戦争をしない、させない 長崎宣言

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アジア・太平洋戦争の惨禍から80年。この間、日本は、世界に先駆けて徹底した恒久平和主義を採った日本国憲法の下で、一度も戦争をせず、平和国家としての道を歩んできた。


戦争は、言うまでもなく最大の人権侵害であり、最悪の環境破壊である。日本国民は、先の大戦とそれに先行する植民地支配における他国民の生命・人権を蹂躙した侵略による加害と、広島、長崎の核兵器による惨害にまで及んだ戦争の痛切な体験から、これらを二度と繰り返さないという決意と反省の下、日本国憲法を制定した。


日本国憲法は、前文において、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し、全世界の国民の平和的生存権を確認し、さらに9条において、戦争を放棄し、戦力の保持を禁止し、交戦権を否認することで、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする国民の決意を示したものであり、国家権力に戦争をさせないための最高規範である。


日本は、この憲法の下で、「専守防衛」を旨とした平和国家としての道を長年歩んできた。この歩みは、世界各国からも広く受け入れられ、また法の支配を尊重する民主主義国家として、諸外国からの厚い信頼を得てきたと言える。



しかしながら、政府は、2014年、それまでの憲法解釈を覆し、集団的自衛権の行使を容認することを閣議決定し、その翌年には安全保障法制関連法(以下「安保法制」という。)を制定した。さらには、この安保法制の枠組みに基づき、戦後の安全保障政策を大きく転換するものとして、2022年12月、「国家安全保障戦略」等のいわゆる安保三文書を閣議決定した。これは、台湾有事や南西地域への侵攻等を想定し、防衛力の抜本的強化、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や核抑止力への依存等、軍事力に軍事力をもって対抗するという抑止力政策を採るものである。そのために、防衛費を5年間で43兆円へと大幅に増加させるという方針も打ち出された。


この安保法制や安保三文書に対して、当連合会は立憲主義に反し違憲である旨の意見を表明している。このような政策や方針により、「専守防衛」の原則が現実に放棄されることは、憲法の掲げる恒久平和主義に反し、日本が戦後築いてきた平和国家としての信頼を大きく損ないかねないものである。


近時、特に、国際法を無視するかのように、戦火が世界各地で絶えない状況にある。また、核兵器保有国及びその同盟国は、核抑止論に依拠して核の保有を正当化し続けている。このような危機の時代だからこそ、日本は、軍事力に依拠するのではなく、「諸国民の公正と信義」に信頼して平和と安全を保持しようとする日本国憲法の恒久平和主義、国際協調主義の原理を、改めて世界に向けて発信すべきである。そしてこの原理に基づき、国際平和の維持のために平和外交に最大限の努力を尽くすべきであり、また、アジア諸国、世界各国との共通の安全保障を促進する「安心供与」の枠組みの形成を目指すべきである。同時に、国際法に基づく法の支配の回復・強化に向けた取組を行うべきである。


そして、これらの国際平和の維持と平和外交は、国レベルだけでなく、国民・市民レベルの各界各層で進めることが必要である。



日本政府も米国の「核の傘」による核抑止論を肯定している。しかし、核兵器禁止条約も指摘するとおり、核兵器は全人類の生存を脅かす結果を招きかねない非人道的かつ違法な兵器である。その廃絶には一刻の猶予も残されていない。核兵器の壊滅的な惨禍を知る日本は、唯一の戦争被爆国として、核兵器が非人道的で決して使われてはならない兵器であることを世界に伝え、核廃絶に向けて先頭に立って具体的に取り組むことが求められている。



当連合会は、これまでの人権擁護大会や総会での宣言・決議等により、繰り返し、日本国憲法の恒久平和主義の意義を確認し、立憲主義の堅持や核廃絶を求めてきたところであり、これからも平和を求める歩みを続けていく決意である。


80年前に原子爆弾が投下されたこの長崎の地で、当連合会は、この危機の時代において、日本と世界の市民と共に、日本も、また、他のいかなる国も、戦争をしない、させないため、そして核兵器のない世界を実現するため、強く警鐘を鳴らし、全力を尽くしていくことを、ここに宣言する。


