臓器移植法改正案に対する会長声明

このたび、自民党脳死・生命倫理及び臓器移植調査会は、本人の拒否の意思表示がなければ家族の承諾のみで臓器摘出・提供を行い得るとする臓器移植法の改正案をとりまとめた。しかし、その内容は、脳死を一律に人の死とせず「自己決定」を尊重するという現行法の根幹を否定するものであり、到底認めることはできない。


現行の臓器移植法(以下「移植法」という。)は、臓器を提供すること、及び判定に従うことを文書によって明確に意思表示している者に限り、家族が拒まないことも条件として、脳死段階での臓器摘出を認めると定めている。


これは移植法制定時、脳死を一律に人の死と捉えて法律を制定すべきかについて激論が戦わされ、その結果、脳死を人の死と捉えることが社会の共通認識には至っていないことを踏まえ、熟考の結果脳死状態に至ったなら臓器を他者に提供したいと思う者の意思(自己決定)は尊重されるべきだとの結論に達したからである。つまり、脳死を一律に人の死とせず「自己決定権を保障すること」は現行法の根本思想である。


ところで、今回の自民党案(以下「改正案」という。)は、移植法では小児からの脳死段階での臓器摘出・移植が認められないこと、移植法が施行されてから6年を経過したにも拘わらず、脳死臓器移植が30例にも満たないことから、臓器移植が容易にできるようにすべきであるとする声が強まってきたことに応じたものと言える。


しかしながら、移植を待つ人々の心情は十分理解できるものの、今回の改正案は、脳死臨調での議論を初めとする移植法制定の経緯を無視し、現時点で社会の大多数が脳死を人の死として受け入れているのか否かを検証せぬまま提案されるものである。


改正案によれば精神障害者など意思を十分に表示できない者、どうすべきか悩んでいる者、全く関心がなくそのような情報を正確に理解していない者が全て臓器摘出を容認したものとみなされることになる。まして乳幼児の場合、常に本人の意思は無視され、自己決定は否定される。しかも近時は児童虐待が増加しており、小児科医にとっても、当該傷害が虐待によるものか、事故によるものかの判別が容易にはつかないと言われている。そうであるなら、虐待を行った親自身が臓器摘出に同意するという事態も起こり得る。少なくとも改正案は、以上述べた問題点・危険をいかにして克服・防止するのかといった議論が充分なされた上で提出されようとしているものではない。


確かに移植法の附則第2条には移植法の施行後3年を目途として見直しをすることが定められているが、そのためには28例といわれる移植の実施例の十分な検証や、脳死を人の死と考えるか否かの世論の動き、臓器移植に関する社会的認知の程度等が総合的に判断されねばならない。


当連合会も、脳死臓器移植がなされた初期の事案3例につき、人権救済の申立てを受け、調査したが、脳死判定手続が杜撰であり、施行規則やガイドラインが理解されていなかったことが明らかとなっており、これらについて、2002年3月、2003年2月と3月、人権侵害ありとして脳死判定をした当該病院それぞれに対し是正などの勧告等をしている。しかも、最初の数例を除くと患者のプライバシーを理由に基本的な情報もその後は公開されなくなっているから、社会は検証することすら出来ない状態に置かれている。


それゆえ、社会が「脳死を死と認めるようになった」「拒絶の意思表示がないかぎり、脳死・臓器移植に同意していると推測すべきだ」と評価できるほど社会的状況が変わったと判断することはできない。


当連合会は、→2002年10月「臓器移植法の見直しに関する意見書」により基本的立場を明らかにしているが、改正案に対しては、上記意見書に照らし、改めて反対の意見を表明するものである。


2004年(平成16年)3月24日


日本弁護士連合会
会長 本林 徹