臨時総会・拘禁二法案の4度目の提出に反対する決議

平成6年11月22日


日本弁護士連合会会館
臨時総会
決議


拘禁二法案の4度目の提出に反対する決議

拘禁二法案(刑事施設法案、留置施設法案並に関連法案)は、昨年6月18日の衆議院解散により三たび廃案となった。同年10月27日~28日に開かれた国際人権(自由権)規約委員会では、第3回日本政府報告書が検討され、代用監獄をはじめとする日本の刑事司法がふたたび爼上にのぼり、国際人権(自由権)規約に適合させるよう勧告された。


政府が、3回にわたる廃案の重みとこれら内外の批判を厳粛に受けとめるならば、同法案の国会提出を断念し、監獄法改正作業の根本からのやり直しに向け、法制審議会に再度諮問するしかない。


しかるに、最近、法務省及び警察庁は4度目の提出を目ざして関係方面への働きかけを強めている。


われわれは、広く国民に訴え、刑事司法改革の一環として、代用監獄の廃止と国際基準に即した真の監獄法改正のため、当連合会提唱の「刑事被拘禁者の処遇に関する法律案」の実現を期すとともに、廃案となった拘禁二法案と同様の法案の提出には断固反対するものである。


右決議する。

1994年(平成6年)11月22日
日本弁護士連合会臨時総会


提案理由

1.われわれは、代用監獄を「警察監獄」に格上げし、弁護人の接見を制限するなど弁護権を侵害し、拘禁施設の規律を強化する拘禁二法案に一貫して反対してきた。この間、当連合会は、たびたび反対決議をあげ、広く内外の世論に訴える活動を全力で展開して、拘禁二法案の成立を阻止してきた。近くは、1991年(平成3年)秋の人権擁護大会において、拘禁二法案の三たびの国会提出に反対する決議を満場一致で採択し、同法案は昨年6月18日の衆議院解散により三たび廃案となったばかりである。


2.1993年(平成5年)10月27日~28日、国際人権(自由権)規約委員会において日本政府の第3回定期報告書が検討された。これに向けて当連合会は、二度にわたるカウンターレポートを委員会に提出した。「代用監獄は発達した諸国で例を見ない悪名高い人権侵害の象徴ではないか。これが国際人権規約を批准している国であってよいことか。この制度を撤廃すべきである」(ヴァレホ委員・エクアドル)、「施設の管理と捜査を分離したというが、同一のdepartment(警察)の下での分離などは、現実の美化にすぎぬ。政府が代用監獄を頑固に維持することのないようにお願いしたい」(ヒギンズ委員・イギリス)などと痛烈に批判され、ほとんどすべての委員が代用監獄を廃止せよと日本政府に迫った。拘禁二法案についても、「これは一時的な施設を恒久化することを美化するものではないか」(ヒギンズ委員・イギリス)と批判された。今回の検討は、被疑者段階における弁護人の立会権、捜査記録のアクセス権、取調時間の規制など日本の刑事司法が全面的に最も厳しく批判されたところに特徴がある。


この検討結果に基づき、委員会は、「コメント」を採択した。コメントは、「主要な懸念事項」として、「勾留が迅速かつ効果的に裁判所の管理下に置かれることがなく、警察の管理下に委ねられていること、……代用監獄制度が警察と別個の官庁の管理下にないこと」を、国際人権(自由権)規約第9条、第10条及び第14条に規定される保障が完全には守られていないと明確に指摘した。委員会は、日本の警察における個別的な人権侵害だけを問題にしているのではなく、捜査と拘禁が分離されていない代用監獄のシステムそのものを問題としているのである。コメントは、最後に、「提言と勧告」として、「規約第9条、第10条及び第14条が完全に適用されることを保障する目的で、当委員会は、公判前の手続及び代用監獄制度“the operation of the substitute prison system(Daiyo Kangoku)”が、規約のすべての要件に適合するようにされなければならないこと、また、特に、弁護の準備のための便宜に関するすべての保障が遵守されなければならないこと」を勧告した。