2025年(令和7年)12月12日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 戦争の惨禍から生まれた日本国憲法の恒久平和主義、そして平和国家としての歩み

1 アジア・太平洋戦争における日本の加害と被害

   80年前、日本は破局を迎えた。アジア・太平洋戦争の敗戦である。


   日本は、中国本土から東南アジアまで侵略を進めた末に、米国と直接対決するという無謀な太平洋戦争へと突入し、それに先立つ植民地支配も含めて、各地でおびただしい数の犠牲者を生じさせた。また、日本の国民・住民に対しても、極限的な惨禍をもたらした。沖縄では住民を巻き込んだ凄惨な地上戦が繰り広げられ、住民の死者は少なくとも10万人以上に及んだ。本土での空襲被害も全国に及び、犠牲者は約60万人にも上ると言われる。


   そして、1945年8月6日、人類初の原子爆弾が広島市に投下され、さらに同月9日、第2弾の原子爆弾が長崎市に投下された。これらの原子爆弾は、投下後およそ5か月の間に約21万人の命を奪った。原爆死没者名簿に登載されている人の数は55万人以上に上る。原子爆弾は、他の兵器にはない威力を有しており、広範囲に熱線と爆風を及ぼし、多くの人々を即死させた。また、少なくない人々が回復不可能な火傷を負い、やがて亡くなった。さらに、原子爆弾は後世まで続く放射線による被害をもたらした。辛うじて生き延びた人々や、救助等のために被爆地に入った人々は放射線に被ばくし、命や健康を奪われ、自身だけでなく次世代の者までもがその影響に苦しめられた。加えて、被爆地の出身者は根深い偏見や差別の目にさらされ、幾重もの苦しみを負った。


2 日本国憲法の恒久平和主義

  日本国憲法は、核兵器による甚大な被害を含む、このような戦争の惨禍への歴史的な反省として、地球上の全ての市民の平和的生存権を平和への国際的取組の中で実現するという理念を高々と掲げる、徹底した恒久平和主義を採った。


  この理念を実現するために、憲法9条は、戦争と、武力による威嚇・武力の行使を放棄した上、戦力の不保持と交戦権の否認を明記し、あらゆる戦争を否定するという、世界の憲法史上画期的な意義を有するものとなった。


  そして、その後日本は、日本国憲法の採った恒久平和主義の下、約80年の間、一度も戦争をせず、平和国家としての道を歩んできた。


第2 安保法制と安保三文書

1 安保法制以前の政府の憲法9条解釈

  政府は、1954年7月1日の自衛隊発足後、おおむね次のような憲法9条の解釈を示し、これらの解釈によって、自衛隊の活動や装備に一定の歯止めがかけられてきた。


 (1) 武力の行使は、「我が国に対する武力攻撃」が発生した場合に限られ(自衛権発動の第1要件)、その反面として、集団的自衛権の行使は認められない。


 (2) 自衛隊の防衛活動の地理的範囲は、原則として我が国の領域及び周辺の公海・公空に限られ、他国の領域における武力の行使は禁止される。また、自衛隊の海外出動は禁止される。


 (3) 我が国が保有し得る実力及び装備や兵器についても、全体として他国に対して侵略的脅威を与えるものであってはならないし、個々の兵器としても他国の領域に直接脅威を与えるものであってはならない。


 (4) 自衛隊の海外における活動が武力の行使に至らない歯止めとして、他国に対する後方支援活動等は、非戦闘地域において他国の武力の行使と一体化することのない範囲にとどめる等の制約を受ける。


2 憲法9条解釈としての「専守防衛」に基づく「安心供与」

  上記の解釈に関連し、日本の防衛の本旨として「専守防衛」の概念が形成された。1981年版以降の防衛白書は、「専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう」と記述している。日本は、これら一連の政府の憲法9条解釈及びこれに基づく「専守防衛」としての対応により、近隣諸国に対し、日本から武力行使されることはないという「安心供与」を続けてきた。


3 安保法制の制定、そして安保三文書

(1) 安保法制の内容

  2014年7月1日、閣議決定によって安保法制の基本的内容が示され、国会での論戦を経て、2015年9月に安保法制が制定され、翌2016年3月に施行された。この安保法制は、従来の政府の憲法9条解釈を根底から覆すものであり、当連合会は、安保法制は立憲主義に反し、違憲であるとの意見書等を繰り返し発出している。


