人の誕生や受精卵・胚に関する先端医療・医科学研究のルール策定を求める決議

不妊治療や再生医療など、人の誕生や受精卵・胚に関する先端医療・医科学研究の進展は目覚しい。


しかし、不妊治療の現場では、排卵促進剤の使用や採卵に伴う危険性、胚に含まれる遺伝情報の重要性や胚の管理について正確な説明がなされていないという問題が生じている。これは、わが国の医療現場において、いまだインフォームド・コンセントや診療情報の開示請求権が法的に確立されず、個人情報の保護等が保障されていないことが原因である。


さらに、第三者の受精卵を不妊治療当事者に提供することの可否、代理懐胎の可否などが問題となっており、また、不妊治療では使われなくなった受精卵・胚を再生医学の研究者が自由に利用・処分することの妥当性も議論され始めている。人の誕生や受精卵・胚に関する先端医療・医科学研究が、何の法的制約もなく学問の自由や医療の名のもとに進められるなら、人間の尊厳自体がおかされかねない。


先端医療・医科学研究がどの範囲で許されるのかについては法律で定めるべきであり、しかも草案作成等立案段階から社会各層の多種多様な意見を反映させる必要がある。また特に人の誕生や受精卵・胚を実際に扱っている不妊治療現場において、患者・被験者の権利が保障され胚が適正に管理されているかを監督する必要性が高い。それゆえ先端医療・医科学研究の現場における情報を収集・調査した上、不妊治療を実施する医療機関に対して適切な措置を講ずるとともに、市民に対しては情報を提供し、社会的合意の形成に寄与する市民参加型の独立した行政機関を設置する必要がある。


そして、患者・被験者の権利の保障が生命倫理の重要な一部であることからすれば、患者・被験者の権利を法律によって明確に保障すべきである。


よって、当連合会は、国に対し、以下の施策を求める。


  1. 社会各層における意見を十分に踏まえ、人の誕生や受精卵・胚に関する先端医療・医科学研究の許容範囲を法律によって定めること。
  2. 人の誕生や受精卵・胚に関する先端医療・医科学研究が適正になされるよう、下記の機能・権限を有する市民参加型の独立した行政機関を設けること。
    1. 受精卵・胚を利用する先端医療・医科学研究現場での研究の意義・有用性・危険性についての科学的・倫理的評価の内容、当該評価の患者・被験者への説明・理解状況等を調査し、調査の結果を市民に対して分かりやすく情報として提供するとともに、社会的合意形成のための議論の場を設けること
    2. 不妊治療実施医療機関に対し、患者の権利の保障や胚の管理状況を調査し、問題が認められた医療機関に対し、適切な措置を講じること
  3. インフォームド・コンセント、カルテ開示等の診療情報開示請求、個人情報保護を含む患者の権利を保障する法律を制定し、そして、それら患者の権利を基礎とし、人を対象とする医科学研究・人体実験の特性を踏まえた被験者の権利を保障する法律を制定すること。

以上のとおり決議する。


2003年(平成15年)10月17日
日本弁護士連合会


提案理由

1 はじめに

医療分野における科学技術の進歩は最近特に目覚しい。われわれは、それによって多大な利益を得てきたし、今後も得られるものと期待している。特に、1978年、英国において、いわゆる「試験管ベビー」と呼ばれ世界に大きな衝撃を与えた体外受精による出産が成功し、1996年には同じく英国でクローン羊が誕生、1998年にはアメリカ合衆国において、受精卵・胚から、人の全ての組織や臓器に分化する可能性のある人の胚性幹細胞(ES細胞)が樹立されるに至り、生殖にかかわる医科学研究・技術は社会に大きな変革を迫ろうとしている。


しかし、このような急速な医科学研究・技術の進展にどのように対応すればよいのかについて、社会が十分に議論し結論を出しているとは言えない。法律家も、人権侵害の危険性に対する検討を十分に行ってはいない。例えば、両親いずれとも遺伝的つながりを持たない第三者の受精卵を不妊治療当事者に提供することの可否、受精卵を第三者の女性に移植し子どもを出産してもらう代理懐胎の可否、自分と同じ遺伝子を持つ人間をつくるクローン技術の利用の可否という問題が発生しているし、女性の卵子や、不妊治療では使われなくなった受精卵・胚が研究のためという理由で利用され、破壊され、産業化されることも行われ始めている。


