リゾート法の廃止と、持続可能なツーリズムのための施策・法整備を求める決議
1987年に制定された総合保養地域整備法(リゾート法)は、17年を経過した今、誰の目にも破綻が明らかとなっている。全国42の基本構想の施設整備進捗率は4分の1に達せず、経営主体の行き詰まり・倒産が相次ぎ、全国に環境破壊と地域破壊の爪痕を残している。巨大なホテル・リゾートマンション・ゴルフ場・スキー場・マリーナなどの建設による自然破壊の横行は、わが国の環境保護法制の脆弱さを、あらためて浮き彫りにした。このリゾート法に対して、当連合会は、1991年の人権擁護大会で「リゾート法の廃止を求める決議」を採択している。
政府は今年2月、ようやくリゾート法に基づく基本方針を変更し、各道府県に基本構想の見直しを求めることを決めた。しかしリゾート法破綻の原因は、単にバブル経済の崩壊と甘い需要見通しという点にとどまるものではなく、自然環境の保全をなおざりにし、地域の個性や自主性を無視した、開発優先の法の構造そのものに由来するものであり、変更・見直しでは解決しない。
一方でこの10数年間、中央資本による巨大設備の建設を軸とした大規模開発とは異なる取り組みが全国的に広がってきた。それは交流・体験・滞在などを内容とするグリーンツーリズムやエコツーリズムなどのツーリズム(観光・旅行・往来)や内発型地域振興と呼ばれるものである。このような新たな取り組みは、地域の個性ある自然環境や歴史・文化、農林漁業・地場産業などの地域資源を機軸にすえ、地域住民が主体的に実施するもので、地域振興の方向性としても期待されるものであるが、他方で「グリーン」や「エコ」の名による新たな環境破壊や、巨大資本による地場産業の圧迫、あるいは都市住民による地域資源の一方的な利用といった問題点も浮かび上がってきている。
当連合会は、前記のようなリゾート法破綻の教訓とツーリズムの新たな動向を踏まえ、リゾート開発からの環境破壊を防止するとともに、自然環境の保護を最優先にした持続可能なツーリズム実現のために、国及び地方自治体に対し、以下の施策・法整備を求めるものである。
- リゾート法並びに同法に基づく道府県の基本構想は、見直しではなく廃止すること。
- リゾート開発による環境破壊を防止するために、自然環境の維持や良好な景観の形成の観点からする土地利用規制の強化、計画段階でのアセスメント導入等の環境アセスメント制度の改革、及びこれらの制度や手続への住民参加や、情報公開の充実のための法制度の整備を早急に行なうこと。
- グリーンツーリズム・エコツーリズムなどを真に持続可能なツーリズムとするため、その実施にあたっては以下の原則を堅持すること。
- 環境保護優先の原則:環境保護を最優先とするものであること。
- 地域住民主体の原則:地域住民が主体的に参加し、地域の個性に見合い、かつ利益が地域に還元されるものであること。
以上のとおり決議する。
2004年(平成16年)10月8日
日本弁護士連合会
提案理由
1 リゾート法の制定と各道府県の基本構想の広がり
バブル経済真っ只中の1987年、総合保養地域整備法(リゾート法)は制定・施行された。
このリゾート法では、①国民にゆとりある余暇を提供し、②過疎化・自由化にゆれる地域の振興を図り、③民間活力により内需を拡大する、との理念が掲げられ、「良好な自然条件を有する土地を含む相当規模の地域」におけるリゾート施設の整備を目的とした。そしてそのための条件整備として、①環境保全に関する規制措置の大幅緩和、②財政上の優遇措置、③道路や上下水道などの公共施設の整備と国有林野の活用等がうたわれた。
その後、1998年3月で打ち切られたリゾート法に基づく各道府県の基本構想の承認(同意)は、一部見直しも含め最終的には全国で41道府県(712市町村)・42構想にふくれあがった。そしてリゾート法の対象となる「特定地域」の面積は、合計約660万ha・国土面積の約18%にのぼった。それは、九州と四国とを足し合わせてもまだ足りないほどの広大な「良好な自然条件を有する土地」が、リゾート開発の対象になったことを意味する。