  ①集団的自衛権の行使容認
安保法制の根幹は、「存立危機事態」において、それまで憲法上許されないとされてきた集団的自衛権の行使を認めたことである。この集団的自衛権の行使は、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」(武力攻撃事態法第2条第4号)において、「自衛のための措置」として、自衛隊が「防衛出動」するというものである。

しかし、「存立危機事態」の限界は極めて曖昧であり、しかも一旦防衛出動が発動されれば、他国と共に戦っているさなかに撤退することは困難であり、武力の行使は際限なく広がりかねない。


  ②周辺事態法の重要影響事態法への改正と後方支援活動の拡大
この法改正は、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」(重要影響事態)において、外国軍隊の支援のための自衛隊の後方支援活動等を、地理的限定なく、戦闘地域においても可能とし、さらに戦闘行為の直接支援を含む兵站活動をも可能としたものである。しかし、後方支援とは言うものの、実態としては、他国軍隊の武力の行使と「一体化」するものとして戦争に巻き込まれる危険性がある。


  ③外国軍隊の武器等防護
自衛隊法第95条の2が新設され、「我が国の防衛に資する活動」を行う「合衆国軍隊等」の艦船・航空機その他の武器等を防護するために、自衛官が武器を使用することが可能となった。しかし、このことにより、現場の自衛官の判断によって武器が使用されることになり、実質的な集団的自衛権の行使と区別が付かず、戦争に巻き込まれる危険性がある。


(2) 安保法制から安保三文書へ

安保法制の制定後、2018年12月に閣議決定された「防衛計画の大綱」及び「中期防衛力整備計画」は、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有につながる長射程ミサイルの取得や護衛艦の空母化等を進めた。


さらに、2020年6月のイージス・アショア配備撤回等を経て、2021年12月、「いわゆる敵基地攻撃能力も含め、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討」し、防衛力を抜本的に強化するため、新たな国家安全保障戦略等を策定する旨が表明された。そして政府は、2022年12月16日、「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」及び「防衛力整備計画」の3つの文書(以下、これらの文書を「安保三文書」という。)を、国会での審議を経て法制化することなく、閣議決定した。


4 安保三文書の概要と基本的問題点

(1) 安保三文書の構成

  安保三文書のうち「国家安全保障戦略」は、国家安全保障に関する最上位の文書として、外交、防衛のほか、経済安全保障・技術・サイバー・情報等も含め、関連する政策に戦略的指針を与えるものであり、「国家防衛戦略」は、防衛の目標を設定し、その達成のための方法と手段を示すものであり、「防衛力整備計画」は、保有すべき防衛力の水準を示すとともに、その達成のための中長期的な整備計画を定めたものである。


(2) 安保三文書の内容と憲法上の問題点等

  ①安保三文書の内容
安保三文書は、2027年度までの他国からの武力侵攻を想定し、これに対処するための防衛力の抜本的強化を図り、抑止力と対処力を強化するとしている。特に、「台湾海峡の平和と安定」についての急速な懸念の高まり(台湾有事)を指摘し、「南西地域」への武力侵攻を想定している。


  ②憲法に違反する「反撃能力」
我が国への侵攻を抑止する鍵となるのは、「反撃能力」、すなわち「相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」であるとし、この能力は存立危機事態における「自衛の措置」にもそのまま当てはまるとする。

しかし、「反撃能力」の保有は、他国の領域に対する直接の武力攻撃として従前禁止されてきたものであり、かつ、「戦力」の保持にも該当し、憲法上許されない(2022年12月16日付け当連合会「「敵基地攻撃能力」ないし「反撃能力」の保有に反対する意見書」)。


  ③核抑止力への依存
安保三文書には、米国の「核」による「拡大抑止」に依存することが明記されている。

しかし、核抑止力に依存する世界は、憲法が想定する「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」実現される世界とは対極にあり、核廃絶を求めてきた当連合会の立場とも相容れない。


