立憲主義の見地から憲法改正発議要件の緩和に反対する決議

憲法は、国家権力に縛りをかけ、国家権力の濫用を防止して国民の自由と権利を保障するために存在する(立憲主義)。国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義は、将来の世代にわたって永続的に受け継いでいかなければならない基本原理である。

 

日本国憲法が憲法改正の発議に国会の各議院の総議員の3分の2以上の賛成を必要とする特別多数決を要求している(憲法第96条)のは、この憲法の基本原理が時々の国家権力によって安易に変えられないようにするためである。この憲法改正手続条項は、憲法の最高法規性の宣言(憲法第98条)、違憲立法審査権(憲法第81条)及び憲法尊重擁護義務(憲法第99条)とともに、立憲主義を制度的に支える礎である。

 

ところが、近時、日本国憲法第96条の憲法改正発議要件を衆参両議院の総議員の過半数に緩和することを複数の政党が主張している。

 

そもそも国家権力の濫用を防止して基本的人権の侵害を防ぐためには、憲法の基本原理が時々の国家権力によってみだりに変えられないという保障が必要となる。憲法改正発議要件の緩和は、国民の代表である国会での熟議による合意形成の機会を奪い、時々の国家権力による恣意的な憲法改正に道を開き、立憲主義の土台を揺るがすおそれがある。

 

しかも、この度の改正提案は、まず改正要件を緩和して憲法改正のハードルを下げ、その後に憲法第9条をはじめ、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義という基本原理の改正をも予定しているものであって、このような基本原理の改正につながる発議要件の緩和は到底容認しえないものである。

 

基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士・弁護士会で構成される当連合会は、日本国憲法の立憲主義を尊重し、基本的人権の擁護に力を尽くしてきた。当連合会は、憲法改正発議要件の緩和が立憲主義を根底から覆すおそれがあることを深く憂慮し、憲法第96条の改正提案に強く反対する。

 

以上のとおり決議する。

 

2013年(平成25年)10月4日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 立憲主義と憲法改正規定

憲法は、国の最高法規として、国家権力に縛りをかけ、国家権力の濫用を防止して国民の自由と権利を保障することを目的とする(立憲主義)。ここには、多年の歴史を通して国家権力による専制から自由と権利を獲得してきた人類の叡智が込められている。

 

それゆえ、自由と権利を安定的かつ永続的に保障するため、多くの国の憲法は時々の国家権力によって安易に改正されないための歯止めを設けている(硬性憲法)。日本国憲法も、国会の各議院の総議員の3分の2以上の特別多数の賛成を憲法改正発議の要件とするとともに、国民投票による過半数の賛成による承認をも求めている(憲法第96条)。すなわち、改正発議要件を通常の法律の制定の場合よりも加重することにより、国民の信託を受けた国会議員による慎重かつ十分な審議と特別多数の合意が形成されることを制度的に担保した上、最終的な改正の是非について国民投票によって直接主権者である国民の賛否を問うという手続を設けている。これは、議会制民主主義の下における国民主権の意義を踏まえた優れた制度である。

 

第2 憲法改正発議要件緩和の動き 

しかしながら、自由民主党は、2012年4月27日、「日本国憲法改正草案」(以下「自民党改正草案」という。)を発表し、憲法第96条の憲法改正発議要件を両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成に緩和することを提案した。「国民に提案される前の国会での手続を余りに厳格にするのは、国民が憲法について意思を表明する機会が狭められることになり、かえって主権者である国民の意思を反映しないこと」になることを理由としている(自由民主党「日本国憲法改正草案Q&A」(2012年)34頁)。

 

また、日本維新の会も、憲法改正発議要件を各議院の3分の2以上から過半数に緩和することに賛同し(日本維新の会「維新八策(各論)VER1.01」(2012年))、みんなの党も決議要件の緩和を主張する(みんなの党「アジェンダ2012」(2012年))。

 

第3 憲法第96条改正に関する当連合会の意見

基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士・弁護士会で構成される当連合会は、日本国憲法の立憲主義を尊重し、基本的人権の擁護に力を尽くしてきた。それゆえ、立憲主義を危うくするおそれがある憲法改正発議要件の緩和に強く反対する。

 

1 憲法の基本原理による法の支配を貫徹しなければならない

憲法は基本的人権を保障しており、それに反する法律は認めないという最高法規性を有する。にもかかわらず、憲法改正発議要件を各議院の議員総数の過半数に緩和することは、それを通常の法律の成立要件と同レベルに引き下げることを意味する。憲法からチェックを受けるべき一般の法律と憲法の発議要件を同列に扱うのは、背理と言うべきである。

 

国民の自由と権利の安定的保障のためには、憲法の基本原理が、時々の国家権力によってみだりに変えられない制度的保障が必要であって、日本国憲法の改正手続はそのための礎である。憲法が改正される場合には、国会の審議において、充実した十分慎重な議論が尽くされた上で改正発議がなされるべきことが求められ、法律制定よりも厳しい手続要件が定められている。我々は、その趣旨を十分に理解し、尊重しなければならない。

