鑑み、人権擁護の使命に立脚し、公害対策・環境保全委員会が中心となって国内外の原子力施設、原子力政策等の実態調査を行い、報告書を発表したり、シンポジウムを開催してきた。


1976年及び1983年の人権擁護大会において、現に稼働中の原子力施設の運転と建設の中止を含む根本的再検討を求める決議を、1990年の人権擁護大会では、北海道幌延町の貯蔵工学センター計画を一時中止し、その再検討を求める決議をそれぞれ採択した。また、同委員会は、核燃料サイクル施設に関する調査研究報告書を発表し、六ヶ所核燃料サイクルについては、その計画を一時中止し、安全性確保の科学的再検討と原子力政策の見直しを提言した。さらに、1992年には、諸外国の核燃料サイクル事情を視察して、「孤立する日本の原子力政策」を刊行し、次いで1996年(平成8年)にも諸外国の電力事情を視察し、「エネルギー政策に対する提言」をなし、1998年1月青森市において「検証 日本のエネルギー政策と『核燃』」のテーマでシンポジウムを開催した。


第2 核燃料サイクル、とりわけ再処理・プルトニウム利用計画の破綻

国及び電気事業者はわが国のエネルギー政策の要として核燃料サイクルを推進し、その論拠として次のような説明を行ってきた。


ウラン資源に乏しいわが国にとって、使用済燃料を再処理し、ウランとプルトニウムを利用することによって、ウラン資源の有効利用を図る必要があり、また、再処理によって放射能量が減容される。しかし、これらの論拠は科学的、客観的裏付けを欠いたものと言わざるを得ない。


(1) 未確立の再処理技術

わが国の再処理工場では、地震、航空機事故等立地点固有の危険性のほかに、プルトニウムによる臨界事故、化学工場特有の火災・爆発事故、冷却材喪失事故などの危険性が指摘されてきた。1997年3月の東海再処理工場における火災・爆発事故は再処理技術の未確立性を実証した。この事故は、低レベル放射性廃棄物のアスファルト固化処理施設で発生したものであるが、よもや工程のこのような末端で事故が起きるとは予想もされておらず、原子力安全委員会の安全審査では一顧だにされていなかった。また、この事故では、多重防護機能が働かず、高性能フィルターが目づまりを起こしたり、爆風で吹き飛んだりして全く役に立たず、相当量の放射性物質が外部に飛散した。


そもそも、この東海再処理工場は、これまで数十回もの事故・故障をくり返し、これまでの稼働率はわずか20%に過ぎず、その経験と技術を受け継いだのが建設中の六ヶ所再処理工場なのである。さらに動燃の事故隠し体質、その後発覚した低レベルドラム缶及び高レベル放射性廃棄物の杜撰な管理体制が発覚するに及び、核燃料サイクル事業全体の安全性に対して国民の信頼は著しく損なわれた。


海外に目を転じると、アメリカ、ドイツはすでに民間再処理事業から完全に撤退し、使用済燃料そのものを再処理しないで直接処分する方策に転換した。再処理に熱心なイギリスとフランスでは、操業開始から約40年経った今、工場周辺で白血病や甲状腺ガンが多発し、人体と環境に対する放射能汚染が進行している。


(2) 断絶するサイクル(環)

ナトリウム洩れ・火災事故を起こした動燃の高速増殖炉「もんじゅ」は、現在停止中であり運転再開の目途すら立たない状況である。


原子力委員会が1997年1月、「高速増殖炉懇談会」を設置して、高速増殖炉開発の在り方について検討した結果、「もんじゅ」は、安全性と地元理解を前提に存続させるという玉虫色の結論を出した。しかし、実用化の時期には全く触れていない。


また、1995年8月、電源開発株式会社は、高速増殖炉実用化までのつなぎと位置づけ、青森県大間町に予定していたプルトニウム燃料を使用する新型転換炉の建設計画を、建設費の高騰を理由に撤回した。これまで高速増殖炉路線を維持してきたフランスも、1997年6月、コスト高を理由に「スーパーフェニックス」を廃止する決定を下した。


