障害のある人に対する差別を禁止する法律の制定を求める宣言

日本国憲法は個人の尊厳と法の下の平等を保障し、国際人権法はすべての人がいかなる差別もなく人権を享有することを謳っている。障害者の権利宣言(1975年国連採択)は、障害のある人が他の人々と等しくすべての基本的権利を有することを明確に宣言し、既に20を超える国々で、障害のある人の権利を明記し、差別を禁止する法律が制定されている。


しかるに、わが国においては、障害のある人は、今なお根深い偏見と無理解のために、日々様々な場面において深刻な差別と人権侵害を受け続けている。ところが、わが国には、障害のある人の具体的権利を保障し、差別を禁止するとともに、差別や人権侵害からの実効力ある救済手続を定めた法律が存在しない。折から、本年8月31日、国際人権(社会権)規約委員会は、わが国に対して、障害のある人に対する差別を禁止する法律(以下「差別禁止法」という。)の制定を勧告した。


わが国は、日本国憲法と国際人権法に定める諸権利を実質的かつ平等に実現するため、障害のある人や関係団体の意見を最大限尊重し、下記の内容を含む差別禁止法をすみやかに制定すべきである。


また、差別を受けた障害のある人の権利救済のため、簡易・迅速な、専門性のある裁判外救済機関の機能を、政府から独立した人権機関などに担わせるべきである。


1. 障害のある人は、差別なくして採用され働く権利を有すること。


事業者は、障害のある人の労働の権利を実現するために、施設の改造・特別な訓練の実施・手話通訳者の配置など労働環境を整備する義務を負うこと。

2. 障害のある人は、統合された環境の中で、特別のニーズに基づいた教育を受け、教育の場を選択する権利を有すること。


国及び地方公共団体は、障害のある人の教育を受ける権利を実現するために必要な設備の設置、教員の増員などの条件整備を行う義務を負うこと。

3. 障害のある人は、地域で自立した生活を営む権利を有し、交通機関・情報・公共的施設などをバリア(障壁)なく利用する権利を有すること。


国や地方公共団体、事業者は、これらの権利を実現するために、交通機関や施設の改造・インターネットへのアクセス対策などの環境整備を行う義務を負うこと。

4. 障害のある人は、参政権の行使を実質的に保障され、手話通訳など司法手続における適正手続のために必要な援助を受ける権利を有すること。


国及び地方公共団体は、そのために必要な措置を講ずる義務を負うこと。

当連合会は、障害のある人の完全な社会参加と差別のない社会を実現するために、差別禁止法の制定に向け全力を尽くす決意である。


以上のとおり宣言する。


2001年(平成13年)11月9日
日本弁護士連合会


提案理由

1. はじめに

日本国憲法は、個人の尊厳と法の下の平等を保障している。経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、市民的及び政治的権利に関する国際規約などの国際人権法は、すべての人がいかなる差別もなく労働の権利や教育を受ける権利、参政権などの諸権利を享有することを保障している。また、「障害者の権利宣言」(1975年国連採択)は、障害のある人が、他の人々と等しくすべての基本的権利を有することを明確に宣言している。


しかし、1993年に施行された障害者基本法は、国や地方公共団体等の施策の努力目標を定めるのみで、障害のある人が、労働や教育や施設の利用などの様々な場面で有する具体的権利については何ら定めず、障害のある人に対する差別の禁止や権利侵害からの救済手続も定めてはいない。


本宣言は、憲法及び国際人権法の定める権利を障害のある人についても実質的に平等に保障するために、障害者基本法とは別に、障害のある人に対する差別を禁止する法律(以下「差別禁止法」という。)の制定を求めるものである。折から、本年8月31日、国際人権(社会権)規約委員会は、日本政府の報告に対する最終見解において、障害のある人に対する差別規定を撤廃し、あらゆる種類の差別を禁止する法律を制定するようわが国に勧告した。


なお、本宣言では、従来の法律において国等の施策の対象を限定する意味においても使われた「障害者」という言葉を用いず、社会から差別を受ける可能性のある障害のある人すべての権利救済という目的のため、「障害のある人」という言葉を用いる。


2. 障害のある人の現状

障害のある人は、働き、教育を受け、交通機関や様々な施設を利用するなど、日常生活における種々の場面において、今なお深刻な差別や人権侵害を受けている。


しかし、何が差別か、障害のある人にはどのような権利があるかを明確にした法令が存在しないために、端的に差別や権利侵害からの救済を求める具体的な根拠規定を見つけることができない。


また、わが国には、基本的に時間と費用のかかる裁判手続によるほかには、障害のある人についての専門知識をもとに裁判外で救済を行う機関が存在せず、このことも障害のある人の権利救済を阻む原因となっている。


(1)

