子どもの成長支援に関する決議

少年犯罪の凶悪化や子どもの規範意識の低下がことさら強調されるなかで、少年法や学校教育法が「改正」され、更に子どもに対する管理を強める方向での立法も含む施策が展開されようとしている。子どもの犯罪や問題行動は、成長の過程で子どもの人格が十分に尊重されてこなかったことに原因がある場合が多い。当連合会が本年実施した罪をおかした子どもに対する聴き取りアンケートの結果でも、殺人など重大事件を起こした子どもほど、幼少時から深刻な虐待を受けるなど心に深い傷を負っているという傾向が表われている。この様な子どもは、強いストレスをかかえ、自己評価が低く、自暴自棄的感情を抱いており、他者を思いやる気持ちが育まれていないことが多い。子どもの問題行動に対する教育的規制を否定するものではないが、いま、子どもの成長支援のために大人に求められていることは、刑罰による威嚇や義務の強調ではなく、悩みやストレスをかかえた子どもの苦しみを早期に正面から受け止め、一人ひとりの子どもの尊厳を確保し、その力を引き出すことである。


家庭は、しつけに名を借りた虐待などをやめ、子どもの悩みや不満、不安を受け止めて、やすらぎを与える場となることが求められている。また、学校や地域社会、福祉機関、医療機関、保健所などは、虐待などの人権侵害を見逃さず関係機関との連携を強めて、これに対処することが求められている。


そのためにも、国は、虐待防止対策などの児童福祉関連法や児童福祉の施設および人員配置に関する最低基準の見直しなどをすすめるべきである。また、地方公共団体は、児童相談所、里親制度、児童養護施設などを充実させるとともに、子育てに悩む親が気軽に相談できる機関の拡充など、家庭支援の施策を強化し、学校においては、子どもたちが楽しく学べ、一人ひとりの子どもに目が行き届くことができるように、30人以下学級の実現などの施策を実施すべきである。


当連合会は、一人ひとりの子どもの尊厳を確保することが少年犯罪の防止にも有効であるとの観点に立って、次の諸活動に全力で取り組む決意である。


  1. 弁護士会の相談窓口をさらに拡充し、少年事件付添人制度を強化するなど、子どもや親、教師などの悩みを受け止め、各地で学校、児童相談所、NGOなど各機関・団体と連携しつつ、子どもの成長を支援する活動
  2. 子どもの権利条約や国連子どもの権利委員会の日本政府に対する勧告などを司法判断および立法や行政に生かすことをすすめる活動
  3. 各地方公共団体とNGOが共同して開始しつつある子どもの権利を保障する条例の制定を支援し推進する活動

以上のとおり決議する。


2001年(平成13年)11月9日
日本弁護士連合会


提案理由

1.

少年犯罪の凶悪化と子どもの規範意識の低下がことさらに強調されるなかで、2000年11月28日に少年法「改正」法が成立した。さらに、2000年12月22日に発表された教育改革国民会議の最終報告を受けて、2001年6月29日、出席停止制度の活用や奉仕活動の法制化を内容とする学校教育法「改正」法が成立した。さらに、教育基本法の見直しを含む、子どもに対する管理を強める方向での施策が展開されようとしている。


2.

しかしながら、近時強まっている刑罰による威嚇や義務の強調は、その前提において、少年犯罪の実態と要因、そして子どもの置かれている現状を正確に捉えているのかが問われなければならない。


犯罪をおこした少年の多くは、成長過程において人格が尊重されず、あるいは、自己の感情を抑止して「良い子」を演ずることによる強い精神的ストレスをかかえており、自分は尊重されているという実感を持つことができなかった子どもである。


特に、殺人などの重大犯罪を惹き起こした子どもほど、幼少時から深刻な虐待を受けるなど重大な人権侵害を受け心に深い傷を負っているという傾向が表れている。この様な子どもは、自己肯定感を持てず、対人関係がうまく形成できなかった子どもであり、自暴自棄的感情を強く抱いているため、厳罰化で重大犯罪を思い止めることは期待できない。


3. 実質的に公的責任が後退

当連合会は、今回の人権擁護大会に先立ち、家庭裁判所に送致された少年犯罪事例555件について、全国の弁護士が犯罪をおかした479人の子どもと、その保護者419人から聴き取り調査を行い、また、大阪と奈良の高校2年生520人に対するアンケート調査を実施した。その生の声からも、少年犯罪は子どもの生育状況に大きな要因があることが裏付けられている。


アンケートの結果によれば、犯罪少年群の方が一般高校生群よりも、虐待を受けた体験を持つ子どもの割合が高い。


さらに、家庭裁判所に2回以上送致された子どもについて、被虐待体験や経済的・形態的に恵まれていない状況に育った子どもの割合が高い。今回のアンケート回答者のうち、殺人罪をおかした子どもは4人であるが、その全員にひどい虐待を受けていたことが認められた。


