「人権のための行動宣言2009」のもと人権擁護活動を一層推し進める宣言

  1. すべての人の人権を保障する、差別のない共生社会の実現。
    (1) あらゆる分野での両性の実質的な平等の確立と司法におけるジェンダー・バイアスの排除、当連合会における男女共同参画の推進。
    (2) 高齢者や障がいのある人の「地域で暮らす権利」の確立と障がいのある人などへの差別の撤廃。
    (3) 子どもの権利主体性の確立と成長発達権の保障、虐待・体罰等の人権侵害行為の根絶。
    (4) 外国人・民族的少数者の権利の保障、差別の撤廃による多民族・多文化の共生する社会の実現。
  2. 消費者被害の根絶、消費者主権と消費者の視点に立った諸制度の確立。
  3. 人間の尊厳を保持するための生命・健康と医学・医療に関する人権の確立。
  4. 貧困等生存権に対する新たな危機の克服。人間らしい労働(ディーセント・ワーク)を実現するための諸権利の確立。
  5. 公害や環境破壊の根絶、地球温暖化の防止、環境権・自然享有権が確立された持続可能な社会の実現。
  6. 刑事司法における人権の保障。
    (1) 取調べの可視化(取調べの全過程の録画)、「人質司法」の打破、代用監獄制度の早期廃止、接見交通権の確立など憲法と国際人権法の人権保障基準に見合った刑事司法の実現。
    (2) 刑事被拘禁者処遇のさらなる改善。罪を犯した人の個人の尊厳が確保される諸施策の推進。死刑執行停止の実現、死刑制度についての国民的議論の促進。
  7. 犯罪被害者の尊厳が確保される諸制度の実現。民事介入暴力の排除と被害の回復。
  8. 思想信条の自由・表現の自由の保障。監視社会化の抑止。
  9. 個人情報の保護制度と情報公開制度の抜本的改革。市民による警察・行政諸機関に対する民主的コントロールの実現。納税者の権利の確立。
  10. 国際社会とともにする憲法の恒久平和主義の理念の実現、国際社会における法の支配や人権の確立への寄与。
  11. 憲法及び人権諸条約の人権保障規定の日本における実効化を図るため、人権諸条約の個人通報制度の採用、パリ原則に適合する国内人権機関の設置、司法機能の強化、民事法律扶助制度の拡充など、国際的・国内的人権保障システムの確立。民主主義社会の基盤となる法教育の普及と実践。

提案理由

第1 日本弁護士連合会の人権擁護活動と「人権のための行動宣言」

当連合会は、1949年に創設され、今年、創立60周年を迎えた。弁護士法1条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と定め、この使命に沿って、当連合会、各弁護士会、会員は人権擁護活動に全力を尽くしてきた。


当連合会においては、人権擁護活動にかかわる数多くの委員会、対策本部、ワーキンググループを抱え、人権侵害事件に対する警告・勧告の実施、刑事再審支援、人権にかかわる意見書の作成、人権関連法律援助事業の実施など、多岐にわたる人権擁護活動を展開し、日本最大の人権NGOの一つとしての評価を得てきたところである。


当連合会は、1999年の創立50周年を機に「人権のための行動宣言」を発表して日本と国際社会が直面する人権課題を示し、その課題の実現に全力を尽くすことを誓った。この行動宣言は、1998年に当連合会が発表した「司法改革ビジョン」と一体のものとして、個人の尊厳と人権を守るための制度改革の指針を示すものであった。


第2 この10年間の人権擁護活動

「人権のための行動宣言」を策定した後、10年が経過した。


この間、各弁護士、弁護士会の努力を通じて、被疑者国選弁護制度の導入や少年保護事件における一部国選付添人制度が実現した。また、名古屋刑務所における暴行陵虐事件の反省に立って、刑事被収容者処遇法が施行され、刑事施設及び留置施設視察委員会の設置、不服申立制度の整備などの大きな行刑改革が実現した。再審事件においても、当連合会が支援した事件について、足利事件で再審開始決定を獲得し、布川事件でも再審開始高裁決定を獲得するなど、大きな前進をすることができた。


また、国際人権基準や国際的人権保障システムを利用して日本の人権状況を改善する取組として、当連合会は、国連人権条約機関に対し、すべての人権諸条約の日本政府報告書審査においてオルタナティブレポートを提出し、また、国連人権理事会において各国の人権状況についての普遍的定期的審査が開始されたことから、この審査に対してもレポートを提出し、日本の抱える問題を明確に指摘した。その結果、政府にとって厳しいいくつもの勧告を引き出し、これらに基づいて各種の拘禁施設における監視委員会の設置、国籍法改正などの成果を得ることができた。


