第38回定期総会・国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案に反対する決議

(決議)

「防衛秘密を外国に通報する行為等の防止に関する法律案」は、第108回国会には上程されなかったが、なお、その立法を図る動きは根強いものがある。


この法律案は、さきに廃案となった「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」に、定義規定の新設や処罰規定の削除という部分的修正を加えたものであるが、依然として秘密の範囲・行為類型が広範囲・無限定であり、旧法律案の構成要件の定め方と基本的に変りがない。


また、出版・報道業務従事者への不処罰規定が新設されているが、出版・報道業務に従事する者だけが何故特別に免責されるのか疑問であると同時に、免責の要件も不明確であって権利保障の機能が根本的に欠落している。


したがって、言論・表現の自由を侵害する危険はいささかも減ってはいない。


国政に関する情報は、国民に公開されるのが大原則であり、国民が情報に接近することを犯罪視する考え方に立つこの法律案は、国民の知る権利をはじめとする基本的人権を侵害し、国民主権主義、民主主義に反するものといわなければならない。


われわれは、このような法律案を再び国会に提出することに強く反対する。


右宣言する。


1987年(昭和62年)5月30日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1.「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(以下、旧法律案という)は、昭和60年12月20日第103回国会で廃案となった。その後、同法案に修正を加えた案も公表されたが、これについても当連合会をはじめ、広範な国民各層の批判により第108回国会における再上程はなされなかった。しかし、あくまで立法化を図ろうとする動きがなお根強く続けられている。


2.現在伝えられている修正案は、処罰規定の基本的な構造が旧法律案と全く異なっていないものであり、憲法の保障する言論・表現の自由をはじめとする国民の基本的人権を侵害し、国民主権主義の存立基盤を崩壊させかねない極めて危険なものであるとの旧法律案に対する批判は、修正案に対してもそのままあてはまるものである。


  1. 修正案は、旧法律案の目的条項に修正を加えたが、その結果、法案が単に「スパイ行為の取締り」のためでなく、「防衛秘密の保護」をも目的とし、スパイ行為以外の行為も処罰の対象としているため、国家秘密の管理統制、言論・報道の制限につながる内容を含んだものであることが一層明らかとなった。
  2. 修正案は「国家秘密」を「防衛秘密」と呼びかえ、別表に若干の手直しを加えたが、その内容は旧法律案に比べてもほとんど変りがないばかりか、新たに設けられた秘密指定に関する規定は「秘密指定」制度としての実質的内容を備えておらず、違法秘密・疑似秘密すら排除される保障はない。
  3. 処罰の対象となる行為類型の基本には何ら修正がなされておらず、過失・未遂・陰謀・教唆・煽動の規定も存置されたままである。「不当な方法」の定義規定の新設や単純漏示罪の削除も実質的な限定の意味が乏しく、旧法律案と同様、修正案も無限定な「国家(防衛)秘密」を余すことなく刑罰によって保護しようとする点において、いささかも変わっていないと言わざるをえない。
  4. 死刑は削除されたといっても無期懲役を含む重罰であることに変わりはない。
  5. 新設された出版・報道業務従事者への免罪規定は、旧法律案が出版・報道の自由を侵害するとひときわ厳しい批判を受けたことから、その批判を回避するために提案されたものであろうが、そもそも、言論・表現の自由のにない手である国民が処罰されながら、「出版・報道の業務に従事する者」だけが処罰されないということになるのであれば、まさに主客転倒しているものであるうえ、その内容が著しく不明確であり、何が処罰されないことになるのかを明確に読み取ることはおよそ不可能であって、権利保障としての機能は欠落しているといわざるをえない。その結果、免罪については恣意的・恩恵的なものとならざるをえない。そのことが、罪刑法定主義に反することはいうまでもないが、右の転倒した発想とも相俟って本来の意味での「出版・報道」の自由を浸蝕し、腐敗させていくことになることを懸念せざるをえない。

3.当連合会は、旧法律案に対し、第28回人権擁護大会において全会一致して、国民主権主義と民主主義の根幹を脅かすおそれのあるものとして反対を決議してきた。また、修正案に対しては、すでに52の全単位会が反対の意見表明を行った。これらの批判意見にもかかわらず、この法律案の実現に向けての動向が以前にも増して活発に行われていることに強い危惧をいだかざるをえない。


国民主権主義と民主主義の考え方に基づくかぎり、国政に関する情報は国民に公開されることが大原則であり、真の情報公開制度こそ必要なのである。


われわれは、改めて、憲法が基本原理とする国民主権主義・民主主義・罪刑法定主義を堅持し、言論・表現の自由、報道・出版の自由、国民の知る権利をはじめとする基本的人権を擁護する立場から、このような修正案に基づく法律案を再び国会に提出することに強く反対する。