貧困の連鎖を断ち切り、すべての子どもの生きる権利、成長し発達する権利の実現を求める決議
今、わが国で急速に貧困が拡大し、子どもを取り巻く状況が危機に陥っている。保育料、給食費、高校授業料などの滞納、高校中退を余儀なくされたり大学進学をあきらめたりする子ども、医療を受けられずに心身の健康を悪化させる子ども、虐待や家庭の崩壊などで家族の中で育つ機会を奪われ貧困に直面させられている子どもが増えている。政府も2009年10月、ようやくわが国の17歳以下の子どものうち、7人に1人が貧困状態にあり、特にひとり親家庭の子どもに至っては半数以上が貧困状態にあることを明らかにした。
わが国では、税・社会保障による所得再分配前に比して所得再分配後の子どもの貧困率が上昇するという逆転現象が生じ、本来、貧困を緩和すべき政策が、子どもの貧困を悪化させている。労働分野では規制緩和を背景とした非正規雇用の拡大により不安定・低賃金労働が広がり、社会保障制度は構造改革路線により子どものいる家庭への給付削減・負担増加が進められていったことで、子どもを育むべき家庭が脆弱になっていった。教育分野では、公教育が縮小され教育の私費負担が拡大している。
すべての子どもに不利益が蓄積されないようにするために、貧困の予防、早期支援がなされるべきである。しかるに、本来保障されるべき教育・支援を奪われた子どもが成長後も貧困から脱出できず、親の貧困が子どもの貧困に繋がるという「貧困の連鎖」の構造がつくられている。
このような現状は、子どもの生きる権利、成長し発達する権利、教育を受ける権利、家庭的環境で養育される権利等、日本国憲法及び子どもの権利条約で保障された子どもの権利を侵害するものであって、もはや看過することはできない。
当連合会は、貧困の連鎖を断ち切り、すべての子どもが家庭環境に左右されずに安心して生活を営み成長し発達することができるよう、国及び地方自治体に対し、労働法制・社会保障の抜本的改善と教育を受ける権利の実質的保障を図ることを求め、特に以下の諸方策を実施することを強く求めるものである。
記
第1 直ちに実施すべき調査と総合施策の策定
- 子どもの貧困の実態調査を直ちに行い、その調査結果に基づいて、期限を定めた目標設定を行い、速やかに総合的かつ具体的な子どもの貧困対策を策定し実行すること。
- すべての子どものために、成長段階に応じた早期支援が可能となるように、地域におけるワンストップの拠点支援や学校におけるスクールソーシャルワーカー等の導入など、専門性・実効性の確保された継続的・総合的な支援態勢を確立させること。
第2 すべての子どもの貧困の予防と不利益の回避の実現
- すべての子どもが良質な保育を受ける権利を保障し、これを享受できるよう、保育施設を量的に拡充し、かつ、質的に向上させること。
- 公立の義務教育課程及び高校の学費の完全無償化を実現させ、高等教育や私立高校についても経済的負担の軽減に向けた施策を充実させるとともに、すべての子どもがその資質や発達段階に応じた教育を受ける権利を実質的に保障されるよう、教育態勢を充実させること。
- 特に貧困率の高いひとり親家庭について、児童扶養手当の拡充とともに、生活支援及び就労支援・職業訓練、住宅支援などにわたる生活全般の支援を充実させること。
- 家庭で養育されることが困難となった子どもに対する社会的養護の制度の充実を図るとともに、継続的に一人ひとりの子どもが必要とする支援のコーディネーターを配置すること、国選代理人制度の導入や給付型の法律扶助制度の導入など、子どもが公費で弁護士の法的支援を受けられる制度を創設すること。
当連合会は、生活困窮者が急増している現状に対処すべく、これまでの取組みをさらに発展させ、すべての子どもが貧困から回復し、そして貧困に陥らないように、子どもの貧困に取り組む市民及び団体と協力しつつ、今後、研究・提言・相談支援活動を行うとともに、制度の改革を含めた実践をさらに推し進めていく決意である。
以上のとおり決議する。
2010年10月8日
日本弁護士連合会
提案理由
第1 はじめに
1 明らかになってきた子どもの貧困
