臨時総会・司法修習生の追加採用に関する決議

(決議)

最高裁判所が、当会の反対申入れにかかわらず、東京大学卒業の司法修習生26名を採用したことは、現行司法修習制度の根幹である法曹の公平、平等、統一養成の理念に反し、志望別分離修習の契機となるおそれのある不当な措置であって、われわれはこれに全面的に反対する。


よって、今後かかる不当な措置が行なわれるときは当会は、断固たる態度をとる。


(附帯決議)

当会は、右決議の趣旨に基づき、関係委員会に付託し、前記の理念に基づく司法修習が行われるよう適切な制度の確立をはかるべきである。


1969年(昭和44年)7月12日
臨時総会


提案理由(議事録より)

さて去る6月27日衆議院法務委員会におきまして、裁判所の司法行政に関する件として本日ここで審議をいただきます23期司法修習に関する最高裁の措置が俎上にのせられ、最高裁事務総長と人事局長の二人が答弁の衝にあたられた。その答弁の要旨を紹介いたしますと、先ず23期修習生の一部について7月採用の特例を設けた理由は本人達にとっては自分とかかわりのない原因、即ち学園紛争によって卒業が遅れたのであるからこれに対して中退して来いとか、卒業した後でこいというのは可哀想である。研修所の入所時期が遅れても卒業を待って研修所に入れてやるのが法曹三者の後継者養成に望ましいというにつきるのでございます。


このような最高裁当局の見解についてお考えいただきたいことは、学園紛争は果して当人達とかかわりのないことでしょうか、学園紛争は一部のものが不当に引き起したことであり、司法試験に合格するような人達は言わばその被害者であると言った見方が果して正しいのでございましょうか。本日は学園紛争を論ずる場ではございませんので、これ以上立ち入ることは差し控えますが、最高裁のこのような割り切った考え方は、事柄の本質を洞察しようとする裁判官のものではなく、極めて通俗皮相な見解であり、権力の頂点に立つエリート官僚的な考え方でなければためにする口実としか思えないのでございます。


次ぎに、最高裁はこれ等の人達に中退してこいとか、卒業した後で入所せよとかは可哀相であると言っております。可哀相であるというような人情論で一国の法曹養成機関を運営することが果して妥当でございましょうか。最高裁は一見実に涙もろい人情家のように思えるのでございますが、それなら同じ最高裁は20年間も裁判官を勤めた人を任地の指示を聞かないということで首にしたのは一体どういうことになるのでしょうか。


人情論を無闇に振り廻していけない筈の立場にありながら、23期生に限っていとも簡単にこれを振りかざしておるのでございます。


また最高裁は卒業を待って研修所に入れてやるのが法曹三者の後継者養成のために望ましいのだと言っています。


成程資格や経歴や成績に重きを置く官界におきましては、学校を卒業してストレートに研修所に入所することが望ましいのでありましょう。しかし法曹三者の後継者養成を云々するならば、このような例外的措置が来年も再来年もあり得ると言う形で設けられ、公平、平等、統一の理念が徐々に崩壊して行くことの方が遥かに重大な問題であると言わなければなりません。要するに今回最高裁が東大生26名に対し7月採用の特例を設けたことには、なんら首肯すべき合理性、必然性が認められないものと言わざるを得ません。この事態につきましては今回はこの対象がたまたま東大でありましたが、対象が中大であろうと早稲田大学であろうと不当の処置であることはおそらく異論のないところであろうと考えます。このような処置によって4月1日採用者と追加採用者との間に修習及び試験の分離を伴うことは必至であり、その結果法曹養成の公平、平等、統一の養成を乱し、志望別分離修習の動機となるおそれのあることは、すでに6月6日付をもって日弁連より最高裁長官に明白に申入れをしたところでございます。


