テロ資金防止条約批准と国内立法についての会長声明

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政府は国連で1999年に採択された「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」の批准案と国内法化のための法案を今国会に提案するとされている。


同条約は、テロ行為の定義をまず既存の国連テロ関連諸条約のそれを援用すると共に、新たに、(1)テロ行為のために手段の如何を問わず、直接又は間接を問わず、資金を提供し、受領する行為を犯罪化する、(2)同上の未遂や加担、人を組織すること、指示することの犯罪化、(3)国際的な裁判管轄の設定、(5)資金の没収・凍結のための規定、(6)捜査共助・犯罪者の引き渡し規定、(4)金融機関の確認と報告の義務化などを内容としている。しかしこの条約をそのまま国内法化するときは、南アフリカのアパルトヘイトに反対する活動や、東チモールの独立などを支援する国内の団体に資金カンパをするような行為すら、犯罪行為として処罰の対象とされる可能性があり、市民の表現の自由や結社の自由を侵害する危険がある。


その理由は、第一に、規制の対象とするテロ行為自体の定義が極めて曖昧である。条約では、規制すべき活動を「文民又は武力紛争の状況における戦闘行為に積極的に参加していない他の者の死亡または身体の重大な傷害を引き起こすことを意図する他の行為」であってかつ「行為の目的が、その行為の性質及び状況から、市民を威嚇し、または政府もしくは国際機関に対して何らかの行為を行うこともしくは行わないことを強要するもの」と規定する(条約2条1項)。しかし、これは政府の解釈によっていかようにも広げられるおそれがある。


第二に、ある団体の活動がテロに関連した活動であるかどうかを誰がどのような手続で認定するかが問題である。条約は何も手続保障の規定をしておらず、又、誤った認定をした場合の救済措置についても何の規定もない。したがってこのままでは捜査機関の恣意的な判断に委ねられる可能性が大である。


第三に、テロ資金の供与が犯罪とされるには、資金の提供者がテロ行為に使用することを「意図して、または使用されることを知りながら」資金を提供したことが必要とされる(条約2条1項)。しかしこのような認識は客観的な状況から推認できるとされる傾向にあり(国際組織犯罪防止条約6条2f参照)、また条約自体が提供された資金が実際にテロに用いられたかどうかを問わない(条約2条3項)点から見ても、確定的又は未必的故意による資金提供でなくても処罰の対象とされる可能性をはらんでいる。


すなわち、この条約の規定をそのまま犯罪行為の構成要件とするには明確性を欠いており、規制目的と規制手段の間に合理的な連関がなく、過度に広汎な規制をテロ対策の名目で正当化しているとの批判を免れない内容となっている。


当連合会は本条約を批准しこれをそのまま国内法化するには基本的な疑問点があり、その批准と国内法化は留保の必要な事項の特定など法制審議会への諮問等を含めて慎重に検討を進めるべきであると考える。また仮に、批准を行う場合も、テロリズムの定義やテロ関連団体の認定の手続などを厳格なものとして、人権保障上問題の少ない制度となるよう強く求めるものである。


2002年(平成14年)2月20日


日本弁護士連合会
会長 久保井 一匡