有事法制3法案の廃案を求める決議

政府・与党が、第155回国会において成立を図ろうとしている有事法制3法案には、憲法原理に照らし、少なくとも以下に指摘する重大な問題点と危険性が存在する。


  1. 「武力攻撃のおそれのある事態」や「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」までが「武力攻撃事態」とされており、その範囲・概念は極めて曖昧である。政府の判断によりどのようにも「武力攻撃事態」を認定することが可能であり、しかも国会の承認は「対処措置」実行後になされることから、政府の認定を追認するものとなるおそれが大きい。
  2. 内閣により「武力攻撃事態」の認定が行なわれると、陣地構築や軍事物資の確保等のための私有財産の収用・使用、交通・通信・経済等の市民生活の規制などを行なうこととなる。また国民は国等の措置に「必要な協力をするよう努めるものとする」とされる。これは思想・良心の自由を侵害し、憲法規範の中核をなす基本的人権保障原理を変質させる重大な危険性を有する。
  3. 「武力攻撃事態」における自衛隊の行動は、憲法の定める平和主義の原理、憲法9条の戦争放棄・軍備及び交戦権の否認に抵触するのではないかとの重大な疑念が存在する。
    また周辺事態法と連動して、米軍が行う戦争あるいは紛争に我が国を参加させることにより、日米の共同行動すなわち個別的自衛権の枠を超えた「集団的自衛権の行使」となり、我が国に対する攻撃を招く危険を生じさせる。
  4. 武力の行使、情報・経済の統制等を含む幅広い事態対処権限を内閣総理大臣に集中し、その事務を閣内の「対策本部」に所掌させることは、行政権は内閣に属するとの憲法規定と抵触し、また内閣総理大臣の地方公共団体に対する指示権及び代執行権は地方自治の本旨に反し、憲法が定める民主的な統治構造を大きく変容させる危険性を有する。
  5. 日本放送協会(NHK)などを指定公共機関とし、これらに対し「必要な措置を実施する責務」を負わせ、内閣総理大臣が、対処措置を実施すべきことを指示し、実施されない時は自ら直接対処措置を実施することができるとすることは、政府が放送メディアを統制下に置くものであり、市民の知る権利、メディアの権力監視機能、報道の自由を侵害し、国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険を有する。

以上のように、有事法制3法案は、武力又は軍事力の行使を許容するための強大な権限を内閣総理大臣に付与する授権法であり、基本的人権侵害のおそれ、平和原則への抵触のおそれだけでなく、憲法が予定する民主的な統治構造を変容させ、地方公共団体、メディアを含む指定公共機関の責務と内閣総理大臣の指示権、直接実施権及び国民の協力努力義務を定めることにより、国家総動員体制への道を切りひらく重大な危険性を有するものである。


当連合会は、法案の持つ重大性、危険性に鑑み、法案の問題点を国民に明らかにし、上記理由に基づき、有事法制3法案に反対し、廃案にすることを改めて強く求めるものである。


以上のとおり決議する。


2002年(平成14年)10月11日
日本弁護士連合会


提案理由

政府は4月17日、第154回国会において、衆議院に有事法制3法案を上程した。


これに対して、当連合会は、4月20日の理事会において同3法案の廃案を求める決議を行い、さらに、6月21日の理事会において「『有事法制』3法案についての意見書」を採択し、廃案を求める理由を詳しく明らかにしてきた。


衆議院は、武力攻撃事態への対処に関する特別委員会(有事法制特別委員会)を設置し、5月7日から同3法案の審議を開始したが、国会内外において同3法案の問題点を指摘する声が高まり、同委員会での採決に至らず、会期末である7月31日に継続審議とした。


同特別委員会の審議では、武力攻撃事態の定義、周辺事態と武力攻撃事態との異同・関連性、基本的人権の制限の枠組み等について質疑がなされたが、抽象的な説明に留まるか具体的な答弁を留保するものであり、当連合会がこれまで指摘してきた以下の問題点及び危険性は全く解消されていない。