  ④多岐にわたる体制強化の施策の問題性
安保三文書は、防衛力の抜本的な強化の内容として、南西地域を始めとして全国における防衛施設や弾薬庫等の整備拡大、自衛隊の武器・装備の拡大強化、安全保障関連の様々な国内体制の整備、宇宙・サイバー・電磁波領域での対応能力の取得等、多岐にわたる防衛力・防衛体制の強化拡大のための施策を打ち出している。

そして、2023年度から2027年度までの防衛費を43兆円へと増加させ、2027年度の防衛関連費をGDP比2%へと倍増させるとする。


  ⑤国民・市民への情報提供の状況
しかし、上記①~④に関して、国民・市民に十分な説明や情報提供が行われているとは言い難い。


第3 長崎の地から核兵器廃絶へ向けて

1 核兵器による破滅的な結末

  80年前の8月6日、広島に、8月9日、長崎に原子爆弾が投下され、史上初めての核兵器使用による甚大な被害が生じた。次に核兵器が使用されれば、人類は報復の連鎖によって「壊滅的で非人道的な結末」(核兵器の禁止に関する条約(Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons、以下「TPNW」という。)前文より)を迎えることになる。

核兵器は、数多の人々の命と健康、暮らし、そして人間としての尊厳までをも奪う、最悪の兵器である。

広島、長崎への原子爆弾投下時は、交戦中の一方当事者である米国のみが核兵器を保有していた。しかし、現代においては、多数の国々が核兵器を保有し、核抑止論に依拠している。万が一、抑止が破れて一度でも核兵器が使用されれば、被害を受けた国ないしはその同盟国が、報復として核兵器を使用することも十分に考えられる。そうなれば、報復の連鎖となり、全世界を巻き込んだ核戦争に発展するおそれがある。数多の人々の命と健康、暮らし、そして人間としての尊厳が奪われ、ひいては地球環境自体を破壊し尽くす破滅的な結末が導かれることとなる。


2 核抑止論からの脱却と核廃絶の必要性

(1) 核廃絶を阻害する核抑止論とその危険性

  上記のような非人道的な兵器である核兵器が、第二次世界大戦後も廃絶されることなく、いまだに1万2300発もの核弾頭が存在するのは、核兵器保有国及びその同盟国が、「核抑止論」ないし「拡大核抑止論」に依拠し、核兵器の保有を正当化しているからである。核抑止論とは、核兵器による報復の意思と能力を相手国に認識させることで、相手国が武力の行使を心理的に躊躇する状況を作り出し、紛争を回避するという考え方であり、拡大核抑止論とは、自国は核兵器を保有しないが、同盟国の核兵器に依存して、抑止の効果を確保しようとする考え方である。


  しかし、核兵器の保有により相手国が攻撃を控える確証はなく、核抑止力は核の威嚇に対する心理的効果に依存するものにすぎない。むしろ、核兵器の保有により、相手国は大きな脅威にさらされることになり、常に戦闘準備態勢を維持する結果、人的ミスや機械トラブルによる誤報等により偶発的に核戦争が始まるおそれも排除できない。


  結局、核抑止論は、最終的には核兵器の使用を前提とした論理であり、核兵器使用のリスクを低減するどころか、むしろそのリスクを増大させているという点に、根本的な欠陥がある。


(2) 国際社会の到達点

  このような核抑止論が続く中でも、国際社会は核兵器の廃絶のために着実に歩みを進めている。


  国際司法裁判所(International Court of Justice、以下「ICJ」という。)は、1996年7月の勧告的意見において、「核兵器の威嚇又は使用は、武力紛争に適用される国際法の要件及び特に人道法の原則及び規則に一般的に違反することとなる」と判断し、国際社会は「あらゆる側面での核軍縮を目指す交渉を誠実に行い、かつ結論に達する義務が存在する」と述べた。


  核兵器保有国も参加する核兵器の不拡散に関する条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons、以下「NPT」という。)も、「核兵器の製造を停止し、貯蔵されたすべての核兵器を廃棄し、並びに諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去することを容易にするため、国際間の緊張の緩和及び諸国間の信頼の強化を促進することを希望」するとし(前文)、第6条では、核軍備競争の早期の停止、核軍縮及び全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約の誠実な交渉を締約国に義務付けている。