日弁連はこの6月6日の申入れで最高裁が事前に日弁連及び受入れ弁護士会に何等相談するところなく、このような処置を採ったことは甚だ遺憾とし、これを是正するため直ちに適切妥当な処置を採ることを要望いたしました。これに対して最高裁が採った処置は、どのようなものであったでしょうか。それは6月12日付で事務総長の回答をよこしたことだけでございます。その回答書たるや、要するに今回の特別処置については最高裁は日弁連の申入とは見解を異にし、志望別分離修習の契機とはならないという、将来もこのような処置を採ることはあり得るとして、弁護士会に迷惑をかけないようにとか、なるべく早く連絡するとかいうことだけであり、日弁連会長の申入れを真剣に受け入れる形跡はまったくないのであります。


更に驚くべきことには、先程引用いたしました6月27日の衆議院法務委員会における事務総長の発言によりますれば、その後日弁連の事務総長とも話して、また文書の交換等をいたしまして日弁連の上層部とは完全に了解がついておるものだと私は思っておりました。ただ弁護士会の内部の事情によって、これがもたもたしておると言うことは甚だ遺憾に思う次第であります。従いまして私共としては、従来の方針を変更することは毛頭もっておりません。と言っております。言うところの意味は、日弁連から形式的に強い申入れがあったけれども実際には日弁連の上層部は最高裁の方針を完全に了解しているということでございます。


私は所謂日弁連の上層部なるものは最高裁に対し、ひそかにこのような迎合的な態度をとったというようなことは信じたくございません。そのような事実がなかったとするなら事務総長の発言は日弁連を軽視すること、これより甚だしいものはないと言うべきでございます。私共はこのような最高裁当局のお話しにならない姿勢を確認した上で日弁連は緊急に臨時総会を開催し、在野八千の総意を結集して態度を決定し、最高裁当局の猛省をうながすべきであり、そのため我々の採るべき有効な手段としては特例にかかる修習生の実務修習受入れ拒否において外ないとの結論に達した次第でございます。


実務修習受入れ拒否は弁護士の団体行動としては所謂非常手段あり、司法権をささえる三者の内最高裁と弁護士会とは決定的に対立することを意味するものであります。良識ある弁護士として軽々にこのような行動に出るべきでないことは私共の充分承知することころでございます。またこのことによって特例採用者が受ける困惑も充分検討に値するところと存じます。にもかかわらず敢えてこのような非常手段を採るべきことを訴えるのはなぜでございましょうか。私は昭和39年8月の臨司意見発表以来特に顕著となって来た司法研修所の便宜主義的改悪、官僚主義的再編成の傾向が現在どのように進展しつつあるかを本問題の背景として充分にご理解していただく必要があることを痛感するものであります。


ご承知の通り、戦後我国の司法制度は三権の分立を確保し、基本的人権を保障する最終の砦たるに相応しく民主的な諸々の新しい制度を採り入れて発足致しました。例えば裁判官の独立を担保するために司法省による裁判官に対する指揮命令を排除し各裁判所における裁判官会議によって自主的に司法行政を行うことといたしました。また司法を国民と共にあるべきものとし民衆が親しみ、民衆が関与する簡易裁判所が全国に多数設置され、戦前の区裁判所は廃止されました。


また弁護士の職責の重要なことが確認され、弁護士会の独立自治の外、法曹三者を平等に養成する機関として司法研修所が発足いたしました。そうして我々はこのような民主的司法制度の益々発展することを願い、更にその実をあげるためには法曹一元制を実現することが必要であることを繰り返し宣言いたしました。


しかし新制度発足後、20年を経過した今日現実の司法制度は、このような我々の理想とはまったく逆の方向に進みつつあると言わざるを得ません。例えば裁判官は裁判に専念すべきであって煩わしい司法行政から手を引いた方がよいという議論によりまして、裁判官会議の形骸化が進むと同時に、最高裁事務局長を頂点として、各裁判所長官、所長を経て上命下達の形による指揮命令系統が確立されて参りました。また現在の裁判官給与制度は行政官とまったく異らない小刻み昇進制となり、戦後に作られた法曹一元制の英米方式による給与体系とは似てもにつかぬものに変化しております。