わが国における貧困の拡大とともに、生活困窮家庭の子どもが義務教育に伴う費用の一部の給付を受けられる就学援助制度の利用者は、1997年度から2007年度までの10年間で約78万人から約142万人に増加し、また、全国の公立高校の授業料免除者の割合は1995年度から2005年度までの10年間で3.4%から9.4%に増加するなど、子どもの貧困の拡大も懸念されてきた。
これまで子どもの貧困問題について積極的に調査結果の報告を行っていなかった政府は、ようやく2009年10月、子どもの貧困率が14.2%(2007年)であることを、さらに同年11月、子どもがいる現役世帯のうちひとり親家庭の貧困率が54.3%であることを発表した。すなわち、わが国の17歳以下の子どもの7人に1人が、等価可処分所得の中央値の半分に満たない相対的貧困の状態に置かれ、ひとり親家庭の子どもに至っては、半分以上が相対的貧困の状態に置かれていることが明らかにされた。
2 第49回及び第51回人権擁護大会各決議との連続性
当連合会は、貧困の拡大していく中で、2006年10月の第49回人権擁護大会(釧路市)において初めて正面から貧困問題を取り上げ、生活保護問題を中心に検討し「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」を採択し、さらに2008年10月の第51回人権擁護大会(富山市)においてワーキングプア増加の要因である労働法制の問題点及び社会保障制度の問題点を検討し「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」を採択し、貧困問題に取り組んできた。
その中で、現に貧困に陥る人の多くに子ども期にさまざまな面で不利益が蓄積されていることから、成人の貧困問題に対応するだけでは足りず、「子どもの貧困」に着目した取組みも必要であるとの認識に達した。そこで、当連合会は「子どもの貧困」に焦点を当て、労働・社会保障・教育の各分野の問題点につき検討し、提言することとした。
第2 子どもの貧困問題の状況
ほとんどの子どもが高校に進学する中で、学力が相対的に低い状態にある子どもが入学する高校を中心に、生活困窮を理由とした高校中退が増加している。子ども自身によるコントロールが困難である授業料の滞納が問題視され、授業料滞納を理由に退学や卒業留保などが行われてきた。また貧困は、子どもがその時々に獲得すべき学力やソーシャルスキルの獲得を阻んでおり、その蓄積が学習意欲の低下、低学力や低いソーシャルスキルとなっているという指摘もある。
健康の問題についても、貧困による健康の格差が指摘されている。厚生労働省は、2008年10月に国民健康保険の保険料を滞納して保険証を取り上げられたいわゆる無保険状態の中学生以下の子どもが全国で3万2776人であること、2009年12月には無保険状態の高校生等が1万647人であることを明らかにした。
わが国の母子家庭の年間収入は、一般世帯の3割程度である。半数近くの母子家庭は生活保護水準以下の稼働所得で家計を支えており(母子世帯調査2006)、8割弱は暮らし向きが「苦しい」と回答している(独立行政法人労働政策研究所・研修機構「母子家庭の母への就業支援に関する研究」2008年)。子育てとの両立のために低賃金のパート等で働かざるを得ず、低賃金ゆえにダブルワーク、トリプルワークをせざるを得なくなり、子どもは親と過ごす時間や夜間に親が家にいる安心感をも、貧困により奪われることとなる。
児童相談所が対応した子どもの虐待相談処理件数は、2007年度に年間4万件を超え、増加の一途をたどっており、東京都の調査によると、子どもの虐待が行われた家族状況の上位3つが「ひとり親家庭」、「経済的困難」、「孤立」であり、割合としても増加しており(東京都「児童虐待の実態Ⅱ」2005年12月)、虐待の背景にしばしば貧困問題があることが指摘されている。
第3 子どもの貧困問題の要因
1 子どもの貧困問題を検討するにあたっての視点
人生のスタートラインである子ども期からの貧困は、安心した生活や成長発達を阻害し、健康、人との触れ合い、意欲、信頼、愛情、学力、ソーシャルスキル、職業意識など、子ども期において得るべきものを得られず、不利益を蓄積し貧困から容易に抜け出せず、さらに親世代を超えて継承していくという「貧困の連鎖」を生じさせている。