  そして、2017年に採択され2021年に発効したTPNWは、「あらゆる核兵器の使用は、武力紛争の際に適用される国際法の諸規則、特に国際人道法の諸原則及び諸規則に反する」と明言し、核兵器の使用のみならず、開発、実験、生産、製造、取得、占有、貯蔵、移譲、受領、核兵器による威嚇等を禁止し、またその禁止行為を援助等することも禁止している。さらに、核兵器の使用や実験行為によって被害を受けた被害者支援の条項も設けられている。これらは、核廃絶を望む市民と諸国のたゆまぬ努力によって実現したものである。


  加えて、2024年10月、日本原水爆被害者団体協議会(以下「日本被団協」という。)がノーベル平和賞を受賞した。核兵器使用のリスクが高まる現代において、核兵器のない世界を実現するために努力し、核兵器が二度と使われてはならないことを、目撃証言を通じて示し続けてきた日本被団協がノーベル平和賞を受賞したことは、核兵器使用に対するタブーを確立してきた功績が国際的に高く評価されたことを意味し、核廃絶へ向けた大きな前進である。


  このように、国際社会の趨勢は、核兵器の使用や威嚇、そして核兵器自体を違法化し、世界から核兵器を廃絶する方向に進むことを望んでいる。


(3) 日本国憲法と核兵器廃絶

  前述のとおり、日本国憲法は、前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」した上で平和的生存権を確認し、9条で戦争及び武力による威嚇・武力の行使の放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定めた。原子爆弾による被害を含む戦争による惨禍を二度と起こさせないための強い誓いである。


  「武力による威嚇又は武力の行使を(中略)慎まなければならない」(第2条第4項)と定める国際連合憲章(1945年6月26日調印。以下「国連憲章」という。)を受け、更にそれよりも進んで、日本国憲法が戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定めたのは、広島・長崎への原子爆弾の投下が大きく影響している。通常兵器とは桁違いの被害をもたらす原子爆弾が戦争で使用された以上、人類、ひいては地球を滅ぼすこととなる戦争は、決して起こしてはならないのであり、それを率先して実現することが憲法で宣言されたのである。


  このような日本国憲法の制定経緯とその内容からすれば、核廃絶こそが憲法に適合的であり、核兵器を保有・使用することは憲法に違反するものと言わなければならない。また、核兵器の保有と最終的な使用を前提とする核抑止ないし拡大核抑止政策に依存することも、被爆体験を経て、徹底した恒久平和主義を定めた日本国憲法の精神からすれば許されないと言うべきである。


  核兵器による破滅的な結末を確実に回避するためには、核抑止論から脱却し、核兵器そのものを廃絶することが不可欠である。


3 核兵器廃絶のために

  核廃絶を実現するためには、核兵器保有国を含めた世界の全ての国々と市民が、核兵器の非人道性を認識し、その使用は絶対に許されないことを共有し、核抑止論と決別しなければならない。そのためには、国際社会が作り上げてきた核兵器の違法化の枠組みの到達点、すなわちTPNWへの参加が必要である。


  TPNWは、採択時は122か国が賛成し反対は1票のみであり、2025年8月1日時点においては署名国94か国、批准国73か国であって、参加国も年々増え続けている。TPNWは、定期的に締約国会合を開催し、核兵器廃絶に向けた現実的な検討を進めている。2025年3月の第3回締約国会合では、核兵器の非人道性の科学的証拠に基づく主張と核抑止政策の問題点を指摘する「安全保障上の懸念」に関する協議プロセスの成果を踏まえ、条約の普遍化への取組を進めることが確認された。また、被害者援助・環境修復の取組が拡充され、国際信託基金に関する諸事項が定められた。2026年には、条約発効から5年後の第1回再検討会議も予定されている。


  核廃絶を実現するためには、このように核兵器廃絶への歩みを着実に進めるTPNWへの参加に加え、NPT第6条に定められた核軍縮の実現に向けた具体的な取組も重要である。併せて、核兵器使用のリスクを低減させるために、かねてより長崎市が提案している北東アジア非核兵器地帯条約の実現も必要である。