法廷指揮権は当該法廷の裁判官の固有の権限であり、第三者の容喙を許さないものでありますが、昨年制定されました裁判所庁舎管理規程なるものによりますと、庁舎管理者、地裁においては所長でございます。法廷の内外を問わず秩序維持のために諸命令を発する権限を持つものとされました。このような階級的司法行政の強化に伴い、その中枢部をしめるエリート官僚の系列化が表われて来ております。所謂陸上勤務の裁判官と海上勤務の裁判官の分化現象は厳然たる事実でございます。戦前の司法省は今や最高裁事務総局として復活しつつあるものと言うべきであります。このような事態の下におきましては、裁判官も人間である以上出世とか昇給という魅力を排して真に法律と良心に従い独立して裁判に当るということは非常に困難になりつつあると言わなければなりません。我々は在野法曹として司法制度の正しい発展を願うものであります。法曹一元の理想からも益々退避して行く現状に対してはこれを黙過することが出来るでしょうか、勿論出来ません。さればこそ我々は日弁連の臨司意見の批判によりこれ等の事実を指摘して最高裁当局の猛省を求めたのであります。しかし当局はまったく無視しております。日弁連の批判書及び全体理事会の反対決議にも拘わらず当局は無視してこれを実施したものに下級裁判所における調査官制度がございます。これ等の調査官は税務署、特許庁、海難審判庁等行政事件における被告の立場にある官庁の出身者によって占められておる模様でございます。


私は最近ある事件で行政庁が敗訴しましたところ、その行政庁は早速調査官を呼び付けましてお前の働きが悪いために敗訴の憂き目を見るにいたったということで、調査官を叱咤し、調査官もまた涙ながらに忠誠を誓ったということを耳にしたのでございます。日弁連が批判書によって危惧した問題がまさに現実となって表われて来ているではないでしょうか。先程私は簡裁判事の問題を提起いたしました。ご承知のように臨司意見は簡易裁判所を整理統合し、その名称を区裁判所に改める、民事、判事における管轄の拡張を提唱しております。そうして管轄の拡張によって必要となる簡裁判事を外部から求め易くするために、選考任命による簡裁判事に法曹資格を与えることまで議論をしたのでございます。このような臨司意見を無批判に実施すれば名実共に戦前の区裁判所に逆行することになり、第一審事件の70%乃至80%がここで裁判を受ける結果、我国の三審制度は区裁、地裁、高裁の線で限定されるだけでなく大多数の第一審事件が素質の充分でない選考任命の簡裁判事による裁判を受けることとなり、国民の権利擁護のため由々しい問題を招来することは必至でございます。日弁連は昭和39年12月の臨時総会におきまして、このような臨司意見実施に対して断固反対することを満場一致をもって決議をし、一昨年5月の批判書に委曲を尽してその非なる所以を解明しております。しかし最高裁は日弁連のこのような決議、批判をまったく歯牙にもかけておりません。昨年11月再会されました第二次裁判所・弁護士会連絡協議において最高裁事務総局はこのことによって当然発生すべき簡裁判事の増員については全然不問に附し、一審管轄の調整と称し臨司意見による簡裁管轄拡張案の具体案そのものを提案し、本問題については、簡裁の性格を如何に見るべきかを先に議論すべきである。その弁護士側の意見については、これを真面目に採り上げようともしなかったのです。最高裁当局の臨司意見実施にかける執念は誠におそろしいものを感じない訳には参りません。以上のような司法省と裁判所を復活しようとする危険の意図と同時に充分にご理解、認識をいただきたいのは司法修習制度の質的変化でございます。ご承知のように臨司意見による修習制度の改善案と称するものの骨子は実務修習期間の短縮を検討し、司法研修所における修習の充実を計り、修習生に対する監督、修習成績の評定と考試即ち二回試験を一層厳正に行えというのでございます。


