第41回定期総会・弁護士業務妨害に関する決議

(弁護士業務妨害に関する決議)

複雑多様化した近時の国際社会において、基本的人権の擁護と社会正義の実現をめざす弁護士の使命はますます重要性を帯びてきている。


弁護士は、過去幾多の困難を克服しながら、この使命の達成に努力してきたものであり、民主国家にとって重要なその諸活動は最大限に尊重されなければならない。


しかしながら最近、世界の各地において弁護士がその人権擁護活動や一般の業務活動の故に殺害されたり傷害を受けるなどの事件が続発している。


わが国においても昨年11月4日横浜弁護士会所属の坂本提弁護士が何者かによって家族ごと拉致された事件は、弁護士業務に関連してなされた疑いが極めて濃厚であり、既に6か月を経過した今日にいたるもその所在が不明である。このほか一力一家追放運動における弁護士刺傷事件をはじめ、霊感商法にからむ弁護士脅迫事件、自称右翼の街頭宣伝車による弁護士業務妨害事件など悪質な事件が続発している。


われわれは、これらの暴力的手段による弁護士活動の妨害は司法制度ないし法秩序への挑戦であることを厳しく認識し、一致団結してこれと闘い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のため全力を尽くす決意である。


政府ならびに関係諸機関は、現に生命の危険にさらされているであろう坂本弁護士とその家族の救出に総力をあげるとともに、弁護士業務を原因として加えられる暴力から弁護士の生命身体の安全を確保するため万全の措置を講じるよう強く要請する。


以上のとおり決議する。


1990年(平成2年)5月25日
日本弁護士連合会


提案理由

1.今日、社会はますます複雑多様化し、これに伴い人権侵害の態様もまた複雑多様な形をとって現われている。それ故、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とするわれわれ弁護士の任務はまことに重大であり、民主主義の基礎であるその活動は最大限に尊重されなければならない。


しかるに最近の状況をみると、政治・経済体制の違いや洋の東西を問わず、人権擁護の活動に従事している弁護士が、その活動の故に脅迫、誘拐、逮捕、監禁、拷問、傷害、殺害されるなどの事件が多発し、憂慮すべき事態となっている。


2.近時、わが国における弁護士業務の妨害は、1977年ころからサラ金被害の救済活動に携わる弁護士に対し脅迫や嫌がらせがなされ、次いで1988年から1985年にかけて、先物取引および豊田商事事件に関連し、被害救済を担当する弁護士に対し、広い地域にわたり脅迫や嫌がらせの電話がかけられたり、新聞に誹謗記事を掲載し、或いは弁護士を誹謗中傷するビラをまいたりする業務妨害が多発した。


当連合会は、1987年10月からの全国の消費者問題の処理を担当する弁護士に対し、弁護士業務妨害についてのアンケート調査を実施した。その結果は、以下のとおりであった。


消費者問題を担当した弁護士177名のうち、23.7%の42名が本件処理に関連し業務妨害を受けたとの回答を寄せた。その原因を検討すると延件数42件のうち34件が霊感商法事件であった。


3.次に、弁護士業務に対する妨害の類型は概ね次のようなものである。


  1. 第一は、口頭(無言電話を含む)による妨害である。例えば、弁護士事務所や自宅に無言または「殺すぞ」、「放火するぞ」、「事故に気をつけろ」などと電話をかけたりする。
  2. 第二は、文書による妨害である。例えば、事務所や自宅の前に、「悪徳弁護士商法を暴く」とのビラを貼ったり、あるいは自宅に浜松の三井弁護士刺傷事件を掲載した朝日新聞のコピーを郵送したりする。
  3. 第三は、示威行動その他による妨害である。例えば、弁護士事務所玄関のドアや鏡を破壊したり、弁護士の自宅に頼みもしない葬儀社を差し向けたり、更に被害救済のため設けられた法律相談所や会議場に押しかけ立ち退かなかったりする。 ところで近時注目すべきことは、これまでのように口頭や文書による手段に止まらず、諸外国で頻発しているように弁護士やその家族の生命身体財産に対し直接暴力をもって危害を加えるようになったことである。即ち、1987年6月20日静岡県弁護士会の三井義廣弁護士は、一力一家の事務所明渡しにからみ暴力団員に襲われ全治3週間の傷害を負った。次いで、1989年11月4日横浜弁護士会所属の坂本弁護士は、何者かによって妻、長男ともども拉致された。

4.翻って、諸外国における弁護士業務妨害の実態はどうであろうか。ジュネーブの国際人権擁護組織のニュース「SOS」によれば、最近アメリカ合衆国、中南米、フィリピン、中近東など世界各地において弁護士の合法的な業務活動自体を妨害する目的で軍、警察等の国家権力や自警団、テロリストその他社会の一定勢力から脅迫、誘拐、逮捕、監禁、拷問、傷害、殺害されるなどの事件の頻発が伝えられている。


このため、国連の犯罪防止・刑事司法部においても「弁護士の役割に関する基本原則」案を策定し、1989年10月日弁連会長に対しこの案について意見を求めてきている。この案は、人権と基本的自由を適切に保護するため、「全ての人々が独立の法律の専門家によって提供される法律上のサービスに効果的にアクセスすることが必要であることを考慮し、法律家の専門団体は、その構成員を迫害や不当な制限や傷害から守ること」を前文に掲げ、27ヵ条からなる本文の第14条に「政府は弁護士が脅迫、妨害、困惑あるいは不当な干渉を受けることなく、その専門的職務をすべて果たしうるよう保障するものとする」とし、また第15条に「確立された職務上の義務、基準、倫理に則った行為について、弁護士が、起訴、あるいは行政的、経済的その他の制裁を受けないよう保障することは政府の責務である。弁護士が、その職務を果たしたことにより、弁護士の安全が脅かされるときには、弁護士は、当局により十分に保護されるものとする」と定めている。


5.近時わが国における、朝日新聞阪神支局襲撃事件、本島等長崎市長銃撃事件、弓削達フェリス女学院大学長宅銃撃事件などは、暴力をもって言論の自由を圧殺した戦前と同様の風潮になってきている。このような風潮を放置すれば、司法の一翼を担う弁護士の活動は広範囲にわたって阻害され逼塞し、わが国の司法制度ないし法秩序自体が危殆に瀕することとなる。そこでわれわれ弁護士一人ひとりが、この種事件を自分自身の問題、弁護士全体の問題として、認識しなければならない。


6.われわれは、弁護士の使命を自覚し、一日も早く坂本弁護士とその家族が救出されるよう全力を尽くすことはもちろん、暴力的手段による弁護士業務の妨害には断固として闘い、あらゆる種類の弁護士業務妨害行為の根絶をめざして弛みなき努力を続けることを決意して、以上の理由によりこの決議案を提案する。