第41回定期総会・子どもの権利条約に関する決議

(子どもの権利条約に関する決議)

1989年(平成元年)11月20日第44回国連総会は、子どもの権利条約を全会一致で採択した。この条約は、子どもを単なる保護の対象ではなく権利行使の主体でもあるとし、全分野にわたって具体的に子どもの権利を確立した画期的な条約である。 わが国においても、子ども自身が意見を表明し、親が子どもの要求を代弁し、国家・自治体などがこれを支える保障は未確立で、ともすれば「子どもの最善の利益」が、子どもの気持ち・意見・要求を無視して押しつけられ、かえって子どものしあわせをおびやかす現状がある。また学校における管理教育、少年司法における画一的・権威的な運用、保育の未整備、親の児童虐待などさまざまの領域で問題は山積し、いずれもこのまま放置することは許されない。


子どもの権利条約は、わが国の現状を子どもの人権と人間としての尊厳を確立する方向へ大きく転換させる契機となる。子どもを含むすべての国民が、この条約を深く理解し、身近な領域で制度・運用を総点検し、必要な改善を提起することがその転機を現実化し、内容を豊かにするうえで重要である。


当連合会は、政府に対して、速やかに批准を行い、条約の内容を広め、条約の精神に従った国内法制の整備と運用の改革を進めるよう強く求めるとともに、自らも、この条約の理念を学習・深化させ、国民と手を携えながら制度・運用の改革に全力を尽くす決意である。


以上のとおり決議する。


1990年(平成2年)5月25日
日本弁護士連合会


提案理由

子どもの権利宣言採択から30年目にあたる昨年11月20日、国連総会は、10年の歳月を費やして作成作業を進めてきた子どもの権利条約を、全会一致で採択した。この条約は、「子どもの世紀」として絶えず子どもの権利の保障を具体化させ発展させ続けてきた20世紀をしめくくるのにふさわしく、子どもの権利の全分野にわたって現在の到達点を明らかにし、初めて条約として直接国家を拘束する保障を確立した画期的なものである。


その第一の特色は、子どもの生活全般にわたる具体的な権利保障を確立しただけでなく、子どもが権利行使の主体であることを明確に認めたことにある。 その第二の特色は、親が子どもの養育および発達に対する第一次的責任を有し、国家はそれに積極的な援助を与えるとしていることにある。


「子どもの最善の利益」(第3条)については、これまで子どもを権利主体としてとらえる観点を欠くことにより、子ども自身の気持ち、意見、要求を受け入れることは、かえって「未熟な要求」に迎合することになり子どもの成長に悪影響を与えるとの誤解が少なからず存在した。そのためしばしば「子どものため」の活動が、子どもへの押しつけとなり、子どもの自主性を抑え、かえって子どもの反発を招き、子どもをそこない追い詰めることになりがちであった。この条約が子どもの意見表明権を確立し、子どもを、世界人権宣言が定める殆どすべての権利について行使の主体として位置づけ、親や国などの援助についても子どもの権利実現のためのものであることを明記し、子どもの気持ちを最も理解し易い立場にある親の援助を第一次的なものとしたことは、画期的なことである。


当連合会は、いちはやく1978年高松市で開催した人権擁護大会で、「子どもはみな、豊かに成長し、発達を遂げる権利をもっている」ことを訴え、管理・取り締まりに向かおうとしている国や自治体の施策を中止し、子どもの人権確立にてだてを尽くすことを求める宣言を行い、1985年秋田市で開催した人権擁護大会では、「管理主義教育」の下でそこなわれている深刻な子どもの人権侵害の実態と、緊急な救済の必要性を解明し、「子どもも、憲法で保障される自由や人格権の主体であり、教育を受け、よりよき環境を享受し、人間としての成長発達を全うする権利を有する存在である」ことを訴え、以後各地で、少年司法・学校生活・保育制度・親権の行使などをめぐる現状の改善と変革への努力を続け、少年司法の変質を批判し、親権制度についての改革の提言を行うなどとともに、救済窓口の設置や扶助附添人制度の拡充などを進め、具体的な侵害の救済に努めるなどの取組みを全国的に展開してきた。


あらゆる領域に拡がっている子どもの権利侵害の現状を正し、この条約の提起に従った改革を導入・定着させるには、すべての国民なかんずく第一次的な責任を負う親の理解と努力が必要である。子ども自身が意見を表明することも重要である。条約も「適当かつ積極的な手段により、大人のみならず子どもに対しても同様に、広く知らせる」ことを担保と考えている(第42条)。この条約の内容が、速やかに子ども自身を含む国民全体に周知され、各自が条約の精神と内容を自分のものとし、それぞれの立場から問題を提起することは、決定的に重要である。


当連合会は昨年11月21日条約採択の直後いちはやく会長声明を発して、政府に対して条約の速やかな批准とそれに従った法制の整備と運用の見直しを求めた。残念ながら政府の対応が軌道に乗っていないことに鑑み、条約の内容を国民に広め、批准と関連国内法制の整備等を進めることを重ねて要求するものである。この法制の整備の中には、たとえば、親による児童虐待に対応する親権規定の改正、「管理主義教育」を許さぬための学校法制の改革、子ども自身にかかわる社会保障の改善、裁判・審判手続における子どもの意見表明と参加の保障などが含まれるべきである。


以上の理由によりこの決議を提案する。