  唯一の戦争被爆国であり、核兵器の非人道性をどの国よりも認識しているはずである日本は、本来、これら核廃絶のための取組を率先して行わなければならないはずである。しかし、日本政府は、核兵器廃絶という目標は共有しているとしながら、核兵器国の賛同を得ていないこと、核を含む米国の抑止力に依存することが必要であること等を挙げ、TPNWへ参加する考えはない旨を表明している。


  これらの理由でTPNWへの参加を見送り続けるのであれば、核廃絶の実現などおよそ不可能である。これまで、対人地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約(日本もこれらの締約国である。)等、非人道的な兵器が国際的に禁止された例はある。核兵器は、これらの兵器をはるかにしのぐ非人道性と危険性を持つ兵器であり、これ以上許容し続けることは、人類にとっても、地球にとっても極めて大きな危険を抱えるものと言うほかない。


  一刻も早く、核抑止論から脱却し、核兵器廃絶のための歩みを進めることが必要である。


第4 「平和国家」変容のおそれ

1 国内体制構築のための法整備等

  日本政府は、安保法制や安保三文書により、第2の4(2)で指摘した「反撃能力」の保有その他の施策によって、単に軍事力を強化するというにとどまらず、以下のように、数多くの国内の体制・システムの構築を図ろうとする法整備等をしてきており、この面からも「平和国家」の変容が進みつつある。それは同時に、国民の様々な人権を侵害し、又は侵害するおそれにつながるものである。


(1) 防衛予算の増大

  政府は、日本が平和国家として、長年防衛関連費を自己抑制すべくGDP比1%程度としてきたにもかかわらず、十分な議論のないままに、防衛関連費を2%に急増させることとしている。


  防衛予算の増大は新たな財源を必要とするが、2023年6月に防衛財源確保法が制定され、防衛財源を特に優先して確保することとされた。さらに、それでもなお不足する財源のための増税が予定されている。


(2) 国民の個人情報収集や監視体制の進行

  2021年6月制定の重要土地等調査規制法は、基地周辺等を注視区域に指定し、周辺住民等の個人情報を収集し、区域内の「機能阻害行為」を規制するものであり、区域指定は既に日本国中に及んでいる。


  2024年5月には、かねてより問題のある特定秘密保護法に加えて、重要経済安保情報保護法も制定された。


  2025年5月に成立した能動的サイバー防御法は、政府による通信情報の取得を幅広く認めて通信の秘密を制約し、サイバー攻撃を防ぐため攻撃元のサーバへの侵入・無害化措置を認める。


(3) 防衛産業の育成強化と武器輸出の促進

  国防の「パートナー」としての防衛産業の育成強化のため、2023年6月に防衛生産基盤強化法が制定された。


  また、武器等の輸出を「官民一体となって」進めることとし、2023年12月及び2024年3月の防衛装備移転三原則の改定等により、殺傷能力のあるミサイルや戦闘機の輸出まで含めて大幅に解禁され、今後もその拡大が予定されている。平和国家日本の「国是」ともされてきた武器輸出禁止原則の大きな転換である。


(4) 科学技術の軍事利用推進のおそれ

  2022年5月に制定された経済安全保障法により、公的な支援の下に、安全保障等の様々な分野で先端的な重要技術の開発を促進し、その成果の活用等を進めることになった。


  安保三文書は官民の先端技術研究の成果の積極的活用をうたい、安全保障分野での政府と企業・学術界との連携の強化を推進しようとしているところ、科学の平和利用を主唱してきた日本学術会議の自律性及び独立性を損なうおそれの大きい「日本学術会議法」が2025年6月に成立したが、これは、科学技術の軍事利用の推進につながるおそれがある。


(5) 地方自治体に対する国の指示の強化

  2024年6月の地方自治法の改正は、自治事務にまで及ぶ国の指示権を認め、安全保障分野において、地方自治体の実情に合わない強引な指示がなされる危険性がある。


(6) 特定利用空港・港湾の指定と軍事利用

  有事を念頭に、2024年4月以降、沖縄・九州・西日本を中心に全国に及んで、地方自治体が設置・管理する民間空港・港湾を国が「特定利用空港・港湾」として指定し、軍民共用として整備・拡充する措置が進められている。