このコメントを受けて当連合会は、委員会の提言と勧告を即時実行することは我が国が解決すべき人権問題の最優先課題であり、当連合会はこの勧告の実現に全力を尽くす旨の会長声明を発表した。


3.ひるがえってみるに、監獄法改正は、1976年(昭和51年)から法制審議会監獄法改正部会において審議され、1980年(昭和55年)に「監獄法改正の骨子となる要綱」(法制審要綱)がまとめられた。法制審要綱自体、「法律化、近代化、国際化」は極めて不十分であったが、1982年(昭和57年)に国会に提出された拘禁二法案は、法制審要綱からも大幅に後退した、むしろ国民の権利をおびやかすものであった。この法制審要綱からでさえ既に14年が経過した。この間、国連で被拘禁者人権原則や弁護士の役割に関する基本原則が日本政府を含む全会一致で採択された。法制審要綱、拘禁二法案及び代用監獄制度は、これらの国際基準に明確に反するものである。既に1988年(昭和63年)7月、国際人権(自由権)規約委員会において、国際人権(自由権)規約の日本における実施状況についての日本政府の第2回定期報告書の検討の過程で、代用監獄と拘禁二法案はともに各国委員から強い批判を浴びていた。アムネスティ・インターナショナル、国際人権連盟(ILHR)、国際法曹協会(IBA)なども代用監獄の廃止等を勧告し、アメリカ合衆国国務省の人権年次報告書も代用監獄問題を指摘してきた。


拘禁二法案自体既に見直すべき時期が到来しているのである。政府が、3回にわたる廃案の重みと内外の批判を厳粛に受けとめるならば、同法案の国会提出を断念し、代用監獄を廃止するとともに、監獄法改正作業の根本からのやり直しに向けて、法制審議会に再度諮問するしかない。


併せて、その間といえども、代用監獄への収容例を漸減するために、拘置所の増設を積極的に推進すべきである。例えば、東京においては23区の簡裁・区検が統合されることに伴い、その跡地を活用して拘置所を複数建設することは可能であったし、予てから強い要望のある横浜地方裁判所川崎支部や札幌地方裁判所苫小牧支部に近接した拘置所を新設することはたやすいことであった。


4.しかるに、政府は、これら拘置所の増設や改善を等閑に付しつつ、他方で警察留置場のデラックスともいえる改築には惜しみなく予算をつぎこんでいる。


そして、法務省及び警察庁は、前記国際人権(自由権)規約委員会のコメントの「提言と勧告」に“the operation”と記載されているのを奇貨としてそれを「運用」と訳し、「代用監獄を国際人権(自由権)規約に沿って運用するようにという勧告だ」と曲解して、代用監獄制度が国連で認められたとか、代用監獄を国際人権(自由権)規約に沿って運用するためには、拘禁二法案が必要だと宣伝し、拘禁二法案の4度目の提出を目ざして国会議員や関係方面への働きかけを強めている。また、昨年夏以降の国会情勢の下、従来拘禁二法案に反対してきた政党が、その姿勢をこれからも堅持できるかどうか、予断を許さない情勢となっている。


国際人権(自由権)規約委員会の全審査過程及びコメント全体をみれば、代用監獄制度そのものが批判され、単なる代用監獄の小手先の運用改善などではなく、その制度の廃止を含む警察からの組織的分離が求められていることはあまりにも明白である。政府当局の訳が狭すぎて不適切であることは、勧告をした委員会の議長をはじめ関係者も指摘しているところである。コメントの柔らかい表現を逆手にとって、拘禁二法案の必要性を宣伝する当局の姿勢は、黒を白と言いくるめるものであり、到底許されることではなく、国際社会には全く通用しない。


5.日本が国際社会の評価を得るためには、まず国際人権(自由権)規約委員会の審議と勧告を真摯に受けとめ、日本の人権状況を国際人権(自由権)規約の諸基準に適合するように改善することが重要である。われわれは、刑事司法改革の一環として、代用監獄の廃止と国際基準に即した真の監獄法改正のため、当連合会提唱の「刑事被拘禁者の処遇に関する法律案」の実現に向け、広く世論に訴えていく決意を表明するものである。