第33回定期総会・拘禁二法案に反対する決議 刑事施設法案

(決議)

捜査機関が被勾留者の身柄を管理する代用監獄は、構造的に自白の強要等重大な人権侵害をもたらし、現にその事例が跡を絶たない。法制審議会が答申した「監獄法改正の骨子となる要綱」が、その廃止を目指して漸減を明記した所以である。しかるに政府が今国会に提出した「留置施設法」案は、右「要綱」に反し、代用監獄の恒久化を図るほか、右「要綱」にもみられなかった「罪証の隠滅の防止」を理由として弁護人の接見交通権を不当に制限するなど内容の不当性からも直ちに廃案とすべきである。


また「刑事施設法」案は、右「要綱」からもはるかに後退し、従来指摘されていた未・既決を通じての処遇の非近代性が克服されておらず、代用監獄を存続させるなど被収用者の人権保障が今日における国際水準に遠く及ばないものである。しかも「留置施設法」案と一体となって被勾留者の防禦権を著しく制限するものとなっている。よって今国会に提出された法案は、これらが是正されないかぎり廃案を求めざるを得ない。政府及び国会は、国際的に遜色のない近代行刑法の成立を図るべきである。


右宣言する。


1982年(昭和57年)5月29日
日本弁護士連合会


(提案理由)

  1. 「留置施設法」案および「刑事施設法」案が去る4月27日閣議決定を経て今国会に上程された。前者は警察庁が本年1月突如として立法の意向を示した「警察拘禁施設法」案を改称したものであり、後者は法制審議会が答申した「監獄法改正の骨子となる要綱」にもとづき現行監獄法を改正しようとするものである。


  2. 「留置施設法」案は次のとおり甚だしく不当な立法である。


    第1に、右法案は、代用監獄につき警察独自の法制を敷き、附則において地方自治法、警察法等を改訂して代用監獄につき警察の権限を規定しており、明らかに代用監獄を恒久化するものである。捜査機関が被勾留者の身柄を管理する代用監獄は構造的に自白の強要等の人権侵害を生み、誤判の根源となっており、1日も早く廃止すべきものである。この悪しき制度を恒久化することは前記「要綱」が代用監獄の廃止を目指して、その漸減を明記した趣旨にも逆行するものであり、絶対に容認できない。


    第2は、右法案は、被拘禁者と弁護人との接見につき「罪証の隠滅の防止」を理由として制限できることとしている。これは「要綱」にも見られなかった制限であり、警察の判断により右のような制限がおこなわれるならば、弁護人と被拘禁者との秘密交通権は有名無実となることが必定であって、刑事訴訟法第39条を実質的に改悪するものである。


    第3に、法務省の管理する刑事施設と異り、取調べにあたる警察が被拘禁者の身柄を全面的に管理・支配している代用監獄においては、刑事施設における被拘禁者の処遇に関する諸規定をそのまま準用することは、自白の強要等人権侵害をもたらす危険がある。


    第4に、逮捕留置は勾留と同様に刑事訴訟手続の一環であり、人身の自由を制限するものであって、昭和45年5月13日の参議院本会議における「司法制度の改正に関しては法曹三者が意見の一致に務める」旨の附帯決議の趣旨に照らし、被逮捕者の処遇についても、新たに日弁連との協議を経るほか、国民の意見を十分反映させて立法することが必要であって、そのような手続を経ない立法はすべきでない。


  3. 「刑事施設法」案もまた次のとおり不当な立法である。


    第1に、現行監獄法の改正作業が近代化、国際化、法律化を目標として着手されたにも拘らず、代用監獄を存続することとしたほか、被拘禁者の人権保障が国際人権規約B規約、国連の被拘禁者処遇最低基準規則および先進国の到達している水準に比して著しく低劣である。


    第2に、前記法制審の「要綱」は、日弁連が昭和56年10月に発表した右「要綱」に対する意見書に指摘したとおり多々問題があるが、右法案は広範囲にわたり右「要綱」からも逸脱して不当な規定を設けている。その主な点を挙げれば次のとおりである。



    一. 弁護人と被勾留者との面会および信書の発受に関し、「罪証の隠滅の防止」を理由として制限できることとして いる(法案108条1項)。

    二. 刑務官の武器使用につき、「刑務官の制止に従わないとき」などを加入して要件を拡大している(同43条2項4号)。

    三. 女子の身体検査につき、女子職員の立会いをもって足りるとして要件を緩和している(同38条3項)。

    四. 拘束ベッド、防声具の使用または保護室への収容につき、医師の視察、意見聴取の要件をはずしている(同41条、42条)。

    五. 懲罰につき懲罰審査会へ付議する要件をはずしている(同136条)。

    六. 個室に収容する原則を放棄している(同55条、106条)。

    七. 被勾留者の衣類および寝具を自弁する権利を不明確にしている(同13条2項)。

    八. 職員は被収容者に対し「その生活及び行動について指示し、命令し、その他規制を加えることができる」として、職員の「職務上の指示」の枠をはずし、規律秩序の維持を強化している(同36条)。

    九. 受刑者処遇の原則から、受刑者の社会復帰を図り、その自覚に訴える目標を排除している(同47条)。


したがって右法案は、抜本的な再検討が必要である。


以上の次第で、「留置施設法」案は直ちに廃案とすべきであり、「刑事施設法」案は、「留置施設法」案と一体となって被勾留者の防禦権を著しく制限するものとなっている。よって今国会に提出された「刑事施設法」案については、前記欠陥が是正されないかぎり廃案を求めざるを得ない。日弁連は、従来、現行監獄法の早期改正を求めてきたものであり、かかる立場から、政府及び国会は国際的に遜色のない近代的行刑法の成立を図るべきものと考える。