 

2 国会での慎重な討論・審議が保障されるべきである

これまで、国会での法律制定過程において激しい政治的対立の下、十分な審議を経ないまま、強行採決が行われることもあった。もし憲法改正の発議要件が単純過半数となれば、改憲案も十分に議論されないまま、通常の法律と同じように強行採決されてしまうおそれがある。できるだけ丁寧に議論をし、多数派と少数派ができるだけ歩み寄り、お互いが納得できる合意を目指す契機を失うこととなる。これでは、国会における十分な討論・審議も合意形成もなされないままに、憲法改正が発議されることになりかねない。

 

さらに、国会での十分な討論・審議を経ずに憲法改正の国民投票が実施されれば、国民一人ひとりが十分な知識や情報を与えられないままに究極の決断を迫られることにもなりかねない。国家権力の流す情報に操られ、あるいは一時の社会的な雰囲気に流されて国民が誤った判断に陥ることのないように慎重に手続が行われなければならない。

 

それだけに、憲法改正発議にあたっては、国会において十分な審議が行われ、国会議員によって多様な議論が戦わされることが重要であり必要となる。それにより、国民は、国会の審議内容や新聞等の報道により憲法改正の問題点をより深く理解した上で、国民投票に臨むことが可能となる。

 

自民党改正草案は、議会制民主制度における議会審議とこれによる合意の達成の重要性と議会の責任を軽んじ、十分な情報を提供しないまま国民に重い選択を迫るものである。

 

しかも、この度の憲法改正発議要件の緩和は、その先に憲法第9条をはじめ日本国憲法の定める国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義という基本原理の改正をも予定するものであって、このような基本原理の改正につながる発議要件の緩和は到底許されない。憲法学者の議論においても、日本国憲法の根本規範である国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義などの改正については、憲法改正の限界を超えるとするのが通説であり、さらに、憲法第96条の憲法改正規定の改正も、硬性憲法を軟性憲法に変えるような改正については憲法改正の限界を超えるものとして許されないという考え方が有力である。2013年5月には、護憲派、改憲派双方の憲法学者等が幅広く集まって「96条の会」を発足させ、「96条が設けている憲法改正権への制限を96条自身を使ってゆるめることは、憲法の存在理由そのものに挑戦することを意味」するとして、憲法第96条の改正には反対であることを表明した。

 

3 日本の憲法改正要件は諸外国に比して厳格過ぎるものではない

自由民主党は、日本国憲法の憲法改正要件が他国と比較して厳格に過ぎると主張する。しかし、先進各国と比較して日本の手続が特に厳格であるとはいえない。

 

例えば、①アメリカは両議院の3分の2以上の賛成による発議と4分の3以上の州議会の承認、②スペインは、全面改正、国の基本原則、基本的権利及び公的自由、国王に関する規定に関する憲法改正の場合については、両議院で総選挙をはさんだ2回ずつの議決(3分の2以上)と国民投票(その他の事項は両議院の5分の3以上と要求があれば国民投票)、③韓国は、国会(一院制)の過半数ないしは大統領の発議と国会の3分の2以上の賛成と国民投票(有権者の過半数が投票、かつ、投票者の過半数の賛成)をそれぞれ改正の要件としている。

 

しかも、憲法第96条と同等の要件が課された国であっても、憲法改正は行われている。日本国憲法が制定された1946年以降に限っても、①アメリカでは6回、②スペインでは2回、③韓国においても9回の改正が行われている。

 

議会において真摯な討論・審議が行われ、対立する意見の調整や合意形成によって改正要件を充足する数の賛成意見を形成できれば、憲法を時代に即した内容に転換することは十分可能なのである。

 

以上のように、日本の憲法改正手続は先進各国と比べて格別厳格ではない。個別の憲法改正が実現するか否かは、国会が熟議を経て合意形成を成し遂げることができるか、その憲法改正の内容が政治的・社会的要請に応えたものであるのか、国民が真に求めているものであるのかによるのである。戦後日本の国民は、日本国憲法が保障した自由と権利を享受し、この憲法を基盤として社会的・経済的な発展を実現させてきた。これまで日本国憲法が一度も改正されなかったのは、国民の多数がそれを望んでいなかったからに他ならず、憲法改正手続を定めた憲法第96条に原因があるわけではない。

 

第4 結論-立憲主義の見地から改正要件緩和は許されない

私たちは、憲法の定める普遍的な根本規範を永続的に受け継いでいくという責務を未来世代に対して負っており、専制的な権力の手から憲法の基本原理を守っていかなければならない。国民の自由と権利の安定的保障のためには、憲法の基本原理が、時々の国家権力によってみだりに変えられない制度的保障が必要であって、日本国憲法の改正手続はそのための礎である。

 

憲法改正発議要件の緩和は、立憲主義を危うくし、ひいては基本的人権を脅かす極めて危険なものであり、到底許されない。

 

よって、当連合会は立憲主義を堅持する見地から憲法改正発議要件の緩和に強く反対する。