第38回定期総会・法律扶助法案策定とその実現を求める決議

(決議)

わが国の法律扶助制度は、資力に乏しく法的紛争の解決を弁護士に依頼できない者に、司法救済の途を開き、憲法第32条に基づく国民の裁判を受ける権利を実質的に保障するものである。


今日の制度の運営は、財団法人法律扶助協会によってなされているところ、右は弁護士及び各地弁護士会の犠牲的な奉仕によって支えられているところが大きく、本来のあるべき役割を果たすには程遠い現状にある。


法律扶助制度の拡充、発展は、国政の上でも充分に考慮されるべきであって、事業を飛躍的に充実させ、国民の裁判を受ける権利を実質的に保障するためには、法律扶助制度において果たすべき国と弁護士会の責務を明らかにし、この制度の基盤を確立することが肝要である。


日本弁護士連合会は、その社会的責務を達成するために、右の趣旨を骨子とする法律扶助法案(昭和61年3月14日理事会決議)を策定し、その立法化を目指すものであり、この法案が速やかに国会に提出され、制定実施されることを強く求めるものである。


右宣言する。


1987年(昭和62年)5月30日
日本弁護士連合会


(提案理由)

全て国民は、法の下において平等であり、政治的・経済的・社会的関係において差別されることなく、国民の日常生活に生起する法的紛争において権利の侵害が放置されたり権利の行使が妨げられてはならないのであって、これの解決のために憲法は等しく裁判を受ける権利を保障している。


法律扶助制度は、この憲法の理念に基づき、司法救済を求めながら経済的・社会的な障害により裁判を受けられない者に対し、弁護士を依頼して訴訟・調停等を行うにつき、その障害を除去し権利の救済の途を開くものである。


現在、欧米諸国の多くは法律扶助について立法措置を講じており、国庫負担金も多額にのぼっている。


例えば、イギリスの場合、「法律扶助法」を制定し、ロー・ソサエティが政府から資金を受け運営している。1984年(昭和59年度)は、国庫から3億ポンド(990億円)の資金を受け、刑事・民事の法律扶助、あるいは法律援助(グリーン・フォーム・システム)を実施しているが、民事だけでも、年間20万件の裁判援助、86万件の裁判外の援助を実施している。


日本においては、法律は制定されておらず、当連合会が設立した財団法人法律扶助協会が、(1)法律扶助 (2)無料法律相談 (3)少年事件付添扶助 (4)難民法律援助 (5)中国残留孤児国籍取得支援等の活動を手掛けている。その活動は、裁判費用の立て替えを中心とし、民事訴訟、調停に要する弁護士費用と印紙・郵券代等の訴訟費用の無償貸与を基本としており、昭和60年度における事業規模は、法律扶助件数3,000件、無料法律相談件数20,000件等であった。


このうち、狭義の法律扶助事業(裁判費用の立て替え)は、扶助を受けた者から法律扶助協会に返済される「償還金」2億5,900万円、国庫補助金7,200万円等により実施されている。また、無料法律相談は、日本船舶振興会からの3,800万円の補助交付金により、少年事件付添扶助事業については、地方公共団体補助金、刑事贖罪金、弁護士からの寄附金等によって実施されている。

昭和60年度における法律扶助協会全体の支出は、7億5,400万円であり、扶助費は、3億7,100万円、一般事務費は、2億4,500万円、事業費は、1億3,800万円である。全収入は、7億9,000万円であり、その内訳は、国庫補助金が10.6%、その他の補助金が13.1%、償還金が32.8%、弁護士会援助金が13.0%、寄附金が26.2%である。すなわち、法律扶助に要する資金のほとんどを償還金と国庫補助金その他に依存しているわけである。国庫補助金は、「法律扶助事業費補助金交付要綱」に基づき交付されているが、昭和33年度に1,000万円の補助が開始されてから、39年度には5,000万円、45年度には、7,000万円となった。58年度は7,200万円となり、その他に1,135万円の調査・広報宣伝委託謝金があるが、合計でも、8,335万円にとどまっており、その後、現在まで据え置かれている。


本来、国は、国民に裁判を受ける権利を保障している以上、法律扶助制度の拡充、発展に充分配慮すべきであり、更に、その実現のために必要な予算的措置を制度的に保障するための法律を制定すべきであるところ、現在の扶助件数3,000件前後という数字はほぼ上限であるとして、法律扶助協会に対し、事業資金として年間8,300万円程度の国庫補助を行うのみである。しかし、法律扶助に要する資金は年々増大し、法律扶助協会が毎年法務省に対し2億円以上の補助金の要望を提出しているが、一向に増額されない。このため、現在の事業規模においても、資金不足が生じており、制度全体として見た場合、弁護士及び弁護士会の犠牲的な努力にも拘わらず、制度の遂行に重大な支障が生じており、このままでは、日本における法律扶助制度は停滞し、憲法の定める基本的人権の保障に重大な支障が生じることになるであろう。


このような状況を改善するため、当連合会は、制度発足から30年間続けてきた法律扶助の内容、規模、方法等について、現状を見直し国民のための制度とするために必要な方策をとる時期が到来しているとの認識に立ち、法律扶助法案の策定を決議した。右法案は、国が、扶助費の全額と事業運営に要する費用の2分の1を負担し、その余は、地方公共団体が出損し、法律扶助制度の推進に努めるよう義務付けるものである。


当連合会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現という社会的使命に基づき、法律扶助制度の発展、拡充に努め、司法救済による国民の自由と権利を図るため、法案の制定に向け運動を進めるとともに、法案が速やかに国会に提出され、制定実施されることを強く求めるものである。


参考

(法律扶助法案)

第1条(目的)
この法律は、基本的人権を保障する憲法の規定に基づき、資力に乏しい国民のために法律扶助をなしてその人権を擁護し、社会正義の実現に寄与することを目的とする。
第2条(定義)
この法律で次に掲げる用語の意義は、左記のとおりとする。
  1. 法律扶助 資力に乏しい国民のために、弁護士による法律相談、裁判上の代理、その他の法律事務に関し、経済的な援助を行うことをいう。
  2. 法律扶助事業 法律扶助を行う事業をいう。
第3条(法律扶助を受ける者)
この法律で法律扶助を受ける者とは、自己の権利を擁護するために必要な弁護士費用等を支出する資力を有しない者をいう。
第4条(国の責務)
国は、日本国憲法の理念に基づき、ひろく国民に裁判を受ける権利を保障するため、法律扶助事業の推進に努めなければならない。
第5条(弁護士会等の責務)
日本弁護士連合会及び各弁護士会並びに弁護士は、法律扶助事業の実施について協力しなければならない。
第6条(法律扶助事業に対する補助)
国は、法律扶助事業を推進するため、財団法人法律扶助協会(以下「協会」という。)に対し、政令で定めるところにより、法律扶助に要する費用の全額及びその事務の執行に要する経費の2分の1を補助する。
  1. 地方公共団体は、地域社会における法律扶助事業を推進するため、協会に対し、その事務の執行に要する経費の一部を補助することができる。
第7条(補助の基準)
前条第1項に規定する法律扶助に要する費用は、次の各号に掲げる費用とする。
  1. 事件を調査処理するに必要な弁護士の報酬等に要する費用
  2. 訴訟費用及び訴訟遂行上必要な保証金に要する費用
  3. 法律相談に要する費用
第8条(法務省令への委任)
この法律に定めるもののほか、この法律の施行に関し必要な事項は法務省令でこれを定める。

附則
この法律は昭和 年 月 日から施行する。