少年法「改正」法案に反対する決議

政府は、本年3月10日、少年法「改正」法案を国会に上程した。


本法案は、憲法や国際人権(自由権)規約、子どもの権利条約などが保障する少年の健全に成長する権利や適正手続の保障を軽視しており、多くの重大な問題点を含んでいる。


第1に、家庭裁判所が非行事実を認定するために必要があると認めるときは、予断排除の原則や伝聞証拠排除原則などを採用しないまま、少年審判に検察官を出席させるとしているが、刑事事件手続と対比しても、少年にとってあまりに不公平・不公正な手続となる。


第2に、「死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁固に該当する罪」の事件において検察官の関与を認め、しかも、「動機、態様及び結果その他の当該犯罪に密接に関連する重要な事実」の認定についても必要があれば検察官の関与が可能とされ、かつ被害者が死亡した事件では検察官が原則として関与することができるなど、きわめて広範囲にわたり検察官が関与することになる。


第3に、検察官の抗告権を認めているが、家庭裁判所の処分の最終確定が遅れ、少年を長期間不安定な状態におくことになる。また、決定に影響を及ぼす重大な事実誤認があるという理由で検察官が処遇決定に関与してくることが可能となり、家庭裁判所の保護・教育主義による処遇決定が変質していくおそれがある。


第4に、観護措置期間を現行の最長4週間から最長12週間まで延長することを認めているが、長期の身体拘束は、少年に対して退学・失職等の回復困難な不利益をもたらすことになる。


第5に、弁護士付添人を必要的に選任するのは、家庭裁判所が検察官を関与させる決定をした場合のみに限定しており、狭きに失する。


第6に、要保護性の審理にも合議制を採用しているが、合議制の審理では、裁判官が少年と一対一で向き合い、立ち直りの自覚を促すという少年審判のケ-スワ-ク的機能が後退するおそれがある。


本法案は、保護処分終了後の救済手続の整備や被害者への審判結果等の通知など、一定の前進もみられる。しかし、上記の問題点は、刑罰対象年齢の引き下げなどの「厳罰化」の動きと相まって、少年法の基本的な理念である保護主義をくつがえす危険性を有しており、かつ、少年えん罪事件を増大させるおそれがある。


しかも、本法案に対しては、学者や少年の更生の援助に携わる人々を含め、慎重な論議を要求する声があがっていたが、国民的論議が十分尽くされないまま国会に提出されたものである。


当連合会は、本法案に強く反対するとともに、今後ともあるべき少年司法制度改革の実現にむけて全力を尽くすものである。


以上のとおり決議する。


1999年(平成11年)10月15日
日本弁護士連合会


提案理由

1.

本年1月21日、法制審議会総会は、「少年審判における事実認定手続の一層の適正化を図るための少年法の整備等に関する要綱骨子」を賛成多数で採択し、法務大臣に答申した。そして、政府は、本年3月10日、この答申に基づいて、少年法「改正」法案(以下「本法案」という。)を国会に上程した。


その概要は、次のとおりである。


(1) 合議制の導入


これまでは少年審判は一人の裁判官が担当してきたが、裁判所の裁量で合議制を導入できるようにする。

(2) 検察官の関与


  1. 家庭裁判所は、「死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁固に該当する罪」の少年保護事件において、その非行事実(動機、態様及び結果その他の当該犯罪に密接に関連する重要な事実を含む。)を認定するために必要があると認めるときは、審判手続に検察官を出席させることができる。
  2. 家庭裁判所は、その罪が被害者の死亡の結果を含む場合で、検察官の申出があるときは、原則として審判に検察官を出席させる。

(3) 弁護士たる付添人の関与


家庭裁判所が検察官を審判の手続に関与させる決定をした場合において、少年に弁護士である付添人がないときは、家庭裁判所は、職権で弁護士付添人を付ける。

(4) 観護措置期間の延長


証人尋問等の必要がある場合、観護措置期間を現行の最大4週間から最大12週間までの延長を可能にする。

(5) 検察官に対する抗告権の付与


検察官は、検察官の審判出席の決定がなされた事件に係る不処分決定または保護処分決定に対し、「決定に影響を及ぼす法令違反は重大な事実誤認」を理由として、抗告をすることができる。

このほか、成人の再審と類似の制度や家庭裁判所から被害者への情報通知制度も提案されている。


2.

本法案は、裁判官が少年審判を運営しやすくすることと、いわゆる「必罰 化」、「厳罰化」という考え方が前面に出ており、憲法や国際人権(自由権)規約、子どもの権利条約などが定めている少年の健全に成長する権利や適正手続の保障が軽視されている。


その根底には、少年への不信が強く存在し、刑罰対象年齢の引き下げの動きと相まって、少年自身の立ち直る力を信じ教育的・福祉的な支援をめざすという少年法の理念をくつがえす危険性をもっている。


本法案には、次のような重大な問題点を多く含んでいる。


(1)

第1に、家庭裁判所が非行事実を認定するために必要があると認めるときは、予断排除の原則や伝聞証拠排除原則などを採用しないまま、少年審判に検察官を出席させるとしている。


これでは、捜査機関が一方的に作成した捜査記録を予め読んで、少年は有罪であるとの心証を持っている裁判官が、少年が事実を争えば検察官を出席させて、捜査の不十分さを補わせ、少年の主張を「言い逃れ」として追及させることを許すことになり、刑事裁判の手続と比較しても、少年にとってあまりにも不公平・不公正な手続になる。