貧困を克服して生きていくための意欲、力は、家庭のみならず、地域・学校などにおいても獲得されていくものである。さらに、子どもは生まれる場所も時間も選ぶことができず、子ども及びその家庭も社会の諸制度によって支えられているから、子どもの貧困は社会全体の問題というべきである。
しかし、子どもや家庭を支えるべきはずの労働法制や社会保障制度、教育制度は、いずれも極めて脆弱な状況にある。
2 不安定・低賃金労働の拡大
子どもが最も安心できるはずの場である家庭においては、親世代や子ども本人の就労収入の減少と、低収入に伴う長時間労働が子どもの生活に影響を及ぼしている。
労働の分野では、「市場中心主義」のもとにおける「規制緩和」により非正規雇用が急増していき、不安定・低賃金労働が拡大していった。不安定・低賃金労働の拡大は、特に女性と子どもに顕著に影響を及ぼしている。もとより男女間の構造的な賃金格差にさらされてきたわが国の母子家庭では、8割以上が働いているにもかかわらず、母子家庭が大きな割合を占めるひとり親家庭の貧困率は5割を超えており、労働が貧困の改善に役割を果たしていない。さらに、その平均収入も減少し続けているという報告がある。また、定時制高校に通う子どもの正規雇用も規制緩和とともに大幅に減少し、子どもにも不安定労働が拡大しているという報告もある。
さらに低賃金・不安定労働は、長時間労働を強いることとなる。それにより、親は子育ての時間を奪われ、働く子どもは就学の時間を奪われる。
また、新卒定期一括採用と終身雇用制度を組み合わせたいわゆる日本型雇用慣行の後退と若年労働者への非正規労働の拡大、失業率の悪化などにより、学校を卒業しても就職そのものができないリスクも高まっている。
3 脆弱な社会保障
(1) 概括的な状況
社会保障制度が子どもを含むことの多い稼働層に対して脆弱であったことから、OECD諸国で唯一、所得再分配前に比して所得再分配後の子どもの貧困率が上昇するという逆転現象となって現れ、税・社会保障が子どもの貧困を悪化させるという事態を生じさせている(OECD:Growing Unequal? Income Distribution and Poverty in OECD Countries,2008)。
また、構造改革路線に基づく「小さな政府」への政府活動の見直しにより社会保障費の抑制と負担増が進められ、なおさら機能不全に陥っている。
子どものいる家庭に対する所得保障政策として、子ども手当が支給されるようになったが、教育費等の負担増にさらされながら可処分所得が減少してきたこと、生活需要が大きくなる高校学齢の子どもが対象とされないこと、施設入所児童への不支給などの不平等、子ども手当支給とともに税負担の拡大や地方自治体による各種負担増の動きからすれば、子どものいる家庭への現金給付としては不十分である。
子どもの医療については、国民健康保険の保険料を滞納して保険証を取り上げられたいわゆる無保険状態の子どもについて短期保険証が交付されるようになったものの、未成熟な子ども、特に乳幼児の医療費の負担は大きく、ひとり親家庭、乳幼児を中心とした医療費助成制度も自治体ごとに異なり、不十分なものとなっている。
(2) 保育
政府は、近年、保育政策でのコスト削減を優先させてきた。
その結果、働く母親が増えたことなどによる需要の増大にもかかわらず、認可保育所数は微増にとどまった。保育が必要であるのに保育を受けられていない待機児童数は、この10年間、増加傾向にある。貧困のため働く必要から子どもを保育所に入所させようにも、認可保育所への入所は容易ではなく、さらに認可外保育施設は費用負担が大きく、その費用をまかなうことは困難である。
また、保育分野でも規制緩和政策が推進され、定員超過の容認や保育士の非正規化、保育施設設置への株式会社参入の促進のみならず、保育施設の最低基準の一部の撤廃・地方条例化が進められようとしている。これらの政策は、保育の質の低下を招き、子どもの成長と発達に重要な意義を有する保育の機能を弱めることとなる。
さらに、保育の市場化に向けて、保育の実施義務を廃し、保育の公的保障の責任を放棄しようとする動きもあり、このような責任放棄は、子どものいのちや健康を脅かすものとして強く懸念される。
(3) ひとり親家庭支援
