いじめによる自殺事件に関する声明

愛知県西尾市内の中学2年生がいじめによる苦しみを訴える遺書を残して自殺し、社会に大きな衝撃を与えている。この中学生を含めて今年に入り少なくとも7人の中学・高校生が、いじめを苦にして自らの生命を断つという事態が相次いで起っていることは、従前より子どもの人権の保障に取組んできた当連合会として、深く憂慮するところである。


子どもの健全な成長を確保することは大人の責任であり、大人はその責務の遂行を一日も疎かにすることは許されない。本年5月22日より日本でも発効した「児童(子ども)の権利条約」6条2項は「締約国は、児童(子ども)の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する」と定めて、この理を明らかにしている。いじめは、暴力・恐喝的な形態はもとよりのこと、無視や心理的・物理的な「ふざけ」型のものも、いじめられる子どもに耐えがたい精神的・肉体的苦痛をもたらし、その生きる権利をも奪う重大な人権侵害であることはいうまでもなく、いじめる子どもや、更にはこれをはやしたてる観衆としての子ども、見て見ぬふりをする傍観者としての子どもをも含めて、その健全な成長を阻害し、子どもの人権を侵害するものである。とりわけ、共同生活と人間関係を学ぶ学校において、近年いじめが陰湿化し、深刻の度を増していることは看過することができない。


今日いじめをなくすることは焦眉の課題であり、一刻の猶予も許されない。何よりもまず、いじめられている子どもが発するSOSを素早くキャッチすることを最優先の課題とし、いじめの苦しみの淵から救い出すために最大限の努力を傾注する必要がある。又、いじめている子どもたちについてもこれを加害者と見るだけでなく、その原因を究明し、苛立ちや不安定な心情を克服する道筋を共に見出す努力をすることが求められている。又、先般の中野富士見中学事件の東京高裁判決をはじめとする裁判例においても指摘されているように、学校には生徒の安全を保持すべき義務があり、生徒相互の人間関係の実態を認識して適切な対処をしていじめを防止すべき義務がある。


いじめは社会・学校・家庭が総合的に取組むべき問題であり、子どもの人権を生存を基軸にして、いじめをなくすための具体的措置を講ずることが子どもにかかわる関係者すべての課題である。しかるに、最近子どもたちの世界を襲っているこのいじめについて、その真の原因や構造を深く掘り下げ、これをなくすための抜本的対策を検討することを怠って、専ら関係した子どもやその親にのみ責任を求めようとする風潮が政府関係者や社会の一部に見られるのは遺憾である。


当連合会は、従前より子どもの権利委員会を設けて、子どもの人権の救済と援助活動を行ってきた。近畿弁護士会連合会をはじめ各単位会においても、いじめをなくすための具体的な提言をするなど積極的に取組むとともに、「子どもの人権110番」「こどもの悩みごと相談」等の子どもの人権救済のための窓口を設置して、救済と相談に応じてきた。


今後はこの窓口を拡大して、いじめの防止をはじめとする緊急の要請にも全力を挙げて応えることを誓うものである。


1994年(平成6年)12月20日


日本弁護士連合会
会長 土屋公献