しかもわが国の医療現場においては、医師と患者の立場が対等ではない為、いまだインフォームド・コンセントや診療情報の開示請求権、個人情報の保護等が充分には保障されておらず、患者や被験者に対する人権侵害が生じ易い。日本においては、患者・被験者の権利の保障が生命倫理の重要な一部であるということが充分には認識されてこなかったのである。


そこで当連合会は、生殖補助医療を切り口として、人の誕生(生殖)や再生医療(移植)・遺伝子研究を内容とする先端医療・医科学研究に伴う生命倫理上の諸問題について検討を続け、今般提言を行うものである。


2 生殖補助医療の現状と法整備の動き

1 わが国の生殖補助医療の現状

(1)現在わが国で行われている生殖補助医療(一般には不妊治療と呼ばれているもの)は、精子を子宮に注入する「人工授精」、卵子を取り出し体外で受精させる「体外受精」に大別され、近年では体外受精につき顕微鏡下で精子を人為的に卵細胞内に入れて受精させる「顕微受精」も行われている。また、戦後間もなくより、第三者から精子の提供を受けて非配偶者間人工授精(AID)も行われてきた。そして、このような生殖補助医療の実施については、産婦人科学会のガイドラインの外、「何をどこまでできるのか」についての法規制は存在しない。


(2)1998年、長野県の産婦人科医が「体外受精では、精子や卵子の提供を受けてはならない」という上記ガイドラインに反し、妻が実妹から卵子提供を受けて夫と実妹との間の子を出産した例を敢えて公表した。このことは社会的な問題となり、これまでのような自主的規制では不十分であることが認識された(この医師は、その後、代理懐胎・出産も行なった)。


なお世界的にみれば、アメリカ合衆国のように生殖補助医療に関して自由放任の立場をとる国家もあるが、英仏独等主要国の多くでは法律による規制や監督機関の設置がなされている。


(3)さらに不妊治療の現場において、排卵促進剤の使用や採卵に伴う危険性、胚の管理につき十分な説明がなされていないという問題も生じている。この度当連合会が生殖補助医療を行う旨登録している527施設に対しアンケート調査を行なった結果、危険性についての説明や同意取得の方法等が不十分な事例が明らかになっている。


2 わが国の法整備の動き

(1)前記のような状況を受け、2000年12月に厚生科学審議会の専門委員会報告書が作成され、さらにそれを具体化するため、翌2001年6月、厚生科学審議会に生殖補助医療部会が設置され、審議が始まった。そして2003年4月28日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」が出された。


(2)同報告書の内容の骨子は以下のとおりである。


  1. 認められる生殖補助医療としては、精子の提供、卵子の提供、胚提供(父とも母とも遺伝的なつながりを持たない胚を子宮に戻し出産することを意味する)であるが、胚提供については、「環境整備」等を条件として最終的な選択肢として認める。
  2. 代理懐胎(代理母、借り腹)は禁止する。
  3. 兄弟姉妹からの精子・卵子・胚の提供については、当分の間認めない。
  4. 出自を知る権利については、提供者について、氏名・住所等提供者を特定できる内容を含めて開示を認める。
  5. 公的管理運営機関は、卵子、精子等の提供を受けた夫婦の同意書や、提供者・被提供者等の個人情報を80年間保管する。また親子関係についての紛争が起きた場合、当事者らは同機関に対し同意書等の開示を請求できる。

