弁護士の使命に基づき、被災者の命と尊厳を守り抜く宣言 ~東日本大震災から10年を経て~




1 東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」という。)が発生してから、10年が経過した。また、この10年の間には、全国各地で数多くの災害が発生した。

当連合会は、災害からの復興について、憲法が保障する基本的人権を回復するための「人間の復興」でなければならないことを強調し、災害発生の都度、各種の法律相談、被災者・支援者等への情報提供、立法及び制度運用に係る提言、支援者間の連携構築への働きかけ等の様々な活動を展開してきた。しかし、現在もなお「人間の復興」に至ったとはいえない被災者も多数存在し、被災者・被害者への誹謗・中傷・差別等の新たな二次的な被害も生じている。


2 我々弁護士は、基本的人権の擁護を使命とし、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力する義務を負う(弁護士法第1条)。災害からの復興が、基本的人権の回復のための「人間の復興」を目指すものであることからすると、復興への関わりや被災者支援活動は、我々弁護士の使命に基づく本来的な業務の一環である。


3 災害に起因する死亡には、直接死のみならず、災害関連死が含まれる。東日本大震災及び原発事故並びにその後の災害では、多くの災害関連死が発生したとされる。直接死を減らすためには、事前の防災・減災活動が重要であるが、災害関連死を減らすためには、行政等による認定の有無にかかわらず、なるべく多くの過去の事例を分析・検証し、対策に取り組むことが重要である。

当連合会は、2018年8月23日付け「災害関連死の事例の集積、分析、公表を求める意見書」において、国に対し、調査機関の設置、同機関による災害関連死の事例の集積・分析及び結果の公表を求める提言を行った。その趣旨が実現すれば、将来の災害関連死を予防するとともに、過去の審査の適否を検証することが可能となり、被災者の命や遺族の尊厳を守ることにつながる。

我々弁護士は、被災者・被害者が、直接死だけでなく災害関連死によって命を落とすことのないように、十分な調査とその分析結果に基づく効果的な対策の実現に向けて徹底して取り組んでいく。


4 原発事故による避難と生活環境の激変は、特に高齢者・障がい者等の「避難弱者」に多大な身体的・精神的ストレスを与えた。岩手・宮城両県と比べ、福島県では、災害関連死の件数が直接死の件数を大きく上回っており、原発事故による避難が少なからず影響しているものと考えられる。避難先が未整備の状況で避難指示を発令した政府の対応の是非や、環境の激変による避難者の心身への影響について、一人ひとりの事情を考慮した丁寧な検証が必要である。

また、多くの被害者は、原発事故により、住居を奪われ、ふるさとを喪失し、生業を失った。これらは、生活上の自己決定権と密接に関連する、財産権、居住・移転の自由、職業選択の自由等の経済的自由権に対する重大な侵害である。加えて、いわれのない誹謗・中傷や、避難した人と避難しなかった人の間の被害者同士の心理的対立等によって、被害者の個人の尊厳がさらに脅かされている。

我々弁護士は、原発事故被害者が今なお被っている様々な被害に寄り添い、基本的人権の回復のために力を尽くしていく。


5 当連合会は、2016年2月19日付け「被災者の生活再建支援制度の抜本的な改善を求める意見書」において、災害ケースマネジメントの必要性及びその制度化を提言した。災害ケースマネジメントは、一人ひとりの被災者に着目し、個々に必要とされる支援を検討するものである。

近年の災害では、いくつかの自治体において同手法による被災者支援が展開され、鳥取県では条例に災害ケースマネジメントの手法が明記されるに至った。

我々弁護士は、今後も、災害ケースマネジメントの制度化を通じ、個人の尊厳に配慮したきめ細かな被災者支援の実現のために尽力していく。


6 昨年から猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症について、当連合会は災害の一つと位置付けている。いわゆるコロナ禍においては、人々の移動や社会活動、経済活動等が強く制限され、特に、高齢者、障がい者、女性、非正規労働者等の社会的弱者の健康で文化的な最低限度の生活を送るという重要な憲法上の権利が脅かされている。加えて、感染者・医療従事者・福祉施設関係者等に対する誹謗中傷、その家族も含めた差別・偏見等の広がり等、原発事故同様に、個人の尊厳がないがしろにされている状況も看過できない。