ひとり親家庭の子どもの生活を支えるべき養育費は、母子家庭の増加にもかかわらず、わずか19%の世帯しか受給できておらず(母子家庭全国調査2006)、子どもの権利である養育費の取得に対する公的支援が不十分である。
ひとり親家庭に対する所得保障としての児童扶養手当では、2002年から所得制限が厳しくなり、2008年度から手当の受給期間が5年を超える場合に手当の一部を減額する制度が導入された。
生活保護世帯においても、2007年度から段階的に母子加算が削減され、2009年4月には完全に廃止された(同年12月に復活)。
国は、児童扶養手当や生活保護の減額の代替措置として母子家庭に対する就労支援策を打ち出したが、所得保障を代替できていない。女性の就労における不安定、低賃金構造の解決や、子育てと就労の両立に不可欠な保育、及び使用者側の意識改革等の就業環境が何も整わない中で展開され、個人の努力による就業と自立を強いるものになってしまっている。
(4) 社会的養護
児童養護施設等では、崩壊家庭の子ども、とりわけ虐待を受けた子どもの入所が拡大している。虐待を受けた子どもは、早期の支援が得られなかったことなどで虐待によるPTSDなどの精神疾患が重症化したり心身の成長発達が遅れていることが多く、きめ細やかなケアや家庭的環境が強く要請される。
しかし、わが国では歴史的に施設養護が中心であり、里親家庭の数はまだまだ少ないところ、児童福祉施設の人的・物的対応体制は貧弱である。中核となっている児童養護施設は、児童指導員の最低配置基準は6対1のままであり、入所児童の数が多い大舎の割合が大きい。児童養護施設では高校に入学できた子どもも中退後は退所させられる場合があり、学校とともに生活の場所まで失う状況にある。主として就労しながら自立を目指す子どものための施設である自立援助ホームも大都市以外では数も少なく、経済的事情から就労機会が激減している。また、家庭的養護として期待される里親家庭に対する経済的支援などが不十分である。
さらに、既存の児童福祉施設で対応が困難な主として十代後半の子どものための民間シェルターは全国にわずか5か所(2010年7月現在)あるのみで、公費による助成がないため、そのニーズに応えられていない。
4 増大する教育費負担と就学保障の弱体化
(1) 増大する教育費負担
1970年代以降、教育の公共性の弱体化と「商品化」、「受益者負担」主義の強化のもと、教育予算・学校予算の削減が進められ、家庭での負担を増加させ、さらに2002年から導入されたいわゆる「ゆとり教育」政策によって、家庭においては塾などの学校外教育費負担をも増加させ、その負担ができない家庭の子どもを事実上切り捨てるものとなっていった。
これに対して、教育に関するわが国の公的支出は、対GDP比で約3.5%であり、OECD諸国の平均5%を大きく下回っている。OECD加盟30か国のうち、大学の授業料が無償にされていない国は16か国、高校の授業料が無償にされていない国は日本を含め4か国しかないとされる。
2010年4月から公立高校授業料無償化・私立高校授業料負担軽減を実現したことについては評価できるが、朝鮮学校やフリースクールを除外したこと、授業料以外の負担及び私立高校での教育費負担が大きいこと、公立高校の人気が高まり学力の低い子どもが定時制高校に集中し、定時制高校にも入学できない生徒が出現していることなどの問題がある。
(2) 就学保障の弱体化
家庭における教育費の負担が増加する一方で、生活困窮家庭の子どもが教育を享受することに対する援助が弱体化している。
義務教育に伴う費用の給付を受けられる就学援助制度は、2005年度から国庫負担金廃止・一般財源化されたことによって、約5%の市町村で資格要件の厳格化及び給付額の減額をしたと指摘されている(文部科学省「平成17年度における準要保護児童生徒に係る認定基準等の変更状況調査」)。
また、公的奨学金は貸与型のローンのみで、特に大学生を対象とする奨学金は利息付き奨学金ばかりが拡大され、いわゆるブラックリスト化や債権回収会社の利用など、奨学金の「教育ローン」化が進められている。
5 孤立化する家族、子どもへの支援態勢の現状
子どもの虐待が家庭の孤立化と一定の関係を有しているように、貧困に陥った家族は、社会参加や情報を得るための費用がかけにくく、孤立化しやすい。例えば、貧困率が高い母子家庭では、相談相手がいない者が19.3%(2003年)から23.1%(2006年)と増えてきている(全国母子世帯等調査)。