例えば、武力攻撃事態、おそれの事態、予測される事態についての政府答弁は、「(武力攻撃というものは)破壊行為とか、人が死んだりする大変な事態ですね。それに対して、おそれの事態からやはり自衛隊を出動させて対処する必要がありますので、その自衛隊が出動する事態を武力攻撃のおそれのある事態というふうに呼びます。それから、さらに、自衛隊が出動する前の段階で、やはり防衛出動の待機命令とか、予備自衛官を招集したり、また陣地構築をしたり、また地方公共団体等、国民の皆さんに危ないですよという警告をして、逃げてくださいという避難の措置をする必要がありますけれども、それが防衛出動の予測される前の段階で、それを武力攻撃が予測される事態というふうに呼んでいます。」(5月7日の同特別委員会における中谷元・防衛庁長官の答弁)の如く、同語反復的説明であり、武力攻撃事態に関する三概念の曖昧さに対する疑念をさらに深める結果となっている。


1. 「武力攻撃事態」法案の曖昧さと危険性

(1)「武力攻撃事態」法案は、我が国に対する外国からの武力攻撃が発生した事態、 そのおそれのある事態及び事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態(3つの事態を「武力攻撃事態」という)において、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全」を確保するために、「武力攻撃事態」への対処についての基本理念、国、地方公共団体、公共的事業体、国民の責務等を定めて、「武力攻撃事態」に対処する法制(有事法制という)の基本的あり方を定めるとともに、今後有事法制として整備すべき事項を定め、さらにそれ以外の「緊急事態」に対処するため施策を講ずることを規定する。


(2)同法案は、政府により「武力攻撃事態」の認定がなされることを要件とするが、同要件の「武力攻撃のおそれ」、「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」とはいずれも極めて曖昧にして無限定な概念であり、且つ、政治的な判断となるおそれがあり、武力又は軍事力の行使及び基本的人権を制限する要件としては、不適切であり、危険なものと言わざるを得ない。


同事態の認定は、政府により行なわれるが、政府の秘密主義、とりわけ防衛・外交情報につき秘密主義が根強く温存する現状を考慮すると、政府の恣意的判断により、憲法の基本的人権の尊重及び平和主義の原理に反して行なわれるという危惧も生ずる。


2. 重大な基本的人権侵害のおそれ

(1)自衛隊法改正法案は、防衛出動時の土地、家屋使用を実効あらしめるために、都道府県知事(緊急の場合は長官等)に対して土地上の立木、工作物等の移転(緊急の場合は処分)権限を付与し、必要に応じて「家屋の形状を変更」する権限を付与する。また、自衛隊法103条が定める病院等施設、土地等の使用、物資の収用、保管命令等の処分を行なう手続として「公用令書」交付手続を規定する(所在が知れない場合等政令で定める場合には、事後の交付で足りるとする)。


同法案は、「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」に対処するため、防衛庁長官が自衛隊に対して陣地構築その他の防衛のための施設を構築することを命じることができると定め、土地の使用を実効あらしめるために、防衛出動時と同様に立木・工作物等の移転・処分することができると定める。


そして、保管命令違反に対して6カ月以下の懲役等の刑罰を、立入り検査拒否、妨害等に対して20万円以下の刑罰を課すと規定する。


しかし、「武力攻撃事態」という認定がなされたという一事で、個々の事案における私有財産権制限の適否を判断する実体的要件を不要とし、一片の公用令書の交付だけで制限しうるとするのは、事前の告知・弁解・防御の機会を保障する適正手続を省略して、市民の自由・人権を制限する点で、また、濫用した場合の事後的救済と制裁のシステムを欠く点で、基本的人権を保障する憲法規定に違反する疑いが強く、且つ、濫用の危険性も極めて高いものと言わざるを得ない。


(2)「武力攻撃事態」法案は、国民保護又は「武力攻撃の排除に支障」があり、「特に必要があると認める場合」で、「総合調整に基づく所要の対処措置」が実施されないときには、「別に法律で定めるところにより」、内閣総理大臣は、指定行政機関、指定地方行政機関、地方公共団体、指定公共機関の各長(地方公共団体等の長という)に対して措置を実施するように指示をなし、同指示が実施されない場合には、内閣総理大臣が直接自ら、又は所掌大臣を指揮して、「地方公共団体又は指定公共機関が実施すべき対処措置」を実施することができると規定する(15条)。


同法案は「国民」に対して直接協力させる具体的な仕組みは明記していないが、その法的基盤となしうる足がかりとして、国民は措置に「必要な協力をするように努めるものとする」旨の規定を置いている(8条)。


