第37回定期総会決議

(決議)

わが国は、四方を海に囲まれ、古来その恵みを享受してきた。


とくに沖縄の海は、亜熱帯性のさんご礁に囲まれ、そのきらめくばかりの美しい景観と漁業資源は、世界に誇りうる国民共有の貴重な財産である。


当連合会は、沖縄で開かれた第15回人権擁護大会、復帰後10年の「沖縄シンポジウム」で、埋立などの開発による海域環境破壊を回避するよう提言し、第20回人権擁護大会においては、「海岸地帯保全法」の制定と公有水面埋立法の全面見直しを求めるなどの決議を重ねてきた。


しかるに、国、地方公共団体は、その後も、有効な立法、行政上の改善措置を行わないまま、全国各地で海の埋立を行ってきたため、自然海岸は年々減少の一途をたどり、海域環境の破壊をもたらしている。そして今なお、大阪湾をはじめ多くの大規模埋立計画が進められている。とくに沖縄では、環境影響評価も不十分なままに海の埋立が進行して海域環境が破壊されつつある。


よって、われわれは、ここにあらためて、海の環境と自然海岸を保全するため、国や各関係地方自治体に対し、現在計画中の公有水面埋立計画の再検討を求めるとともに、実質的な情報の公開と住民参加のもとに徹底した環境影響評価を行うことを強く求める。


右決議する。


1986年(昭和61年)5月31日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1. わが国においては、昭和30年代から、国の高度経済成長政策とその立法に基づいて、公有水面の埋立が著しく進行し、全国の自然海岸は年々減少しつつある。そして今なお、全国各地での大規模な公有水面の埋立計画が進められている。


このような埋立や浚渫によって、魚類などの産卵場や稚魚の生育場であった藻場や、貝類の生そくの母胎であった海岸や湖岸が失われ、生物生産活動が高い海と海岸線の生態系のバランスを崩し、沿岸漁業および国民の海と海岸線の利用に重大な打撃を与えた。さらには、埋立地に立地された工場等の排出水のため、海洋汚染は急速に進んだ。これらによる環境汚染が人間の営みに及ぼした弊害は、計り知れないほど大きい。


2. とくに沖縄の周辺海域は、環礁に囲まれた浅海のため、格好の埋立地とされ、金武湾、中城湾、那覇、石垣島などで大規模な埋立が行われ、現在でも継続中である。


そのため、沖縄では、金武湾、石垣港など埋立周辺海域は、さんご礁が死滅し、その他の海域も、生態系の変化によるオニヒトデの大量発生により、同様の状況にある。竹富島沖の海中公園地区でも、同様のことが確認されている。


3. そこで当連合会は、第15回人権擁護大会で沖縄県の開発をはじめ国土の開発について、地域住民の参加と同意を基礎とする公害の防止の制度的保障をすべきことを決議した。


また、昭和52年の第20回人権擁護大会シンポジウムでは、海の埋立による環境破壊の危険性を指摘し、同大会においては、国に対し、海岸地帯保全法の制定と公有水面埋立法の全面見直しをするよう決議した。


さらに当連合会は昭和56年11月、那覇市において「沖縄シンポジウム」を開催し、前回の提言以降も沖縄の自然破壊の進行がやまず、沖縄本島周辺のサンゴ礁が殆ど死滅するに至っている実情を踏まえて再度の提言をした。すなわち、第1次振興開発計画において、環境価値に対する配慮が十分なされず、アセスメントシステムを欠いたことなどが、急速な環境破壊の原因となっていることを批判するとともに、沖縄の自立発展のためにも、「環境保全優先の原則」が貫かれるべきであり、そのためには環境アセスメントの確立が必要であることを指摘した。


4. しかし、その後も埋立により海岸線の破壊はやまず、とくに沖縄においては海洋博以降の本島の経験が全く生かされないまま、開発の名における自然破壊は、八重山群島その他の周辺諸島に拡大しつつある。


沖縄における自然破壊の進行をみるとき、過去2回にわたる日弁連の提言は殆ど生かされていないといわざるを得ない。


5. 当連合会公害対策・環境保全委員会は、昭和60年11月、石垣新空港問題について現地調査を行った。短時日の調査で空港建設自体の当否を云々すべきでないことはいうまでもないが、石垣新空港計画をめぐる環境影響評価の諸手続には不備があることが明らかになった。


沖縄県では、環境影響評価について、部内要領として技術指針があるのみで、埋立の構想、立地の選定、計画案の策定のいずれの段階でも、広く県民、住民に対する資料や、環境評価書案の公開と、これに対する意見聴取はなされていない。


現在、県は石垣新空港について、埋立実施にともなう事業計画段階の影響評価を策定中と聞くが、それについても、住民への公開、説明会の開催、意見聴取の手続をどのように行うのか明らかにされていない。その前提となる現地調査もきわめて短期間であり、これでは到底十分な環境影響評価がなされる見込はない。


6. 一方、関西新空港計画においては、立地についての各種の代替案を航空審議会が長期にわたり検討し、その検討過程を公表した。マスタープラン、事業計画の各段階で、環境影響評価書案とその原資料が公開されたうえ、説明会、公聴会の開催、府県の環境影響評価審査委員会の意見を聞くなどの手続がなされた。


もっともこのような事前手続でさえも、近畿弁護士会連合会やその他の専門家、団体から、住民参加手続の不十分性と内容の非科学性の点で厳しい批判がなされている。


他方、志布志湾や織田ヶ浜などの埋立計画では、右のような手続すら行われず、批判の対象となっている。


7. わが国をとりまく海や自然海岸は、祖先から受け継いだ尊い風土である。 その秀麗多彩な景観と漁業資源の宝庫を、将来の世代に引継ぐことは、われわれに委託された義務である。


当連合会は、わが国の海岸地帯の環境保全のための立法と行政のあり方および沖縄の開発と環境問題についての提言をなしてきたが、これらの提言が生かされないまま、わが国の貴重な海と海岸が次々と破壊され、織田ヶ浜、志布志湾、石垣新空港問題のように、地域住民と行政との深刻な対立が各地で生じている事態を座視することはできない。


とくに沖縄においては、サンゴ礁に囲まれたその海浜が、かけがえのない貴重なものであることは全く異論のないところであり、これ以上、自然環境の保全に関し、本土と沖縄の「逆格差」を縮めるようなことがあってはならない。


8. よって、当連合会は、ここにあらためて、海の環境と自然海岸を保全するため、国、関係地方自治体に対し、現在計画中の公有水面埋立計画の変更を検討し、実質的な情報の公開と住民参加のもとに徹底した環境影響評価を行うことを強く求め、本決議を提案する。