また基本構想の内容を見ると、「金太郎飴」と評されたように、いずれにおいてもゴルフ場・スキー場・マリーナにホテルがセットされた、画一的な巨大施設整備中心の構想が勢ぞろいしたものであった。
2 リゾート法への懸念と当連合会の決議
リゾート法は、国会で一部党派は反対したものの、衆参両院ともわずか1日の審議で可決された法律であった。しかし制定当初から、リゾート・ゴルフ場問題全国連絡会や日本環境会議などの自然保護団体を中心に、リゾート法による乱開発に対し懸念を表明する意見が相次いだ。
当連合会も、1991年11月15日に宇都宮市で開催された第34回人権擁護大会で「リゾート法の廃止を求める決議」を採択した。その理由の趣旨は、自然環境保護の理念に基づく十分な環境アセスメント制度がない下で、リゾート法により開発規制の大幅緩和と開発のための財政優遇措置が講じられると、全国的な規模で、広大な地域の優れた自然が破壊される、という点にあった。
3 リゾート法の破綻
そのリゾート法制定から17年。今やリゾート法の破綻と失敗は、誰の目にも明らかとなっているといわねばならない。
まず当初10年程度をめどに整備するといわれた事業の進捗率は、17年経った現時点でも、特定施設の整備進捗率で約23.8%、特定施設の利用者数の当初見込み比で約42.8%、特定施設の雇用者数の当初見込み比で約21.8%と、惨憺たる状態になっている。
次に整備・開業した施設・第三セクターの破産・倒産が相次いでいる。大きいところでは福島県の磐梯リゾート開発は946億円の負債を抱え民事再生法の適用申請、北海道のトマムリゾート開発は1061億円の負債を抱え自己破産、宮崎県のフェニックスリゾートも3261億円の負債を抱えて会社更生法の適用申請を行っているのである。また第三セクターに限ってみた場合でも、2001年までに30法人が経営破綻し、解散等に追い込まれている。
さらに規制緩和による環境への影響についてみると、重点整備地区の特定民間施設の用に供するための農地転用許可面積は、1987年から2001年までに、合計1682ha(東京ドーム約360個分)に達している。また国有林野の貸付面積は、2002年3月現在で2130ha(東京ドーム455個分)にのぼっている。
このような規制緩和の自然環境への影響については、当連合会が調査した範囲でも、例えばリゾート法のモデルといわれた北海道トマムリゾートでは、シマフクロウ・オショロコマ・クマゲラ・イトウなどの野生生物に対する影響が指摘された(環境影響評価書に対する北海道知事意見書)。また宮崎・日南海岸リゾート構想では、約62haの潮害防備保安林の伐採が訴訟で争われている。さらに、沖縄県西表島の浦内川河口トゥドゥマリ浜でのリゾートホテル建設では、カンムリワシ・セマルハコガメ・アオウミガメなどへの影響が懸念され、日本生態学会等多数の意見書が出されるに至っている。
一方市町村は、当初、雇用機会の増大・関連産業の振興・税収の増大など、地域振興の切り札としてリゾート開発に大きな期待を抱いていた。ところが実際には、雇用機会の増大は、経営の中核となる職種が親会社からの出向者で占められるなど、さほど大きな効果はなく、地元産物の利用も最初のうちだけか、あるいは量が少ないままであり、税収についても、固定資産税額は増えたものの、滞納の発生や、地方交付税の減額などで純増加とはならなかった。反面、道路や上下水道の整備といった市町村の財政負担の増大、開発の賛否をめぐる住民間の対立と行政への不信増大、営農意欲の減退、地価高騰と外部企業依存による住民の内発的な町づくりの意欲減退といった、いわば地域共同体の破壊が各地で見られるようになった。さらに、トマムリゾートを抱える北海道占冠村のように、破綻したリゾート施設の事後処理で深刻な問題に直面させられているところも少なくない。
4 政府による見直し
このような現実を前に、政府も2003年3月、国土交通省が「総合保養地域の整備―リゾート法の今日的考察―」を、同年4月には総務省が「リゾート地域の開発・整備に関する政策評価書」をそれぞれ公表してリゾート法の見直しをうちだし、今年2月、基本方針を17年ぶりに変更し、道府県に対し基本構想の抜本的な見直しを求めた。