(3)上記報告書において代理懐胎を禁止し、出自を知る権利を明確に認めた点は評価すべきであるが、大きな問題が以下のとおり残っている。


  1. 報告書は、「第三者から提供を受けた精子・卵子・胚の利用」についてのみ検討し、夫婦間の体外受精を中心とした生殖補助医療全般について触れていない。しかし、先に述べたアンケート調査に対し回答してきた169施設のうち157施設においては夫婦間の治療のみ行っており、本人確認の方法や同意取得の方法が不十分なケースも明らかになっている。このような実情からすれば、夫婦間での治療のあり方についての基準作成が急務である。しかも、生殖補助医療実施上の具体的な問題、即ち排卵促進剤や採卵に伴う危険についてインフォ-ムド・コンセントを十分保障するための方策については検討が全く行われていない。
  2. 上記公的管理運営機関の内容・権限については、医療機関に対してどのような権限を有するのか、例えば許認可権が存するのかなどが不明確である。それゆえ、1.に記載された危険性の説明が不十分であったり、同意取得の手続が杜撰な医療機関であったとしても、その是正をなし得るのかどうかが曖昧である。
  3. さらに生殖補助医療部会が設置された時点から問題になっていたことであるが、体外受精を行なった夫婦が凍結した胚について、「第三者に提供する」以外に再生医療などの「研究目的で使用することができるのか」については全く検討がされなかった。不妊治療の過程で生まれる胚が、再生医療などの先端医科学研究を行なう上で重要な「原料」となることは明らかなのに、その利用の可否、仮に利用が認められるとした場合の手続(同意取得の方法等)については何ら触れられなかった。

以上、3つの大きな問題点に対し、われわれは提言を行う必要があると判断するに至った。


3 患者・被験者の権利の確立に向けて

生殖補助医療や再生医療、遺伝子治療等の先端医科学技術が研究・実施される場合、不妊夫婦の出産への希望、治療効果への期待、更には知財立国という国家戦略が前面に押し出されるが、他方わが国の医療現場では、その対象となる患者・被験者の権利の保障が充分ではなかった。不妊治療現場の問題点については、先に指摘したアンケート結果からも明らかになっている。


それゆえ、以下に述べる権利を含む患者・被験者の権利を法律によって明確に定める必要性が生じている。


1 同意原則(インフォームド・コンセント)

自己決定権は、幸福追求権の本質的な要素であり、患者は、医師から、自己の病状、医療行為の目的、具体的方法、危険性、代替的治療法などについて説明を正しく受け、その内容を理解したうえで自主的にそれらを選択・同意・拒否できるのでなければならない。しかし、わが国においては、医師と患者がいまだ対等な関係にはなく、当該患者の症状や治療行為について充分な説明がなされぬまま医療行為のなされることが多かった。


特に先端医療技術を実施する際には、実験的医療の側面が強く、生命・身体への危険性があることから、この原則はより厳しく徹底されねばならない。今なお、実験的医療を患者・被験者の同意を得ずに行っていた事案について医療機関の責任を認める判決が出されており、徹底したインフォームド・コンセントの実現に向け、医療・医科学研究現場の整備を求めていかなければならない。


2 診療情報開示原則(カルテ開示)

診療情報は、多種多様であり、専門性が高い。よって、自己決定権を保障するための診療情報の提供は、医師らによる口頭の説明だけでは足りず、患者に対し、診療情報を記載した診療記録の開示請求権を法律によって定め、権利として認めることが必要不可欠である。


3 個人情報保護原則

診療情報は、研究のために有益な情報である。しかしながら、これまで、医師らの患者のプライバシー保護に関する意識は希薄であり、患者の同意を得ないまま、診療情報を学会等の場で報告したり、論文に引用して公表するなどしてきた。特に近年においては究極の個人情報ともいうべき遺伝子に関する研究が進み、遺伝子操作も現実的可能性を帯びてきており、個人情報保護法や行政機関個人情報保護法などの制定を踏まえても、なお医科学研究における個人情報保護の必要性は極めて重要である。


4 審査原則

以上述べてきた各原則が実践されるためには、それら原則が遵守されているのかどうかを検証し、審査する第三者機関の存在が不可欠である。


この点については、どこまでを各医療機関の倫理委員会等自主的な審査機関に委ねるべきか、学問・研究の自由との関係で、公的管理をどこまで及ぼすべきかを検討する必要がある。


4 不妊治療実施医療機関に対する監督の必要性

前項で述べた患者・被験者の権利が不妊治療現場において充分には保障されていないことは既に指摘したとおりである。急激に進展する不妊治療に関する技術の実施は実験的医療の側面が強く、「余剰胚」利用の可能性が高まるにつれ、さらに患者・被験者の権利が侵害されやすくなっている。


それゆえ当連合会は、2000年3月の「生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言」において、英国のHFEA「ヒト受精及び胚研究認可庁」を参考に許認可権限を有する管理機関の設置を求めたところである。