一般高校生群のなかでも、万引、自転車盗、恐喝、器物損壊などの犯罪を行ったことがあると答えた子どもに、被虐待体験者の割合が高く認められる。


また、当連合会子どもの権利委員会は、近年大きく報道された重大事件を14件取り上げ、それぞれの担当付添人を招き、心理学者や医師なども交えて分析・検討を行ったが、その結果によっても、14件のうち8件は何らかの虐待を受けていたと認められる。


法務省法務総合研究所は、2000年7月に少年院在院中の子どもを対象としてアンケート調査を行い、2001年8月にその結果を公表した。そこでも、約50%の子どもが虐待を受けた経験があるとの結果が出ており、幼年期の被虐待体験が少年犯罪の大きな要因となっていることが裏付けられている。


4.

子どもの問題行動に対する教育的規制を否定するものではないが、他人を尊重し社会のルールを守ろうという意識は、自分を含めた全ての人の尊厳が確保される状況で内面化するものである。


国連総会は、1990年に少年非行の防止に関るガイドライン(リヤド・ガイドライン)を採択した。


リヤド・ガイドラインは、「少年非行の効果的な防止のためには、幼児期から人格を尊重し、またその人格を向上させることによって、調和のとれた思春期の成長を確保するように社会全体が努力する必要がある」(2条)とし、子どもの社会化の過程では、「子どもおよび青少年の適切な人格的発達を尊重すべきであって、彼らは社会化および統合の過程で、全面的かつ対等のパートナーとして受け入れられなければならない」(10条第2文)としている。


わが国においても、子どもの成長支援のための施策は、子どもの権利条約やリヤド・ガイドラインに添って、子どもの意見表明権や参加権が保障される方向に進むべきである。


ちなみに、1998年6月、国連子どもの権利委員会は日本政府に対し、虐待から子どもの保護、高度に競争的な教育制度の改革、子どもの過度のストレスの防止などを勧告している。


5.

罪をおかした子どもは、その行動に走る前に周囲の大人に対し自らのSOSを発信している。それを大人たちが理解できず、あるいは無視ないし軽視しているうちに、時として爆発し大事件を起こすことになる。


いま、少年犯罪の防止のために大人に求められていることは、子どもの悩みやストレスを早期に正面から受け止め、一人ひとりの子どもの尊厳を確保し、その力を引き出すことである。学校や地域社会、福祉機関、医療機関、保健所などは、子どもに対する人権侵害を見逃さず、関係機関との連携を強めて、これに対処すべきである。


特に、少年犯罪の背景にある児童虐待は重大である。全国の児童相談所が受けた虐待に関する相談件数は、1990年度の1101件から2000年度は1万8800件と17倍に激増している。2000年11月20日に虐待防止法が施行されたが、痛ましい子どもの被害は後を断たない。


国及び地方公共団体は、緊急に、虐待などで苦しんでいる子どもを救済し子育てに悩む親を援助するために、身近な相談窓口を増設させるとともに、児童相談所、里親制度、児童養護施設の拡充やスタッフの増員など、その専門性を一層充実させるべきである。


6.

罪をおかした子どもの立ち直りについていえば、子どもの心の傷をまず受け止め、自分自身の弱点や問題点はどこにあるのかを深く考えさせ、自ら非行性を克服することを目指す、少年法の理念こそ重要である。それこそが、子どもの立ち直りと再犯の防止、そして社会の安全につながるのである。


さらに、犯罪少年が罪障感を深め更生していくために、被害者の実態に正面から向き合う必要がある。この視点から、当連合会は、2000年3月、少年と被害者の協議制度を提案し、現行少年法の下においても、事案によって、家庭裁判所の調査、審判の段階、保護観察の段階、あるいは少年院の処遇段階などにおいて、この協議を具体的に実施することを提言した。


これらの少年法の理念を徹底する少年法制の改革を実現するためにも、少年司法機関にたずさわる家庭裁判所裁判官、調査官、および少年処遇の諸機関の人的・物的拡充は不可欠である。そして、弁護士付添人の活動は、「改正」少年法の下でさらに一層重要になっている。


7.

