人権の国際的保障とその効果的実施を推進する宣言─世界人権宣言50周年“すべての人にすべての人権を”─

1948年12月10日、国連総会は、世界人権宣言を採択した。以来、世界人権宣言は、多くの国際人権条約、多分野にわたる数多くの国際的人権基準の源となったばかりではなく、多くの国々の憲法や法典の人権規定に取り入れられ、また、国際裁判所のみならず国内裁判所における判決にも引用され、その判断の基礎となってきた。今年は、世界人権宣言50周年を迎える。


この50周年を5年後に控えた1993年、世界人権会議は、ウィーン宣言と行動計画を採択した。ウィーン宣言は、世界人権宣言をはじめとする国際的人権基準の普遍的遵守と保障の促進とが、すべての国の厳粛な責務であることをあらためて確認し、行動計画は、この責務を履行するために、数多くの実効的項目を掲げ、世界人権宣言50周年を機として、すべての国が行動計画の実施状況を国連総会に報告することを求めている。


当連合会は、人権の国際的保障体制の下で、世界人権宣言が真に実現されるべきことを一貫して強く訴え、行動してきた。とりわけ、世界人権宣言40周年にあたっては、人権神戸宣言を発し、人権関係諸条約の完全批准、アジア人権保障機構の確立へ向けての努力などを求めた。


しかしながら、その後わが国が批准した人権条約は、子どもの権利条約と人種差別撤廃条約の二つにすぎず、アジアではいまだに地域人権保障機構が設立されていない。また、男女平等、内外人平等実現、刑事手続における被疑者・被告人等の人権保障など多くの問題については、依然として未解決のままである。


われわれは、世界人権宣言50周年にあたり、あらためて政府に対して、国際人権〔自由権〕規約第一選択議定書、拷問等禁止条約などの未批准の人権諸条約の早期批准及び女子差別撤廃条約選択議定書の採択の推進を求めるとともに、地域人権保障機構の設立への努力をはじめ、ウィーン宣言及び行動計画の効果的実施を強く求めるものである。


また、当連合会は、未批准国際人権条約の批准等に向けて、より一層努力するとともに、ウィーン宣言及び行動計画の実施に積極的に関与・協力していくことを決意するものである。


以上のとおり宣言する。


1998年(平成10年)9月18日
日本弁護士連合会


提案理由

1.

1948年12月10日、国連第3回総会は、国際人権憲章と題する決議を採択し、そのパートAで30か条からなる「世界人権宣言」を採択し、また、その他の部分において、経済社会理事会及び人権委員会に対し、国連への個人の請願の権利の検討、人権条約とその実施方法に関する条約草案の起草を優先的に行うよう要請している。これらの決議が、後に国際人権〔自由権〕・〔社会権〕規約及び国際人権〔自由権〕規約選択議定書へとつながり、個人請願手続についても1503手続として知られる手続の確立へとつながった。


また、世界人権宣言採択以降、人権の各分野において数多くの国際人権基準が採択されてきたが、これらの基準の起草・採択の基礎となったのも世界人権宣言である。世界人権宣言は、数多くの国々の憲法における人権規定のモデルとなり、また、その国の憲法の解釈等にも大きな影響をもたらしてきた。例えば、1976年のポルトガル憲法16条2項は、「基本的権利に関する憲法及び法律の規定は、世界人権宣言と調和するよう解釈し且つ統合しなければならない」と規定している。わが国の憲法についても、人権委員会等で検討されていた世界人権宣言案との規定文言上の類似性が指摘されており、その影響を窺い知ることができる。


さらに、国連人権委員会等の人権侵害事例の調査や決議において、その国の批准した人権条約を根拠にできない場合には、広く世界人権宣言が用いられているし、国際裁判や国内裁判の事例についても、その判断の根拠とされる場合がある。例えば、国際司法裁判所のナミビア事件判決での裁判官の意見は、世界人権宣言を法として受容された一般的慣行であるとして、判断の根拠としているし、米国の連邦裁判所の判決にも、世界人権宣言の一部を国際慣習法としてその判断の根拠としたものが見られるなど、同宣言は法的効力さえも認められる場合がある。


このように世界人権宣言は、すべての人のすべての人権を宣言したものとして、普遍的な価値を有するものであり、現在もまた将来にわたっても大きな価値を持ち続けるものである。


2.