そのため、支援態勢が重要となってくるが、それは十分な状況とはいえない。
(1) 社会福祉部門における支援態勢の現状
児童相談所では、児童福祉司数が依然として不足しているのに対して子どもの虐待相談件数が増加し続けている状況で、これに対する行政介入に追われ、広く子どもと家庭の相談支援にあたる枠組みとなっていない。
また、市町村も子どもと家庭の相談支援を担うものであるが、相談に当たるスタッフの資格基準すら法定されておらず、その支援態勢に市町村によるばらつきが大きい。さらに、市町村は乳児家庭全戸訪問事業を実施することができるが(児童福祉法34条の9)、すべての市町村で実施されているわけではなく、また支援のための専門性が十分確保されているとはいえない。
児童福祉の一翼を担う福祉事務所では、現業員数の不足が、増加する生活保護利用者数に追いつかず、稼働層を生活保護から排除するような違法な取扱いも横行する福祉事務所もあるなど、全体として寄り添うような支援が期待できる状態とはいえない。
(2) 学校における支援態勢の現状
学校は、子どもの貧困の発見の場として期待されるが、教師は余裕を持って子どもと接することができず、学校にそのような気づきを期待できず、また仮に気づいたとしても、福祉的な観点からの相談支援がなされているとはいいがたい。
学校内での福祉的支援を担うスクールソーシャルワーカーは、導入していない自治体も多く、導入している自治体においてもその規模において十分に活用されているとはいいがたい。
また、子どもが現実の労働法制や社会保障制度、それらの相談先など、社会生活を営み、自己の生活や権利を守るための教育が十分提供されているとはいえない。その結果、競争と個人責任を是認し強調する社会の風潮の中で、違法状態にあることすら知らされず、「助けて」ということすらできない状況に追い込まれてしまう。
いまや、働く子どもに加えて、高校中退者、不登校、障がいのある人、外国人など多様な生徒を支えている定時制高校は統廃合が進められ、20年間で1002校(1989年)から732校(2009年)と減少し(学校基本調査報告書)、現在、不況のため定時制高校には定員を超過する応募があり、高校に入ることができず、子どもが貴重な居場所を失い、教育の機会を奪われる事態に陥りつつある。
第4 すべての子どもの生きる権利及び成長し発達する権利の保障
このような状況の中、貧困状態に置かれた子どもが、安心して生活し、成長し発達することの意義と、その権利としての重要性が確認されなければならない。
1 子どもの権利条約
子どもの権利条約は、子どもの最善の利益(3条)並びに子どもの生きる権利及び生存及び発達の権利(6条)を基本理念として、健康を享受する権利(24条)、社会保障の給付を受ける権利(26条)、教育についての権利(28条)を認めている。
さらに、子どもの発達のための相当な生活水準についての権利(27条)、休息、余暇、遊び、レクリエーション活動、文化的生活、芸術活動についての権利(31条)も認め、子ども期の成長発達、最善の利益を確保するために、憲法25条の定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」にとどまらない水準を要求している。
そして、親が子どもを養育するにあたり、国に親への支援を義務づけている(18条)。また、家庭環境を奪われた子どもについて、国の与える特別の保護及び援助を受ける権利(20条)を認めている。
2 すべての子どもの成長と発達の権利
憲法13条は、一人ひとりの人間が人格の担い手として国政のあらゆる場において最大限尊重されなければならないという個人の尊厳原理に立脚し、幸福追求権について最大の尊重を求めている。心身ともに脆弱な子どもにとっては、その発達に応じた「最善の利益」が考慮されて初めて、個人として人格的に最大限尊重され、幸福追求権について最大の尊重が得られる。
また、憲法14条が法の下の平等を定めていることも、子どもが親の経済力を選んで生まれてくることができない以上、「最善の利益」を考慮して初めて、スタートラインからの平等が実現できる。