さらに、憲法の恒久平和主義の理念を実現することに努め、アジアを中心とした国際司法支援活動を通じて、国際社会における法の支配、平和構築にも寄与した。


カネミ油症や水俣病などの公害問題に対して適時に意見を表明し、地球温暖化に対する取組の必要性も指摘し続けてきた。消費者契約法の制定やグレーゾーン金利の撤廃をはじめとした消費者法の大きな前進を獲得し、消費者庁の立ち上げも実現した。


第3 「人権のための行動宣言2009」の策定

1999年の「人権のための行動宣言」から10年を経た今も、未達成の多くの課題が残されている。


また、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを契機に、テロや犯罪の予防のためとして自由やプライバシーを犠牲にしてでも市民社会への監視を強めようとする監視社会化の動きが強まっている。また、「規制緩和」の流れの中で「格差社会」が進み、ワーキングプアの増大、不十分な社会保障制度のもとで健康で文化的な最低限度の生活を維持することすら困難な人々の増大など、新たな人権問題が発生している。


このような状況を受けて、当連合会は、今般「人権のための行動宣言2009」を採択した。


「人権のための行動宣言2009」は、これからの10年を目途に、人権の擁護・伸長のために当連合会がめざすべき課題を明確にしている。


1 すべての人の人権を保障する、差別のない共生社会の実現

(1) 両性の実質的平等の確立

あらゆる分野において両性の実質的な平等の確立を図ることや、司法におけるジェンダー・バイアス(社会的、文化的性差に基づく役割分業意識、固定観念、偏見)を排除し、司法手続の中で女性の権利侵害が起こることのないよう、司法手続の現状を調査・分析し、啓発活動に取り組む。また、当連合会自身が男女共同参画の推進を図ることが求められている。


(2) 高齢者・障がいのある人の権利保障

高齢者や障がいのある人が「地域で暮らす権利」を確立し、障がいのある人などへの差別の撤廃、そのための障がいのある人の権利条約の批准と同条約の国内実施のための障がいを理由とする差別禁止法の制定に取り組む。


(3) 子どもの権利保障

子どもは、権利の享有主体であるとともに権利の行使主体であることを社会全体の認識とすべく啓発活動に取り組むとともに、子どもの成長発達権が保障される施策の推進・制度の提言、虐待・体罰等の人権侵害行為の根絶、教育制度の改善などに取り組む。


(4) 外国人・民族的少数者の権利保障

日本に在留する外国人の数はますます増えているにもかかわらず、日本には外国人の人権保障を目的とした法律が存在しない。外国人の人権享有主体性を確立し、外国人や民族的少数者への差別を撤廃するため、外国人・民族的少数者の人権基本法の制定に取り組む。また、外国人や民族的少数者が民族的なアイデンティティを保持しながら教育を受ける権利や社会への参画を保障するなどして、多民族・多文化の共生する社会の実現に取り組む。


2 消費者の権利の確立

消費者被害の根絶、消費者主権と消費者の視点に立った諸制度の確立、とりわけ消費者庁を実効性ある機関とし、地方消費者行政の充実を図るべく取り組む。


3 医療を受ける権利の確立

人間の尊厳を保持し、誰もが安全で質の高い医療を受ける権利を享受できるよう、生命・健康と医学・医療に関する人権を確立するため、患者の権利法、被験者保護法などの制定と法による医学医療の規律を求めて活動する。


4 労働と貧困、生存権保障への新たな危機の克服

すべての労働者が、人間らしい労働(ディーセント・ワーク)ができるよう、正規雇用が原則であり、有期雇用を含む非正規雇用は合理的理由がある例外的場合に限定されるべきであるという観点に立って、労働法制と労働政策の抜本的な見直しを行い、パート・派遣・契約社員などの均等・均衡処遇の実現をめざす。


また、社会保障制度を充実させ、貧困や経済的格差を是正する実効ある諸施策を求めるとともに、生存権保障の最後のセーフティネットである生活保護制度について、申請権の侵害や保護基準の切下げをさせず、より積極的に生存権を保障する内実をもつ生存権保障法制の実現をめざす。


5 公害や環境破壊の根絶、地球温暖化の防止、環境権・自然享有権が確立された持続可能な社会の実現

水俣病、カネミ油症などの公害問題について、被害者全員の救済に向け、立法解決を含めた早期解決を促す。また、すべての人が良好な環境を享受できるよう環境保全を図るとともに、地球温暖化対策を積極的に推進し、環境権・自然享有権が確立された持続可能な社会の実現をめざす。