日弁連はこれに対して当然正当の批判を加えております。司法修習の理念は司法権の使命とされておる人権の擁護と正義顕現の責務を全うすることの出来る法曹を養成することにあり、このためには司法研修所の修習を大学の法学教育の延長とすることや、法技術の精錬度を高めることのみに専念することはさけるべきであり、寧ろ生きた具体的実例に接触する実務修習によって法技術の習得を図ると共に、人権擁護のため法曹に要求される感覚と識見を経験的に習得することが肝要であり、更に修習生に対する監督を厳正にするとの名目でいやしくも修習生の自由な研究の活動を阻害したり、思想信条をためし圧迫感を加えるようなことのないよう厳に注意すべきであるといっております。誠に臨司意見の持った危険の発想を適確に批判したものと言うべきでありましょう。日弁連の批判書は更につづけて特定の修習生に対する任官勧誘や任官志望者に養成の重点を置くかのような差別待遇等も厳につつしむべきことであると注意を喚起しておりますにもかかわらず、実際に研修所はどのようになっているでしょうか。昨年2月研修所で後期修習の20期生は、519名中486名の決議を得まして、研修所長に対して四項目の改善申入れをいたしました。しかし研修所側からは何等の回答も得られないということで、法曹関係者の尽力をお願いする要請書を私共の弁護士会へ届けて参りました。勿論日弁連にも届けられております。20期生が申入れた四点とは、


一つ、現在の2回試験制度は諸々の理由で不合理な試験であるから根本的に改善されたい。もし現在の儘の制度で行うならけっして落第者を出さないで欲しい。


二つ、教養試験において思想調査の疑いのあるような質問が従来なされているが、そのような不当な質問はやめられたい。


三つ、松戸分室在寮準則、同入寮心得中、集会・掲示の許可制、尚新聞関係者以外の参加する集会の絶対禁止の規定を改善されたい。


四つ、ホームルームの時間を修習日程の一環として定期的に設けられたい。


というのでございます。

ついで本年の二月我々は再度21期生から要請者を受取りました。これは21期生523名中490名の圧倒的多数の署名によって支持されたものでございます。この要請書によれば、21期生の訴えは20期生申出の第一点と同じく二回試験とこれによる落第の不合理性を指摘し、そのため修習制度の本質が変えられつつあることを考えこのような二回試験では決して落第者を出さないように要望したものでございますが、これを聞いた研修所長は去年と同じではないか、こんな馬鹿なことをやってと一喝し何程君達と話しをしても時間の無駄だと言って一顧だに与えなかったどころか、私は技術を養うために実務修習を廃止すべきだと思う、今の修習のやり方は徒弟主義でリーガル・マインドを養えなくなっておる。これは私個人の見解だが、研修所を学校にすべきだと考えておると、修習の根幹である実務修習を無視する驚くべき答えをしたということが報告されております。このような20期、21期のあいつぐ訴えの前に19期でおきたケースは既に皆様ご承知のことと存じます。19期は臨司意見発表の翌年である昭和40年に入所したのでございます。実務修習に当りまして横浜地裁において従来のアイウエオ順による班編成を改め年令別によって編成したのでございます。また神戸を始め15、6カ所の地方裁判所において最高裁人事局より各地裁所長宛に配布された任官適格者名簿に基づいて酒食等を饗應して任官の勧誘等が行われたのでございます。19期でもこのような差別修習に対して釈明要求運動が行われ、580名中、450名以上の署名が集まっておるのでございます。私は今19期から21期までの3年間に起きた若干の事実を紹介したにすぎませんが明敏な皆様はこのような事実だけによっても、現在の司法研修所が如何に発足時の理想に反する方向に向けられつつあるかを充分ご理解いただけたものと思います。現在の司法研修所はそのカリキュラムが裁判修習に片寄り法技術の精練だけを中心とし系統的に任官勧誘が行われ、寮生活における研究活動の自由は大幅に制約され、二回試験においては厖大な記録を手際良く纏める能力のみが考査の対照となり、教養試験では思想調査の疑いのある質問が出されているのでございます。謂わば裁判所に忠実な裁判官をより多く養成獲得するための場となりつつある訳です。私はこのような現に進行しつつある事実と共に、昨年9月最高裁へ答申書を提出しました司法修習運営諮問委員会における最高裁事務総長や研修所長の提案を提起していただきたいと思います。


