司法アクセスを阻害する弁護士報酬の敗訴者負担に反対する決議

弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度は、市民の司法へのアクセスを抑制するおそれがあり、また裁判の人権保障機能及び法創造機能を損なうものであるから、当連合会はその導入に強く反対する。


以上のとおり決議する。


2002年(平成14年)10月11日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 司法制度改革の基本理念

(1)司法制度改革推進本部司法アクセス検討会において、弁護士報酬の敗訴者負担制度の取扱いについて本格的な検討が開始されようとしている。


司法制度改革の基本理念は、市民に開かれた市民の利用しやすい司法の実現である。司法制度改革審議会意見書は、市民が容易に自らの権利・利益を確保し実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和に伴って、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、市民の間で起きる様々な紛争が適正かつ迅速に解決される仕組みを求めている。


市民の司法へのアクセスの拡充のための制度整備は、このような視点に合致するものでなければならない。その法制化に向けての検討においては、何よりも裁判の現場、裁判の実情を踏まえ、具体的事案に即し、制度改革が市民の司法へのアクセスを阻害しないことを確認した上でなされなければならない。


(2)2000年11月の司法制度改革審議会中間報告は、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度を基本的に導入するとしたものであった。これに対して、一般的な敗訴者負担制度は、市民の訴えの提起や応訴を萎縮させ司法へのアクセスを抑制するとして、広範な市民がこれに反対した。そのため、最終意見書では、基本的に導入するとの姿勢を改め、これを「一律に導入することなく」、「勝訴しても弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも、その負担の公平化を図って訴訟を利用しやすくする見地」から導入するものとし、あわせて「不当に訴えの提起を萎縮させる場合には適用すべきではない」とした。このように、前記意見書は、弁護士報酬の敗訴者負担制度の採否は、司法アクセスの拡充の観点から検討すべきであるとしている。


2. 弁護士報酬敗訴者負担制度の弊害

(1)裁判は、通常、任意の交渉・協議で解決できない場合の最終的紛争解決手段として利用される。訴え提起前には、証拠の偏在、法律の解釈適用に幅があること、または法律の不備などから、事実関係や勝敗の見通しを立てることが困難な場合が少なくない。


たとえば、不法行為の過失の認定や損害の算定、賃貸借契約の解除における正当事由や労働事件での解雇権の判断など、法的評価に幅があり裁判結果の見通しが困難な場合がある。証券取引や商品先物取引、変額保険などの消費者訴訟に見られるように、裁判官によって事業者の注意義務の認定に広狭があるケースも、また少なくない。


薬害・医療過誤訴訟、消費者訴訟、労災事故に関する訴訟、複雑な不法行為訴訟、不正競争防止法違反や談合・カルテルに関する訴訟などでは、証拠の偏在などのために訴訟提起の段階で勝敗の見通しを立てることはしばしば困難である。


近年の急速な社会の情勢や価値観の変化により、司法判断も変化し、また変化していくことが期待されている。公害・環境訴訟、消費者訴訟、労災訴訟、ハンセン病訴訟、議員定数などの憲法訴訟、セクシュアル・ハラスメントやDV被害など女性の権利に関する訴訟などが、敗訴判決を乗り越えて新たな権利の確立と社会規範の創造に果たしてきた役割は大きい。敗訴者が相手方の弁護士報酬の負担をすることによって、これらの訴訟の提起が著しく抑止されるおそれが大きい。


(2)司法制度改革審議会が、敗訴者負担制度の導入を検討することにしたのは、「弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者」に訴訟を利用しやすくするためであるが、そのような事例はこれまでの議論を見ても殆ど想定しえない。他方で、敗訴者負担制度は、契約書面を事前に完備して訴訟に臨むことができる貸金業者や相手方の弁護士報酬を負担できる経済的余力がある当事者を除き、多くの市民の司法へのアクセスを抑制するおそれがある。また提訴後においても、意に反する和解を強いられるおそれがある。さらに、敗訴者への負担の可否、あるいは負担させる額の決定を裁判所の裁量に委ねることは、裁判所の裁量権を不当に拡大させる危険性がある。


(3)弁護士報酬の敗訴者負担制度の採否は、市民による裁判の利用を拡充することに寄与するものか否か、司法改革の趣旨に合致したものであるか否かを、具体的事案に即して検討することが必要である。その観点に照らせば、例えば国や地方自治体に対する公益のための訴訟などに限って、片面的敗訴者負担制度、すなわち原告勝訴の場合にのみ被告に弁護士報酬を負担させる制度を採用して、この種の訴訟の拡充を支援すべきである。


3. 結語

弁護士報酬の敗訴者負担のあり方は、市民による裁判の利用に極めて重大な影響をもつ問題である。


敗訴者負担制度を一般的に導入することは、社会の変化に対応した判例の発展や司法の活力ある法創造機能を阻害する。活力を失った司法は、行政や立法の追認機関となり、法の支配を社会の隅々に及ぼすという司法改革の本来の目的に逆行するものである。


当連合会は、市民の裁判へのアクセスを拡充するために、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入に強く反対するものであり、市民による訴訟の利用を抑制する恐れを排除するために、市民とともに全力を尽くすものである。