しかしそこではリゾート法に対する根本的な反省はなく、道府県に同意基本構想の廃止を含めるとはしているものの、抜本的な見直しを求めるだけのものとなっている。当連合会の調査によれば、見直しを求められた道府県の側での見直し作業はほとんど着手されておらず、むしろそのような作業そのものが無駄であるとの極めて冷めた反応もうかがわれた。
先に述べた実態からすれば、そもそも法の目的と構造に欠陥を抱えたリゾート法は、見直しではなく、廃止こそが求められている。
5 日本の自然保護法制の脆弱さ
ところで、このようなリゾート法施行の現実から見えてくることは、リゾート法という開発法制に対して、本来歯止めとならなければならない日本の自然保護法制の脆弱さである。
第1に、土地利用に対する法規制の弱さである。例えば、都市計画法に基づくゾーニング(地域指定)は対象が限定されていて、とりわけリゾート開発が行われようとしている地域はほとんどが都市計画区域外であって、開発圧力に対しては機能しなかった。また自然公園法のゾーニングをみてみると、「良好な自然条件を有する土地を含む相当規模の地域」(リゾート法1条)は、すなわち「優れた自然の風景地」(自然公園法1条)であり、リゾート開発は自然公園(国立公園・国定公園・都道府県立自然公園)区域やその周辺地区に集中したが、開発規制の厳しい特別保護地区や第1種特別地域に指定される地域は、森林限界を越えたハイマツ地帯や岩礁地帯など、ごく狭い地域に限られているため、リゾート開発の歯止めにはならなかったのである。今後、ゾーニングの見直しや、国立公園の62%を占める国有林の伐採禁止、あるいはフランス沿岸法が規定する市街化された空間以外での海岸線から100m以内での建設等の禁止など、自然環境の維持や良好な景観の形成の観点からする土地利用に関する法規制の強化が求められる。
第2に、環境アセスメントの問題である。各地のリゾート開発においては、基本構想段階や計画段階でのアセスメントは全く実施されておらず、個別事業についても、地方公共団体の環境アセスメント制度が面積主義を採り、対象事業をしぼっていることから、実施されなかったものが多い。実施されたものでも、開発の追認的な内容を出ることはなく、実効性を持たなかった。例えば、西表島のリゾートホテル建設計画の場合、当初計画が14haと沖縄県条例の定める20haを下回ることから、環境アセスメントを全く実施せずに県の許可が出されるという事態になっている。計画段階でのアセスメントの実施や、自然公園など重要な自然環境への影響が懸念される場合には、対象面積にこだわらずにアセスメントを実施するものとする、などの環境アセスメント制度の改革が必要である。
第3に、リゾート開発手続への住民参加と情報公開の問題である。リゾート法に基づく基本構想の承認過程においては、関係市町村への協議などの規定はあるが(5条3項)、住民参加は保障されず、また審査の基礎となる資料は非公開とされてきた。したがって、地元住民としては自分たちの住む地域がどのように改変されていくかを全く知らず、また意思決定にも参加できなかったのである。しかしながら近年、基本的には開発促進を目的とした法の中にも、例えば河川法では、1997年の改正で「河川環境の整備と保全」と河川整備計画の案の作成段階での住民参加が盛り込まれ、また海岸法でも、1999年の改正で、「海岸環境の整備と保全」ならびに海岸保全基本計画策定過程での住民参加手続が規定された。このように住民参加手続は時代の要請であり、それはリゾート開発手続においても同様である。そしてこれら住民参加のシステムが、単なる儀式に終わらないためには、十分な情報公開や、専門家や環境NGOなどにも開かれた住民参加の保障など、実質的な運用が求められる。
6 あるべきツーリズム・地域振興の方策
リゾート法による大規模開発が次々と破綻する一方で、近年、全国各地で住民自らが主体的に参加し、持続可能なツーリズム・地域振興を目指す動きが大きく広がっている。