2 国民・市民への情報提供や国会等での議論の不足

  「国家安全保障戦略」においては、「国家としての力の発揮は国民の決意から始まる」、「国民が我が国の安全保障政策に自発的かつ主体的に参画できる環境を政府が整えることが不可欠である」と述べられている(5頁)。また、「我が国と郷土を愛する心を養う」とも述べられている(30頁)。


  しかし、安保三文書は、安保法制のように法制化されておらず、その違憲性や、財政的負担等の問題点、抑止力が破れた場合において生じ得る国民・市民の犠牲及びその可能性についても、十分な情報提供や議論がされているとは言い難い。「国民の決意」や、「郷土を愛する心」といった精神論を政府が安易に語ることは、過去の経験上危険をはらむものと言うべきであり、国民・市民への十分な情報提供の上、国内外での国民的議論が極めて慎重に行われることが求められる。しかしながら、安保三文書についてはそのような配慮を欠いており、少なくとも国民に対して十分な情報提供がなされ、十分な議論が尽くされなければならない。


第5 戦争をしない、させないために、何をなすべきか

1 平和憲法の下、日本は長年、戦争をすることなく、多くの国々との間で平和的な外交関係を築いてきた。こうした日本の外交姿勢は、世界各国から高い評価を受け、また法の支配を尊重する民主主義国家として、厚い信頼を得ている。これらの評価と寄せられている信頼を活かし、日本は、積極的な平和外交を展開・継続すべきである。


2 戦争放棄と戦力の不保持を憲法でうたい、長年にわたり平和外交を行ってきた日本は、戦争当事者となりかねない国々ともそれぞれ緊密な関係を築いており、これらの国々と冷静に対話できる立場にある。

日本は、このような立場を活かし、独自の外交により、他国間の緊張関係を解きほぐし、戦争を回避するための平和外交を主体的に展開していくべきである。軍事力を増強し、軍事的抑止力に依存する方法は、果てしない軍拡競争を誘発するのみであり、国際紛争を根本的に解決する方法にはなり得ない。軍事力の増強は戦争の抑止につながらず、逆に戦争のリスクを高めかねない危険な道である。


3 私たちが今選択すべきは、軍事的抑止力に頼ることではなく、恒久平和主義・国際協調主義に立脚した憲法の規範力を再確認し、その意義を世界に向けて発信しつつ、平和の維持のためにあらゆる努力を惜しまないことである。すなわち、軍事力を背景とするのではなく、実質的意味での「専守防衛」に基づく「安心供与」政策を採り、これまでもそうしてきたように、他国に脅威を与えず、平和を維持するための国際関係を丁寧に築いていく外交努力に徹することである。

そのためにも、まずは、日本のTPNWへの速やかな参加のための批准承認が必要不可欠であり、北東アジア非核兵器地帯条約などの新たな国際的な法規範の実現に積極的に取り組むことも重要である。

また、台湾有事の想定に関しても、日本は米国及び中国双方と長年にわたって対話や友好関係を積み上げてきた立場にある。長年積み重ねたこの友好関係を続けるべきであり、平和的な関係の維持・形成のための外交を基本とすべきである。


4 国際機関としては、二度の世界大戦の惨害の上に結成された国際連合(以下「国連」という。)が、「国際の平和及び安全を維持」する最も基本的な枠組みである(国連憲章前文、第1条第1項)。国連の下で国際法による規範を積極的に形成していくことが、民主主義や人権の尊重、平和の促進に資することになる。国連が国際世論を形成する最大の機関であることに変わりはない。

その国連の主要な司法機関であるICJ及び国連に承認された独立の機関である国際刑事裁判所(International Criminal Court、以下「ICC」という。)の所長に、現在いずれも日本人が就任している。日本は世界から法の支配の擁護者としての役割を期待されている。戦争犯罪を裁くことを使命とするICCに対して、紛争当事国等からの制裁等が課せられているが、これは国際法に基づく法の支配に対する挑戦にほかならず、日本が率先して裁判所を擁護し支援することが重要である。当連合会は、日本政府に対し、国際社会における法の支配を貫徹するために引き続きICCへの貢献を続け、またICCの活動に対する報復的な措置の撤回を働き掛けるよう強く求める。

