人権保障を通じて自由で安全な社会の実現を求める宣言

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本年5月3日、日本国憲法は施行60周年を迎えた。当連合会は、日本国憲法と国際人権法の下で、すべての人の基本的人権擁護のための諸活動に努めてきた。その成果を確認し、時々の重要な人権課題について提言を行う人権擁護大会も、第50回をかぞえる。


しかし、今、日本国憲法及び国際人権法により保障される自由は、その根底から変容を迫られる状況に直面している。各国政府は、2001年9月11日の同時多発テロを契機に、テロの防止や犯罪対策など、市民の安全の確保のためであるとする施策を次々と打ち出し、日本でも、いわゆる「共謀罪」法案が政府によって提案され、外国人の入国時に指紋などを採取して管理利用することを認める「改正」入管法が成立し、疑わしいとされる取引を警察に報告することを求める「犯罪収益移転防止法」が成立している。地域社会に目を向けると、治安悪化対策を理由に「安全・安心まちづくり条例」の制定が進められ、軽微なマナー違反にも罰則を科したり、警察と連携した監視カメラの設置が進められるなど、警察が個人の生活に介入することを容認し、また、地域住民が相互に監視する傾向が強まっている。


これらの施策は、国家権力の行使は謙抑的であることを求め、保護されるべき法益の侵害又はその具体的危険性が生じて初めて、一定の人権の制約が認められるという立憲主義的な人権保障の枠組みを、テロや犯罪の防止ないしは安全という名の下に突き崩すこととなりかねない。また、国が、市民生活の細部にまで立ち入って個人の情報を取得・統合して個人の生活や思想を監視することを許すことにもなり、プライバシー権が侵害されたり、監視や規制をおそれる結果、民主主義社会を支える言論・表現の自由を萎縮させることとなる。さらに、地域社会における、多様性や寛容性が否定されて社会の分裂がもたらされるおそれもある。


テロや犯罪を生まない社会の実現を目指さなければならないことは言うまでもない。しかし、国際社会で確立された基本的人権の保障は、それが世界における正義及び平和の基礎であるからこそ、承認されてきたものである。また、犯罪の背景には、差別や貧困、少年時の被虐待経験などが存在し、テロについても、差別や貧困、言論・表現の自由の保障を基礎とする民主的政治過程の欠落などと深い関係がある。したがって、テロや犯罪の根絶のためにも、社会への監視を強める結果、外国人などの少数者を疎外して相互不信の連鎖を招くのではなく、自由権をはじめとする人権の保障を徹底することを通じてすべての人の共生を実現することこそが、今、求められている。


以上により、当連合会は、国及び地方自治体がテロや犯罪の防止のためであるとして進める施策について、基本的人権の尊重と自由の保障が劣位なもの、副次的なものとして扱われたり、精神的自由などが萎縮させられたりしないように構想され、取り組まれるべきであるとの見地から、以下のとおり提言する。


  1. テロや犯罪の防止のために必要であるとする施策について、どのような法益が、どのような具体的蓋然性をもって危険にさらされているのかを客観的に分析して真に必要な施策であるかを判断し、必要があるとしても人権の制約が必要最小限かつ明確な基準によるものかなどを厳しく吟味すること。
  2. 法益侵害やその具体的蓋然性が生じて初めて国家権力を行使するという近代刑事司法制度の枠組みを崩し、言論・表現の自由を萎縮させる「共謀罪」法案を廃案とすること。
  3. 国や地方自治体が、住民基本台帳ネットワークシステムや外国人の入国・在留管理などを通じて、また、国家間の情報の共有によって、あるいは市民や事業主からの報告を義務付けることにより個人情報を取得する制度が創設されつつあり、その情報を統合し、利用することが模索されている。憲法13条の個人の尊厳、幸福追求権の保障に含まれる自己情報コントロール権尊重の見地から、「改正」入管法などの制度の見直しを行うとともに、このような個人情報の統合、利用を厳格に規制し、特に警察などが市民の生活や思想を監視するために情報を利用することを防止すること。
    また、国及び地方自治体などによる個人情報の取得、保管、利用に対する調査、是正命令などを行う権限を持つ、政府から独立した機関を設立すること。
  4. 警察活動が犯罪捜査などにおける強制力の行使に結びつく権力作用であることに鑑み、警察が市民生活に入り込んで情報を得たり、市民の行動を相互監視することを促すような活動を行うことを規制する一方、地域における多様性や寛容性を確保し、すべての人々が共生することができる社会を実現するため、差別や偏見などの障壁を取り除き、社会保障を充実させ、教育・医療などの施策を人的・物的に拡充すること。