そうであれば、憲法25条が、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障し、この生存権の保障を基本理念として憲法26条の教育を受ける権利を保障していることも、子どもの権利条約の理念に基づき、子どもにとっての「健康で文化的な」生活を営む権利として理解すべきであって、それは成長及び発達を保障するに相当の水準でなければならないから、憲法は、すべての子どもが経済的及び社会的な制約に左右されずに成長し発達する権利を保障しているというべきであり、このような生きる権利及び成長し発達する権利の実現のために立法及び行政による措置が国及び地方自治体によって講じられなければならない。
第5 提言
子どもの貧困については、子ども及びその家族を貧困から脱却させるべき施策とともに、子どもに不利益を蓄積させないようにする貧困の予防、既に不利益が蓄積されつつある子どもについては早期の支援により不利益から回避させることが特に重要である。貧困の予防は、貧困に陥っていないすべての子ども及びその家族をも対象とする。
当連合会は、国及び地方自治体に対し、労働法制・社会保障の抜本的改善と教育を受ける権利の実質的保障を図ることを求め、貧困の予防及び早期支援の重要性に鑑み、特に以下の諸方策を実施するよう強く求める。以下の諸方策はいずれも子どもに影響を及ぼす重要な事項であるから、子どもの権利条約の明記する子どもの最善の利益、意見を表明する権利(12条)を尊重して、それぞれの手続において子どもが参加することを保障すべきである。
1 子どもの貧困の実態調査、目標設定及び具体的な対策の実施
国はようやく子どもの貧困率を公表したが、まだ子どもの貧困の実態は十分に明らかにされているとはいえない。また、これまでの抽象的な計画や努力目標では、具体的に目の前で困窮している子どもの数を減らすことはできないし、個別の対策では、それこそ子ども手当の支給により就学援助が削減されるという矛盾した動きも起こり得る。
国及び地方自治体は、子どもに貧困による不利益ができる限り蓄積しないように貧困の予防、早期支援を重視する視点に立って、子どもの貧困率削減の具体的な数値目標につき、期限を定めて設定して、子どもの年齢別、地域別、原因別など子どもの貧困の実態を調査したうえで、目標を達成するために、教育、児童福祉、所得保障、労働の分野において具体的な計画を策定し、対策を実施しなければならない。
2 切れ目のない継続的・総合的な相談支援態勢の確立
諸施策が実施されても、貧困状態にある家庭・子どもは、施策へのアクセスが困難であったり、複雑な問題を抱えていることも多く、最適な施策の利用ができないおそれが高い。特に孤立化した家族、子どもは、自らの抱える問題を十分に把握できず、支援を拒否することも多いので、周囲からの積極的な支援が必要となってくる。さらに子どもと家族の具体的な状況に対応できる、切れ目のない豊富な支援メニューを用意するとともに、豊富な支援メニューから最適な支援を可能にするように、福祉、教育、医療、住宅、就労支援等の専門性の確保された相談支援態勢を構築すべきである。
子どもの生活に密接に関わる地方自治体が、以下のように子どもの成長に合わせて切れ目なく継続的に、かつ総合的に相談支援態勢を構築し、国はそのための財政的な保障をすべきである。
第一に、周産期から子ども期全般にわたる支援を確立すべきである。専門家による乳児家庭全戸訪問事業を義務化して子どもの貧困状態の早期発見、親への生活面や子育ての支援を実施し、地方自治体を中心に、子どものいる家族の様々な問題に対応するワンストップの相談支援窓口を設置すべきである。
第二に、児童・生徒期への支援として、学校にスクールソーシャルワーカーの配置を義務づけるべきである。子どもの抱えている福祉的な問題について社会福祉の専門家ではない教師に解決を委ねることは現実的ではなく、ケースワーク関係の構築や諸機関の連携・調整を専門とするソーシャルワーカーが任にあたるのが合理的である。
第三に、学校に在籍していない子ども、子ども期の不利益の蓄積のために社会から排除されている若者に対する総合的な相談支援態勢を整えるべきである。若年層の非正規労働が拡大し、一度貧困状態に陥ると若者はそこから脱することが著しく困難になる。貧困から脱出するために、就学復帰、就労支援、生活支援、住宅支援などワンストップの相談支援態勢を構築すべきである。