我々弁護士は、現在も感染状況が予断を許さないコロナ禍において、生活全般に及ぶ影響により発生する様々な人権問題に注意を払い、個人の尊厳を守るために活動していく。


7 当連合会は、東日本大震災・原発事故から10年というこの機会に、改めて、基本的人権の擁護を使命とする我々弁護士にとって、被災者支援が重要な本来的業務であることを確認し、被災者の命と尊厳を守るために、今後も被災者支援、復興支援の活動に全力を尽くしていく決意である。

以上のとおり宣言する。


 

2021年(令和3年)10月15日
日本弁護士連合会

 

提案理由

第1 はじめに

1 東日本大震災・原発事故が発生してから、10年が経過した。

東日本大震災による死者は1万5,899人、行方不明者は2,526人(警察庁調べ。2021年3月1日現在)に上り、改めてその被害の大きさを感じざるを得ない。

また、当たり前の日常を突如奪われた被災者は数えきれず、今なお多くの被災者が困難な状況に置かれている。 

原発事故においては、いまだに故郷への帰還が認められない地域があり、帰還が認められた地域においても帰還後の生活再建の先が見えないなど、影響は顕著である。それまでの生活の場が奪われ、避難を余儀なくされ、いつ地元に戻れるのかも分からないまま、長期間不自由な生活を強いられている被害者が多数存在する。

一言で10年と言っても、被災者・被害者にとっては、自らの生活再建のために必死に過ごしてきた10年であり、その生活再建への道のりにおける困難は、想像を絶するものがある。


2 当連合会は、災害からの復興は、憲法が保障する基本的人権を回復するための「人間の復興」でなければならないことを強調してきた。

災害により影響を受けた被災者・被害者は、基本的人権の重要な部分に様々な制約を受けてきた。

被災状況の一部だけを見ても、災害によって亡くなった方は、もっとも根源的な人権ともいうべき生きる権利そのものを奪われたのであり、避難を余儀なくされた方は居住・移転の自由が制約され、仕事を失った方は職業選択の自由が制約された。

また、そうした被災者・被害者は、支援制度の要件やその運用によって十分な支援を得られず、自治体の復興方針の変更に翻弄されることがあり、自ら主体的に生き方を決定する自己決定権を脅かされ、個人の尊厳が必ずしも十分に守られずにいる。

本来、国家は、国民の命や財産を守るために存在しているのであり、防災・減災対策及び災害復興は、国民の基本的人権を保障・回復し、命や個人の尊厳を最大限守っていくものでなければならない。

我々は、これを「人間の復興」と称し、災害の規模の大小にかかわらず、被災者、復興への支援において、変わらない信念として抱き続けている。


3 東日本大震災発生後、今日までの間にも、様々な災害が発生した。

主だったものに限ってみても、2014年の平成26年8月豪雨(広島県等)、2016年の熊本地震、2017年の九州北部豪雨(福岡県等)、2018年の大阪北部地震や西日本豪雨(広島県・岡山県等)、2019年の令和元年房総半島台風、同年の令和元年東日本台風、2020年の令和2年7月豪雨(熊本県等)等、多数の人命を奪い、甚大な住居被害をもたらした大規模な災害が相次いで発生しており、新たな災害の歴史ともいうべき10年であった。

そして、近年は、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、感染症の蔓延という災害が続いている。

我々弁護士は、東日本大震災・原発事故はもとより、その後に発生した災害においても、被災者がその基本的人権を回復するために、各種の法律相談、被災者や支援者に向けた情報提供、国や自治体への立法及び制度運用についての提言、支援者間の連携構築への働きかけ、専門士業によるワンストップ相談会の実施等、様々な活動を展開してきた。

しかしながら、現在もなお、被災後に、個人の尊厳・基本的人権が十分に保障されず取り残されたままの被災者が多数存在する。

また、原発事故やコロナ禍においては、非難されるいわれのない被災者・被害者が、周囲から個人の尊厳が損なわれるような扱いを受けるという二次的被害も生じているところである。