また公務員及び民間人に対して、軍事目的・軍事行動に対して協力することを行政措置、業務命令、刑罰等で強制することは、憲法が保障する思想・良心の自由、その意に反する苦役に服さない自由、幸福追求の権利、私有財産権の保障等の基本的人権、さらに平和のうちに生きる権利を基盤とする平和原則にも反するおそれが強いと言わざるを得ない。


以上のように、法案には、憲法の立脚する人権保障原理に抵触し、重大な人権侵害を生じさせるおそれが強く、憲法上重大な義疑が存すると言わなければならない。


3. 平和原則等への抵触のおそれ

(1)憲法は前文において、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」て主権が国民に存することを宣言し、「日本国民は、恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」ことを表明し、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」している。


その上で、憲法9条1項において、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定め、2項において、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と規定している。


(2)有事法制3法案は、自衛隊の出動範囲を自衛隊法が定める「防衛出動」事態、すなわち「我が国に対し外部からの武力攻撃が発生した事態、及びそのおそれのある事態」から「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」にまで広げるものであるが、同文言は極めて曖昧な概念である。


曖昧な概念の下で拡張された上記事態における自衛隊の行動は、憲法適合性についての疑念を一層強めるものである。


同「武力攻撃が予測される事態」が「周辺事態法」でいう「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」とどのように異なるのか不明であり、文言からすると、むしろ「周辺事態」と重なっていると解するのが自然である。すると、自衛隊は「周辺事態法」に基づき「日本の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」に活動する米軍の支援活動を「後方地域」において行なう一方、有事法制の下で、「武力攻撃事態」に対処するための活動を行なうとともに、駐留米軍の行動を円滑・効果的するための措置をとり得る(「武力攻撃事態」法案2条2号、6号イ(2))ことになる(7月24日の前記特別委員会における中谷元・防衛庁長官の答弁も両者の併存を認める)。これは正に「武力攻撃事態」における日米の共同行動であり、個別自衛権の枠を越えた「集団的自衛権の行使」との指摘をうける危険な事態である。


4. 統治構造の変容、権限濫用のおそれ

(1)「武力攻撃事態」法案は、政府に「武力攻撃事態」認定権限を与え、内閣総理大臣に対して「事態対処措置」という強大な権限を独占・集中させている。同法案は、内閣総理大臣に対して、安全保障会議に「対処基本方針」を諮問することを義務づけているが、同会議は審議機関であり、総理大臣に対して意見を述べる諮問機関に過ぎず、対処基本方針を決定する機関ではない。「武力攻撃事態」の認定を含む対処基本方針は、最終的には閣議で決定するものとされている。


しかし、いったん「対処基本方針」が決定されると、閣内に設置された「対策本部」が事態対処事務を所掌し、内閣総理大臣が本部長としてその事務を総括し、職員を指揮して事態対処措置に関する「総合調整」を図ることとされている。


地方公共団体又は指定公共機関が対策本部長の「総合調整」に従わず、内閣総理大臣の「指示」に従わない場合には、内閣総理大臣が直接自ら又は主務大臣を指揮して、地方公共団体又は指定公共機関が実施すべき措置を実施し、又は実施させることができると規定されている。対処措置が包括的で、広汎で、且つ、無限定であることを考え合わせると、「武力攻撃事態」における内閣総理大臣の事態対処権限は、極めて特異、且つ、強大である。


これは「行政権は内閣に属する」と定め、行政権の行使を内閣総理大臣にではなく、「内閣」という合議体に所属させ、各主務大臣に行政を担当させるという、憲法の定める統治構造を大きく変容させるものである。


(2)「武力攻撃事態」法案は、上記のとおり、内閣総理大臣に地方公共団体に対し、事態対処措置を実施するように指示する権限、そして地方公共団体がこれに従わない場合には、内閣総理大臣は、直接自ら又は主務大臣を指揮して、地方公共団体が実施すべき措置を実施することができる権限を付与している。これは地方公共団体の独立性、自主性を否定するものであり、憲法が保障する「地方自治の本旨」に反するとの疑いを強く有するものである。