英国においては1990年に、「ヒトの受精及び胚研究に関する法律」を制定し包括的な規制を定め、新たにHFEA「ヒト受精及び胚研究認可庁」を設置して不妊治療及び研究を行ない得る機関を認可制にした。同組織は関係省庁との癒着等を避けるため、独立行政法人とされており、医療の専門家以外に法学者、ジャーナリスト、ソーシャルワーカー等多様な人材を構成員としている。そして、胚とその後の培養に関する情報及び不妊治療サービスの提供その他90年法が規律する諸活動に関する情報について検討を続け、要請があれば保健大臣に助言し、さらに認可をうけた医療従事者、不妊治療サービスの利用者または配偶子もしくは胚の提供者に対して助言を与え、情報を提供することを職務としている。


わが国において、現在不妊治療を実施する医療機関が多種多様で(もちろん認可制ではない)、しかも今後「余剰胚」の利用が予想される以上、不妊治療の現場で患者・被験者の権利が保障され、胚が適正に管理されているかを調査・監督する必要性は極めて高い。そして、不妊の問題が医療の問題にとどまらず女性の権利にも関わるものである以上、監督機関のメンバーには、医療の専門家だけでなく、ジェンダーバランスに配慮した上、法律、宗教、哲学等の専門家、患者団体、NPOのメンバーを加えるべきである。


5 先端医療・医科学研究に伴う生命倫理上の諸問題とルール策定の必要性

1 はじめにー問題の所在

生殖補助医療の過程で生じる「余剰胚」と、それを利用したES細胞の樹立―再生医療や遺伝子治療への応用、及び着床前診断―選択的出産や遺伝子操作への利用という関係から明らかなように、生殖補助医療と先端医科学研究とは、生命倫理の検討の面で共通項を有するとともに、いわば川上と川下の関係にある。それゆえ、前者の現状を把握して問題点を分析し、あるべき法規制、生命倫理原則を整理・検討する必要がある。


2 先端医療・医科学研究と人間の尊厳

既に述べたとおり、1996年に英国で初めてクローン羊が誕生し、1998年にはアメリカ合衆国で人間の胚性幹細胞(ES細胞)が樹立された。


これらはバイオテクノロジーを駆使した先端医科学研究の成果と言われているが、他方、人間のES細胞の樹立は人の生命の萌芽とされる人間の胚を滅失させ、クローン技術と結びついて人為的にクローン胚・クローン人間を作成することも可能にした。また、ヒトゲノム・遺伝子解析研究の進展は遺伝子改変をも可能にするなど、人間の尊厳との抵触にかかわる生命倫理上の問題を有している。即ち、これらの研究等について、個人の自己決定の問題であり、当事者の同意があれば直ちに容認できるという訳ではないのである。


こうした問題に対処すべく、国は、クローン技術規制法を制定・施行して(2001年12月)ヒトクローン胚等の母胎への移植―クローン人間作出を刑罰をもって禁止するとともに、同法に基づき「特定胚の取り扱いに関する指針」(2001年11月)を、また、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(2001年3月)を初め、「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」(2001年9月)、「遺伝子治療・臨床研究に関する指針」(2002年3月)等の各指針を大臣告示として定め、さらに現在、内閣総理大臣直属の総合科学技術会議生命倫理専門調査会において、人間の胚全般を視野に入れ、研究・治療の為のヒトクローン胚作成の是非等、先端医科学研究に伴う生命倫理上の諸問題と規制のありかたについて検討している。


このように、生殖補助医療や先端医科学研究がこれまでの人間観・生命観に再検討を迫る形で進み、人の生命の萌芽とされる受精卵・胚や胎児組織等の利用可能性、遺伝子操作・遺伝子治療等の現実的可能性が高まる中で、これらの研究・治験・治療の実施に伴う人権侵害の可能性が生じている。しかも、そもそも受精卵や胚等が、権利の主体たる人と権利の客体たる物との中間にあるものとして法的な位置づけが曖昧なうえ、各指針による規制も関係省庁間で包括性・統一性がなく、不十分な状況にある。


そこで、学問・研究の自由と個人の自己決定権をふまえつつ、人間の尊厳との関係でどこまでこれら研究等が許されるのか、許されるとした場合、その条件・手続きはどうあるべきか、が問題となる。