再処理によって生み出されたプルトニウムが、高速増殖炉で燃料として使用されてはじめて「核燃料サイクルの環」は完結する。しかし、プルトニウム利用計画は、国の内外を問わず、肝心の使い道を失い、完全に破綻状態に陥っている。このまま再処理計画を強行することは、日本が余剰プルトニウムを大量にかかえ込むことになり、核武装化を危惧する国際的疑念を招いている。国は、プルトニウムの需給バランスは、「もんじゅ」が動かなくても、軽水炉でプルトニウム燃料を使用する「プルサーマル計画」で消費できるので余剰プルトニウムは発生しないと主張する。しかし、プルサーマルはその安全性が実証されていないうえに、コストはウランだけを燃やす場合の約3倍かかるという試算もある。日本の電気料金は先進国の中では一番高い(欧米の2~3倍)と言われている現状にあって、経済性を無視した計画は許されない。また、プルサーマル計画に対しては、当事者の福井・新潟・福島の三県知事が、「国民的合意」が得られるまで計画の実施を見合わせるよう国に注文をつけている。プルサーマル計画は、作為的なプルトニウム需要と言わざるを得ない。


(3) 再処理の経済性の喪失

建設コストの高騰で、再処理工場の商業的採算性には疑問が生じてきた。1997年7月、六ヶ所再処理事業の設計変更許可がなされ、建設費は当初見積りの2.5倍以上の2兆円近くにふくれあがった。電気料金の値下げと、原子力発電のコストダウンの要請が強まる中で、このような巨費を投じて再処理工場を建設することは到底許されない。再処理事業のコストは企業秘密を理由に非公開扱いされているが、海外再処理委託費の2倍以上になる可能性がある。また、東海再処理工場は操業以来15年間で2664億円の累積赤字を出した。再処理の経済性は失われたと言わざるを得ないのである。


(4) 欠如している放射性廃棄物の処理・処分対策

「原発」が「トイレなきマンション」と呼ばれてから久しい。再処理後の高レベル放射性廃棄物の最終処分地はもちろんのこと、処分主体、手続、安全な処分方策など肝心な問題は今も未定の状態である。とりあえず、海外再処理分の高レベルガラス固化体の一時貯蔵場所が六ヶ所村に決まっただけである。このように、放射性廃棄物対策が行き詰まっている状況の下で六ヶ所再処理工場を稼働することは、処分の目途が立たないまま大量の放射性廃棄物を増やし続けることを容認することになり、到底許されない。


(5) 増大する放射能量

再処理によって放射能量の減容化をはかるというが、使用済燃料を再処理することによって、これをはるかに上回る大量の中低レベルの放射性廃棄物が発生する。事業者側のデータでも数倍から数十倍の量になると言われている。さらに、再処理工場の解体廃棄物を加えると、その量はさらに増える。廃棄物の処分方法としても、直接処分の方が合理的である。


(6) 原子力発電に対する財政援助の停止

1996年における国の原子力関連支出は約3828億円で、全エネルギー関連支出の約76%を占める。これに対し、再生可能エネルギー関連支出はわずか2.8%に過ぎない。近年、太陽光発電などに対する公的助成がなされ、予算も増額傾向にあるが、依然としてその比率は低い。産業化されて30年余を経過した原子力産業への膨大な財政支出は、現在の国の財政状況からも正当化できない。今後、国は原子力発電所を含む原子力施設の研究・開発に対する財政援助は原則として停止し、放射性廃棄物対策など環境面の研究予算に限定すべきである。


(7) 結論

よって、国は、使用済燃料の再処理を止め、高速増殖炉・プルサーマルなどプルトニウムをエネルギー源とする政策を放棄し、さらに、原子力発電に対する財政援助を原則として停止し、放射性廃棄物対策など環境面の研究予算に限定すべきである。


第3 変更すべき日本のエネルギー政策

(1) エネルギー政策基本法の制定

わが国のエネルギー政策の成立過程における最大の特徴は、その非民主性である。エネルギー政策は国の命運を左右し、地球環境に重大な影響を与えるにもかかわらず、わが国においては、総合エネルギー調査会という通産大臣の諮問機関で審議され、これが閣議で決定されるという行政主導のもとに決められており、国民の代表たる国会の場で審議されることはない。そして、調査会の委員は、電力会社、産業界、原子力研究者など原子力を推進する立場の者によって占められている。政策決定のもとになった基礎データの公表なども極めて不十分である。