子どもの成長支援のために、家庭、学校、地域、そして国・自治体に求めることは、次のとおりである。


(1)

家庭は、しつけに名を借りた虐待などをやめるべきである。そして、悩みや不満、不安をかかえる子どもの心を受け止めて、やすらぎを与える場となるべきである。


(2)

学校は子どもが楽しく学べる場であるべきである。そして、学校・教師は、虐待問題などへの理解を深めて関係機関との連携を強め、一人ひとりの子どもに目を行きとどかせることが求められている。あわせて、体罰をやめ、すべての子どもにわかる授業を保障することが求められている。一人ひとりの子どもに基礎学力をつけさせることは、子どもを尊重しその子どもの成長を保障する基本中の基本である。それが充足されて、子どもは教師を尊敬し信頼するのである。


(3)

地域社会は、虐待などの人権侵害を見逃さず、関係機関との連携を強めるべきである。あわせて、子どもの余暇・遊びの権利を尊重し、幼児期から多様な人と触れ合い試行錯誤を繰り返す機会を保障することが、子どもの成長にとって重要であるとの視点に立って、子どもの創意を尊重する遊び場づくり、子ども会や青年団などが主体となって企画する日常的文化活動など、多様な人間的ふれあいを強める自主的活動を展開すべきである。


(4)

このような家庭、学校、地域社会を実現するために、国・自治体が為すべき責務は重大である。


まず、親が子と語り合うゆとりを持つために、長時間労働やリストラなどで親が抱えるストレスを改善する施策が重要である。企業も、子育て支援の観点を経営のなかに取り入れるべきである。


学校教育においては、30人以下学級の実現、スクール・カウンセラーの配置など、教師の過負担を解消し一人ひとりの子どもに目が行き届く施策を実施すべきである。


福祉の現場では、職員の専門性の確保と増員および施設の改善が求められている。国は、児童福祉法施行令に定める児童福祉司の配置基準や厚生省令で定める児童養護施設および職員配置に関する最低基準を見直すべきである。


また2000年11月1日に児童虐待の防止に関する法律が施行されたが、同法は、虐待を受けている子どもの救済と親の支援について、きわめて不十分である。同法の付則2条は、2003年を目途に同法を見直すことを定めており、早急に改正案を検討しなければならない。


さらに、子どもの問題行動を分析しケアするには、小児科や精神科の医師やソーシャル・ワーカーの援助が欠かせないが、わが国の子どもの精神医療体制の立ち遅れは著しい。児童青年精神科を医療法や健康保険法上の専門科とし、保健所のスタッフを拡充するなど、全国各地で専門医の緊急治療が受けられるように改革する必要がある。


そして、これらの専門機関が迅速に連携できるシステムを整備すべきである。そのための施策の一つとして、子どもオンブズパーソンの設置は重要である。当連合会は、1991年の人権擁護大会決議において、国や自治体が子どもオンブズパーソンを設置するなどして、子どもの権利の確立とその侵害の監視・救済に積極的に取り組むことを求めた。このオンブズパーソンについては、1998年12月22日に兵庫県川西市が「子どもの人権オンブズパーソン条例」を、1998年10月1日に神奈川県が「子どもの人権審査委員会設置要綱」を、それぞれ制定して実現しており、子どもに関連する各機関の連携役あるいはコーディネーターとして活動している。東京都においては、「子どもの権利擁護委員会」が設置され、子どもの権利侵害の救済にあたっている。


また、神奈川県川崎市は、地方公共団体とNGOが共同し、かつ子どもの参加を保障するなかで、2000年12月21日に「子どもの権利に関する条例」を制定し、子どもの権利保障を明文化した。現在、全国のいくつかの自治体で条例づくりが開始されている。


子どもの生活の場に近い各自治体が、地域ごとの個別の実状と要求をふまえて、子どもの権利の確立と保障を具体化する条例を制定することは、各自治体の子ども施策を迅速かつ統一的に遂行するためにきわめて重要かつ有効であり、積極的に推進すべきである。


8.

当連合会は、1985年の人権擁護大会宣言を契機として各地の弁護士会で子どもの人権相談窓口を開設してきた。また,全国各地の当番弁護士制度や法律扶助付添人制度を拡充し、公費による少年に対する弁護士支援制度の早期実現を推進し、他方で被虐待児童の救助活動や犯罪被害者の権利回復などに取り組んできた。


当連合会は、今後,一人ひとりの子どもの尊厳を確保することが少年犯罪の防止にも有効であるとの観点に立って、(1)弁護士会の相談窓口をさらに拡充し、少年事件付添人制度を強化するなど、子どもや親、教師などの悩みを受け止め、学校、児童相談所、NGOなど各機関・団体と連携しつつ、子どもの成長を支援する活動、(2)子どもの権利条約や国連子どもの権利委員会の日本政府に対する勧告などを司法判断および立法や行政に生かすことをすすめる活動、(3)各地方自治体とNGOが共同して開始しつつある子どもの権利を保障する条例の制定を支援し推進する活動、に全力で取り組む決意をこめて、本決議をするものである。


以上