6 刑事司法における人権の保障

(1) 憲法と国際人権法の人権保障の基準に見合った刑事司法の実現

密室の取調べの中での自白強要をさせないために、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)、「人質司法」の打破、代用監獄制度の早期廃止、接見交通権の確立を実現する。


また、全面的被疑者国選弁護制度と国費による当番弁護士制度及び少年保護事件の全面的国選付添人制度を確立する。


(2) 個人の尊厳に立脚した行刑制度改革

刑事被拘禁者の処遇について、刑事施設・留置施設視察委員会の活動の強化、刑事施設における医療と処遇の改善に取り組むなど、罪を犯した人の個人の尊厳が確保される諸施策を推進する。


また、死刑執行停止を実現し、死刑制度について国民的議論を促進する。


7 犯罪被害者の人権保障と民事介入暴力の排除・被害の回復

犯罪被害者等が被害を受けたときから、再び平穏な生活を営むことが可能となるよう、情報提供を受ける権利、被害回復を求める権利、刑事手続に関わる権利や様々な支援を受ける権利などの実現を求める。また、暴力団等による市民や企業に対する介入を排除し、被害を受けたときはその回復を図る。


8 思想信条の自由・表現の自由の保障と監視社会化の抑止

思想信条の自由や表現の自由などの精神的自由は、民主主義社会の根幹をなす重要な人権であり、治安の維持などの名目による精神的自由の侵害を防止する。また、犯罪対策やテロ対策の名目のもとに、国などが市民の情報を収集し、蓄積し、統合することによって市民への監視を強めることに対し、自己情報コントロール権を確立し、警察のあり方を人権の視点からコントロールすることなどを通じて、監視社会化を抑止する。


9 個人情報保護制度と情報公開制度の抜本的改革、市民による行政諸機関のコントロールの実現

行政不服審査法・行政手続法の改正などによる救済制度を拡充し、行政機関の保有する個人情報保護制度と行政機関の情報公開制度を抜本的に改革することなどを通じて行政に対する民主的コントロールを実現する。また、租税の領域においても公正の確保と透明性の向上が図られるべきであり、納税者の権利・利益の保護と救済についての立法化を実現する。


10 憲法の諸原理・理念の尊重と国際社会における貢献

日本国憲法は、すべての人が個人として尊重されるために、立憲主義の理念のもとで、国民主権と恒久平和主義を掲げた。世界に誇りうる先駆的意義を有する恒久平和主義の理念を国際社会とともに実現させるべく積極的に行動する。また、アジアを中心とした諸地域における法の支配の確立・非核地域の構築などにも積極的に協力する。


11 国際的・国内的人権保障システムの確立

憲法及び人権諸条約の人権保障規定を実効化するためには、そのための国際的及び国内的人権保障システムの確立が必要である。


国際的には、人権諸条約によって設置された各委員会に対する個人通報制度の活用のため、選択議定書の批准、あるいは条約中の個人通報条項の受諾宣言を求めていく。国内的には、簡易迅速な人権救済を実現するべく、パリ原則に適合した国内人権機関の早期設置を求めていく。人権救済機関としての司法機能の強化を図り、人権関係法律援助事業の本来事業化・給付制の実現を含めた民事法律扶助制度の抜本的改革や公設事務所の拡大などによる司法アクセスの拡充をめざす。


第4 行動宣言の実現を期して

当連合会は、創立60周年を機に「人権のための行動宣言2009」によって、これから先10年を目途として包括的かつ具体的な人権課題を明らかにし、その実現をめざすことを宣言した。


今回、このような宣言を行ったことは、私たちが、宣言の実現に向けて、不断に、どのように取り組み、推進を図っていくのかが問われていることを意味している。


それぞれの課題を所管する委員会等が、自ら不断に実現過程を検証していくのはもとよりのこと、当連合会として、今後、実現過程を検証していくための体制づくりをすることも不可欠である。


これら人権課題の実現は、一人ひとりの会員弁護士の力に負うところが大きい。会員が、これらの課題に関する認識を共有し、力を結集して、宣言実現のため尽力していくことが何よりも強く求められている。


当連合会は、広く会内外の人々と連帯・連携しながら人権擁護活動に全力を尽くすことを決意し、その決意を表明するため、この人権擁護大会において標記の宣言をしようとするものである。


以上