第2 弁護士が被災者支援、復興支援の活動を行う意義

1 弁護士法は、第1条第1項において、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」とし、同条第2項において、「弁護士は、前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」としている。

我々弁護士は、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力することで、基本的人権を擁護していかなければならないのである。


2 被災とは、災害によって何らかの影響を受けること全般を指すが、上記のとおり、被災者は何らかの形で、その基本的人権が制約されていると言うことができる。

被災者支援・復興支援の活動とは、様々な被害を受けた被災者に対して、必要な支援を提供し、かつ、被災者の状況から把握できる問題点を集積、検討して、国や自治体に対して、法律の制定、制度の創設や改正等を求めていく活動であり、まさに被災者の基本的人権を回復し擁護する活動として、弁護士の使命に直結する重要な活動だと言わなければならない。

我々弁護士が、被災者支援、復興支援の活動を行っているのは、我々の使命に基づく、本来的な活動なのである。


第3 被災者の命と尊厳を守る

1 大規模災害が発生した場合、多くの被災者が命の危険に晒されることとなるが、命の危険こそ人権制約の最たるものである。

災害による死亡については、例えば地震災害において家屋倒壊等のために命を落とすというように、災害による直接的な影響で命を失う場合(直接死)と、被災後の避難生活での体調悪化や過労、精神的なダメージに基づく自殺等、間接的な要因で命を失う場合(災害関連死)がある。

災害によって命を失う被災者を少しでも減らしていくということは、基本的人権擁護の観点からも極めて重要な課題である。


2 直接死を減らすためには、事前の防災活動が重要である。

災害により直接影響を受けて死亡する直接死に関しては、ハザードマップの見直し、避難訓練の充実等、事前の準備により災害からどのように逃れるのか、どのように安全を確保するのかということをあらかじめ検討し、準備しておくほかない。

我々弁護士は、例えば、これまでの被災者支援から得られた教訓や、災害によって死亡した方の遺族による損害賠償請求訴訟等で得られた経験を積み重ね、いかなる観点で防災活動を検討していくべきなのかという視点を明らかにし、有益な情報を公表・共有していくことなどによって、直接死を減らしていくための取組に参画することができる。


3 では、災害関連死についてはどうか。


 (1) 災害関連死は、災害によって直接命を失ったわけではない。

例えば、災害により避難所に避難したが、避難所の環境の悪さから呼吸器系の病気を発症して死亡するに至った例や、災害後の医療体制に問題があり投薬がなされなかったために、被災前は安定していた病状が急激に悪化して死亡するに至った例等は、対策さえ講じていれば命を救えたかもしれないという側面がある。

阪神・淡路大震災では、兵庫県の死者6,402人のうち919人(約14.4%)が災害関連死であり(兵庫県調べ。2005年12月22日時点)、新潟県中越地震では死者68人のうち52人(約76.4%)が災害関連死であった(新潟県調べ。2009年10月15日時点)。

東日本大震災では、死者19,673人のうち3,774人(うち岩手県470人、宮城県929人、福島県2,319人)(約19.2%)が災害関連死であり(復興庁調べ。2021年3月31日現在)、2016年に発生した熊本地震では、死者273人のうち、実に218人(約79.9%)が災害関連死である(熊本県調べ。2021年7月13日現在)。

また、2018年に発生した西日本豪雨災害では、被害の大きかった広島県、岡山県、愛媛県内に限ってみても、死者279人のうち、82人が災害関連死と認定されており(広島県42人(広島県調べ。2021年8月4日現在)、岡山県34人(岡山県調べ。2021年7月14日現在)、愛媛県6人(愛媛県調べ。2021年3月1日現在))、その割合は、約29.4%に上っている。