加えて、地域的な国際機関も重要である。特に、日本は東アジアの一員として、東アジアにおいて敵を作らない「共通の安全保障」を促進する必要がある。その場合に、地域における平和的共存の枠組みを形成してきたASEAN(東南アジア諸国連合)は、極めて重要な役割を果たしている。中でもASEAN地域フォーラム(ARF)は、日本、中国、韓国はもとより欧米諸国にまで開かれた協議の場を提供しており、台湾をめぐる米中対立の平和的解決のチャンネルとしても期待される。


5 以上のような平和外交は、国レベルで進めるだけでなく、国民・市民レベルの各界各層で進めることが必要である。国民・市民が国に対して平和外交を強く求めることは言うまでもないが、それにとどまらず、民間外交、民間の経済関係の強化、市民同士による交流等を積極的に進めることが重要である。弁護士会や任意の弁護士団体による交流も、同様に重要な意義を持つ。地方自治体が外国の地方自治体との間で行う平和的外交を促進することも重要である。紛争を抱えた地域との民間主導の対話プロジェクトを活性化させることもまた有意義である。

これらの多様な外交チャンネルは、外務省など公式の外交ルートには乗らない双方の実態を知らせ、認識を新たにする契機となり、他国の政府・議会関係者らを動かす可能性ももたらすものとなる。現在、当連合会でも、国連により承認されたNGO協議資格を活かし、国連の諸会議においてスピーチや提言を行うなど、種々の国際交流活動・国際協力活動に取り組んでいるが、更に積極的に促進していきたい。

加えて、人間の安全保障、ジェンダー、マイノリティ、環境、持続可能性等、様々な観点からの市民レベルでの安全保障の交流と取組が、国際間の敵意の克服と信頼関係の醸成を実現するのである。


第6 終わりに

これまで述べたような、安保法制の制定から安保三文書への展開は、全世界の国民の平和的生存権に立脚し、戦争を放棄して戦力の保持を否定し、諸国民の公正と信義に信頼した日本国憲法の恒久平和主義を空文化しかねない。


まずは、安保法制や安保三文書が立憲主義や憲法の平和主義に違反するものであることについて、国民・市民に対し、十分な情報及び議論する機会が与えられなければならない。


その上で、私たちは、そして日本政府も、今、改めて日本国憲法の原点に立ち戻り、恒久平和主義の憲法規範としての力を再確認するとともに、日本国憲法の下で歩んできた平和国家として、軍事力に依拠するのではなく、日本国憲法が掲げる恒久平和主義及び国際協調主義を世界に発信し、その原理に基づき、国際平和の維持のために最大限の外交努力を尽くすべきである。また、それによって、アジア諸国、世界各国との共通の安全保障を促進する「安心供与」の枠組みの形成を目指すべきである。


当連合会は、これまで、1950年の広島における全国弁護士平和大会を皮切りに、日本国憲法の恒久平和主義の意義、核兵器廃絶の必要性を繰り返し確認してきた。これまでの人権擁護大会の宣言・決議では、国民主権の下で平和のうちに安全に生きる権利、国家権力を制限して人権を保障する立憲主義の意義、憲法改正論議に対して憲法9条が果たしている憲法規範としての機能、「国防軍」を創設することによる憲法の平和主義の破壊、安保法制制定を踏まえた平和主義・立憲主義・民主主義の回復、そして核兵器のない世界の実現と戦争との永遠の決別等を訴え、その意思を明らかにしてきた。


さらに、今年度の当連合会定期総会では「被爆80年に際して「核兵器のない世界」の実現を目指す決議」を採択し、甚大な被害と人権侵害をもたらす核兵器の存在に断固反対し、その廃絶を強く求めた。


80年前に原子爆弾が投下されたこの長崎の地において、当連合会は、これからも平和を求める歩みを続けていく決意を改めて確認するとともに、ウクライナ、中東のガザ地区など世界各地で戦火が絶えないこの危機の時代において、日本と世界の市民と共に、日本も、また、他のいかなる国も、戦争をしない、させないため、そして核兵器のない世界を実現するため、強く警鐘を鳴らし、全力を尽くしていくことを、ここに宣言するものである。