(2)

第2に、検察官の関与の範囲が、「死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁固に該当する罪」というきわめて広範な事件について認められており、しかも、犯罪事実そのものだけでなく、「動機、態様及び結果その他の当該犯罪に密接に関連する重要な事実」を認定するためにも必要があれば、検察官関与が可能とされている。これらの事実は少年の要保護性を判断するための重要な事実であり、これにより検察官が少年の処遇決定にも事実上関与してくることになる。さらに、被害者死亡事件については、検察官関与が原則的となる可能性もある。


(3)

第3に、検察官の抗告権を認めているが、それでは家庭裁判所の処分の最終確定が遅れ、少年を長期間不安定な状態におくことになり、成長過程にある少年への配慮を欠いている。刑事事件においても、無罪判決に対し検察官が上訴を繰り返し、長期にわたって被告人を苦しめた事例があるが、少年事件においては、日々成長し変化する少年に対し、早急に適切な保護処分を課すか、もしくは早急に手続から解放することが必要である。また、事実認定の誤りが処遇決定の誤りにつながっているという理由で、検察官が処遇決定に関与してくることが可能となり、検察官の本来的役割に基づく社会秩序維持や、結果の軽重と処分の均衡などという観点からの不服申立によって、家庭裁判所の保護・教育主義による処遇決定が変質していくおそれがある。検察官の抗告権は認めるべきではない。


(4)

第4に、観護措置期間の延長は、中学生、高校生、有職少年などに対して退学・失職等の回復困難な不利益をもたらすもので、極めて慎重かつ限定的に考えなければならない。ところが、本法案では、死刑、懲役または禁錮にあたる罪の事件について、裁判所が必要と認めれば最大12週間の延長が認められるというもので、きわめて問題である。


長期の身体拘束や検察官への抗告権付与による手続の長期化は、少年に事実を争うことをためらわせ、結果として、少年えん罪事件の増加が危惧される。


(5)

第5に、弁護士付添人を必要的に選任するのは、家庭裁判所が検察官を関与させる決定をした場合に限定しているが、これでは弁護士が公費により少年を援助する事件の範囲が狭きに失する。


少年が弁護士の援助を受ける権利は、子どもの権利条約40条2項(b) (ii)にも明記されている。少年に弁護士付添人が必要かどうかは、検察官関与の有無で決すべきものではない。


(6)

第6に、要保護性の審理にも合議制を採用しているが、これでは裁判官が審判廷において少年と一対一で働きかけを行い、少年に立ち直りの自覚を促すという現行少年審判のケ-スワ-ク的機能が後退するおそれが大きい。


本法案については、保護処分終了後の救済手続の整備や被害者への審判結果等の通知などについて一定の前進はみられる。しかし、少年法の基本理念をゆがめる問題点を多数有しており、全体として到底容認し難いものである。


しかも、本法案は法制審議会での議論は経たものの、その期間は6ヶ月と短く、国民はもちろん少年の更生・保護に関わる関係者の間でも十分な議論がされないまま、国会に上程されたものである。少年の健全育成は国民共通の課題であり、より広く議論がなされ、あるべき少年司法制度が追求されるべきである。


3.

当連合会は、1998年(平成10年)7月、少年司法改革に関する意見書を発表した。


同意見書は、第1に、少年事件捜査手続の改革の必要性を提起し、少年の取り調べのテ-プ録音またはビデオ録画の義務化、少年の取り調べへの弁護人立会権を提案している。さらに、同意見書は、適正手続保障の観点から改善を加えた職権主義手続と、新たな提案である対審的手続とを、少年の意思により選択できるとした。そして、対審的手続を導入する前提条件として、(1)捜査の改革、(2)必要的弁護士付添人制度、国選付添人制度及び権利告知制度の確立、(3)伝聞法則など厳格な証拠法則の採用、(4)証拠の事前全面開示、(5)検察官抗告制度の不採用を提言している。また、同意見書は、検察官が少年の処遇決定手続に関与することは一切認めず、家庭裁判所のケ-スワ-ク的機能を一層充実させるべきことなどを提言し、あわせて、少年審判手続への市民参加、少年審判に関する情報の開示と公開のあり方、被害者への総合的な対策についての検討を提案している。


これらの当連合会の意見と本法案とが根本において相容れないことは明らかである。


4.

1997年(平成9年)に神戸で発生した小学生連続殺傷事件、1998年(平成10年)に栃木県で発生した中学生による教師殺傷事件等が契機となって、厳罰化、刑罰対象年齢の引き下げ等の声が上がっている。もとより当連合会としても、最近の年少少年による重大事件の発生に対しては重大な関心をもっている。しかし、その対策は、少年法「改正」ではなく、それらの事件の原因、背景事情等を科学的、客観的に様々な角度から調査、分析した上で、総合的に立てられるべきである。そして、それらの対策は、あくまでも子どもの尊厳を守り(憲法13条)、子どもの最善の利益(子どもの権利条約3条)を実現する立場から、教育と福祉の視点を重視すべきであり、管理的・社会防衛的発想によるべきでない。


5.

よって、当連合会は、本法案に対し強く反対するとともに、あるべき少年司法制度の改革に向けて全力を尽くす決意である。