 (2) 災害関連死は、その発生の原因を分析し、対策を講じることで、減らしていくことが可能である。

過去の経験から、近年の災害においては、避難所に段ボールベッドが導入され被災者の就寝環境が改善された例や、仕切り等の設置により被災者のプライバシーへの配慮を通じた心的ストレスの軽減のための対応がなされた例が見られるようになるなど、少しずつではあるが、災害関連死を防止するための動きが見られつつあるところである。

しかしながら、例えば、被災者支援制度の対象から漏れてしまった在宅被災者が命を落とした事例等では、被災者が命を落とすことになった原因が災害関連死の観点から分析されず、将来に向けての対策も講じられていない事例が多数存在する。

当連合会は、2018年8月23日付け「災害関連死の事例の集積、分析、公表を求める意見書」において、災害関連死に関する具体的な分析、検証を提言しているが、災害関連死を防止するための対策は不十分であると言わざるを得ない。

むしろ、有益な検証がなされないまま、災害関連死に関する資料が廃棄されているという報道もなされており、憂慮される。


 (3) 政府が2012年8月に取りまとめた「東日本大震災における震災関連死に関する報告」においても、①災害時要援護者対策、②安全で確実な避難、③広域避難、④避難所等における生活、⑤救命・医療活動、⑥被災者の心のケアを含めた健康の確保、⑦緊急物資の提供、⑧被災地への物資の円滑な供給、ライフライン等の迅速な復旧及び⑨原発事故に係る住民避難の在り方等、という9つの課題が明示されているところであるが、「どうすればその命を救うことができたのか」という視点からすると、課題の抽出や今後の対応の検討について、具体性を欠き、不十分と言わざるを得ない。さらに踏み込んだ具体的な検証が必要である。


 (4) また、政府は、2021年4月に、過去の災害関連死の事例集を作成し、公表したが、対象となった事例は令和元年度に災害関連死として審査がされた事例を中心にわずか113件にとどまることに加え、「どうすればその命を救うことができたのか」という視点からの検証が目的とされておらず、不十分な内容となっている。

とりわけ、2018年の西日本豪雨に代表されるように夏場に全国各地で発生している豪雨災害においては、自宅に流れてきた土砂などの除去作業に従事している際、熱中症や、体力低下による既往症の悪化が原因となって死亡に至る事例などが多く見られるが、かかる事例の分析・集積がなされず、リスクの高い作業について、適時的確な情報発信が行われていない結果、続発する災害においても、同様の災害関連死が繰り返し発生している。

より精緻で具体的な検証を実施することは、災害関連死の予防につながるばかりでなく、現行法の下での種々の課題に対する具体的な対応策の検討や、更なる課題の克服に向けた取組を可能とするものであり、災害関連死と認定されたか否かにかかわらず、いかなる事案について災害関連死に該当するか否かが問題とされたのかを、一つひとつ具体的に検証していく必要がある。

また、2018年の西日本豪雨において、広島県と岡山県の災害関連死の認定率に20%以上の差があると報道されているが、検証の結果が公表されれば、自治体ごとに異なる審査の在り方や判断基準についても、重視すべき要素をある程度標準化することが可能となる。審査の在り方や判断基準が標準化されれば、審査する自治体によって不合理な差が生じるのを防ぐことができ、被災者や遺族に対する公平な取扱いを実現することができる。


 (5) 災害関連死に関する事案の検証は、災害関連死を無くすための対策を検討するために有益であるだけでなく、災害関連死の該当性についてどのような調査・判断がなされてきたのかという調査・判断過程を明らかにする意味も有している。

すなわち、災害後に命を落とされた方について、その死亡が災害に起因するものなのか否かを判断するのであるから、その調査については、亡くなった方やその遺族に対して最大限の敬意を持って、慎重になされなければならず、そうした適切な配慮を備えた審査は、被災者とその遺族の尊厳を守ることとなるのである。

当連合会が過去に指摘したところではあるが、残念ながら、災害関連死の審査において、その実施方法が適切に行われているとは言い難い状況も存在した。事案の検証が行われるということは、適切な審査を担保する意味もあり、ひいては将来の被災者や遺族の尊厳を守っていくことにもなるのである。