3 保育を受ける権利の保障
乳幼児のいる親が貧困から脱するために労働したり求職活動をしたり職業訓練をしたりするには、保育が必要不可欠である。にもかかわらず、保育施設の不足は深刻であり、量的な拡充がなされなければならない。しかし、それだけでは子どもの貧困の解決に向けて保育の機能を十分に発揮することはできない。
保育とは、乳幼児期の子どもが、安全に、安心して生きていくこと及び成長発達していくことを保障するための営みをいう。憲法13条、25条、26条及び子どもの権利条約によって、子どもには、保育を受ける権利が保障されている。
乳幼児期の子どもに対し、できるだけ早期に良質な保育を保障することによって、その後の成長発達に良好な影響を与えることが、欧米での数々の研究結果で明らかになっており、良質な保育の保障は、貧困の連鎖を断ち切るための大きな力となる。
政府及び自治体は、保育を必要としているすべての子どもに保育を実施する仕組みを作らなければならない責務、すなわち保育の公的保障の責任を負う(児童福祉法24条本文)。同規定は堅持されなければならず、同旨の規定が幼稚園・認定子ども園を含むすべての保育施設について規定されるべきである。
政府は、現在進めている最小のコストによる保育政策を直ちに転換させ、保育の質を向上させるべく、保育分野での規制緩和政策を転換し、保育施設の最低基準を堅持・充実させなければならない。
4 すべての子どもに対する教育の実質的な保障
(1) 教育費の公費負担による教育の機会の保障
学校教育は、現在の貧困による不利益を緩和するとともに、子ども自身の力、自信や意欲の向上など、子どもが将来貧困になりにくくするものとしての意義がある。しかし、教育費の低い公的負担と家庭の負担の増大は、家庭経済の格差から学力格差を引き起こし、さらに就学そのものをあきらめざるを得ない状況を生み出しやすくし、自信や意欲の低下を招くこととなる。
すべての子どもに教育の機会を保障するためには、教育費の私費負担を可能な限り減らすことが求められる。
公立の義務教育課程では就学援助制度を拡充し、公立高校では授業料以外の私費負担の減免を拡充しながら、最終的には公立の義務教育課程及び高校の授業料・通学費・給食費・学校納付金を含む学費の完全無償化を実現すべきである。
また、公立高校での就学が保障されず、私立高校は必ずしも裕福な家庭の子どもが就学するわけではないから、私立高校の学費について、公私の負担の差を縮めるべく、負担を軽減する支援をさらに充実させるべきである。
高等教育についても、貧富の差にかかわらず利用できるように、大学学費の減免の拡充、給付型奨学金の導入などの施策を実施しながら、可能な限り私費負担を減らしていくよう支援すべきである。
(2) 教育を受ける権利の実質的保障のための教育態勢の整備
貧困家庭では、保護者に経済的・時間的・精神的余裕がない場合が多く、子どもの学習習慣や学習意欲、人間関係を構築し社会と関わる力を育てることに困難をきたしており、社会が支援していくことが要請される。
そのような支援として、人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させることや、自由な社会における責任ある生活のための準備のため(子どもの権利条約28条及び29条参照)、読み書きをはじめとする基礎的学力及び他者との共生を前提とした人間関係を構築し社会と関わる力をその資質や発達段階に応じて高められる教育が実質的に保障されなければならない。
そして、すべての子どもがこのような教育を受けることを実質的に保障されるように、教育態勢が整えられるべきである。
具体的には、少人数学級や複数の教員によるチームでの教育が可能となるよう、教員1人あたりの生徒数を減少させるべきである。その上で、専門家や地域との協力・連携をしていくべきである。
また、法に関する教育は、子どもたちが自由な社会で人間関係を構築して幸せに生活を営めるようになるために極めて有用であるから、法の意義や目的・労働法の基礎知識・社会保障制度・援助機関等、法に関する学習機会を保障すべきである。