当連合会は、第50回人権擁護大会にあたり、今こそ、日本国憲法や国際人権法の定める人権保障を実現することの重要性を強く訴えるとともに、精神的自由、人身の自由、生存権などの人権の保障とあらゆる差別の撤廃を実現するための活動に全力を尽くし、この活動を通じて自由で安全な社会の実現を目指す決意を表明する。


以上のとおり宣言する。


2007年(平成19年)11月2日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 第50回を迎えた人権擁護大会と日本弁護士連合会の人権擁護活動

本年5月3日に施行60周年を迎えた日本国憲法(以下「憲法」という。)は、国家権力を制限して人権保障を図るという立憲主義の理念に立脚して基本的人権の尊重をその基本原理とした。また、憲法は、国際協調主義に基づいて、市民的及び政治的権利に関する国際規約、難民の地位に関する条約などの人権諸条約を、人権保障のために国を拘束する法規として認めてきた。


日本弁護士連合会(以下「当連合会」という。)は、全国の弁護士とともに、憲法及び国際人権法の下で基本的人権を擁護する活動に全力で取り組んできた。この弁護士会及び弁護士の人権擁護活動の到達点を確認し、提言を行う当連合会の人権擁護大会も、1958年の第1回大会以来、本年で記念すべき第50回を迎える。


しかし、今、憲法及び国際人権法により保障される人権と自由は、テロや犯罪の防止、「安全」という名の下で、その根底から変容を迫られる事態に直面している。


第2 「テロの未然防止」、「犯罪防止」の名の下で展開されていている諸施策

  1. 2001年9月11日にアメリカ合衆国で発生した同時多発テロを契機として、世界は、テロの防止や犯罪防止のための諸施策を強力に進めることとなった。
    日本政府も、2004年12月、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、これに基づいた立法や施策を行ってきた。
    また、2003年12月、「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を策定し、「今、治安は危険水域にある。」という認識の下で、少年犯罪や越境犯罪、外国人犯罪対策を強化する方針を掲げた。
  2. 2000年11月に国連総会で採択された国連越境組織犯罪防止条約は、金銭的利益その他物質的利益目的をもった組織的犯罪集団への対策として策定されたものであり、この条約に基づく要請であるとして、いわゆる「共謀罪」法案が提案されたが、その後、政府は、「共謀罪」の制定が、テロの未然防止を目的としたものであるかのように喧伝しつつある。
    「共謀罪」法案は、犯罪の実行行為や予備行為にも至らない人の言動に基づいて刑事処罰を加えるものである。日本の刑事法体系は、犯罪の実行行為の着手という具体的な法益の侵害行為を対象として犯罪の構成要件を定め、犯罪実行の着手前に放棄された犯罪の意図は、原則として犯罪とはみなしていない。これは、自由主義的な近代刑事司法の枠組みに基づくものということができるが、「共謀罪」は、この近代刑事司法の枠組みを崩して、政府案によれば600以上もの行為類型について、意を通じ合ったり、合意しさえすれば、具体的な行動もない段階で犯罪が行われたとして捜査を進めることを可能にするものであり、このことにより日常のありふれた協議や相談の内容そのものが問題にされることになる可能性が生じかねないのであるから、自由な言論や政治活動が著しく萎縮させられる危険性が強い。
  3. OECDメンバー国を中心に政府間組織として設立された金融活動作業部会(「FATF」)は、2003年6月、組織犯罪対策を目的として、疑わしい取引の政府機関に対する報告制度を設けることにつき加盟国に対して勧告し、日本では、2007年3月に犯罪収益移転防止法が成立した。同法では、報告対象業種から弁護士、司法書士、行政書士、公認会計士、税理士は除かれたものの、今後勧告の実施状況についてのFATFによる審査が行われる見込みであり、引き続き注意を払っていく必要がある。同法はまた、「疑わしい」というレベルで、広範な事業者に対して取引の事実を警察に届出することを義務づけ、届出に関してなされた是正命令等に従わないときは、届出を欠いた取引が現に犯罪収益の移転に関わっていたか否かにかかわらず刑事罰を科する、などとしており、同制度が、経済取引という観点から警察が市民生活を監視することを許す側面を持つことに留意しなければならない。
  4. 2006年5月、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の改正が行われ、テロリストの出入国を水際で防止するためとして、日本に入国するすべての外国人(特別永住者を除く)の顔情報、指紋情報を国が取得して保管し、これを犯罪現場などで取得した顔情報や遺留指紋などと照合することを可能とした。また、改正雇用対策法などにより外国人の就労状況、就学状況などの様々な生活情報を国が雇用主や学校から刑罰を背景に強制的に取得し、これらの情報を法務省に集約し、外国人の日本における生活状況を監視することができる制度が創設されつつある。さらに、2005年に新設された入管法61条の9は、異なる国家機関相互にその保有する個人情報を交換することを可能にしている。
  5. 日本国内の犯罪抑止のためとして、有期懲役刑の上限の引き上げなど、重罰化の方向での刑事立法が相次いで行われ、また、言い渡される刑も重罰化の傾向が強まっている。
  6. 「改正」少年法においても、当連合会が強く反対したぐ犯少年に対する警察の調査権限は削除されたものの、少年院への送致年齢が下げられた。引き続き、少年非行対策として少年補導法や少年補導条例制定の動きがあるなど、子どもの成長発達を促し支援するという観点よりも、治安の維持を名目として厳罰化と警察権限の強化の傾向が顕著である。