当連合会は、世界人権宣言40周年にあたり、第31回人権擁護大会において人権神戸宣言を発したが、その中で、国際人権両規約の国内実施状況から見て重要な未解決課題として、男女平等、内外人平等実現、刑事手続における被疑者・被告人等の人権保障(代用監獄廃止、弁護人との接見交通権の保障、保釈の権利)、少年司法における公正な手続の保障、長期在留外国人の出入国管理上や雇用上の差別の防止、アジアからの外国人労働者の労働条件の保障、女性の人身売買・売春強要の廃絶・禁止を挙げ、国際人権〔自由権〕規約選択議定書をはじめとする未批准人権諸条約の批准並びにアジア人権機構の設置を強く求めた。


その5年後である1993年、第3回日本政府報告書を審査した、国際人権〔自由権〕規約委員会は、その主要な懸念事項として、(1)在日外国人及び国内のマイノリティ・グループの人々に対する差別の存在、(2)女性に対する差別的慣行の存在、(3)婚外子に対する法律上の差別規定の存在、(4)代用監獄制度とその運用等につき指摘をした上、国際人権〔自由権〕規約選択議定書等の批准等につき、具体的提言及び勧告を行った。本年11月には、第4回日本政府報告書の審査が同委員会で行われることが決まっているが、われわれの検討したところでは、5年前に指摘された主要な懸念は現在においても根本的な改善を見ていない。


3.

1993年、ウィーンで開催された世界人権会議は、ウィーン宣言及び行動計画を採択した。同宣言は、特に人権擁護の重点項目として、(1)人種主義・人種差別の根絶、(2)民族的、宗教的、言語的マイノリティ・先住民に属する人々の保護、(3)女性の平等な地位及び人権の確立、(4)子どもの権利の保障、(5)拷問からの自由、強制的失踪の防止、(6)障害者の権利等につき特別に言及した上、人権を促進するための国内的及び国際的行動につき、人権に関する教育・訓練及び広報が、社会の安定かつ調和的な関係促進等のため不可欠なものであるとして、行動に優先順位をつけ、各国に対し、国内行動計画の作成を勧告している。また、国際的人権文書に規定される人権の実現のため、国際的人権文書に含まれている基準を国内法に編入し、人権を伸長・擁護する役割を果たす国内体制・制度・機関を確立・強化することを求め、人権に関する地域的取扱い(地域人権条約・保障機構)は、人権の伸長と保障において基本的役割を果たすものであり、普遍的人権基準及びその保障を強化するものであるとしている。


さらに、人権諸条約の締約国に対しては、利用し得る選択的な通報手続の受容を勧告し、各国政府に対し、世界人権宣言50周年を機にウィーン宣言及びその行動計画の実施について、国連への報告書の提出を求めている。


4.

われわれは、以上のようなわが国の人権状況並びに国際社会の要請に鑑み、日本政府に対して、未批准人権諸条約、なかんずく国際人権〔自由権〕規約第一選択議定書、拷問等禁止条約等の早期批准及び女子差別撤廃条約に個人通報・調査制度を設ける選択議定書の採択の推進を強く求めるとともに、世界において唯一アジア地域にのみ存在しない地域人権保障機構の設立を促進し、ウィーン宣言及び行動計画の効果的実施を求めるものである。また、当連合会及びその会員は、弁護士法第1条の使命に基づき、未批准国際人権条約、とりわけ国際人権〔自由権〕規約第一選択議定書等の批准に力を尽くすとともに、人権教育をはじめとするウィーン宣言及び行動計画の実施につき、会内及び会外において積極的に努力し、関係諸機関並びに団体と協力して、その実現に努めることを決意するものである。