 (6) 以上のとおり、将来の災害関連死の予防や被災者・遺族の尊厳を守るためには、現状の災害関連死の審査、分析、検証では不十分であると言わざるを得ない。

被災者・被害者が、直接死だけでなく災害関連死によって命を落とすことのないように、十分な調査とその分析結果に基づく効果的な対策の実現に向けて徹底して取り組んでいかなければならない。


第4 原発事故について

1 原発事故による被害者についても、その基本的人権や尊厳が守られていない。 原発事故による強制避難は、特に高齢者・障がい者等にとって多大な精神的、身体的被害を生じさせた。救出までの長時間の待機、医療設備の無い通常のバスでの長距離・長時間移動、受入先病院の機能不全、水分・栄養の長時間不補給、かかりつけ病院からの情報不足等により、多くのいわゆる避難弱者が命を落とした。福島県では、地震・津波などの直接死数が1,614人であるのに対して、2021年3月31日時点の災害関連死数は2,319人であり、岩手・宮城両県と比べても、災害関連死数が直接死数を大きく上回っている。これは、原発事故による避難が少なからず影響しているものと考えられる。

災害関連死の責任を問うべく、損害賠償請求をしようとしても、強制避難区域内や避難先の医療機関からカルテ等を収集するのは容易ではなく、保存期間が経過して処分されてしまっている場合もある。

また、高齢者は、避難による環境変化への適応が困難であり、日常生活の変化によって生じる精神的苦痛は、若年層に比べ一層大きい。もともと、長年住み慣れた地域社会への依存の程度も高く、地域社会から切り離されることによって増加する精神的・肉体的負担は多大であり、環境の変化により、生活が不活性化することによる健康影響も無視できない。

さらに、避難指示解除後、元の地域に戻った住民が受ける様々な影響も無視できない。避難指示解除後に元の地域に帰還する住民は高齢者が中心である。若年層は放射線による健康への悪影響を恐れ、また、子どもの教育、避難先で環境への順応、住宅の購入等の理由により容易には帰還という選択肢を採りえない。その結果、地域の極端な高齢化が進むとともに、家族間、親族間、知人や近所の仲間等による「相互扶助作用」は弱まり、特に高齢者は孤立し、介護サービスへの依存度が高まり、さらには、孤独死の危険も生じている。避難指示が解除となっても、事業者の帰還も限定的であることから、様々な地域インフラは、従前の状態とは程遠く、極端な過疎化が進んでいる状況にある。


2 被害が発生するのは、強制避難区域ばかりではない。強制避難区域の周辺自治体では、今まで当然に利用していた避難区域内の社会インフラ(病院、商業施設、学校、職場等)が利用できなくなり、山林の除染が行われていないことから山の恵みが享受できず、地域社会が大きく変容し、生活の質が低下したままの状態にある。

また、周辺の各自治体は、避難者の受入地域ともなっており、賠償格差等を背景に、避難住民との軋轢・分断が助長される傾向がみられ、受入側住民と避難者の双方にとって、大きな心の負担になっている。


3 農業、漁業等の第一次産業、観光業等を中心に、原発事故による風評被害は継続しているが、営業損害等の賠償金だけは途中で止められてしまい、東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力」という。)は、容易にはその任意賠償基準を変えようとしない。任意賠償基準に不満を持ち、原子力損害賠償紛争解決センターに、いわゆる原発ADRの申立てをしても、東京電力は、和解案を尊重すると公表しながら、実際には、多数の案件で和解拒否をしており、被害者に向けた真摯な対応どころか、責任の回避を図っているというほかない。

現在、全国各地の東京電力や国に対する裁判では、「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下「中間指針」という。)の基準を上回る賠償額を認めた判決が複数なされている。また、東京電力のみならず、国の責任を認める複数の判決が言い渡されている。そもそも中間指針は被害の実相すら判明しない中で、早期の被害者救済のために策定されたものであるが、2013年12月に中間指針第四次追補が策定された後、7年以上もの間、新たな指針が策定されていない。