第3 地域ぐるみの「安全・安心まちづくり」運動と警察権限の強化

政府の「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」は、課題の第一として「地域連帯の再生と安全で安心なまちづくりの実現」を掲げ、警察等の関係機関が密接に連携を持ちながら、地域住民の自主的防犯活動を促進するべきであるとしている。


この行動計画も受けて、「安全・安心まちづくり条例」や「生活安全条例」が地方自治体で相次いで制定されている。


この結果、東京、大阪、福岡などの大都市圏では、市街地、住宅街を問わず、監視カメラが設置され、警察から求めがあれば録画した画像を提供する協定が結ばれるところも増加している。また、安全で安心なまちづくりのためという理由でゴミの投げ捨てなどの軽微な行為も犯罪として通報されるなど、マナーやモラルのレベルから市民の生活が取締りの対象となりつつある。


国家権力、特に警察権の行使は、犯罪の捜査などの強制力の行使を伴うことが多く、人権制約と密接にかかわるものであることから、憲法の立憲主義の下では、法益が侵害され、あるいは侵害される具体的危険性があるときに限定して、謙抑的な立場から行われるべきものとされてきた。しかし、今、安全・安心まちづくり条例などを手がかりとして、警察がモラルの問題を含めて市民社会の細部に深くかかわり、警察が主導して市民相互の監視を進めていく結果、外国人などの少数者や様々な困難を抱えた者を社会全体が排除する傾向を強めるおそれがある。


