「石綿による健康被害の救済に関する制度案の概要」に対する会長声明

昨年6月末の新聞報道を端緒に、石綿(アスベスト)によって、労働者のみならず、その家族・周辺住民まで被害が生じていることが判明した。石綿は、その危険性が十分に認識されながらも、わが国において広く使用されており、また、極めて長期間を経て健康被害が顕在化するという特殊性を有するため、被害救済には特別な配慮が必要である。


当連合会においても、石綿による健康被害の重大性、特殊性等に鑑み、昨年12月17日には、東京弁護士会、第一東京弁護士会及び第二東京弁護士会との共催により、建物への石綿の使用状況や石綿被害の実態に関するシンポジウムを開催するなど、石綿による健康被害の問題については積極的に取り組んできたところである。


石綿による健康被害に対する国民の関心が高まるなかで、昨年12月27日、政府は「石綿による健康被害の救済に関する制度案の概要」(以下「制度案」という。)を発表したが、当連合会としても、政府が「隙間のない石綿による健康被害者の救済」をその理念として、石綿による健康被害者であって労災補償による救済の対象とならない者についての救済制度を実現しようとすることには異論がない。


しかしながら、実効ある被害者救済の立場から、制度案には問題点が存在し、以下のとおり修正がなされるよう要望する。


  1. 制度案は、救済の対象となる指定疾病につき、(1)石綿を原因とする中皮腫、(2)石綿を原因とする肺がんの2つの疾病のみを対象としている。しかし、石綿による重篤な健康被害はこの2種に限られないので、労災補償で石綿関連疾患とされているものと同等の疾病(石綿肺等)についてもその対象とすべきである。
  2. 制度案に規定される救済給付の内容は、自己負担分の医療費、いずれも低廉な療養手当、葬祭料及び特別遺族弔慰金のみであり、しかも、特別遺族弔慰金が支払われるのは、法施行前の死亡者に限定されている。そのうえ、救済給付額算出の合理的な理由・根拠が不明である。石綿による健康被害が被害者及びその家族にもたらすきわめて重大な身体的、精神的、経済的影響に照らすと労災や公害健康被害における補償給付額と比較してあまりに低い水準にとどまっている。救済給付額は被害の実情に照らして、被害者や遺族らに対する生活保障に見合う適切なものとする必要があり、大幅に見直されるべきである。
  3. 制度案では、救済給付の財源のうち事業者負担部分は、「労働者を雇用する事業主等による拠出」と「石綿との関連が特に深い一定要件に該当する事業主による追加費用の拠出」からなるものとされている。この点において、石綿の危険性が十分に認識されながら、警告表示も不十分に輸入・使用が継続されてきた経緯に鑑みると、その負担割合を決めるに当たっては、一般事業主よりも、石綿関連企業(石綿製品メーカー、輸入業、建築業者などの石綿製品の使用業者等)の費用負担をより一層重視し、汚染者負担原則を徹底すべきである。
  4. 制度案では、石綿の健康被害により死亡した労働者の遺族につき、遺族補償給付の受給権が時効により消滅した場合に、特別遺族年金の支払いが認められるのみである。しかしながら、労災補償の時効に関しては、遺族補償の問題だけではない。石綿の健康被害は、ばく露後、長期間を経て発症するため、被害者が、中皮腫や肺がんを発症しても職業上のばく露が原因であると認識できずに労災申請がなしえず、療養補償・休業補償について短期の時効が成立する場合も多く見られるため、これらについて時効を適用しないことが必要である。また、同様の趣旨から、企業等に対する民事賠償を求める際の時効(3年)、除斥期間(20年)の適用についてもこれを見直す必要がある。

2006年(平成18年)1月18日


日本弁護士連合会
会長 梶谷 剛