住民の暮らす環境を破壊し、住民の主体的な関与を排除したリゾート開発では、地域振興は成り立たない。地域振興は、地域に生きる住民を主体的にとらえ、自然環境との共生を図り、地域の文化や伝統を活用する方法によって図るのが、あるべき姿である。そうした観点に立つのが、グリーンツーリズム、エコツーリズムなどの持続可能なツーリズムの方向性である。
「ツーリズム」という言葉は様々な意味合いで用いられるが、一般には「交流」「体験」「滞在」などを核とした観光・旅行・往来といった意味で使われている。
グリーンツーリズムは、欧州諸国で1970年代から提唱され始めたもので、日本では1992年に農林水産省のグリーン・ツーリズム研究会の中間報告が出されて以後、広がってきたものである。様々な定義があるが、例えば「農山漁村の有する歴史・自然・社会・文化など、多元的な資源を活用した、都市住民と農村住民による、対等かつ継続的な交流活動」と定義されている(「2001青森・相馬グリーン・ツーリズム宣言」)。
エコツーリズムは、環境省のエコツーリズム推進会議の定義によれば、 「①自然の営みや人と自然のかかわりを対象とし、それらを楽しむとともに、②その対象となる地域の自然環境や文化の保全に責任を持つ観光のあり方である。」とされている。国際的には、1982年に国際自然保護連合(IUCN)が議題として取り上げたことで始まったが、日本では、1991年に旧環境庁が「沖縄におけるエコツーリズム等の観光利用推進方策検討調査」を開始し、1996年に西表島エコツーリズム協会が設立されたことで、全国的な広がりを見せている。
このようなツーリズムや地域振興の実践例として、例えば宮崎県西米良村では、都市農村交流の方法として体験交流を重視した「ワーキングホリデー」を実施しており、また大分県安心院町では、1997年3月21日に「グリーンツーリズム取り組み宣言」が出され、「農村民泊」を中心とした取り組みが進んでいる。宮崎県綾町では、綾川渓谷一帯に約2500haの照葉樹林が保全され、町と住民は一体となってこの森林を活かし、自然と共生する町づくりを行い、有機農法栽培と伝統工芸により地域振興が図られている。さらに、沖縄県西表島の亜熱帯性の原生的自然を利用したカヌーツアーや夜間野生動物観察会、あるいは北海道知床のネイチャーウォッチング(自然探訪)などが、多様な形で取り組まれるようになっている。いずれの取り組みもいまだ歴史が浅く、また行政主導といった要素も強く、試行錯誤が続けられている。
リゾート法破綻の教訓を踏まえ、新しく取り組まれているツーリズムが真に持続可能な内容を持ち、地域振興にも資するものとなるためには、以下の諸原則が必要であると考える。
第1に、環境保護優先の原則である。豊かな自然環境こそが持続可能なツーリズムの基礎であることはいうまでもない。ところが、例えば日本でもっとも早くエコツーリズムが実践された西表島では、すでにオーバーユース(過剰利用)が問題となっているだけでなく、事業者のエコツアーで国立公園内の滝の見学に来た観光客が足を滑らせて転倒し、怪我をしたことがきっかけで、その業者が滝周辺の岩に生息する苔を、洗剤を使って洗い落とそうとした事件が発生している。「グリーン」や「エコ」の名による新たな環境破壊を未然に防止するためには、まず環境保護優先の原則が採用されねばならない。そして自然環境保全・利用のガイドラインの設定やゾーニング、さらには関連施設の環境対策項目の策定など、その地域に応じた自然環境・社会環境の保全の施策を具体化するとともに、モニタリング(監視)調査を実施し、必要に応じて入域に制約を設けるなどの措置をとることが必要であろう。
第2に、地域住民主体の原則である。持続可能なツーリズムとなるためには、リゾート法のような「民間活力」という名の中央資本に頼った巨大開発ではなく、農林漁業などの地域経済の振興と地域文化・伝統・静けさの確保等、地域生活条件の維持が基礎とされなければならない。そしてそれぞれの取り組みの計画段階から地域住民が主体的に参加し、合意が得られるシステムを作り出すことが必要である。
以上の理由により本決議を提案する。
以上