第4 安全のための国家の活動と人権保障

  1. このように、現在、テロの防止から地域での盗犯などの防止に至るまで、市民の安全の確保のためであるとして、様々な施策が進められつつあるが、これらの国家の活動は、以下のとおり、市民の自由との厳しい緊張関係をもたらしている。
  2. 国家権力の行使は謙抑的でなければならず、保護されるべき法益の侵害又はその具体的危険性が生じて初めて、一定の人権の制約が問題とされるという立憲主義的な人権保障の枠組みが崩されつつある。すなわち、テロや犯罪の防止のためであるとして、市民すべてを監視の対象としながら、具体的な法益侵害の危険性が生じる前段階で、摘発を行い、あるいは社会から排除するなどの方策が設けられつつある。このため、政府に批判的な言動をするだけでも、監視や規制あるいは捜査の対象となったり、外国人については国外に退去を命じられるのではないかという危惧をも生じさせ、そのことが市民の表現の自由、思想良心の自由を萎縮させることとなる危険が高まっている。
  3. 警察は、通行する車両の移動をテレビカメラとコンピューターによって監視・記録・保存するNシステムによって、車両の位置情報を全国規模で入手することができる。また、国や地方自治体は、住民基本台帳ネットワーク(以下「住基ネット」という。)によって様々な個人情報を統合して利用することが可能となっている。
    テロや犯罪を防止する社会体制を構築するためとして、「改正」入管法によって国が取得した外国人の指紋情報、顔情報と在留関係の様々な情報が、統合されて利用されることが可能となっている。さらに、銀行などが取得した個人の金融取引情報、監視カメラなどで取得した人の顔貌や所在などの情報、外国人の就労、就学情報などが国に集積され、市民の生活状況が国によって詳細に把握される可能性が高まっている。これらの情報は「改正」入管法の国際的な情報提供の規定などを通じて、国際的にも統合される可能性が生じている。このように、市民の生活情報、思想傾向などのデリケートな自己情報が、知らないうちに警察などの国の機関に集積され、名寄せされて、市民の行動や思想などが容易に把握されるという監視社会化が進む可能性が生じている。
    これに対して、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律は、行政機関の取得した個人情報について法律の規定さえあれば、その実質的な理由の有無や相当性などにかかわらず他の行政機関に提供することを可能としており(同法8条)、取得した情報の保有期間やデータの個人ごとの集約による生活状況の分析に対する規制も何ら規定していない。
    この結果、市民は、一方で政治過程へ民主的に参加する上で必要不可欠な公益的情報から閉ざされながら、他方で個人のプライバシー権ないし自己情報コントロール権が侵害されるおそれが強まっている。
  4. 近代立憲主義憲法の下では、警察、入国管理等の強制力の行使に結びつく行政権については、市民社会に対して謙抑的に行使されるべきであるとされてきた。しかし、今、警察は、安全を守るためとして、その役割を拡大し、市民生活の細部のマナーやモラルの問題にまで立ち入って活動の幅を広げようとしている。警察は、その権限が強制力行使を伴うことが多く、安全を守るための活動についても、その権限を濫用される危険性も孕んでいることを考慮しながらコントロールをするべきである。また、警察が主導して市民相互の監視を進めることは、外国人や様々な困難を抱える人々に対する社会の差別や偏見を助長し、社会の分裂を引き起こして市民の共生する社会の形成を妨げる結果となるおそれがある。このような観点から警察活動を法的に規制することが求められるところである。当連合会は「警察活動と市民の人権に関する宣言」(第37回人権擁護大会)において、市民による警察の監視システムの創設など、民主的コントロールの充実による適正な警察活動の確立を求めてきたところであるが、そのシステムは未だ整備されていない。