本年4月には、地元漁業者等からの反対意見もある中で、原発事故後に発生し続けている処理水の海洋放出が決定された。それにより環境に生じる影響についてはいまだ不明な点や、今後慎重な監視を要する部分があり、それらに対する知識・捉え方の相違や不安から、地元住民に対して重大な経済損失や精神的苦痛を生じさせることが強く懸念される。国は、各訴訟ないしADR手続等において示された被害の実相も立法事実として、実態に即すべく指針の改定等を行うべきである。

加えて、被害者は、自らの意思とは関係なく、広域に避難せざるを得なかったにもかかわらず、避難先において、いわれのない誹謗・中傷を受けるという問題も生じており、原発事故被害者の個人の尊厳が脅かされている状況にある。原発事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り、支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律(いわゆる「子ども・被災者支援法」)は、被災者の生活を支援し、不安の解消及び安定した生活の実現に寄与することを目的として2012年6月に成立した。

しかし、政府に一任されている同法に基づく具体的な施策の実施については、原発被害者や支援者らの期待、要望にもかかわらず、特段の具体的措置は実施されていない。もはや、同法により、被災者の生活を支援し、不安を解消し、安定した生活を実現するための施策がとられることは期待できず、同法は、既に死文化していると評価せざるを得ない。

以上のように、原発事故被害者の基本的人権の擁護、個人の尊厳の確保のために積極的な対応がなされているとは言い難い状況にある。


4 損害賠償の手続面から見ても、司法過疎地で原発事故が生じたという側面はほとんど考慮されることがなく、原子力損害賠償紛争解決センターの手続では、個別申立てが原則とされ、集団申立てによる共通損害の主張・立証の道が閉ざされてしまっている。これでは、個別に権利行使をすることが困難な住民は、事実上の泣き寝入りを余儀なくされてしまう。また、損害賠償請求をする前提問題として、相続問題、成年後見等の前提問題を解決しなければならず、損害賠償問題に容易にたどり着けない場合もある。

そうした状況に鑑みると、適切な損害賠償を得ることで、被害者が基本的人権の回復に向かうためには、原子力損害賠償に関して、中間指針の改定、時効期間の更なる延長等、取り組むべき課題は山積していると言える。


第5  災害ケースマネジメント

1 当連合会は、2016年2月19日付け「被災者の生活再建支援制度の抜本的な改善を求める意見書」おいて、一人ひとりの被災者が「人間の復興」を実現するために、住家の被害のみならず被災者の生活基盤が被ったダメージを個別に把握し、被害状況ごとに支援を適用し、世帯ではなく被災者一人ひとりを対象として支援を行うべきこと、そして、被害状況に応じた個別の生活再建支援計画を立てて支援を実行する災害ケースマネジメントを制度化すべきことの必要性を明らかにし、その後も制度化を訴えてきた。

災害ケースマネジメントは、災害後の支援の在り方として、一人ひとりの被災者に着目し、個々の被災者に必要とされる復興に向けた支援を検討するという考え方であり、まさに、個人の尊厳を確保し、被災者の基本的人権の回復に向けた支援の在り方である。


2 東日本大震災の発災後、宮城県仙台市において実施された仙台市被災者生活再建加速プログラムは、災害ケースマネジメントの先駆例の一つである。

同プログラムは、個々の被災世帯について、住宅再建だけでなく、心身の健康面、就労、家族関係等に関する課題についても把握した上で、必要な支援を組み合わせて提供していく仕組みである。住宅被害のみに着目せず、個々の被災者が抱える問題を把握し、生活の再建に向けた支援を行うことで、被災者の基本的人権の回復が図られるのである。

2016年台風10号による災害が発生した後、岩手県の岩泉町で展開された、岩泉よりそい・みらいネットの活動も、災害ケースマネジメントの一つの形である。この活動は、被災者支援のための相談支援活動として始まったが、「被災に関する相談」に限らず、また、「被災者からの相談」にも限っていない点が特徴である。「被災に関する相談」に限らないことで、被災者の抱える複数の問題を同時に捉えることができ、必要な支援の提供につなげることができるのであり、被災者の「人間の復興」を実現し得る手法である。