彼等は司法分野別による分離修習を提案しております。また実務修習と研修所との修習との割合を検討すべきであるとして、実務修習期間の短縮を提案しました。これ等の諸提案と学者委員から主張された任官しないものからの月給償還論を併せ考えて見れば当局の期待する研修所の姿が戦前の分離差別修習そのものであるとしか考えざるを得ないのでございます。


ここで私は今一度、今回の23期の特別採用の問題を検討して見たいと思います。私は先程特別採用の対象となった大学生が中大であろうと早大であろうと、このような特例を設けることは司法修習における公平、平等、統一の原則を乱すものであって不当であるという趣旨のことを申上げました。しかし、若しこれが東京大学や京都大学など以外の大学であった場合果して最高裁が人情論をもってこのような特例を認めたのでありましょうか。私はこの回答を出す前に一つ厳然たる事実を示したいと思います。それは先程も触れましたが、陸上勤務の裁判官、即ち司法行政の中枢部を歩んで出世、昇進して行く少数のエリート裁判官と第一線にあって黙々と裁判にいそしむ多数の裁判官のことでございます。東大の潮見教授のデーターによりますと、簡裁の判事、判事補を除いて昭和41年秋現在で日本の判事は1219人でございました。この中で最高裁事務総局に勤務した経験のある裁判官が11.7%であり、残る88.3%はその経験がございません。また陽の当る裁判官、つまり最高裁判事、高裁長官、主要な地裁所長、最高裁調査官、司法研修所の教官等は殆んど凡てこの11.7%の中に限られておるのでございます。更に問題なのは最近10年程の間に最高裁事務総局付判事補、所謂局付判事補となったものは120名でございますが、その出身学校を分類いたしますと、東大出身者が75名、京大出身者が30名、即ち120名中105名の大多数が東大と京大出身者によって占められており、私立大学の出身者で局付判事補となったものは120名中わずか5名という少数にすぎないのです。つまり裁判所の中には司法官僚と称する少数のエリートグループがあり、そのエリートグループは東大と京大の学閥によって占められているということになるのでございます。従って彼等は毎年百名程度志願する判事補の中から十名程の後継者を養成しなければなりません。その後継者は必然に東大か京大の出身者で在学中に司法試験に合格した優秀な人材でなければなりません。これは私の邪推や勘繰りでは決してなく、厳然なる事実であります。そこで私共は今回の23期特別採用のもつ特殊の性格を一層明かにすることが出来るものと思います。最高裁判所は今回の特別措置は決して東大のみを特別扱いをしたものではないと言っております。これは明かに嘘でございます。本日の総会出席者のために岡山大学出身者の二人の大学生が特に捺印を押して事実の報告をしております。岡山大学生の問い合わせに対しては学校を中退して来いという趣旨の葉書の返事が最高裁から出されております。更に本年1月20日に東大在学生が研修所の事務局長にあてて卒業が遅れる場合どうなるかをただしたのに対して、事務局長はまだ検討していないと答えたのでありますが、2月5日平野法学部長から東大在学生に対し法学部は2月11日から授業を再開し卒業は6月10日の予定である、しかし研修所の事務局としては卒業後特別クラスを編成して東大生を受入れる予定であるとの意向が示された事実がございます。3月18日最高裁人事局長は東大在学生62名全員を最高裁に呼び出し午前と午後に分けて学生の意向を聴取しましたが、午前中の個別面接で中退希望者の多いことが判明するや午後の部は先づ残る全員を大法廷に集め任官をした場合大学を卒業していないとハーバード大学等へ留学をするような場合にも不利になるというようなことを発言し、特に卒業後の入所を勧告従通したという事実がございます。なる程卒業が遅れたのは東大だけでありましたから、東大だけを特別扱いにしたものではなく、結果的にそうなったに過ぎないという理屈も一見通用するかの如くであります。しかし特別採用を検討し、これを決行するにいたった端緒が東大に端を発したのであり、東大在学生が司法官僚の後継者として特別の意味合を考えるならば最高裁のこのような弁明をそのまま信用することは到底出来ないものと思うのでございます。司法修習の制度は司法を現実に担い運用する人を養成するものであり、司法制度の根幹にかかわる問題であることは多言を要しません。我国の制度は世界に類を見ない優れた制度であり、多年の我々の理想とする法曹一元制の萌芽をなすものであります。この理念は法曹三者の後継者を公平且つ平等に処遇し、実務修習を中心として生きた事件の処理を通じて優れた人権感覚を養い、具体的法技術を錬磨体得するところにあると信ずるのでございます。これに対し現に研修所で行われつつある戦前の司法官試補、即ち子飼キャリア裁判官の養成への遂行は修習生の訴えを聞き流すだけでなく、我々自身の問題否一国の司法の将来にかかわる問題として、断固としてこれを喰止めなければなりません。