第5 テロや犯罪の防止、安全のための諸施策と基本的人権

  1. 一般市民を犠牲にするテロや、犯罪は、個人の生命・身体あるいは財産権を侵害するものであり、テロや犯罪を生まない社会の実現を目指さなければならないことはいうまでもない。
    他方、テロや犯罪の起きる社会的な背景に目を向けたとき、そこには、基本的人権や自由が力で沈黙させられていたり、経済的格差が広がる一方で社会保障を受ける権利が十分に保障されない状況や、外国人や様々な困難を抱える人たちが、教育や社会参画の機会を十分に得ることができずに、地域の中で安定した生活を送ることができない状況を想起しないわけにはいかない。少年期に受けた虐待が多くの少年犯罪の背景となっていることを挙げることもできる。このように、テロや犯罪といえども、その背景には、貧困や差別の存在、少年期の虐待などの問題が大きく横たわり、これらを解決するための人権保障が、いまだ十分に行われていないことを認識しなければならない。また、民主的な政治過程を保障するための基盤となる、思想・良心の自由、表現の自由、政治的意思表明の自由の欠如が、暴力による政治問題などの解決を指向させることとなりやすいことも論を俟たない。
  2. 国際社会で確立された基本的人権の保障は、それが世界における正義及び平和の基礎であるからこそ、国際的に承認されてきたものである。テロや犯罪の原因を、その根源から絶つためにも、様々な差別や偏見をなくし、社会的な困難に直面する者を支援すること、また、思想良心の自由や言論の自由の保障を通じて市民が民主主義社会の一員として自己実現をすることのできる社会を創造することが、今、求められているといえよう。
    そこで、格差の広がる社会の中にあって、社会保障を受ける権利を実質的にも実現することが必要であり、当連合会も第49回人権擁護大会において、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」を挙げて、このような施策の実現を国などに求めているところである。
    次に、外国人などの民族的な少数者や様々な困難を抱える人が、市民社会の中で差別なく生活をすることができるような社会を作ることこそが必要である。当連合会は、「多民族・多文化の共生する社会の構築と外国人・民族的少数者の人権基本法の制定を求める宣言」(第47回人権擁護大会)、「障害のある人に対する差別を禁止する法律の制定を求める宣言」(第44回人権擁護大会)などを挙げ、その憲法上、国際人権法上の権利の実現を求めているところである。
    また、子どもについても、子どもの権利条約などにより、子どものための立法や施策は、子どもに対する恩恵や保護ではなく、子どもの権利として保障し、充足させるという観点から検討することが求められており、当連合会は、「子どもの権利条約批准10周年にあたり、同条約の原則及び規定に基づく立法・施策を求める決議」(第47回人権擁護大会)においてこのような権利基盤型アプローチに基づく施策の実現を求めているところである。
    さらに、当連合会は、1999年に発表した「人権のための行動宣言」において、民主主義社会の基盤となる思想・良心の自由、表現・集会・結社の自由、通信の秘密などの精神的自由権の保障の重要性を指摘し、社会秩序の維持、犯罪捜査の目的などの名の下に、これらの人権を侵害する動きが強まっているとして、これらの人権を侵害するおそれがある法制定には強く反対し、行動することを宣言してきたところである。

第6 提言-人権保障を通じて自由で安全な社会の実現を

当連合会は、以上の理解に基づき、国や地方自治体がテロや犯罪の防止のためであるとして進める施策について、基本的人権の尊重と自由の保障が劣位なもの、副次的なものとして扱われたり、精神的自由などが萎縮させられたりしないように構想され、取り組まれるべきであるとの見地から以下のとおり提言する。