わが国には、少なくとも570万人以上の障害のある人がいるが、このうち一般民間企業に雇用されている障害のある人は約53万人に過ぎない。障害のある人が職を得たとしても、不安定雇用であることが多く、正規の従業員となっても働きやすい職場環境の創出は約束されておらず、賃金、昇進等における差別も存在する。閉鎖的な労働環境の下で、知的障害のある人などに対する虐待事件の発生も後を絶たない。


現行の障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者雇用促進法」という。)は、法定雇用率未達成の企業からの納付金を財源として、障害のある人を雇用している企業への調整金・報償金を支払う仕組みのために、未達成企業が存在しないと制度自身が成り立たないという矛盾した制度的欠陥を内包している。また、障害者雇用促進法に定めるように、障害のある人の一定の雇用率を満たせばよいという法制だけでは、採用における個々の障害のある人に対する差別的取扱いをなくす方法や、職場において、例えば施設改良を行ったり、手話通訳を付したりするなどの具体的な環境整備の方法が明らかにならない。


(2)

国連のサラマンカ宣言や障害のある人の機会均等化に関する標準規則は、障害のある人を含めたすべての人が統合された場で教育を受けることが原則であること、障害のある人の特別のニーズに応じた教育が必要であることを規定している。しかし、わが国においては、統合教育を受ける権利が保障されておらず、就学段階で本人・保護者の意に反した分離教育の強制が存在する。


統合教育が広がってきたとはいえ、未だ何らの条件整備のないまま普通学校に障害のある子を入学させるだけにすぎない場合も多い。いわゆる特殊教育も、学校へのアクセスの困難や、専門性を持った教師の不足などにより、特別のニーズに応えきれていない。聴覚障害のある人や視覚障害のある人における手話や点字など、特別なコミュニケーション・ニーズも十分な位置づけがなされていない。


(3)

障害のある人は、地域の中で自立して生活する権利を有するが、この権利を保障するためには、交通や建造物などの環境整備が不可欠である。


2000年に施行された交通バリアフリー法(「高齢者・身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」)は交通機関の整備について、1994年に施行されたハートビル法(「高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」)は公共施設の設備について、それぞれバリアフリーのための施策を規定するようになった。しかし、交通バリアフリー法が地方公共団体による策定を求めている「基本構想」は、法施行後半年を経過した段階で、全国で福岡県福間町だけが策定したに過ぎなかった。また、ハートビル法は、対象から学校、共同住宅、官公庁舎など重要な建築物が除かれており、しかも対象となる特定建築物の建築主に助言、指導をするという効果しかない。


また、IT施策を始めとしたわが国の新しい施策の中に、障害のある人の問題は触れられず、障害のある人がインターネットなどを通じた新たな情報手段にアクセスする方法への対応が、個々の企業の自主性に委ねられてしまっているのが常である。


(4)

障害のある人が選挙権を行使しようとするとき、選挙情報へのアクセスの困難や、選挙運動における情報伝達に対するバリア(障壁)の存在、形式的な自書主義によって視力障害のある人や手足が自由にならない在宅のALS患者などの自書できない人は、自ら投票することも代理人の選任もできないなど、選挙権の行使自体に対するバリアがたちふさがる。司法手続においても、手話通訳の充実・拡大文字の使用など、障害のある人に対する理解に基づいた適正手続の保障は十分ではない。


3. 障害のある人の現状

国連や各国の障害のある人についての取組


一方、障害のある人をめぐる世界の法制度は大きく発展している。


(1) 国連における障害のある人への取組

国連は、障害者の権利宣言に続いて、1981年を国際障害者年と定め、翌年には「障害者に関する世界行動計画」を採択した。続いて1983年からの「国連障害者の十年」においては、「完全参加と平等」の目標が掲げられた。1993年には、第48回国連総会で「障害のある人の機会均等化に関する標準規則」が定められ、「政府は、障害を持つ人の完全参加と平等という目的を達成するための措置の法的根拠を作成する義務がある」とされた。


(2) 各国の差別禁止法制定の動き

国連の動きと並行して、1990年以降、障害のある人に対する差別を禁止する法律を制定する動きが、各国に広がっている。


アメリカ、オーストラリア、イギリス、カナダ、フィリピンで、労働、教育、交通・施設などのサービス利用の分野について、障害のある人に対する差別を禁止する具体的な規定をおく法律が相次いで制定されている。これらの法律は、国や地方公共団体だけではなく、一般の事業者にも合理的な範囲での労働環境の整備を義務づけるなどしている。また、イギリスのように、法律の実施のために障害者権利委員会などの機関をおき、差別禁止についての勧告や訴訟援助などを行っている国もある。これらの法律は、差別的な取扱いを受けないことの権利性を明確に規定し、差別的取扱いをされた場合にその当事者である障害のある人が、自ら裁判所その他の機関に救済を求めることを認めている。