(3)有事法制3法案は、武力攻撃事態の認定、事態対処に関する全般的な方針、対処措置に関する重要事項等を定める「対処基本方針」につき、国会に承認を求めるものと定めるが、国会に「対処基本方針」の内容を修正する権限が存するか否かを明記していない。また、国会の議決をなすべき期間について定めがなく、審議の遅滞又は長期化により、内閣総理大臣は、不適正な事態認定の場合でも長期間、特異、且つ、強大な事態対処措置権を行使し得ることになる。


防衛出動についても、自衛隊法において国会の承認を求めるものと規定されているが、国会の承認を得るべき期間についての定めは存しない。


また、有事法制3法案では、一旦承認された後の「武力攻撃事態」における内閣総理大臣の事態対処措置権限に対する国会のコントロールの仕組みは用意されていない。


さらに、いったん「武力攻撃事態」と認定された後の個々の対処措置実施現場における濫用抑制の仕組みも、誤った判断又は権限を濫用した場合の事後的制裁システムも用意されていない。


有事法制3法案は、もっぱら事態対処権限を付与する「授権法」としての性格を有するものであり、「武力攻撃事態」における権力の行使を民主的にコントロールして、濫用を抑制する「抑制法」としての基本的性格を有しないものと言わざるを得ない。


5. 政府の放送メディア統制と知る権利等侵害のおそれ

「武力攻撃事態」法案は、日本放送協会(NHK)関を指定公共機関とし、国等と相互に協力し、「必要な措置を実施する責務」を負わせ(6条)、かつ対策本部長(内閣総理大臣)は対処措置について「総合調整」を行なうことができると定める(14条)。


そして、国民保護又は「武力攻撃の排除に支障」があり、「特に必要があると認める場合」で、「総合調整に基づく所要の対処措置」が実施されないときには、「別に法律で定めるところにより」、内閣総理大臣は、NHKに対して措置を実施するように指示をなし、同指示が実施されない場合には、内閣総理大臣が直接自ら、又は所掌大臣を指揮して、NHKが実施すべき対処措置を実施することができると規定する(15条)。


NHK以外の民放各社が「指定公共機関」と指定されるかどうかについては、法案に明記されていないが、国会答弁においてはその可能性を否定していない(5月16日の前記特別委員会における福田官房長官の答弁)。


これは「武力攻撃事態」を理由に政府が放送メディアをその統制下に置くものであり、有事において市民に最も必要とされる情報を管理し、国民の知る権利、メディアの権力監視機能、報道の自由を侵害するものであり、国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険性を有するものである。


6. 結び

軍事力は、いったん行使されると、人々の生命、身体、財産に取り返しのつかない甚大な被害を生じさせるものであること、有事法制の整備・強化が他国の招来する戦争あるいは紛争に我が国を参加させ、我が国に対する攻撃を招くおそれを生じさせることは、数多くの戦争の歴史が教える冷厳な現実である。


現代における軍事力行使の危険性、被害の甚大さ、悲惨さを考慮すると、武力の行使及びその環境整備については、慎重な上にも慎重でなければならない。


「有事法制」の立法理由として、しばしば「備えあれば憂いなし」との格言が引用されるが、この点に関し、中谷防衛庁長官は「(有事事態は)3年、5年のターム(期間)では想像ができないかもしれません」(2001年5月31日参議院外交防衛委員会)と述べ、小泉総理大臣は、「現在のところ、ご指摘のような、(日本が侵略をうける)事態について、我が国に脅威を与えるような特定の国を想定しているわけではない」(2002年2月8日参議院本会議)と答弁しており、冷戦終結後の現在、我が国が「備え」をすべき「有事」の事態が存するか否かについて、まず十分な検証が必要である。


有事法制3法案は、武力又は軍事力の行使を許容するための強大な権限を内閣総理大臣に付与する授権法であり、基本的人権侵害のおそれ及び平和原則への抵触のおそれだけではなく、憲法が予定する民主的な統治構造を変容させ、地方公共団体、メディアを含む指定公共機関の責務と内閣総理大臣の指示権、直接実施権及び国民の協力・努力義務を定めることにより、国家総動員体制への道を切りひらく重大な危険性を有するものである。


有事法制3法案には、憲法に抵触する重大な疑義と問題点があるにもかかわらず、政府及び与党は、第155回国会において成立を図ろうとしていることに鑑み、当連合会は、有事法制3法案に反対し、廃案にすることを改めて強く求めるものである。