5 ひとり親家庭への支援の充実
ひとり親家庭の子どもの半数以上が貧困状態にあることから、その支援の充実は急がれなければならない。ひとり親家庭に対しては、賃金構造及び就業環境の改善につながるように労働法制と労働政策を抜本的に見直すとともに、特に心と生活の安定を実現する就労支援、生活支援、住宅支援、養育費取得支援及び社会保障の各分野を包括して生活全般を総合的に支援する視点が必要である。
就労支援では、就労につながりやすい資格取得・技能向上のための職業訓練、その期間の生活を可能にする生計補助及び雇用の創出などが実施されなくてはならない。
生活支援では、家事、育児も含め、家庭に入って直接的な支援を行うヘルパーの充実が急がれる。
住宅支援では、公営住宅への入居や家賃補助制度などを充実させていくべきである。
これらの支援は住民に身近な地方自治体が行い、国がそのための財政的な保障をすべきである。特にこれらの生活全般を総合的・継続的に支援を実効的にするために、母子自立支援員など、親と子の支援にかかわる人材の確保、専門性や数、権限の強化、常勤化等の待遇整備を行うなどして相談支援態勢を充実させるべきである。
また、養育費の確保も重要であるから、養育費取得支援として、国による養育費の立替払いや公的機関が代わって強制的に取り立てる仕組みづくりが検討されるべきである。
社会保障では、児童扶養手当の所得制限の緩和や支給額の増額、遺族年金や生活保護等の給付を充実させていくべきである。
6 社会的養護の制度の充実等
社会的養護においては、できる限り家庭的環境に近づけられるよう、里親家庭やグループホーム等を含む、きめ細やかな形態のケアを推進し、そのための手厚いスタッフの配置を保障すべきである。また、親に養育されないことによるさまざまなハンディを克服して社会的に自立することができるように、親権制限などの制度改革を進めるとともに、現行の児童福祉行政の中でどこにも居場所が見つからない子どものための一時的な居場所であるシェルターや療養型(精神疾患などがある子どもが働かなくても入所することができる。)のグループホームなどを公費で設置し、あるいは民間の取組みに対する公費による補助を始めるなど、きめ細やかなシステムを構築していくべきである。
そして、それらのシステムを実効あらしめるために不可欠なのは、医療・心理的ケア・教育・生活支援・法的支援等、子ども自身がきめ細やかなメニューの支援を実質的に受けられるようなサポートをする専門家の存在である。すなわち、相談機関のたらい回しや、細切れの支援ではなく、一人ひとりの子どもに対し継続的かつ総合的に支援するコーディネーターを配置すべきである。
さらに、生活困窮家庭の子どもや、親の養育を受けられない子どもに対する法的支援が必要である。すなわち、社会保障制度の申請等の行政手続における支援の整備、虐待を受けた子どもに国選代理人が選任される制度の創設、法的支援が必要な場合に子どもが直接利用することのできる給付型の法律扶助制度等の導入によって、子どもが公費で弁護士の法的支援を受けられる制度の創設を図ることが重要である。
第6 弁護士及び弁護士会の今後の子どもの貧困問題への取組み
すべての子どもが生きる権利及び成長し発達する権利を実現することは、人権擁護をその使命とする弁護士に課せられた責務である。しかし、子どもの貧困の問題へのこれまで弁護士及び弁護士会の取組みは不十分であったといわざるを得ない。
親世代の貧困に伴い子どもの貧困が拡大する現状に歯止めをかけるためには、子ども及びその家族の労働問題と生活問題に対する一体的取組みが不可欠であり、子どもに関わる相談支援態勢の充実とそれに対する支援、労働法制・社会保障制度に関する教育活動の充実、諸団体との連携等が重要である。
そこで、当連合会は、すべての子どもが、生きる権利及び成長し発達する権利を享受できるよう、子ども及びその家族に対する相談支援の充実、上記権利の実現を目指す諸団体との協力関係の構築などの取組みを進めつつ、継続的に、研究・提言・教育支援活動を行い、弁護士の法的支援の拡充を含めて、より多くの弁護士がこの問題に携わることになるよう実践を積み重ね、第49回人権擁護大会及び第51回人権擁護大会からの取組みをさらに発展させ、生活困窮者支援に向けて全力を尽くす決意である。
以上