このほかにも、何らかの方法で障害のある人に対する差別を禁止する法制を持つ国は、43ヵ国以上にのぼっている。


4. わが国における法政策の転換の必要性

(1)

障害のある人の置かれた現状を考えるとき、現行法制度の問題点は明らかである。


障害者基本法、交通バリアフリー法、ハートビル法などの現行法は、国や地方公共団体の施策の努力目標を中心に定めたものであるから、現状の変革の必要性があっても、障害のある人を含めた国民は、その施策が充実するのをただ期待して待つほかない。


しかし、障害のある人に対する差別は、人間の尊厳を傷つける行為であり、直ちに是正されなければならない。


また、現行法は、障害のある人が差別からの救済や一定の配慮を自ら求める具体的な権利を有していることを明記せず、障害のある人が権利を実現する手段も定めていない。


(2)

従って、国等の施策を定める障害者基本法等とは別に、生活のあらゆる場面について、また、国や地方公共団体だけでなく種々の事業者等に対する関係でも、障害のある人の具体的権利を定め、何が差別であるのかを明確にした差別禁止法の制定が必要である。


また、実質的な平等の実現のためには、採用における差別や公共的施設の利用の拒否などの積極的な差別の禁止だけでなく、国や事業者などに対して、障害のある人に対する環境の整備、改善を行う義務を合理的な範囲で課すべきである。


(3)

国連の経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会の一般的意見第5(1994年)も、「公的領域だけでなく私的領域も、適当な限度内で、障害を持った人の公平な処遇を確保するための規制に服することを確保する必要性」について触れ、「公的サービスの提供のための制度がますます私有化され、かつてない程度にまで自由市場に依拠されている状況において、私的雇用者、財及びサービスの私的供給者、並びにその他の非公的主体が、障害を持った人に関して無差別及び平等の規範に服することが不可欠である」とし、同委員会は、本年8月31日、前述のとおり差別を禁止する法律の制定をわが国に勧告している。また、世界各国の障害のある人に対する差別を禁止する法律制定の動きは、障害のある人の権利を明確にし、障害のある人が自ら当事者となって差別除去のための行動に移ること、合理的な範囲で事業者などにも差別除去のための環境整備などの義務を課すことが、実質的な平等とバリアフリーの実現のために効果的であることを再認識させている。


5. 差別禁止法のあるべき内容

以上を踏まえ、差別禁止法は、次のような内容を持ったものでなければならない。


(1)

障害のある人は、障害のあることを理由として採用を拒絶されたり、採用された後にも賃金・昇進・配転などにおいて他と差別されない権利を有することを明記する。また、事業者に対して、障害のある人の労働環境を整備するため、労働施設の改造、手話通訳者などの配置、特別な訓練の実施などの配慮を行うことを義務づける。ただし、その義務の具体的内容は、業種や企業規模、障害のあり方などに応じて定めるものとする。


(2)

障害のある人は、すべての人と統合された環境の中で教育を受ける権利を保障され、また、教育の場を選択する権利を有するとともに、通常学校での教育であると盲学校やろう学校などでの教育であるとにかかわらず、その特別のニーズに応じた教育を受ける権利を有することを明記する。


国及び地方公共団体に対して、これらの権利を実現するために必要な教員の増員、研修、設備の設置などの条件整備を行うことを義務づける。


(3)

障害のある人は、地域で自立した生活を営む権利があることを確認し、この権利の実現のためにも、障害のある人は、交通機関の利用・情報の発受・施設利用・居住などのサービス提供の分野で、これらのサービスにバリアなくアクセスする権利を有することを明記し、国や地方公共団体、事業者に、そのための具体的な環境整備を行うことを義務づける。ただし、その義務の具体的内容は、事業主体、業種や事業規模などに応じて定めるものとする。


(4)

障害のある人は、参政権を実質的に保障するための施策が講じられることを求める権利、及び司法手続においても、手話通訳の充実・拡大文字の使用など、適正手続保障のために必要な援助を受ける権利を有することを定める。


また、差別を受けた障害のある人の権利救済のため、時間と費用のかかる裁判上の救済だけでなく、障害のある人についての専門性を有する、簡易・迅速な裁判外救済機関が必要であり、この機能を、政府から独立した人権機関などに担わせるべきである。


6. むすび

国は、障害のある人に対する差別や人権侵害を根絶し、障害のある人の完全な社会参加と平等を実現するため、差別禁止法を直ちに制定するべきである。


また、当連合会は、障害のある人の完全な社会参加と差別のない社会を実現するために、差別禁止法の制定に向け全力を尽くす決意である。


以上