  1. テロや犯罪の防止のために緊急かつ具体的な何らかの措置が必要である、と政策判断される場合にあっても、その措置は、基本的人権や自由が最大限保障される仕組みの下で構想されなければならない。テロ対策の名目であれば当然に目的の正当性が認められ、施策の内容を検討することを許さないという姿勢を排して、具体的に、どのような法益が、どのような蓋然性で侵害されようとしているのかを、客観的事実に基づいて検証をしなければならない。犯罪対策についても、「体感治安の悪化」などの抽象的な基準ではなく、具体的に発生している犯罪の罪種、その発生についての認知の方法、認知件数などを分析し、真に必要な施策か否かを検討すべきである。
    また、思想良心の自由・表現の自由などの人権の、とりわけ政治過程における重要性に鑑み、必要最小限の制約であるか、テロ対策の規制対象となる行為などの定義を含めて明確な基準を設けているかなどの厳格な審査基準を適用すべきである。また、拷問等禁止条約などによって保障される、拷問を受けない権利や迫害を受けるおそれのある地域への送還禁止原則(ノン・ルフールマン原則)などの絶対不可侵の権利の侵害のないことなど、その合憲性、適法性が厳しく吟味されなければならない。
  2. 組織犯罪やテロの防止などのためであるとして、いわゆる「共謀罪」法案が提案されている。この法案は、法益の侵害又はその具体的危険性が生じて初めて国家権力の発動を促すという近代刑事司法制度の枠組みを崩し、精神的自由を萎縮させる結果を招くものであり、他方、その具体的必要性についても明らかではない。よって、このような法案は、廃案とするべきである。
  3. 日本に入国・在留する外国人すべて(特別永住者を除く)について、国が指紋情報などを取得したり、事業者が取得した個人情報を国に報告させたり、異なる目的を持つ国家機関の間で個人情報を共有したり、さらには国家間で情報を交換するなどして、個人ごとの生活上の情報を集積することが技術的に可能な仕組みが構築されつつある。
    日本人についても、住基ネットが稼働し、個人情報の集積は容易になりつつあると同時に、これと連動する形で、社会保険等の記録をICカードに記録するなどの方法で個人情報が統合される仕組みが模索されている。
    このような、プライバシー権ないし自己情報コントロール権に対する著しい制約となる管理・監視のシステムを、外国人一般あるいは市民一般を対象として構築する理由はおよそ見あたらない。
    当連合会は、「外国人の出入国・在留管理を強化する新しい体制の構築に対する意見書」(2005年12月)において、外国人一般についてこのような体制を構築することに反対の意思を明らかにしたところであり、2007年11月末に施行が予定されている前記「改正」入管法については、施行時期の延期を含めた見直しがなされるべきである。いわんや市民一般についてこのような制度を構築することについては、強く反対するものである。
    プライバシー権ないし自己情報コントロール権に対する侵害は、監視カメラの設置の問題、事業者の個人情報の国等への報告の問題など、現在、様々な場面で問題となっている。これに対して、EUでは、加盟各国に対して政府から独立した、情報保護に関する第三者機関の設置を指示し、各国においてデータ保護監察官(ドイツ連邦共和国)などが設置されている。多岐にわたるプライバシー権ないし自己情報コントロール権に対する侵害の問題については、その専門性、人権保障という準司法的性格に鑑み、日本においても、プライバシー権ないし自己情報コントロール権を保護する観点から、国及び地方自治体などによる個人情報の取得、保管、利用に対する調査、是正命令などを行う権限を持つ、政府から独立した第三者機関を設立するべきである。
  4. 「安全・安心まちづくり条例」や「生活安全条例」制定の全国的広がりの中で、警察が個人の生活情報や監視カメラのデータをほとんど無制限に取得することが現実的に可能になりつつあり、また、警察がマナーやモラルの問題に至るまで市民社会に立ち入って関与を深めている。しかし、立憲主義の理念から、警察活動は謙抑的なものでなければならず、市民社会の自律的な発展こそが重視されるべきものである。この観点から、市民による監視システムの確立を含む警察活動は規制されるべきである。また、市民が相互監視を強め合う結果、外国人などの少数者や様々な困難を抱える人々に対する差別や偏見が拡大し、社会の分裂を招くことのないよう規制するべきである。
    他方、テロや犯罪の背景には、貧困や差別、少年時の被虐待経験などが存在し、これらを根絶することが、テロや犯罪の防止という観点からも重要なことである。例えば、少年院や国立児童自立支援施設への入所少年の多くが被虐待経験があるとの指摘もあり(2000年の法務省調査など)、子どもの人権を尊重し、その成長を支援する教育、福祉、医療の充実こそ、少年非行防止に最も有効な施策である。
    このような観点から、警察活動の拡大や警察が主導する相互監視の強化に代えて、外国人や様々な困難を抱える人々に対する差別や偏見などの障壁を取り除き、すべての人が共生し、人としての尊厳を保持できるよう、社会保障の充実・教育・医療などの施策を人的・物的に拡充することこそが、今、国や地方自治体に求められている。

第7 まとめ

テロの防止や犯罪対策のための様々な立法や施策が議論されている現在こそ、憲法及び国際人権法の定める基本的人権の保障を実現し、立憲主義的憲法を堅持することの重要性はむしろ大きくなっている。


当連合会は、第50回人権擁護大会にあたり、精神的自由、人身の自由、生存権などの人権の保障とあらゆる差別の撤廃を実現するための活動に全力を尽くし、この活動を通じて自由で安全な社会を実現することを目指す決意を表明する。


以上