このような非民主性、官僚主導性、不透明性がエネルギー政策の硬直性を招き、世界の趨勢からかけ離れた原子力偏重型のエネルギー政策が続けられてきた。わが国のエネルギー政策を柔軟かつ適切なものにするには、エネルギー政策を国会の議決事項とすることが第一歩である。それを骨子とし、かつエネルギー政策決定過程での情報公開、国民の意見反映等を主旨とする「エネルギー政策基本法」を早急に制定すべきである。


(2) エネルギーの消費削減をめざして

地球温暖化の防止が世界的な課題となっている今、エネルギー政策に何よりも求められていることは、右肩上がりのエネルギー消費の伸びを前提としたエネルギー政策を根本的に見直し、エネルギーの消費削減を第一義としたエネルギー政策を確立することである。われわれは、そのために、省エネルギー、ピークカット、DSM(需要サイドマネージメント)、コージェネレーション(熱・電併給)によるエネルギーの効率的な利用等の強化を強力に推進することを提案する。また、炭素税などの経済的手法は環境に適合した経済政策として合理的であり、その導入を提案したい。


(3) 電気事業の規制緩和の推進

現在のエネルギー政策の欠点(原子力偏重、エネルギー高価格等)を招いた大きな原因の一つは、9電力会社及び沖縄電力の独占体制にある。それを打破するため、コージェネレーションや新エネルギーの独立電気事業者からの電力買入保障制度が必要である。それは規制緩和の出発点である。


次の段階は、配電網を開放し、電力の託送の自由化を図ることである。さらに、発電事業は自由に参入できるようにし、その競争条件を平等とするため、電力会社は送電会社と発電会社に分離すべきである。このことによって、エネルギーの低価格化、原子力発電の偏重等、わが国のエネルギー政策の欠点を是正することができる。エネルギーの低価格化は、エネルギーの消費拡大につながる危険もある。したがって、規制緩和は、エネルギー消費削減に成功した場合に、電力会社や電力消費者に利益が還元されるような炭素税やDSMなどの経済的手法と同時に実施されなければならない。


(4) 再生可能エネルギーへの公的な助成と買い取りの制度化

CO2の発生を抑制して地球の温暖化を防止するには、太陽、風力、小規模水力、バイオマス等々の再生可能エネルギーの研究・開発・実用化を促進しなければならない。国は、再生可能エネルギーの研究・開発・実用化に対する助成を大幅に増やすべきである。また、前述のとおり、再生可能エネルギーにより発電された電気を、9電力会社及び沖縄電力が適正価格で買い取ることを義務づけるべきである。そうすれば再生可能エネルギーによる発電が合理的な企業として成立し得る。それにより、わが国における再生可能エネルギーの技術は急速に進歩し、実用化されていくであろう。わが国が地球温暖化防止のための京都会議で約束したCO2削減目標を、原子力発電増強抜きで達成するにはこの方法しかないと言うべきである。


(5) 原子力発電は地球温暖化防止の手段になり得ない。

CO2発生抑制には原子力発電が有効である、との意見がわが国では散見されるが、このような意見は、前述の京都会議においても重視されることはなかった。そもそも、原子力発電には重大事故の危険性があり、使用済燃料が数千年以上にわたって放射能毒性を持ち続ける等の理由で地球環境に深刻な負荷を与えるものである。CO2という地球負荷を減らすために、原子力という他の負荷を与えることは無意味である。しかも、原子力発電所の建設、ウラン燃料の製造、放射性廃棄物の処理、廃炉という原子力発電の全過程を見ると,大量の化石燃料によるエネルギーを必要とするので,原子力発電が全体としてCO2削減に寄与するかどうかも疑問である。現に、国際機関であるOECD/IEA編の「2010年世界のエネルギー」も、原子力発電を増強してもCO2の排出量の減少はわずかであると述べている。よって、地球温暖化防止の手段として原子力発電を増強することは認めることはできない。


(6) 結論

以上のとおり、国は、原子力に偏重したエネルギー政策を改め、エネルギー政策の立案過程における民主化・透明化をはかるためエネルギー政策基本法を制定し、地球温暖化防止はエネルギー消費の抑制と持続可能なエネルギーの増強を基本として達成すべきである。よって、当連合会は国に対し、決議のとおり、エネルギー政策を転換するよう提言する。