そして逆行を更に一歩進め志望別分離修習への契機となるおそれのある著しい今回の特別措置は絶対にこれを許してはならないのであります。過去における臨司問題の経過を顧みますとキャリアシステムによる機構を強化し、国民の司法から遠ざかろうとする官側の臨司意見実施に対し、我々は一応有効に阻止したものと考えられるのは司法試験法の改正と司法協議会の設置でございました。官側は都合の良い時には法曹三者の協力が必要であると言いますが、弁護士会協力を必要としない臨司の諸施策については弁護士会と協議することなどまったく必要のないものとしております。前に述べました司法行政権の強化、下級裁判所調査官の設置、庁舎管理規程の制定、司法研修所の質的変化等々裁判所側は日弁連の批判には一顧も与えることなく徐々になし崩しにこれを強行しつつあります。今回の特別採用につきましても弁護士会に事前に相談のなかったことを憤る向きがありますが、裁判所側としては弁護士会側に相談しないのは従来からの当然の姿勢でございます。6月12日付最高裁事務総長の回答にも将来今回のような不測の事態が生じた場合には早い機会に連絡するというだけで弁護士会側と相談するとは一言も言っておりません。いわんや弁護士会の批判などは少しも意に介しておりません。我々このような状勢のもとにありましては、批判や決議表明のむなしさを痛感せざるを得ないのでございます。今回の特別措置を認めず司法研修所の変質を喰止めるためには別に有効な手段を講ずべきであります。その有効な手段とは、ただ一つ実務修習を受入れないことであります。実務修習の受入れ拒否は違法な実力行使ではないかという考え方がございます。実定法の文理解釈を考える法律家として誠に当然の心配と思います。しかしそれは適法且つ妥当な実務修習の委託のあることを前提とした議論ではございません。今回の修習委託が修習制度の基本的な本質を乱すものであることは6月6日付日弁連会長の最高裁申入れに明白に宣言したところでございます。また、ことは一国の司法制度の根幹にかかわる問題であり、政治的な性格を持つものでございます。法は国民のものであり、民主的司法制度もまた国民のものでなければなりません。国民のための民主的司法制度を擁護しようという我々の行動を国民の方が違法とすることはあり得ないものと信じて疑いません。今回の臨時総会は6月30日即ち特別採用が内定中という時点において開催されることを私共は要望しておりました。遺憾ながら総会は本日となりその間7月1日に26名の東大出身者の正式採用が強行されました。その時間的経過により決議案について本日お配りいたしました文書記載の通り変更を余儀なくされたのでございますが、我々は今日の段階においても、なお、決議案の妥当性を主張するものであります。以上申述べました通り最近の臨司運動の流れを充分ご洞察いただき、国民全体のため、人権の擁護と社会正義を実現し法律制度の改善に努力すべき我々八千弁護士の責務を考え、司法制度中特に重要な意義を持つ司法修習制度の本質がまさにゆがめられようとする緊急の事態に対し、これを擁護するために日弁連は言葉だけでなく断固たる決意をもって最高裁の猛省をうながすべき時であると思うのでございます。どうか私共の決議案に対し満場一致の力強いご賛同をたまわりますよう切にお願い申上げる次第であります。