また、「被災者からの相談」に限らないことで、地域全体の問題を広く把握し、解決に導くための支援が可能となり、被災者を含めた地域の維持、発展に寄与することができる。

これらの例以外にも、熊本県、広島県、岡山県等多数の被災地において、多機関連携や、地域支え合いセンターとの協働による災害ケースマネジメントの手法による被災者支援が展開されてきており、鳥取県においては、2018年3月に「鳥取県防災及び危機管理に係る基本条例」が改正され、制度として災害ケースマネジメントが採用された。


3 災害ケースマネジメントの考え方は、被災者の基本的人権の回復を目指すという方向性に合致した、個々の被災者に着目した支援の在り方であり、今後、 全ての災害において、災害ケースマネジメントの手法による被災者支援が展開されるために、その制度化が望まれるところである。

少しずつ災害ケースマネジメントが社会に浸透してきている今、引き続き、被災者の「人間の復興」を実現するため、災害ケースマネジメントの制度化のために更に尽力していく必要がある。


第6 新型コロナウイルス感染症の問題について

昨年以降、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっている。


当連合会は、感染症の蔓延も一つの災害であると認識しており、いわゆるコロナ禍についても、災害時の対応を踏まえて適切に対処すべきであることを指摘してきたところである。


コロナ禍では、人々の移動や社会活動が制限され、経済活動も強く制限されている。生活困窮の状態となっている人が増え、社会福祉協議会による生活福祉貸付の貸付額も増加の一途をたどっているところであり、まさに、人々の基本的人権が侵害され続けている状態である。


加えて、同感染症に罹患した方が、いわれのない中傷を受けたり、治療に当たっている医療関係者や、その家族までもが差別的取扱いを受けたりするなど、個人の尊厳がないがしろにされる状況にある。


こうしたコロナ禍の影響を直視すると、災害において、基本的人権の回復を目指した「人間の復興」という考え方が、いかに重要であるかが痛切に感じられる。そして、我々弁護士が、あらゆる災害において、基本的人権を回復し、個人の尊厳を守るために活動していかなければならないことを強く認識させられる。



第7 おわりに

我々のこれまでの各種の活動は、少しずつではあるが、新たな立法や法改正、制度の運用改善などの成果につながり、被災者の基本的人権の回復に寄与することができた。


例えば、2021年6月4日には、自然災害義援金に係る差押禁止等に関する法律が成立した。これまで、大きな災害が発生した際に、個別立法で対応されていた自然災害義援金の差押禁止についての一般法である。


義援金は、被災者の生活再建において重要な資金となり得ること、被災者の役に立てたいという寄付者の善意を無にするべきではないことなどから、差押えを禁止し、被災者が自由に生活再建に使用できるようにすべきであり、また、そうした重要性、寄付者の善意には、災害の大小は関係がないのであるから、全ての災害において同様に取り扱われるべきである。そのため、当連合会は、従前から、あらゆる災害において、義援金を差押禁止とすべきであることを訴えてきた。


同法が成立したことにより、今後、自然災害における義援金は、被災者が自らの生活再建に確実に利用することができるようになるのであり、「人間の復興」のための重要な一助となる。


その他にも、災害弔慰金の支給対象を兄弟姉妹に拡大する災害弔慰金の支給等に関する法律の改正や、個人債務者の私的整理に関するガイドライン及び自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(いわゆる「被災ローン減免制度」)の制定・運用、東日本大震災の被災者に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律(いわゆる「法テラス震災特例法」)の制定や総合法律支援法の改正などを通じ、被災者を取り巻く種々の課題の解決を実現してきた。


このように、活動の現場から得られた問題点を、立法や制度運用につなげるという成果を積み重ね、さらに被災者の「人間の復興」を実現させるための活動を継続していかなければならない。


以上を踏まえ、当連合会は、東日本大震災・原発事故から10年というこの機会に、改めて、基本的人権の擁護を使命とする我々弁護士にとって、被災者支援が本来的業務であることを確認し、被災者の命と尊厳を守るために、今後も引き続き被災者支援、復興支援の活動に全力を尽くしていく決意である。