3 先端医療・医科学研究のルールを策定するにあたり検討すべき諸点
  1. まず、学問研究の自由及び個人の自己決定権(高度医療・難病治療や 生殖補助医療をうける個人の利益)は、人間(個人)の尊厳との関係で どのような制約をうけるのか、という点が問題となる。これと関連して、 法はどこまで介入すべきで、どこからが医師や研究者の専門家としての 自律的な職業倫理に任せるべき領域なのかという、法と倫理の振り分けの 問題、更には自己決定権との相克の問題がある。
  2. 次に、目的(基礎研究、臨床応用・産業利用)によって評価やルール は異なるのか、それとも、いずれも「人体の資源化」につながる危険性 があるものとして、こうした研究・治療等を否定的に評価すべきなのか という視点がある。
  3. 更に、より根源的に、人間の生命はいつから始まるのか、受精をもっ て人間の誕生と捉えるのか、生命の誕生を一連の連続した過程として捉 えるのかといった生命観・宗教観とも絡む難しい視点がある。後者と捉 える場合でも、受精卵や胚の法的位置づけをどのように考え、人間の尊厳 との関係でどこまで保護するのか、人の生命の萌芽とされる受精卵や胚を 保護する哲学的根拠は何か、といった困難な問題が存する。
  4. なお、これらの問題を検討するにあたっては、文化・宗教的な背景や、 年間30万件以上とも言われる人工妊娠中絶など、社会の現実も考慮し なければならない。

4 市民参加によるルール策定のシステムを

第三者胚の提供による出産、代理懐胎、さらに研究・治療目的でのヒトクローン胚の作成や遺伝子操作等、社会において、その是非を真摯に議論し結論を出さなければならない問題が続出している。そして、考慮すべき視点が3項で述べたように多岐にわたる以上、医学の専門家だけで決せられないことは明白である。


しかし、わが国では従前、一部の専門家が非公開の場において、当該研究等が「人間の尊厳」に反するか否かを議論して決し、社会全体の意見を聴取する方法としては、規制や限界を定める法案が出来上がった後に、わずかな期間パブリックコメントを求めたり、公聴会が開かれるに過ぎなかった。「人間の尊厳」は国際人権規約上、自由および人権の淵源として位置づけられ、欧州評議会は「生物学・医学のヒトへの応用における人権と人間の尊厳の保護に関する条約」において具体的に「人間の尊厳の確保」の必要性を指摘してはいるが、わが国においては歴史的沿革もあり、これまで、その内実について充分な議論がなされることはなく、まして学問の自由や研究の自由を制約する根拠とされることもなかった。


「人間の尊厳」をキーワードにルールを策定しようとするのは、社会の合意を得た上で先端医療・医科学研究を行なうことこそが、それらの健全な発展に最も資すると考えられるからである。そうであるなら、特にこれまで「人間の尊厳」の内実について殆ど検討されることのなかったわが国においては、一層社会全体で議論し結論を出す必要性が高いと言える。そして、市民参加によって社会全体が合意した、先端医療・医科学研究の許容範囲については、国会によって法律で定めるべきである。


この点、各国は、社会全体が当該問題を検討できるよう様々な方策を考えている。例えばデンマークでは、専門家グループ(パネル)が公募してきた非専門家である市民グループ(パネル)の質問に答え、対話を繰り返し、最終的に市民グループが結論(コンセンサス)をつくる、というコンセンサス会議を設置しており、同会議の結論は、即時法律の内容となるわけではないものの、国の方針に影響を与えている。わが国においても、市民に問題の所在をわかりやすく提示する機関が必要である。


それゆえ、四項で設置を提案した機関が更に、人の誕生や受精卵・胚に関する先端医科学技術を研究・実施する機関に対し、情報を収集し調査を行なった上、市民にわかりやすい形で問題を提起していくべきである。


先に述べたように、HFEAも幅広く調査・情報提供を行っているのであり、四項で提案した機関が、社会的合意を形成していくための議論の場を設ける(たとえばコンセンサス会議のような会議を開く)ことにより、社会各層における多様な意見が出され、社会的合意の形成される道筋が作られることは極めて重要である。


よって、当連合会は、上記のとおり提案する。


以上